Act3, プロダクションブレーブ パート2

 廃ホテルの事故から十日ほど後、珍しく心霊番組ではないネットの生放送に出演したときは、撮影途中で再びカメラが故障してしまい、予備のカメラもなぜか使えず放送自体中止せざる得なくなってしまった。


 その三日後、ネットの心霊番組ロケで自殺の名所に行ったところ、居ないはずの人の声や姿が撮影されて話題になっている。


 それだけなら心霊番組なので願ったり叶ったりなのだが、番組に関わっていたスタッフが一名、翌日から体調を崩し入院、更に一名が撮影から一週間後、行方不明になっている。


 そして三日前、最悪の事故が起こった。


 亜矢はイベントでファンと心霊スポットを巡るツアーをしていた。


 今まで経緯いきさつもあり、亜矢自身かなりしようすいしていたため中止も検討された。だが心霊スポットを巡るのに、怪現象が起きるから中止するとは言えない。


 むしろネットで心霊マニアの間で話題になっており、申し込みが倍増していた。 結局、ツアーは予定通り行われることになった。


 そして心霊ツアーの最中に、クルマが参加者の列に突っ込んできたのだ。


 怪我人だけでは済まず、死者まで出た。


 事故を起こした運転手は、ブレーキが利かなくなり、ハンドルも何かに取られたと証言したが、クルマに異常は無かった。


 基本的に亜矢に落ち度は無いが、事務所は彼女の活動限休止を決定した。


 亜矢はこの一連の事件で、いつも居るはずのない女の姿を目撃していた。


「念のために確認しますが、鳴滝さんに霊感は?」


「先生は霊感アイドルとして売ってますか?」


 安倍は悪びれずに質問で返し、亜矢は恥ずかしそうにうつむいた。


 確かに本当に霊感があるなら、それを売りにしないかも知れない。実際自分はそうだ。


 刹那が芸能界に入るきっかけは就職に失敗したからだ。


 ことごとく面接に落ち、心が折れそうになっていたところを好恵から所属タレントにならないかと誘いを受けた。


 正直、芸能界に興味は無く、むしろ嫌なイメージが強かった。


 華やかな表舞台の裏では醜い人間のエゴがぶつかり合っている、そんな風に想像していた。


 短大の卒業も間近に迫っており、反対すると思った親も叔母の会社ならいいとむしろ勧めてくれた。就職先が決まらない娘の身を案じていたのだろう。


 刹那はブレーブの所属タレントになることを決めた。ただ、その時一つだけ条件を付けたのだ。


 霊感をウリにしない。


 それが刹那が好恵に求めた条件だった。


 叔母は、霊感アイドルとして自分を売りたいのだと思っていた。ところがあっさり好恵はそれを了承した。


 その代わり刹那を待っていたのは、海外SF・ファンタジー小説マニアという設定と、副業としての拝み屋だった。


「その女性に見覚えは?」


 安倍を無視し亜矢に尋ねた。


「いえ……というか、いつもハッキリとは見えないんです。雰囲気から女性で間違いないと思いますけど……」


「心当たりもありませんか?」


 亜矢は一瞬視線を泳がし、それからうつむいた。


「……仕事で心霊スポットによく行くので……」


 刹那は亜矢の背後の〈影〉を視つめた。


「鳴滝さん以外にその女性を見た方は? あなたはどうです?」


 話すのも嫌だが安倍にも聞いておかなければならない。


「わたしは……見ていません、残念ですが。ただ、目撃者は他にもいます」


「今、亜矢さんが話してくれたこと以外に、その女性について何か聞いたことはありますか?」


「いいえ……ありませんねェ……」


 刹那は〈影〉を視ながら内心首をかしげた。


 背後霊は今まで何度も視ているが、こんな影として視たのは初めてだ。いや、背後霊以外でも視たことがない。


 刹那の眼には霊は普通の人と変わらない姿で視える。


 霊によってハッキリ視える視えないの違いはあるが、このような完全に黒い影になっている事はない。むしろ霊なら影はない、少なくても自分にはそう視える。


「刹那、さっきから何を視ているの?」


 好恵は、姪が何かを視ているのに気がついた。霊感は無いが彼女の観察眼は鋭い。


「な、何か見えるんですか?」


 安倍はおびえたような声を出した。


「ええ、鳴滝さんの背後に〈影〉が視えるんです」


「わたし、悪霊に憑かれているんですか?」


 震える声で、ただしこの部屋に入ってきてから一番ハッキリと亜矢が言った。


「憑かれているのは間違いないと思います。ただ、悪霊かどうかはまだ判りません」


はらってもらえますよね、このままだと亜矢に仕事が来なくなります」


 安倍が切羽詰まった声を出した。


  そんなこと言われてもね……


 刹那はチラリと叔母の顔を見た。


 好恵は促すように頷いた。


「あたしは呪文を唱えたり、儀式をしたりはしません。霊と直接話しをして、去ってもらうんです」


 刹那が『成仏』と言わなかったのは、霊が憑いている相手から離れた後どうなるかよく判らないからだ。


 あの世か天国へ行くのか、単に消滅するだけなのか、霊自身も知らないらしい。


 そもそも自分が死んでいることすら気づいていない霊も多いのだ。


「でも鳴滝さんの背後にいるのは〈影〉なんです、本体はそこにはいません」


「つまり、どういうことです?」


 安倍の問いに対する答えに困り、再び好恵を盗み見る。


 案の定、渋い顔をしていた。


 しかし、上手くごまかす言葉も思い浮かばない、実際こんな状態は見たことが無いのだ。


「ハッキリ言うと、現時点であたしにはどうすることもできません」


「え……」


 亜矢の顔には戸惑いが、安倍には怒りが浮かんだ。


 横にいる好恵も怒っているだろう、こんな事を言えば客は怒るに決まっている。でも本当なんだから仕方ない。

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