Act8, プロダクションブレーブ

「刹那、社長から聞きました、朝帰りをしたんですって? それにダンスレッスンもサボったでしょう」


 昼近くに事務所に出社すると、開口一番マネージャーの荒木早紀が詰めよってきた。


「ちょ、ちょっと待ってください! 『朝帰り』じゃなくて『深夜に帰宅』ですよッ。それに遅くなったのは副業をしてたからです、レッスンもそれで……」


「知っています」


「じゃ、なんで怒るんですかッ?」


 問題を起こしたわけでもないのに、夜中過ぎまで働いて叱られては堪った物ではない。


「何度も言っていますが、私はあなたが副業をすることには反対です。しかし、やらなければならない事情も解ります」


「それなら……」


 話しかけた刹那を早紀は手で制した。


「解りますが、あくまで副業は副業。本業に影響があっては困ります」


「だから、その本業の数が……」


「少ないからこそ、慎重に行動して欲しいんです。もっと自分を大切にしてください、無理は絶対にしないで」


「は、はい、すみません……」


 刹那は思わず頭を下げていた。


 早紀は事務所の中で好恵の次に付き合いが長い。


 刹那は小学生の時、夏休みの自由研究でブレーブを取材したことがある。当時新米マネージャーだった早紀は色々と刹那の面倒を見てくれた。


 帰り際に「刹那ちゃんがウチの事務所でアイドルになるなら、わたしが担当するね」と早紀は言ったのだが、まさかそれが現実になるとは思わなかった。


 ただし、そこにいたのは初々しいお姉さんではなく、びんわんこうせいで厳しいベテランマネージャーだった。


 早紀は刹那の副業に反対すると共に、給料面での特別扱いにも反対している。他のタレントが、刹那に対してだけではなくブレーブ自体に不満を抱きかねないからだ。


 気付くと好恵がニヤニヤしながらながめている。


「社長も社長です。何故なぜ、深夜になる前に刹那を呼び戻さなかったんですか? お忘れかも知れませんが、御堂刹那は一八歳、未成年なんですよ」


 あくまでカギかつ付きだけどね、と刹那は思った。本当はお酒も、タバコも、成人指定映画もOKな年齢だ。


「はいはい、ごめんなさい。わたしももっと慎重になるわ、早紀ちゃんにかいようで倒れられたらウチは倒産しちゃうから」


「本気でそう思うなら、やっかいな副業は受けないでください」


「それはとっくに反省しています。それで、そっちはどうなの?」


 好恵は早紀の説教を上手く終わらせた。


 帰宅したのが深夜だったので、自宅で報告はしていない。


「はい、ある程度の成果はありました」


「って事は解決できそう?」


「そこまではまだ……思ってもみない方向に発展して」


 バックの中からホテルで見つけた匣を取り出した。念のためジッパー付きのプラスチック袋に入れてある。


「何ですかそれは?」


 早紀は眉をひそめた。


 昨日の調査で判った事を刹那はかいつまんで話した。


「何度聞いても、あなたの話している内容が現実の事とは思えません」


 現実主義者の早紀には信じがたい話しだろう。


「事実であれ、せっちゃんの妄想であれ、それもウチの収入源であることに間違いないわ」


 さすがに好恵はたつかんしている。


「それで匣の中身は何なの?」


「まだ確認していません」


「賢明な判断です。あなたの話しを信じ切る事は出来ないのですが、それでもそれが……」


「ヤバイモノだって事は感じます?」


「ええ……」


「で、この後どうする気?」


「以前協力してもらった、鬼多見さんにメールでお願いしています」


 刹那は霊視は出来るがその手の修行をちゃんと積んではいない、そのため不足している知識も多い。


 以前、その事で困っていると、好恵がを頼りに探してきたのが鬼多見だった。


「ま、もちは餅屋よね」


「向こうは副業の副業だって言ってますけど、あたしよりこの手の事に詳しいのは間違いないですから。ギャラの折り合いがつき次第、これを送って何か確認してもらいます」


「社長、キタミさんですか、その方に全てお任せするわけには行きませんか?」


 早紀の言葉に刹那は驚いた。


「待ってください、途中で投げ出せて言うんですか?」


「あなたが責任を持たなければならない仕事ではありません」


「たしかに、社長が勝手に引き受けた仕事ですし、あたしは乗り気じゃありませんでした。いいえ、今でも正直やめたいと思ってます」


「じゃあ問題ないでしょう?」


「ダメです。いくらイヤな仕事でも、もう引き受てしまいました。一度引き受けた以上、自分の手には負えないとハッキリとわかるまで投げ出しません。それは本業でも副業でも一緒です」


 早紀は溜め息を吐いた。


「刹那、あなたは変なところでプロ意識が強すぎます」


「ま、それがせっちゃんなのよ。さすがはわたしの姪だわ」


 刹那が叔母に笑みを向けたとき、スマホの着信音が響いた。


「噂をすれば、です」


 スマホには鬼多見からメールが届いていた。さっと目を通す。


「やっぱりコレは呪術的なモノみたいですね、鬼多見さんは『どく』の一種かもしれないって言っています」


「コドク?」


「えーと、『蠱毒』とは中国に古くから伝わる毒を精製するまじないです。

 毒性の強い蛇、虫、クモ、サソリなどを一つの容器に閉じ込めて共食いをさせ、生き残った一匹に他の生き物の毒性が集中します。

 それを術者が暗殺や呪術に使います。

 ただ、毒性生物に共食いをさせるのはあくまで基本形で、そこから様々な亜種が発生しているようです。

 中には、呪いをかけたい相手の家の前に蠱毒の匣を埋めておき、そこを相手がまたぐと呪いが発動する。といった使い方をされたとも聞いた事があります。

 その匣が蠱毒かはまだ判りませんが、その可能性は充分に考えられます……と書いてあります」


 刹那は鬼多見からのメールをそのまま読んだ。


「で、今回の手数料は?」


 好恵はにとってはこれが一番大事なことだ。


「何が出ても出なくてもお互い文句なしで三万円でどうか、との事です」


 好恵は眉を寄せて匣を睨んだ。


「たしかに、何が出てくるかわからないし……と言うか、せっちゃん、何でこんな物ひろってきたの?」


 はなはだ迷惑と言わんばかりだ。


「あたしだって好きで持ってきたんじゃありませんよ! 事件に関係ありそうだから、わざわざほじくり出してきたんじゃないですかッ」


「あ、そうか」


「『そうか』って……」


「その費用は当然カガワ持ちですよね?」


「もちろん、必要経費で請求するわ」


 口ゲンカで脱線しかけた刹那と好恵を、早紀が一言でどうしゆうせいした。


「刹那、それなら早く送った方がいいでしょう? 正直、私もそれの側に居たくありません」


「わかりました。社長、頼んでおいた制作会社のディレクターのアポ取れました?」


「ええ、今日なら会社にいるから、少しなら時間を取れるって」


「了解、じゃあコレを送ったらそのまま向かいます」


 さて、今日も忙しくなりそうだ、と思いながら刹那は事務所を後にした。

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