Act3, プロダクションブレーブ パート3

「何とかならないんですかッ、わざわざスケジュールをこの日のために調整したんですよ!」


 安倍の勤務状態については判らないが、亜矢はバイトでもしてない限りヒマなはずだ。仕事が無くなって、ここに来たのだから。


「あくまで『現時点』ではです、霊の本体に会えれば何とか説得できるかもしれません。もちろん、説得自体どうなるかはやってみなければ判りませんが」


「どれくらいかかりますか?」


 今度は亜矢がささやくように尋ねた。


「申しわけありませんが、そちらも見当がつきません。あたし自身、こんな事は初めてなので」


「まさかとは思いますが、先生、おをつり上げるためにおつしやっているんじゃないですよね?」


 お布施とは他人にほどこしを与える意味もあるが、一般には仏事における僧への謝礼の事だ。


 刹那は僧ではないし、これは仏事でもない。


 オッサン、いい年してそんなことも知らないの! という言葉をすんでの所で飲み込んだ。


「お疑いでしたら、どうぞ専門家の所へ。社長からどのように聞いているかは存じませんが、あたしは憑き物落しのプロではありません。あくまで本業は鳴滝さんと同じです。ウリにしている物は別ですけど」


 嫌みを込めてわざと最後の一言を付け加える、売り言葉に買い言葉だ。


「せっちゃん!」


 好恵がさすがに厳しい声を上げる。


 客に対する態度でないのは解っているが、どうしても安倍に我慢できない。


「安倍さん、そんな言い方は失礼ですよ……」


 亜矢も安倍をたしなめた。


 刹那と安倍はしばし睨み合った、自分から頭を下げる気はない。それでクビになったら就活を再開すればいい。


「そんな怖い顔しないでくださいよ、先生。ちょっと言ってみただけじゃないですか」


 ニヤニヤ笑いを安倍は浮かべる。


 やはりこの男は好きになれない。


「せっちゃん、いくら下衆なオヤジでも相手はお客様よ」


 亜矢と安倍が帰ると好恵の説教タイムが始まった。


「いつからブレーブは宗教法人になったの?」


 今回は刹那も負けてはいない、立て続けに抜き打ちの副業を入れられ、かなり頭にきている。


「ウチの台所事情、知らないわけじゃないでしょ?」


「じゃあ前もって言って! いくらあたしが嫌がるからって、特にあのオヤジはヒドすぎないッ?」


 好恵は溜息を吐いた。


「その事については謝るわ、ごめんなさい。


 言い訳をさせてもらうと、ホテルの方は確かに仕組んだ事だけど、鳴滝亜矢の件は今日の午前中に話しが来たのよ。


 どうしてもすぐに視て欲しいって」


「えッ、あのオヤジ、スケジュールを空けたとかヌかしてたけど?」


「さぁ、何のスケジュールかしらねェ?」


 今度は刹那が溜息を吐く番だ。


 結局、依頼は受けたのだ。


 さすがに死者まで出ているのに放っておくことはできない。


「とにかく明日、鳴滝亜矢の家と入院しているお笑い芸人の所に行ってくる」


「そっちは安倍さんが手配してくれることになってるけど、私の方からもリョータ側の事務所にアポを取っておくわ。せっちゃん、最近有名だから名前を出せば大丈夫よ」


「よろしく。あたしは資料に目を通して、あの〈影〉が何なのか手がかりを探してみる。それと、ダンスレッスンはキャンセルね」


 好恵の軽口はスルーする。


「OK。残りの関係者は向こうの都合がつき次第ね……。ところでその〈影〉なんだけど、視たのは本当に初めて?」


「そうだけど?」


「………………」


 好恵はしばらく黙り込んだ。


「ねぇ、おばさん、どうしたの?」


「わたしはせっちゃんみたいな霊感は無いけど、この世界でそれなりに色んな物を見てきたわ。だからこそ、せっちゃんをこの業界に引き込んだわけよ」


「な、なに? 唐突に」


「蛇の道は蛇ってこと。今回の依頼、目先のお金に目がくらんだかも」


「今さらナニ言っちゃってるの? 嫌がってる姪にムリヤリ仕事を受けさせておいて」


「そうよね、反省してる。だから危ないと思ったらすぐに手を引きなさい、今回は文句を言ったりしないから」


「うん……」

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