第3話


「マンゴーパフェ、お待たせしました」


 やがてパフェが二つ運ばれてきた。熟れきったマンゴーの果肉の色は場違いなほど明るく、受けを狙って空滑りした大学生みたいだな、と僕は思う。手をつける気は初めからなかったけれど、実物を前にして、さらに食べる気が失せる。


「君、大学生?」


 そんな僕とは反対に、パフェのてっぺん、マンゴーソースがたっぷりかかったソフトクリーム部分にいそいそとスプーンを入れながら、彼はどうでもよさげに尋ねてきた。

「はい」

「学部は?」

「経済です」

「ふーん。めちゃめちゃつまんなそう」

 僕がもっと真面目で、己の選んだ道にちゃんとした信念を持っているような大学生だったなら、ここで「そんなことはない」と力説もできていたのだろうが、現実の僕はまったくそんなわけもなく、ただ肩をすくめることしかできなかった。経済学というものについて、僕はこれという思い入れもなければ、なんの救いも見出していないのだ。


「貴方の愛犬は、幽霊かなにかになってしまったんですか?」

 

 そう尋ねると、彼は「うん」とスプーンを口に入れる。

「死んでも死にきれないでしょう? 殺されたりしたらさ。君だって、そうじゃない?」

「殺されたことがないからわかりませんよ」

「ああ、そう」

 彼のパフェのグラスに、自分の顔が映っている。といっても曲面なので、映る僕の像は歪み、とてもではないが、普通の人間の顔ではなかった。


「僕は、犬を殺しそうな顔に見えますか?」


 長いスプーンが器の奥に、ガリリ、という音と共に突っ込まれる。コーンフレークが砕け、ソースとクリームと混ざり合う。

「うん」

 彼は迷いなく頷いた。

「君って、人は間違っても殺さなそうだけど、犬は殺しそう」

「そうですか」

「でも今回は君は、やってなさそうだ。ねえ、どうだい。僕と一緒に、犬殺しを探してみないか」

 犬殺し。そう言われると、なんだか聞き慣れなくて、一瞬何のことかと思ってしまった。しかし何のことはない。犬殺しは、犬を殺すような人のことだ。何の罪もない犬を、無残に殺すような、悪人のこと。

「心当たりはあるんですか?」

「さあね」


 ほら、と、実に唐突に、目の前にスプーンが差し出される。


「なんですか?」

「たべて」

 オレンジ色の果肉の混じった、一掬いのアイスクリーム。僕は少し迷ったが、やがて唇を開くと、口の中へそれを迎え入れた。


 泣きそうな酸味と、べたつく甘さ。


 飲み込んだそれが、喉を通って胃にしまいこまれたその時、足元にまたひやりとした感覚があった。テーブルの下を覗き込むとそこには、長くつややかな毛を貴族のように垂れた、半透明のヨークシャーテリアが、嬉しそうに尻尾を振っていた。

 

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