Act3, プロダクションブレーブ パート1

「ただいま戻りましたぁ~」


「おかえり~」


 刹那が事務所に入ると奥からよしの声が聞こえた。どうやら今いるのは彼女だけらしい。


「ちょっとおばさんッ、何なのあのホテルッ?」


 他に人が居ないので、所属タレントから〈姪〉に戻って食ってかかった。


 本業の仕事を取ってくるのが荒木早紀なら、副業の依頼を受けているのが、このタレント事務所社長で刹那の叔母でもあるなかがわよしなのだ。


「ん? 何か問題でもあった?」


「とぼけないでッ、副業があるなんて聞いてない!」


「スケジュールに、『ホテル麦秋』って書いてなかった?」


「あったけど、それって普通宿泊先でしょッ?」


「実際泊まりもしたわよね?」


「そうだけどッ、あたしが言ってるのは……」


「だって本当のこと言ったら、せっちゃん嫌がるでしょ?」


「あったりまえじゃないッ、あたしはここの所属タレントであって、拝み屋やエクソシストじゃないんだから!」


「働かざる者喰うべからず」


「へ?」


「せっちゃんのアイドルとしてのかせぎじゃ、今の給料は出せないわ」


 他のタレントが歩合制なのに刹那は月給制だ。


 にもかかわらず、やっている仕事と言えば例の集客力の低いイベントと、SNSで海外SF小説の感想を書くこと、そして事務所主催のネット放送に出演することぐらいだ。


 そんな状態で二桁に届く月給をもらっている、因みに好恵の家に居候しているので家賃や光熱費もかからない、かくの待遇だ。


「そう……だけど……」


 痛いところを突かれ言葉に詰まった。


「いくらカワイイ姪でも、他のタレントの手前、特別扱いにだって限界があるし、早紀ちゃんもいい顔をしないわ。でも……」


「拝み屋のマネゴトをしてたら、それほどクレームが来ない?」


「わかってるじゃない!」


 ニンマリ、と好恵は笑みを浮かべた、反対に刹那はにがむしつぶしたような顔になる。


「で、上手くいったの?」


「ちゃんと説得して、出て行ってもらったわ。ちょっとゴネられたけど、いくら霊でも知らない男と相部屋はイヤだから」


 泊まった部屋のクローゼットに中年男性がいた、そこで亡くなった霊だった。


「さっすがせっちゃん!」


「おだてたって何も……」


 不意にチャイムの音が鳴り響いた。


「残念だけど、出してもらうことになるわ」


 好恵はそう言うと立ち上がり、ドアを開けに行った。


 通されたのは、頭がだいぶ寂しい太ったオジサンと自分と同い年くらいの女の子だ。


 公式プロフィールでは一八歳にされているが刹那のせき上の年齢は二二歳だ。


 女の子は恐らく同業者だろう、男性はマネージャーか。


  それにもう一人、連れている……


 刹那の眼には少女の背後に〈影〉がえた、もちろん室内の蛍光灯によって生まれた本人のものではない。


「お待ちしておりました、彼女が御堂刹那です」


 好恵が二人に刹那を紹介した。


 マシンガンのごとく悪態が口を吐きそうになったが、空気を読んでかろうじてこらえた。


「ほぅ、こんなに若くてかわいらしいお嬢さんが、噂の御堂先生ですか」


 中年の男は頭を下げつつ、カガワエージェンシーの安倍と名乗った。


 その間もなめまわすような視線を向けられ、刹那はへきえきとした。嫌なファンでも、ここまで露骨なヤツは珍しい。


「プロダクションブレーブの御堂です、先生はおやめください。あたしはこの事務所の所属タレントにすぎません」


 好恵が自分をどのように紹介しているかは知らないが、これが副業の依頼であることは間違いない。


 刹那は当てつけに『タレント』と言うところを強調して言った。


「カガワエージェンシーの鳴滝亜矢です……」


 蚊の鳴くような声で〈影〉を背負っている少女が自己紹介をした。


「それでは改めて、何があったかを御堂にお話しいただけますか?」


 安倍が話し、亜矢は相づちを打つ以外ほとんど声を発しなかった。


 その代わりと言っては何だが、安倍は写真だけではなく、スマートフォンで映像まで見せ亜矢の周りで起こっている怪現象を説明した。


 始まりは一ヶ月前、地方局の心霊番組のロケでの事だった。


 霊感アイドルとして売り出し中の亜矢は廃ホテルで霊視することになり、そこで本物の怪異に遭遇する。


 カメラが壊れ、天井落下で司会者が怪我をしたのだ。


 それから亜矢はラップ音やポルターガイスト現象をひんぱんに体験することになる。


 ただ不思議なのは、独りでいるときよりも誰かと一緒の時が多いと言うことだ。

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