第5話



「そんなこと言われても……」


 困惑する僕をよそに、彼は呑気に紫煙を吐く。

「そもそも、あなたは一体何者なんですか? 事情次第では、協力しかねます」

「僕? あぁ、僕は……」

 その時だった。

 けたたましいクラクションの音が響き渡る。

 雨で濡れた路面を擦る、タイヤのスリップ音。

「え、」

 あたりをまばゆく照らしたのは、ヘッドライトだった。

 気づけば目の前に、ボンネットがあった。


 あ、


 死ぬ。



 そう思った矢先だった。


「君さ、天国って信じる?」


 とっさに瞑った目を恐る恐る開くと、自分の五体はまだ繋がっていて、でもやはり目の前には、僕たちのいる歩道に突っ込んでくる車のボンネットがあった。しかし、車は停止していて、見れば道ゆく人たちも、雨粒の一滴さえも、ピタリと止まって動いていない。

「え?」

「天国だよ。人は死ぬと天国に行く、とか、地獄に落ちる、とか言うじゃん。僕はね、それを選別する仕事をしてんの」

「は?」

「だからね、結構、恨まれるんだよ。『なんで私が地獄に』とか、『なんであいつが天国なの』とかね。そういう魂だけになった暇な奴らが、生きてる奴をそそのかして、僕らみたいな真面目なサラリーマンを攻撃してくるわけ」

「……」

 僕は少しだけ後ずさった。

 この人は頭がおかしいんだ。愛犬が死んで、頭がおかしくなってしまったのだろうか。それとも、元々こういう人だったのか。

 でも、目の前の光景が、彼の言葉を頭から否定することを難しくしていたのも事実だった。

「僕の頭がおかしいって言いたいんだろ? それはもっともだ。でもね。いちいちこう死人に恨まれていたんじゃあ、僕らも安心して働けないだろう? そういう時のために支給されたのが、こいつらさ」

 彼は足元のヨークシャーテリアを掴み上げ、そして言った。



「ねぇ、君は、本当に僕の犬を殺していない?」

 

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