Act11, プロダクションブレーブ パート1
安倍が亜矢の頭をテーブルに押さえ付けて、口元をいやらしく歪め笑みを浮かべている。
亜矢は涙と
刹那は彼女の背後に立つ珠恵を視つめた。
「まだ呪いは解けてねぇな、先生」
今更だが、やはり最初から安倍には〈影〉が視えていたのだ。部屋が明るくなると、珠恵の姿を認識できるのはこの男と刹那だけになってしまった。
亜矢の背後に取り憑いている、いや取り憑かされている篠原珠恵。
彼女に対する恨みも当然あるだろうが、それ以上に安倍への怒りや憎しみが強いのは間違いない。
その思いは芦屋満留に利用された。安部に恨みを抱く者が呪術による復讐を依頼したのだ。
直接安倍を狙わなかったのは、まがいなりにも安倍が呪術を心得ていたからだろう。それに同じ夢を抱いている亜矢が、珠恵と相性が良いと思われたのかも知れない。
亜矢に取り憑いた珠恵は
ファンを巻き込んだ交通事故は偶然を装った突発的なものだったが、大西はジワジワと精神的に追い詰められていった。
大西が珠恵に近しいから、このような違いが生まれたのかも知れない。
この禍は亜矢に向かいその範囲を狭めてくる、最後に残るのは安倍と亜矢だ。
安倍の実力では祓えない、もしくは祓うためには高いリスクが伴うのだろう。だから自分の身代わりを用意した、それが刹那だ。
刹那は亜矢の部屋に訪れたとき違和感を覚えてた。彼女の部屋はマイナーアイドルの物とは思えないほど豪華だった。
ワンルームとは言え練馬であれだけのマンションを借りれば、安くても家賃は七、八万円はするだろう。
亜矢はそれだけのギャラをもらっていないし、バイトもしていない。
通常、亜矢クラスのタレントなら、バイトとかけ持ちで、何とか日々の生活を乗り切るのが精一杯だ。
夢を売る裏側の現実で、ルームシェアをしたり、ボロアパートを借りたり、友達の処を転々としたり、アイドルは本当に苦労している。
刹那の待遇でさえ破格なのに、マイナーアイドルでこれほどリッチな生活は考えられない。
では、亜矢はどうしてあんな良い部屋に住めるのか?
考えられるのはパトロンの存在だ。
それとなくカガワに探りを入れたが、親からの援助、後援者や熱狂的なファンなどの情報はなかった。
そうする鍵となるのは、あのセミダブルのベッドだ。
独り暮らしのワンルームでセミダブルは必要ない、いくら広いと言っても八畳程度の部屋だ。誰かと一緒に寝るために必要だったのだ。
そうすると頻繁に亜矢と合っている人物が疑わしく、それは安部しか居なかった。それにこの男なら特技を使い、給料以上の金銭を会社から都合できる。
と、ここまでは自力で推理したのだが、呪術については素人なので、また鬼多見に頼らなければならなかった。
今度は事件の全容を伝える必要があったが、その結果、自分の予想が大方間違っていない確信が持てた。
ただ、安倍が自分を身代わりにするつもりだと気付かされた時は、恐怖よりも怒りを覚えた。
ギャラが支払われなくなる状況で、更に鬼多見を使うことに渋い顔をしていた好恵だが、刹那の
もともと最後までやり遂げるつもりだったが、意外なことに今度は早紀が好恵を説得してくれた。
「その汚い手を放しなさい」
「うるせぇな、こいつをどうしようが俺の勝手……」
言い終わる前に、早紀が安部の腕を捻り上げた。
安部が耳障りな悲鳴を上げる。
彼女はただの敏腕マネージャーではない、少林寺拳法四段のボディーガードでもあるのだ。
「貴方はマネージャーに向いていません、出所したら転職したほうがいい」
「な、何を言って……」
「所属タレントに暴力を振るったのを、ここに居る全員が目撃しています」
「あれは、アイツが……」
「あら、あたしたちが見たのは、あんたが鳴滝さんの頭をいきなりテーブルに叩き付ける姿だけよ。それはバッチリカメラにも映ってるわ、そうでしょ竹田さん?」
竹田が慌ててカメラのチェックをする。
「あ……はい、撮れてるっス! でも、どうして……」
「それを篠原珠恵も望んだから」
安部が恨めしげな眼差しで睨む。
「てめぇ、ハメやがったな!」
「自業自得でしょ」
「警察が来るまで大人しくできますね? 出来ないなら落とします」
早紀が空いているてを、スッと安部のクビに添える。
安部は口を閉じ抵抗するのを止めた。
彼の呪術では今の状況は打破できないのだ。
「さてと、それじゃ本題に入りましょうか」
亜矢が虚ろな顔を向けた。
「鳴滝さん、あたしが救わなければいけないのは、あなたじゃなくて篠原珠恵さんなの」
「どういう……こと……」
「解っているでしょ、あなたも罪を償わなければならない。だから、もう芸能界にはいられない」
「わ、わたしはただ、アイドルになりたかっただけなのッ。ただ……ただ、それだけのために
刹那は溜息を吐いた。
「ごめん、解らない。だからあたしは、こんな半端なことをしている」
アイドルとしては三流で、霊能者としてもやっていけない中途半端な存在、それが御堂刹那の正体だ。
「なんで……なんでアンタみたいな人が芸能界にいるのッ? わたしがどんな気持ちでエロオヤジに抱かれ続けたか、どんな思いで霊能者を演じ続けたか……どんなに……どんなに……」
亜矢はその場に泣き崩れた。
「あたしには解らないけど、篠原さんなら誰よりもその気持ちが解るでしょうね。
アイドルになりたくて上京して、やりたくもない霊感アイドルとして売り出され、そして不道徳なマネージャーに
泣き声が止んだ。
「人を呪わば穴二つ。珠恵さんを突き飛ばしたとき、あなたは自分自身も突き飛ばしていたのよ」
「そんな……わたしは……」
「いくら言い訳しても現実は変わらない、あなたが罪を償えばこの呪いも終わるわ」
亜矢がユラリと立ち上がった。
「……ばいい」
「え?」
「アンタなんか死ねばいい!」
亜矢は刹那に飛びかかり、両手で首を絞めた。
すぐさま反応しようとした早紀を、刹那は眼で制した。
「あたしを、殺して……どうするの? ここにいる……全員……殺す? それで……アイドル……続けられる……?」
「うるさい!
うるさいッ、うるさいッ、うるさいッ!
アンタが余計なことするから、アンタが余計なことするから……」
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