第3話 爺ちゃんに谢谢!

 異世界に転移してから数日が経過した。

 一茶は拠点を転々と移す過程で、ここは森ではなく山であると気づいた。一度、山頂で景色を一望してみたが、この山は人里からそう離れていないらしい。麓には舗装された道路があり、そこを真っ直ぐ進んだ先には街らしき場所があった。


 その事実に気づいたからと言って、一茶のやることは変わらない。

 まずは修行だ。とにかく修行だ。

 ここは地球と違って、筋力つよさがものを言う世界である。


(まずは食糧を取らなきゃな)


 ここ数日の生活で、一茶はこの山にどういった生物がいるのかを概ね把握していた。

 異世界ということで、地球と全く違う動植物が棲息しているかと思ったが、そうでもない。動物の場合は熊や猿をよく見かけたし、植物の生態系も殆ど地球と同じだ。


 ただし、地球には存在しない生物もいる。


「お、出たな。異世界熊」


 食糧を探す一茶の目の前に現れたのは、大きな熊のような獣だった。

 大きな毛むくじゃらの体躯だった。見た目は完全に熊だが、そのサイズは地球の熊の比ではない。全長は恐らく5m近くある。獰猛な双眸は赤く輝いており、そして奇妙なことに頭頂部からは角が生えていた。


 異世界熊の倒し方は簡単だ。

 腹を殴って悶絶しているところで、その角をへし折ってしまえばいい。


『ゴギャアアアアアッ!!!』


 異世界熊が吠えた。大気がビリビリと振動し、木々の枝葉が舞い落ちる。

 毛むくじゃらの巨躯が迫る。一茶はその巨体に怯むこと無く、拳を握りしめ――。


「――そいッ!!」


『ギャウッ!?』


 異世界熊の腹へ拳を突き出す。

 ついで、素早く角をへし折ろうと腕を伸ばしたが、その前に熊が身を捩って距離を取った。


『ギャオオオオオオオッ!!』


 熊が吠える。

 次の瞬間、その角が白く光った。


 この異世界熊、偶に角から斬撃のようなものを放ってくる。

 最初は、目には見えない空気の塊を放っているのだと思い、試しに腕で防いでみたところ、危うく腕が切断されそうになったのだ。上腕二頭筋を鍛えていて良かった。筋肉は裏切らない。


 風の刃が次々と飛来する。

 異世界熊は地球の熊よりだいぶ獰猛だ。しかし、慣れればどうってことない。


「ふんっ!!」


 一茶は迫りくる風の刃を、固めた拳で粉砕した。


『ギョッ!?』


 異世界熊が信じられないものを見るような目で、一茶を見た。

 その隙を一茶は見逃さない。瞬時に懐に潜り込み、今度こそ異世界熊の角を折る。


 バキッ、と音を立てて角が折れた。

 直後、異世界熊は糸の切れた人形のように動きを停止する。


「……ふぅ。これで数日分の食糧は持つな」


 一茶が祖父から学んだ武術はどれも実践的だった。

 自然環境の中、動植物の気配を感じ取る術も学んだし、それらを狩猟して食糧にする術も学んだ。


(爺ちゃん……ありがとう。俺、爺ちゃんの道場に通って正解だったよ)


 漸く、幼い頃の努力が報われたような気がした。

 だが今の自分では、きっとまだまだ、魔王を倒すには至らないだろう。


「――っ!?」


 刹那。四方八方から鋭い気配を感じ、一茶は辺りを見渡した。

 いつの間にか、一茶の周りを異世界熊が囲んでいた。その数は十匹を超えている。


「敵討ちのつもりか。……これも自然の摂理というやつだな」


 覚悟を決め、一茶は再び拳を握り締めた。


「来いッ! 相手になってやるッ!」


『ギャオオオオオオオッ!!!』


 数え切れないほどの異世界熊が、一斉に襲いかかってきた。




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