Act10, ブレーブスタジオ パート3

「で、俺が横山に何かしたって言うのか?」


 亜矢の不安を余所に、安倍は話しを進めた。


「呪ったでしょ」


「寝言は寝てから言ったらどうだい、センセー」


「横山さんは運転中、急に胸が痛くなったと言っている。それが原因で事故を起こしたけれど、その後の検査で異常はなし、事故以前も健康に問題は無かった」


「で、俺が呪いをかけたと。そう横山が言ったのか?」


「まさか。横山さんは、事故を起こした責任は自分にあるって今でも思ってる」


「そうだろうな。例え俺が呪ったとしても、事故の原因として立証するなんてムリだ」


「わかってる。でも、重要なのはそこじゃない。それだけなら篠原さんはハネられていない。横山さんも彼女が飛び出してきたって証言している。ねぇ鳴滝さん、どうして篠原さんは飛び出したの」


「わ、わたしは……何も……何もしてない……珠恵さんがいきなり……」


  どうして、どうしてわたしがめられるのッ?

  この女は、わたしを助けてくれるんじゃなかったのッ?


 亜矢の瞳に涙がにじんだ。


 どう言い訳しようと、御堂は亜矢がしたことを知っている。


 だからといって素直に自分のしたことを認めることは出来ない。


 亜矢は安倍の居る方に振り向いた。姿は見えないが、今頼れるのは安倍だけだ。


「突き飛ばしたんだよ、亜矢が」


 ヘラヘラと安部が答えた。


 亜矢は絶句した。淡い希望は一瞬でかき消された。


「それを指示したのはあなたでしょう?」


「ヒドイな先生、クライアントを犯罪者呼ばわりか。俺はね、亜矢にこう言っただけだ、『事務所の裏側の横断歩道に珠恵を連れて行けばいい、後はわかるよね』ってね」


 あの日、安倍に言われた言葉が脳裏に蘇った。



  前回のイベントの集客も悪かったね。


  事務所もこのままだと見切りをつけるだろうな。


  もっと露出を増やせばいいけど、

  ウチの事務所にも仕事をしたい娘は沢山いるからね。


  何とかしてあげたいんだよ。


  力になりたいんだ。


  亜矢ちゃんには、どれだけの覚悟がある?


 

 気付けば安倍とベッドの中にいた。


 正直、気持ち悪くて吐きそうだった。


 それでも耐えた。


 アイドルになるため。


 それもただのアイドルではない。


 霊感アイドルも踏み台に過ぎない。


  トップアイドル……


 常にスポットライトを浴び、全国ネットのテレビに出演し、ドラマ、映画、コンサート、夢は尽きない。


 アイドルと呼ばれる時期が過ぎれば、今度は女優、ミュージシャンとして海外でも活躍し続ける。


 それが鳴滝亜矢だ。


 そのためなら、どんなことでも耐えられる。


 気持ちの悪いオヤジに抱かれる事など何でもない。


 望まれればもっと恥ずかしいことでも、気持ち悪いことでもする。


 他の男でも、女にだって抱かれる。


 誰かを傷つける事だってためらわない。


 だから安倍に珠恵の後釜になりたくないかと言われたとき、何の迷いも無かった。


 あの横断歩道に立ったときは、さすがに脚が震えた。


 それでも亜矢は横山のクルマが来たとき、珠恵の背中を思い切り突き飛ばした。


 次の瞬間、珠恵がこちらを振り向くのがスローモーションのように見えた。


 何が起こったが理解できずにいる表情は、今でも夢に出てうなされる。


 不思議なのは、ハネられて血だらけになった姿ではなく、直前の珠恵の表情が亜矢を苦しめてることだ。


 意識不明と言っていたが、人殺しになっていたかも知れない。


 それでも構わない、どんなに手を汚しても構わない。


 ただし、それが公になることは許されない。


 アイドル鳴滝亜矢は一点の汚れも無い存在だ。


「仮に、俺が呪いをかけたとしても、この国の法じゃ裁けないぜ」


 裁かれるのは、珠恵を突き飛ばした亜矢だけさ……


 他人事のような安倍の言葉が、亜矢の心の闇に響いた。


 気付くと亜矢は訳のわからない金切り声を上げ、安倍の声のする方に突進していた。


 しかし、揉み合ううちに安倍に髪を鷲づかみにされ、テーブルに叩き付けられた。


 その瞬間、部屋に明かりが灯った。

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