Act12, 事務所前

 安部と亜矢は警察に連行され、刹那も事情聴取を受けた。


 早紀がその敏腕ぶりをフルに発揮してくれたお陰で、刹那ばかりか竹田もすぐに解放された。


「オレ、このままでいいんっスかね……」


 警察の事情聴取が終わり、事務所の廊下に出ると竹田が待っていた。


「誰かを殺したい思っても、それだけじゃ犯罪にはなりません」


 廊下に警官はいないが念のため声を潜める。


「でも、オレは……」


「安部が言った通り、呪ったとしてもそれを裁く法はないんです。つまり、殺したいと思っただけと変わらないんですよ」


「そうっスけど……」


「罪の意識があるなら、もう二度と誰かを呪ったりしないで、和子さんを大事にしてあげてください。そして、大西さんや亡くなった鳴滝亜矢のファンの供養も絶対に忘れないで」


 事故現場で会ったDDの霊を思い出す。


「もちろんっス……御堂さん、ありがとうございました」


 刹那は竹田を建物の出口まで送った。


 表に出ると覚えのある香りがした。


「まったく、とんだ茶番に巻き込まれたよ」


 背後から声がして振り返ると、リョータが出てきた。彼も警察の事情聴取を終えたのだろう。


「お疲れ様です」


「言う事はそれだけか? オレだってヒマじゃないんだ」


 いら立たしげに声を荒げる。


「いいえ、あたしからも確認したいことがあります。竹田さんに芦屋満留を紹介したのは、リョータさんですね」


 一瞬、リョータの表情が固まったが、すぐに平静を取り戻した。


「人をこんな茶番に付き合わせて、今度は言いがかりをつけるのか?」


「満留を紹介した人物を聞いたとき、竹田さんは一瞬あなたがいる方を見ました」


「ふざけるなッ、たったそれだけで、何でオレが霊能者を紹介した証拠になるんだよッ?」


「もちろん、それだけじゃありません。竹田さんは交通事故に遭ったファン、大西さんのこ事あれほど気にしていたのに、あなたについては一言も口にしませんでした」


「それはオレが死んでないからか、でなけりゃ竹田がオレを嫌っているからだろ?」


「眼の前で入院するほどの怪我をしているのに?

 竹田さんは、そんな人ではないでしょう。

 あなたは自分自身に禍が起こるのも覚悟で、満留を紹介したんでしょう。

 何故なら、呪術に頼っているあなたにとって、珠恵さんに起こったことは人事ではなかったからです」


「全て君の妄想だ、何一つ証拠が無い……」


 リョータは視線を刹那から逸らし、吐き捨てるように言った。しかし、その声は尻すぼみになって消えていった。


「その通りです。でも、そんな事はどうでもいい。

 あたしは、あなたにも『人を呪わば穴二つ』だってことを知って欲しかったんです」


「だから、オレはッ」


 再び刹那の方に顔を向ける。


「関係ないのなら、どうして彼女は竹田さんが帰った後もここをうかがっているのかしら?」


「え?」


「いい加減、かくれんぼはやめたら。あんたはとっくに『鬼』なんだから」


「大した千里眼ね、術で気配を消していたのに」


 気がつくと少し離れたところに芦屋満留が腕を組んで立っていた。


「いつの間に……」


 リョータが呆然とする。


 実を言うと刹那は満留の存在に完全に気付いていたわけではない。


 のろいが破られると、そののろいは大抵かけた術者に返って来る。


 ゆえに呪いが解かれると知れば、満留が現れる可能性が高い。


 と、鬼多見から教えられていたので、白檀に似た香りを嗅いだとき確信した。


 もちろん、それを満留に教えてやるつもりはない。


「自分で思っているほど、あんたの『おまじない』は大したことないってだけよ」


「余りいい気にならない方が身のためよ、御堂刹那。私を怒らせると恐いから」


 冷たい眼差しを刹那に向ける。それはこの言葉が本気であることを物語っていた。


「脅しのつもり?」


 刹那は怒りのこもった瞳で満留を見返した。


「本当に気が強い娘ね、いずれ後悔するわよ」


「その言葉、そっくり返すわ」


 満留は頬を歪め嘲った。


「フフフ……あなたに何ができるの? あなたも言ったでしょ、呪術で人を殺しても犯罪にはならない。警察は何の役にも立たないわよ。それともあなたが私を裁くつもり」


 刹那は不適に微笑んだ。


「あんたを裁くことは出来ない、そんなこと解ってる。でもあたしにだってやれることはある」


「何をやれるって言うの?」


「あんたの評判を落とす事よ」


「えッ?」


「今回の件が知れれば、あんたの顧客、確実に減るわよね?

 だって霊視が出来るだけの素人に呪いを破られて、依頼を達成できなかったんだもの、誰がそんなポンコツ陰陽師にギャラを払うのかしら?」


「そんなことをしたら……」


「あたしを呪い殺す? 言っておくけど、あたしにはブレインが居て、そっちはちゃ~んとした拝み屋よ。あたしが死んでも、そっちがあんたの無能っぷりを宣伝してくれるわ。

 ああ、それとあたしが霊能者だって事リークするとかも意味ないから。知っていると思うけど、あたし超マイナーだからバラされても大して影響ないし」


 満留は苦虫を噛み潰したような顔をした。


「いい気になっていられるのも今のうちよ」


「ご忠告ありがとう」


 捨て台詞を残して満留は再び闇に消えた。


「さて、リョータさん、後はあなた次第です。

 あのポンコツに頼り続けますか? それとも手を切って実力で勝負しますか?

 どっちにしろハッピーエンドは待っていないでしょう。

 あたしにはどうすることも出来ません。

 まぁ、あたしの現状を見れば言わずもがなですけどね」


「………………………………」


 リョータは自分のつま先を見つめながら沈黙した。


「それではあたしは事務所に戻ります。今日は本当にお疲れ様でした」


 頭を下げると事務所の建物に刹那は戻って行った。

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