第5話 ふんん゛ん゛ッ!!!!

 一茶が山を下りて街に向かおうとして、暫くが経過した頃。

 前方から、甲高い悲鳴が聞こえた。


「きゃああああああああああああっ!?」


 悲鳴を聞いた直後、一茶はほぼ反射的に声のした方へと駆け出していた。

 正義感だけではない。地球で暮らしていた頃にはなかった揺るぎない自信が、今の一茶を突き動かしていた。友達は少ないかもしれない。周りから見れば馬鹿で救いようがないかもしれない。けれど自分には、幼い頃から鍛え上げた筋肉がある。


 ここは弱肉強食の世界だ。

 鍛えた筋肉が役に立つ世界だ。

 ならば一茶はそれを――今度こそ正しく、自分の思うように使いたかった。


「待て!」


 一茶が声を張り上げる。

 悲鳴の元にあったのは、倒れた馬車と、蹲る金髪の少女。そして少女を囲む十人近くの男だった。


 少女は純白のドレスを纏っている。まるで絵本に出てくるお姫様のような風貌だ。対し、少女を囲む男たちは全員武装しており、ベタついた髪や手入れしていない髭からは、小汚い印象を受けた。


 一目見て理解した。

 少女は男たちに襲われている。


「お前ら、その子から離れろ!」


 一茶が叫ぶと、男たちは一斉に一茶の方を見た。


「なんだ、てめぇ!?」


「護衛の生き残りか?」


「いや、護衛の格好じゃねぇ。ただ通りがかっただけだろう」


「ぎゃははは! ただの村人か!? 俺らに喧嘩を売るとは、いい度胸してんじゃねぇか!」


 怒気を孕ます一茶に対し、男たちは緊張感皆無で笑い合う。

 だがそれも仕方ない。男たちは全員武装しており、しかも大勢の仲間がいる。一方、一茶は丸腰で単身だ。傍から見れば一茶に勝ち目などない。


「に、逃げてください!」


 少女が一茶に向かって叫ぶ。


「相手はただの山賊ではありません! 一人ひとりが強大な精霊と契約している――精霊術師の集団です!」


 精霊術師。何のことを言っているのかはサッパリ分からないが、一茶は男たちが危険な集団であると理解した。

 少女は目尻に涙を浮かべながら、それでも毅然とした様子で一茶を見据えた。


「私が時間を稼ぎます! その間に、貴方だけでも――」


「……待て。そんなことをしたら、お前はどうなる?」


 一茶が問うと、少女は無理矢理作った不器用な笑みを浮かべて答えた。


「これでも王家の娘です。無関係な人を巻き込むわけにはいきません」


 そう言って、少女が両手を突き出す。

 瞬間、少女の白い腕が黄金の輝きを灯した。


「我が剣となり、盾となり、その威光を知らしめよ――《天騎使ヴァルキュリア》!!」


 少女の正面に幾重もの魔法陣らしきものが展開された。

 思わず目を閉じてしまうほどの、眩い光が溢れ出す。

 一茶が再び目を開いた時、そこには一対の翼を生やした美しい女性が佇んでいた。


 女性ではあるが、十中八九、人間ではない。

 翼が生えているだけではなく、全体的に人間よりも大きい身体をしている。右手には剣を、左手には盾を持っており、身体には銀の防具を身につけていた。そして全身から神々しい輝きを放っている。


「お、おお……まさかそれは、魔法か!?」


「魔法? い、いえ、これは精霊術で……」


 精霊術。相変わらず良く分からない単語だが、恐らく魔法のような力なのだろう。

 成る程。それなら精霊術師とは、魔法使いみたいなものかと一茶は納得する。


「その力、どうやって使うのか教えてくれないか?」


「い、今はそんなこと、言ってる場合じゃ――」


 少女が困りながら言うと同時、今度は山賊側も精霊術を発動した。

 現われたのは、赤くて大きな蜥蜴と、黒くて大きな鳥だった。蜥蜴の体長は異世界熊と同じくらいであり、口元からは僅かに炎が零れている。鳥は全長3mほどの大きさであり、不気味な瞳で俺たちを見つめていた。


「ヴァルキュリア、足止めをお願い!!」


 少女が命令すると、羽を生やした騎士が応える。

 輝きを灯す天の騎士――ヴァルキュリアは、蜥蜴と鳥に向かって剣を振り下ろした。


「さあ、早く! 今のうちに逃げて――」


「おおっと、そうはさせねぇぜ!!」


 一茶の後方から、ガサゴソと茂みを掻き分ける音がする。

 いつの間にか、一茶の背後には数人の山賊と、数匹の巨大生物がいた。先程見た赤い蜥蜴や黒い鳥の他にも、大きな虎や、大きな亀がいる。


「しまった、囲まれた!?」


「へへっ、金になるお姫様は勿論、そこの目撃者も逃がすつもりはねぇよ」


 驚愕する少女に対し、山賊は下卑た笑みを浮かべた。

 万事休すか。少女が悔しげに顔を歪ませる。


 その時――バゴン! と、豪快な音がした。


「ふんっ!!」


『ギョエエエエッ!?』


 一茶が、山賊の傍にいた黒い鳥を、思いっきり殴り飛ばした。


「えっ」


 少女が短く疑問の声を発する。

 その間にも、一茶は迫り来る巨大生物を片っ端から殴り飛ばした。


「ふんっ! ふんっ!! ふんん゛ッ!!!」


 赤い蜥蜴の鱗を粉砕し、妙に大きな虎を地面に叩き付け、如何にも頑丈そうな甲羅を持つ亀をアッパーでひっくり返す。


「ひょっ?」


 山賊の口から変な声が出た。 


「よし、こっちは片付いたぞ」


 一茶は「ふぅ」と呼気を吐き、少女に向かって言った。

 少女は目を丸くして、一茶をまじまじと見つめる。


「あ、貴方は、一体……」


「ただの人間だ」


「そ、そんな。ただの人間が、精霊を直接倒せるわけ……はっ!? ま、まさか貴方は、人間ではなく精霊だったのですか!?」


「いや、だから人間だって」


 勝手に納得し始めた少女に、一茶は首を横に振る。

 しかしその勘違いは、山賊にも伝播した。


「親分! あの王女、人型の精霊と契約してます!!」


「人型の精霊だと、そんなの聞いたことがねぇ! なんとしても引っ捕らえろ! こりゃあ相当金になるぞ!!」


 親分と呼ばれた大柄な男が、一茶の方を見て命令する。

 再び、巨大生物が一茶へと襲い掛かった。

 しかし一茶は、同じように拳一つで巨大生物たちを撃退する。


「ふんん゛ん゛ッ!!!!」


 殴り飛ばした蜥蜴の巨体が、その先にいた山賊たちへ直撃した。


「だ、駄目です! あの人型の精霊、化物みたいに強くて……っ!!」


「ちっ、これ以上の消耗は避けてぇ。――お前ら、一度退いて態勢を立て直すぞ!」


 子分たちが「へい!」と返事をし、山賊たちは瞬く間に退散する。

 危機は去った。一茶は少女の方を見る。


「大丈夫か?」


 少女は小さく頷いた。 


「あ、あの、ありがとうございます。精霊様」


「いや、だから人間だって」


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