Act8, プロダクションブレーブ
「刹那、社長から聞きました、朝帰りをしたんですって? それにダンスレッスンもサボったでしょう」
昼近くに事務所に出社すると、開口一番マネージャーの荒木早紀が詰めよってきた。
「ちょ、ちょっと待ってください! 『朝帰り』じゃなくて『深夜に帰宅』ですよッ。それに遅くなったのは副業をしてたからです、レッスンもそれで……」
「知っています」
「じゃ、なんで怒るんですかッ?」
問題を起こしたわけでもないのに、夜中過ぎまで働いて叱られては堪った物ではない。
「何度も言っていますが、私はあなたが副業をすることには反対です。しかし、やらなければならない事情も解ります」
「それなら……」
話しかけた刹那を早紀は手で制した。
「解りますが、あくまで副業は副業。本業に影響があっては困ります」
「だから、その本業の数が……」
「少ないからこそ、慎重に行動して欲しいんです。もっと自分を大切にしてください、無理は絶対にしないで」
「は、はい、すみません……」
刹那は思わず頭を下げていた。
早紀は事務所の中で好恵の次に付き合いが長い。
刹那は小学生の時、夏休みの自由研究でブレーブを取材したことがある。当時新米マネージャーだった早紀は色々と刹那の面倒を見てくれた。
帰り際に「刹那ちゃんがウチの事務所でアイドルになるなら、わたしが担当するね」と早紀は言ったのだが、まさかそれが現実になるとは思わなかった。
ただし、そこにいたのは初々しいお姉さんではなく、
早紀は刹那の副業に反対すると共に、給料面での特別扱いにも反対している。他のタレントが、刹那に対してだけではなくブレーブ自体に不満を抱きかねないからだ。
気付くと好恵がニヤニヤしながら
「社長も社長です。
あくまでカギ
「はいはい、ごめんなさい。わたしももっと慎重になるわ、早紀ちゃんに
「本気でそう思うなら、やっかいな副業は受けないでください」
「それはとっくに反省しています。それで、そっちはどうなの?」
好恵は早紀の説教を上手く終わらせた。
帰宅したのが深夜だったので、自宅で報告はしていない。
「はい、ある程度の成果はありました」
「って事は解決できそう?」
「そこまではまだ……思ってもみない方向に発展して」
バックの中からホテルで見つけた匣を取り出した。念のためジッパー付きのプラスチック袋に入れてある。
「何ですかそれは?」
早紀は眉をひそめた。
昨日の調査で判った事を刹那はかいつまんで話した。
「何度聞いても、あなたの話している内容が現実の事とは思えません」
現実主義者の早紀には信じがたい話しだろう。
「事実であれ、せっちゃんの妄想であれ、それもウチの収入源であることに間違いないわ」
さすがに好恵は
「それで匣の中身は何なの?」
「まだ確認していません」
「賢明な判断です。あなたの話しを信じ切る事は出来ないのですが、それでもそれが……」
「ヤバイモノだって事は感じます?」
「ええ……」
「で、この後どうする気?」
「以前協力してもらった、鬼多見さんにメールでお願いしています」
刹那は霊視は出来るがその手の修行をちゃんと積んではいない、そのため不足している知識も多い。
以前、その事で困っていると、好恵が
「ま、
「向こうは副業の副業だって言ってますけど、あたしよりこの手の事に詳しいのは間違いないですから。ギャラの折り合いがつき次第、これを送って何か確認してもらいます」
「社長、キタミさんですか、その方に全てお任せするわけには行きませんか?」
早紀の言葉に刹那は驚いた。
「待ってください、途中で投げ出せて言うんですか?」
「あなたが責任を持たなければならない仕事ではありません」
「たしかに、社長が勝手に引き受けた仕事ですし、あたしは乗り気じゃありませんでした。いいえ、今でも正直やめたいと思ってます」
「じゃあ問題ないでしょう?」
「ダメです。いくらイヤな仕事でも、もう引き受てしまいました。一度引き受けた以上、自分の手には負えないとハッキリとわかるまで投げ出しません。それは本業でも副業でも一緒です」
早紀は溜め息を吐いた。
「刹那、あなたは変なところでプロ意識が強すぎます」
「ま、それがせっちゃんなのよ。さすがはわたしの姪だわ」
刹那が叔母に笑みを向けたとき、スマホの着信音が響いた。
「噂をすれば、です」
スマホには鬼多見からメールが届いていた。さっと目を通す。
「やっぱりコレは呪術的なモノみたいですね、鬼多見さんは『
「コドク?」
「えーと、『蠱毒』とは中国に古くから伝わる毒を精製する
毒性の強い蛇、虫、クモ、サソリなどを一つの容器に閉じ込めて共食いをさせ、生き残った一匹に他の生き物の毒性が集中します。
それを術者が暗殺や呪術に使います。
ただ、毒性生物に共食いをさせるのはあくまで基本形で、そこから様々な亜種が発生しているようです。
中には、呪いをかけたい相手の家の前に蠱毒の匣を埋めておき、そこを相手がまたぐと呪いが発動する。といった使い方をされたとも聞いた事があります。
その匣が蠱毒かはまだ判りませんが、その可能性は充分に考えられます……と書いてあります」
刹那は鬼多見からのメールをそのまま読んだ。
「で、今回の手数料は?」
好恵はにとってはこれが一番大事なことだ。
「何が出ても出なくてもお互い文句なしで三万円でどうか、との事です」
好恵は眉を寄せて匣を睨んだ。
「たしかに、何が出てくるかわからないし……と言うか、せっちゃん、何でこんな物ひろってきたの?」
「あたしだって好きで持ってきたんじゃありませんよ! 事件に関係ありそうだから、わざわざほじくり出してきたんじゃないですかッ」
「あ、そうか」
「『そうか』って……」
「その費用は当然カガワ持ちですよね?」
「もちろん、必要経費で請求するわ」
口ゲンカで脱線しかけた刹那と好恵を、早紀が一言で
「刹那、それなら早く送った方がいいでしょう? 正直、私もそれの側に居たくありません」
「わかりました。社長、頼んでおいた制作会社のディレクターのアポ取れました?」
「ええ、今日なら会社にいるから、少しなら時間を取れるって」
「了解、じゃあコレを送ったらそのまま向かいます」
さて、今日も忙しくなりそうだ、と思いながら刹那は事務所を後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます