Act10, ブレーブスタジオ パート2

「鳴滝さんにも今は視えているみたいね」


 隣から御堂の声がした、席を立ってはいないようだ。


「あの……御堂さんが視ていたのは……」


「そう、彼女よ、鳴滝さんの先輩の篠原珠恵さん」


「………………!」


 亜矢は言葉を失った。


「薄々は気付いていたんじゃない?」


「な、何を言っているんです……」


 とっさに否定した。


「そう……」


 御堂が立ち上がる気配がした。


「先週、大西克也さんが、窓から落ちて亡くなりました」


 凜とした声が暗闇に響き、静寂が取り戻された。


「その窓は機材が邪魔で開けることはなかった。そうですね、竹田さん」


「え? あ、あぁ……」


 戸惑ったカメラマンの声がした。当然だろう、今は関係の無い話しだ。


「機材をムリヤリどかして、大西さんは飛び降りた。これも間違いないですね」


「そうっスけど……今、中継が止まってるんッスよ!」


「だいじょうぶ、こうなる事は判ってたから」


「中継、社長の自宅……第二スタジオに切り変わりました」


 早紀が事務的な口調で言った。


 初めから中継が途切れることを想定し準備していたのだ。考えてみれば当然かもしれない、この放送は亜矢に憑いた〈影〉を祓うたのめに行われているのだから。


「警察は大西さんの死を自殺と考えています。最近仕事が上手くいっていなかったから、それが原因だろうって」


 亜矢もテレビのニュースで知っていた。大西の死はかなりショックだったが、これもやはり〈影〉の仕業なのだろう。


「あたしは自殺する直前の大西さんに会って話しをしました。たしかに仕事について悩んでいましたが、本当に恐れていたのは〈影〉です」


 亜矢の瞳は視たくもないのに闇に浮かぶ女性のシルエットに向いた。


 大西を殺したモノが眼の前にいる、逃げ出したいがそれは出来ない。


 芸能生命がかかっているのだ。今までも辛い思い、嫌な思い、苦しい思い、そして恐い思いを散々してきた。


 それでも耐えて、乗り越えて来た。


 今回もきっと、いや絶対に何とかする。霊感アイドルではなく、いつかトップアイドルになるんだ。


 眼の前に立っている〈影〉が、例え篠原珠恵であっても、それは変わらない。


 亜矢は知らないうちに〈影〉を睨み付けていた。


  負けない……


「あたしは篠原さんにも会ってきました。と言っても、彼女は病院のベットで今も意識不明のままです」


  珠恵はまだ生きていたのか……


 その事は考えないようにしていた。


「鳴滝さん、あなた、篠原さんが交通事故に遭った現場に居あわせたのよね?」


「え……そ、それは……はい……珠恵さんが、クルマにはねられるのを目撃しました……」


  なぜそれを今聞く?


「珠恵さんが、見ていただけのわたしを怨んで祟っているんですか? あの〈影〉は彼女の生き霊?」


「いいえ」


「じゃあ、どうして……」


「あたしが言ったのは、あなたは見ていただけじゃないってコト。そうでしょ?」


「…………………!」


 一瞬息が詰まった。


「ちょっと先生! いったい何の話しをしているんだッ? 私が頼んだのは除霊で、言いがかりを付けられる事じゃないぞ」


 安倍が声を荒げた。


「〈影〉を取り除くために必要なんです」


「これのどこが……」


「必要です、篠原さんと直接話せない以上、じゆを行った人の心を救わなければなりません。それは、あなたもご存じでしょう?」


「な、なぜ、私が……」


 安倍が口ごもった。


「今回の依頼で、あたしの行く先々に芦屋満留という芸能記者がおとずれていました。彼女につて当然ご存知ですよね、安倍新一さん」


 御堂は『安倍』と苗字を不自然に強調して言った。


「……………………」


 安倍が沈黙した。


 これが何を意味するのか、亜矢には解らなかった。


「フン、思ったより物事を知っているじゃないか?」


 安倍の口調がガラリと変わった。


 彼とは長い時間を過ごしている亜矢だが、こんな安倍は知らない。


「いいえ、アンタが思った通り、あたしは何も知らないド素人よ」


 御堂の口調も変わった。


 静かなままだが怒りがにじみ出ている。


「初めから充分な知識があれば、大西さんは死なずに済んだし、そもそもこんな仕事はクビになっても受けなかった。でも受けた以上、ちゃんと〈影〉は祓ってあげる」


「お前に出来るのか?」


 亜矢は耳を疑った、安倍は何を言っているのだろう、そのために御堂に依頼したのではないのか。


「できなきゃ身代わりになって、あたしが取り殺されるだけよ、アンタの目論見どーりにね。どっちにしろアンタは助かるんだから、素直に協力しなさい」


 その言葉には有無を言わせない厳しさがあった。


「それじゃ改めて聞くけど、鳴滝さん、あなたホントに篠原さんがハネねられるのを見ていただけ?」


 再び自分に問いが発せられ答えに詰まった。


 今の亜矢の瞳には、闇に浮かぶ〈影〉しか映っていない。


 暗い闇の中でなぜ〈影〉が視えるのかは解らない。


 黒い闇に黒い〈影〉がクッキリ浮かんでいる。


「何が言いたいんです?」


 声が少し震えてしまった。


「事故を起こしたのは、当時カガワエージェンシーで常務をしていたよこやまいちさんの運転するクルマで、原因は前方不注意とされた」


 亜矢の視線が〈影〉かられ、御堂の声がする闇に向いた。


〈影〉と違い彼女のシルエットは闇に紛れハッキリとしない。


「その後、横山さんはカガワを辞職した。非常にまじめな人みたいね、そして安倍さん、あなたとは反りが合わなかった」


「あぁ、そうだな。アイツは俺のやることに、一いちケチを付けて来やがった」


「当然でしょ。あなた、担当している女の子に何をしたのッ?」


「私生活でも色々面倒を見てやったんだ、そうだろ亜矢?」


 背筋がゾクリとした。


 安倍は何を考えているのだろう、二人の関係がバレたらお互い困った事になる。

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