Act4, 第三八千代病院
翌日、刹那は千葉県浦安市にあるリョータが入院している病院を訪れた。
受付で確認したところ個室を使っている事が判った。
なんて贅沢な……
自分だったら確実に相部屋だ。
リョータの病室に入ろうとしたところ、中から女性が出てきた。
スーツ姿でメガネをかけ、ヒールの音を響かせ、
刹那はリョータの事務所の関係者と思い、軽く頭を下げた。
「余計なこと首を突っ込まない方が身のためよ」
「え?」
すれ違いざま声をかけられ刹那は思わず立ち止まった。
「あなた、御堂刹那さんでしょ?」
「そう……ですが?」
事務所の人間なら刹那の訪問を知っていて当然だが、見透かしたような言い方が鼻につく。
「失礼、私は
そう言うと、手品のような滑らかな仕草で名刺を差し出した。
「芸能記者? 事故にあったリョータさんの取材ですか?」
刹那は名刺を受け取りながら探るように満留を見た。
亜矢の〈影〉とはまた違ったおかしな感じがする。無論、〈影〉が彼女にあるわけではない。
それにこの匂い……
彼女自身が、今まで刹那が感じたことのない気配を発しているのだ。
「まぁそんなところだけど。それより、後悔したくないなら拝み屋のマネは止めなさい」
「何を仰っているんですか?」
「最近業界で有名よ、霊能者御堂刹那。残念なのはアイドルとしてではなく、公にしていない霊感で注目されている事だけど」
「さすがですね、芸能記者芦屋満留の情報収集能力は業界一と評判ですよ。とか、あたしも持ち上げたほうがいいですか?」
満留はバカにしたように鼻で笑った。
「警告はしたわ、副業もほどほどにして本業に専念した方がいいんじゃないかしら。例え売れなくても、
なんなの、あいつ……
遠ざかる満留の後ろ姿を見送りながら内心歯ぎしりをした。芸能記者の取材を受けたことがほとんど無いので、芦屋満留と言う名前にも聞き覚えがない。
満留は明らかに刹那が鳴滝亜矢の怪奇事件を解決しようとしている事を知っていて、それをやめるように警告していた。
リョータが話したのだろうか、そう考えるのが自然なのだが何か釈然としない。
廊下で悩んでいても仕方が無い。千葉にある、東京のランドを尻目にわざわざ浦安くんだりまで来たのだ。手ぶらで帰るわけには行かない。
働かざる者喰うべからず、ね。
得体の知れない相手に横槍を入れられた事で、むしろやる気の出た刹那はリョータの病室へ入った。
「お休み中申しわけありません、連絡を入れておりました御堂刹那です」
「あ、どうも~、事務所から話しは聞いていますよぉ!」
病院には相応しくないテンションの高い声で迎えられた。
刹那は違和感を覚えた。と言うのも好恵からリョータは舞台裏では気むずかしいと聞いていたからだ。
「怪我の具合はよろしいようですね?」
「いや~お気づかいありがとうございます、お陰さまで明後日には退院できるみたいですよ」
「よかった」
「それにしても、霊能者の先生がこんなに若くてカワイイなんて思いませんでしたよ! アイドルかと思っちゃいました」
「あー、一応アイドルもやってます。聞いていませんでした?」
リョータがポカンとした表情になる。
「え、あぁ、そうなんだ……」
テンションがいきなり下がった。
刹那が業界人だという話しが伝わっていなかったのだろう。
霊能者としてメディアには出ていないという情報だけが届き、念のため外向けの顔で迎えたのだ。
「早速ですが、いくつか事故について
「えぇ」
さっきまでとは打って変わり、気のない返事だ。
「ありがとうございます、先ほど芦屋さんの取材を受けたばかりなのに」
「え……?
あぁいいよ、まとめてもらった方が助かるから。それで何を聞きたいの?」
本音では刹那は招かざる客のようだ。
「事故の時、何かおかしな物を見たり聞いたりしませんでしたか?」
「別に……そもそも人の使っていない老朽化している建物だったから、霊なんて関係ないよ」
「と言うと、リョータさんは単なる事故だと考えているんですか?」
「そう考えるのが普通でしょ。そもそもあそこには怪奇現象の噂なんてなかった、やらせだよ。君も業界人ならこういった番組の裏側はだいたい知っているよね?」
「たしかにそういった場合も多いと思います。でも、今回は鳴滝さんがいるはずのない女性を目撃していますし、その後彼女の周りでおかしな現象が続いています」
「彼女、霊感なんてないよ」
「みたいですね」
「なら、どうして彼女の周りで霊現象が起こっているって断定できるの?
君はそこにいたわけじゃないよね。
偶然が重なっただけなのに、彼女が霊の仕業だと思い込んでるだけじゃない?」
「常識的に言えばリョータさんの仰る通りです。でも、あたしには霊感があります、鳴滝さんと違って」
リョータは溜息を吐いた。
「君、自分の霊感を証明できる?」
「いきなりは難しいですね、あたしはサイコキネシスを使えるわけじゃないですから」
リョータが皮肉な笑みを浮かべた。
さすがに刹那は内心ムッとした。
「そうだよね、大抵霊能者はそう言うんだ。
いくら自分には視えているって主張しても、それを証明する事はできない。
にもかかわらず、脅すようなことを次々に言い不安を煽り、自分を信じんじるように仕向けていく」
「つまり、あたしが嘘を言って、たかろうとしているとお考えなんですね」
こういう事を言われるのは初めてではない、神仏や霊現象などを極端に嫌う人は少なくないからだ。
刹那が霊感アイドルをやりたくなかった理由の一つでもある。
今までこの
「他に解釈のしようがあるのかな? ボランティアでやっているわけじゃないだろ?」
「たしかにお金はいただいています、カガワエージェンシーからプロダクションブレーブに正式に依頼されていますから。リョータさんも、怪我をされた心霊番組のなかで、ギャラはもらっていると仰っていましたよね? それと同じです」
「なるほど、オレも『同じ穴の
しばらく刹那は能面のような表情でリョータを見つめた。
「お邪魔しました、それではお大事に」
刹那は丁寧に頭を下げるとリョータの病室を後にした。
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