Act11, プロダクションブレーブ パート2

 亜矢は血走った眼で同じ事を呪文のように呟き続ける。


 息が苦しくなり、全身が痺れたように感じ始めた。間もなく意識が無くなるだろう。


 とその時、何者かが亜矢の手を無理やり刹那から剥がした。


「竹田さん……」


「もう、いいっスよ、御堂さん」


 そう言い終えると、竹田は亜矢の顔面を拳で殴りつけた。


 くぐもった悲鳴が上げて、彼女は倒れた。


「な、何するのッ?」


 鼻血を垂らしながら竹田を睨み付ける。


「それ以上は止めて、後は警察に……」


「わかってるっス。御堂さん、知ってるんでしょ、オレとかずのこと?」


「ええ、調べました」


「巻き込んじまって、申し訳ないっス。ヨコハマ映像に来たときには、もう……」


「いいえ、あの時気付いていれば、大西さんを死なせずに済んだ」


「そうっスか……オレにとってはぎようこうだったのかな……」


「それは違います。何が起こるか薄々気付きながらも、あなたはここに来た。それはあなたが苦しんでいた証拠でしょう?」


「………………………………」


 竹田は亜矢を見下ろしたまま、下唇を噛みしめた。


「ちょっとッ、何の話しをしているのッ? あの〈影〉は珠恵じゃないの?」


 流れ続ける鼻血を押さえながら、会話について行けない亜矢が声を上げた。


「いいえ、〈影〉は篠原珠恵、本名、たけかずさんよ」


「竹田……」


「オレの妹だ。

 和子は、意識不明のまま今でも病院のベッドの上にいる。

 なのに突き飛ばしたアンタは、アイツの代わりにネット番組に出演している。

 許せなかった、許せるわけないだろ」


「………………………………」


「どうやって、安部と彼女がしたことを知ったんですか?」


「和子が事故現場に事務所の後輩と一緒にいたのは、警察から聞いて知っていたっス。

 それがこの『鳴滝亜矢』だって知ったのは、ヨコハマ映像に所属した直後に大西の口からっス」


 それは今から半年ほど前の事で、ヨコハマ映像に竹田が就職したのは全くの偶然らしい。


 しかし竹田はそこに運命を感じ、漠然とした疑念を抱き始めた。


 大西にそれとなく探りを入れると、マネージャーの安部が和子の担当もしていたこと、そして亜矢と仕事以外でも親密であることを知ることができた。


 疑念は確信に変わりつつあったが、証拠は何もない。


「そんな時っス、ある人から芦屋さんを紹介されたっス」


「紹介したのは誰です?」


 竹田が一瞬視線を動かしたのを刹那は見逃さなかった。振り返らずとも、彼の視線の先にいる人物は判っている。


「すんません、それは言えないっス」


「いいえ、気にしないでください。それで、満留が何をしたんですか?」


 満留は竹田の疑念が事実であると請け合った。芸能記者でもある彼女は、元々安部について取材をしていたのだという。


「芦屋さんは、オレに安部がやってきた事を詳しく教えてくれたっス。それを聞いてたらオレ、どうしてもガマンできなくなって……」


 満留は竹田の怒りを煽り、復讐心に火を点けた。そして安部と亜矢を呪うことに同意させたのだ。


 そして彼は呪いに使う物を満留に提供した。それは、


「オレと和子の髪と血です」


 これが『どく』に使われたはこに入っていた物だ。これを用いて和子の霊をそくばくし呪いの道具にしたのだ。


「もうお気付きでしょうが、この呪いは和子さん自身を苦しめます。一番憎い人間のそばに居続けなければならないんですから」


「オレもそう思うっス。芦屋さんからは、オレと和子の無念の想いを使うとしか聞いてなくて……。いや、言いわけっスね。オレは確かにこの二人に復讐する、破滅させる、殺してやるって望んだっス。

 鳴滝が和子の代わりになって喜んでいる大西たち他の奴らも、同じように苦しめてやるって、望んだっス。

 でも、交通事故で人が死んで恐くなったっス。オレたちの、いえ、オレのせいで鳴滝のファンが死んだ。

 そんなこと……そんなこと許されないっス。オレ、そんな覚悟してなくて、本当に……本当にどうしたらいいか……」


「事故の後、芦屋満留がヨコハマ映像に行ってますね、その時何も言わなかったんですか?」


「もちろん言いました。そもそも事故が呪いのせいなのかって。


 そしたら『そうだ』って、そして『途中で呪いは止められない』って」


 実際、その直後に大西が自殺をした。


 満留は竹田に鬼になれと言った、復讐の鬼に。そうしなければ妹の無念は晴らせない。


 怯えながらも彼は犠牲者に目をつぶり、呪いの進行を放置した。もう、後戻りは出来ないのだ。


「本当は誰かに止めて欲しかったんっス、だからここに来たんスよ。でも、それでも呪いは……」


「解けます」


 そう言って刹那は小さな袋を取り出した。


「この中に呪いに使われた物が入っています。これをあなたが燃やせば、呪いは解けるはずです」


「ホントっスか?」


「たしかな筋に確認したので間違いありません。燃やしてくれますか?」


「はい、もちろんっス」


 刹那は消火用のバケツを用意した。


 その上で竹田は呪いに使われた髪の毛と血を燃やした。


 すると亜矢のそばに立っていた〈影〉の姿が薄らいでいき、やがて視えなくなた。


 自分の身体からだに帰ったのね。


 パトカーのサイレンが近づいてきた。

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