第6話


「いや、だって……」


 僕は思わず頭を抱えた。

 止まった雨粒、透明の犬、音一つ亡くなった薄青の街。

 その奇怪な光景が、僕の世界、僕の信じてきた全てを、じわじわと侵していく。

 靴の内側に染み込んだ、水溜りの汚泥のように。

「だって、さっき、あなた……僕は今回はやっていなさそうだ、って」

「あぁ、それは撤回」

 あっけなく彼は言い、タバコを携帯灰皿にしまう。

「あれはただの思いつき。口から出ただけ、なんとなく」

「そんな無責任なことが……」

「僕は何にも責任を取らないさ。君がそうであるのと同じように」

「僕が?」

 間髪入れず、はっ、と短く笑ってやった。お前の意味不明な言葉など僕は気にもとめていない……そう装って見せたかった。けれど冷や汗は、僕の意識とは裏腹に、つうっと背中を伝っていく。

「僕がいつ、責任を取らなかったっていうんですか」

「いやいやいや、君は何にも責任を取っていないよ。逆に聞きたいくらいなんだけど、君はこの世で、一体いつ何に対して責任を取ったっていうんだい?」

「言っている意味が、全くわかりません」

「ほら、たとえば君は……」

 ニコニコと、それはもう無邪気な子供のように、彼はヨークシャーテリアを人形のように弄びながら、悪魔のような声で囁いた。

「あの時、を見殺しにしたじゃないか」

「彼、女……」

 ギュルギュルとビデオテープが巻き戻されるように、古い記憶が蘇る。



『雨は好きよ。魂が洗われるような気がするもの』



 土砂降りの雨の中で静かに笑っていた、後ろ姿。

 銀製のフルートのような、あの、透明な声。


「違うっ」

 僕は反射的に叫んでいた。

「僕は、僕は……見殺しになんてしてない!」

「君の意見は聞いてない」

 彼は犬を地面に下ろし、新しいタバコに火をつけた。

「ぶっちゃけ君の言い分なんて僕にゃどうでもいい。問題は君の無意識下の気持ちだ」

「無意識下の、気持ち……?」

「そう。口でどう言っても、たぶん君は、心の奥底で『彼女を見殺しにした』と思っている。抱えきれない罪悪感を、抑圧して、なかったことにして、逃げ続けている。だからこそ、君は奴らにたやすく付け込まれるんだ」

「奴ら、って……」


 彼の視線が、僕の背後に向いた。


 それを追うように振り向くと、そこには、目だけを爛々と光らせた影の群れが蠢いていた。

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