Act9, ヨコハマ映像 パート1
大西克也が所属するヨコハマ映像は、なぜか川崎市の多摩区にあった。
「お忙しいところ済みません。
刹那はインターフォンに越しに言った。
「ああ、大西にご用の方っスね、今開けます」
ヨコハマ映像は小さな雑居ビルの4階にあった。ドアを開けて出てきたのは二十代後半の男性だった。
「お待たせしました、ちらかっていますがどうぞ」
言われた通り、室内は機材で足の踏み場もないほど雑然としていた。
奥の方でモニターを見ながら映像の編集をしているのが大西だろう。
なんだろう、この感じ……
大西からは、亜矢とも満留とも違う異様な感じがする。
「ブレーブの方が来たっスよ」
おう、という唸るような返事をして大西が振り向いた。
目の下に隈ができ、やつれている。仕事で睡眠不足なのか、それとも別に理由があるのか。
刹那は名乗り、来た目的を話した。
「正直、まいってるよ……」
大西は溜め息と共にタバコの煙を吐いた。
「それは仕事上でですか? それとも個人的に?」
「どっちも、さ……」
へへへ……と大西は投げやりに笑った。
「鳴滝亜矢がらみの仕事にウチは多く関わっていたせいで、仕事が減っちまったよ。それにスタッフも、オレと竹田しか残ってねぇ……」
竹田というのは刹那を迎えてくれた男性だろう。
「松野は入院、佐藤は
また、へへへ……と大西は笑った。
刹那は『マスコミ』という言葉が引っかかった。
失踪者まで出しているのだから、何らかの取材があっても不思議ではない。しかし、刹那の脳裏にはある女性が浮かんでいた。
「すみません、マスコミって取材に来たのは芦屋満留って記者じゃありませんか?」
「え? たしか、そんな名前だったな……何か関係ある? 必要なら名刺あるけど」
「いえ……私が調査している先に来ている事が多くて」
「へぇ」
大西は気になっているようだが、それ以上追求してはこなかった。
芦屋満留……。どうしていつも先回りしているんだろう?
偶然とは思えない、今回の件に関わりがあるのだろうか。
「珠恵とやってた頃が懐かしいよ。亜矢に代わって、仕事が増えて喜んでいた矢先がこのザマさ。きっとアイツが怒っているんだ……」
「アイツって篠原珠恵がですか?」
珠恵は体調不良で仕事を降板し、その後を亜矢が継いだ。
「そうさ、きっとアレはアイツなんだ……」
「何かおかしな事があったんですね?」
大西は今度は鼻でわらった。
「先生、あんた霊能者なのに視えないのかい?」
「特にこの部屋でおかしなモノは視えません。ただ、大西さんからは何と言うか……よくない感じがしています」
失礼は承知で正直に話した。
「それはオレに、霊が取り憑いているって事だろ?」
「いいえ、霊ならあたしに視えるはずですから」
そう、『はず』なのだ。亜矢に取り憑いているモノは〈影〉しか視えない。
「オレには視えてるぜ、ずっとアイツはいたんだ。今もそこに立っている」
大西は部屋の隅に視線を移した。
だが、そこに何かの存在を刹那は認める事が出来なかった。
ノイローゼか過労による幻覚?
それとも、あたしには視えない何かが居るってこと?
「何が視えるですか?」
「〈影〉だよ、女の〈影〉さ」
「鳴滝さんの背後に、あたしは女性の〈影〉を視ました。でも、大西さんが視ている場所には何も感じません」
「オレが幻覚を見てるって言いたいのか?」
「逆です。あたしが鳴滝さんに視たモノと似すぎています、偶然とは思えません」
「じゃあ何なんだよ!」
いら立たしげに大西は声を荒げた。
「それを調べています」
「クソッ、使えねぇなぁ」
「ごめんなさい、すぐに助けてあげられなくて」
素直に謝られて大西は我に返ったようだ。済まない、と呟くように言って頭を抱えた。
「〈影〉は、篠原珠恵の姿に似ているんですね?」
「オレにはそうとしか思えない……」
「大西さん、篠原珠恵から何か恨まれる覚えはありますか?」
「直接は無いけど……ただ、さっき言った通り、亜矢に代わってから仕事も増えてさ、見舞いにも行ってない」
そう言えば、珠恵は体調不良でネット番組を降板した後、カガワエージェンシーから所属を解除され事実上芸能活動をやめている。
「見限ったオレを怨んで出てきているんだよ」
刹那が目を通した資料には珠恵のその後についての記述がなかった。
生き霊……ってこと?
今までに生き霊に出会った事はほとんどない、その中でも今回のような〈影〉として視えた事はなかった。
「リョータさんが怪我をした現場にも、その〈影〉は現れましたか?」
「いや、視えるようになったのはもっと後だ。一〇日ぐらい前から視界の隅に誰かがいるような気がして、それから二、三日するとハッキリとした女の〈影〉になった、そこにいるんだ……珠恵が……」
再び大西は誰もいない場所に視線を向け、
珠恵が今どうしているか確認する必要がでてきた。たぶん、それが今回の事件のカギとなるだろう。
「大西さん、〈影〉は松野さんと佐藤さんにも視えていたんですか?」
「松野は何も言っていなかった、直接本人に聞いてくれ。佐藤はいなくなる前、誰かがいつも側に居るって怯えてた。それが珠恵か判らなねぇけど、多分アイツだよ……」
珠恵についてはカガワエージェンシーに聞けば判るだろう。
「竹田さんは、何かおかしな目には遭っていませんか?」
帰りがけに刹那は竹田に尋ねた。
「オレは特に……ただ、大西さんが心配っスね、佐藤さんのこともあるし」
「松野さんからは何か聞いていませんか?」
「ん~別に怪現象が起こっているみたいなことは言ってなかったっスねぇ。オレには偶然が重なっただけにしか思えないけど」
「そうですか」
竹田の様子からすると、本人にはまだ何も起きていないようだ。
刹那はビルから出たところでスマホを取り出して、好恵に電話をかけた。
「あ、おばさん、調べて欲しい事があるんだけど……」
篠原珠恵の事を頼もうとした時、すぐ隣に何かがドサリと落ちてきた。
「大西さん!」
竹田の声が上から聞こえた。
刹那は思わず声のする方に顔を上げた。
蒼白の竹田の顔が4階の窓から見下ろしている。
その視線をたどると目の前に赤く汚れた大きな塊があった。
それが頭の割れた大西だと気付くまでしばらく時間がかかった。
「せっちゃんッ、どうしたのッ? せっちゃん!」
スマホから好恵の声が聞こえる。
自分がスマホを耳に当てたままであることを思い出したが、声を出すことも動くこともできなかった。
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