第6話 アルカサル門
愛馬を駆ってハビエルが向かった先は城塞都市アビラの玄関口、アルカサル門の衛兵詰め所であった。
ただ、詰め所と言ってもさすがは城塞都市の守りの要で、もはや城と呼んでもよいほどの高さと厚みを持つ石壁の中には、守備兵が長期間立て籠もれるように武器や食料を備蓄するための倉庫と、いくつかの部屋が用意されている。
その一室でテーブルを挟み声をひそめて話をする二人の男。
一人はダークブロンドの長髪が穏やかに波打つハビエル、もう一人は逞しい顎に髭を蓄えたイグナシオ。
この男、ハビエルとは旧知の仲で、その武の才を買われ若くしてアビラの守備隊長を任されている。
「……と言うわけだから気を付けて。で、イグナシオ、この街で怪しい者を見かけなかった?」
「あぁ、そう言えば昨日、風変わりな男が街に入った。この辺りでは見かけない風体でな、全身真っ赤な装束で身を包み、やたらとでかい」
「なにそれ、あからさまに怪しいよね。それにしても全身真っ赤って……牛に追いかけられちゃうよ」
「ははっ、だろ? 俺も一目見てそう思ったぞ。でもな、その男は牛でも真っ二つにしてしまいそうな大振りの剣を持っていた」
「大振りの剣? いやいや、イグナシオ。大振りの剣を持つ風変わりな大男って……それはもう取り調べなきゃだよね」
「もちろん調べたさ。ところがだな、その赤いのは身元を保証する書状を持っていた。なので、お前が言っていた連中ではないと思う」
「その身元を保証したのは誰?」
「ハビエル、聞いて驚くな。お前もよく知っている大物だぞ、ペドロ・ゴンザレス・デ・メンドーサ卿だ」
「えっ、伯父上か? また何をやらかそうとしているんだ、あの人は」
ペドロ・ゴンザレス・デ・メンドーサ、傍流ではあるが王家よりグランデの特権を認められた大貴族、メンドーサ家の血筋にあり、今はアビラからそう遠くはないシグエンサという都市の司教という立場にある。
その高い知性と豊かな人間性は親王派、貴族派に関わらず誰もが認めるところで、王家の信頼も厚い。
ハビエルの父の兄で、ハビエルにとっては伯父に当たる。
「さあな、新たな神託を授かったのかもな、予言者殿の動きは全く読めん。しかし、それ以外に怪しい者達を見たという報告はないな。まだ街に入っていないのかも知れない。いずれにせよ警戒を強めよう」
「うん、そうしてもらうと助かるよ」
――予言者、ハビエルは叔父が世間でそう呼ばれていることは知っていた。しかし、それが事実ではないことも分かっている。
叔父は単に未来を言い当てるのではなく、自分の描く未来に世の中を誘導するのだ。
それゆえ、結果的に未来を見通せる予言者のように思われているが、彼の言葉はより確かで具体的、そして恣意的だ。
司教という立場もあり、身内の間では「予言者」ではなく「導師」と呼ばれている。
何かを企む時に叔父が浮かべる楽しそうな表情を思い浮かべ、ハビエルは、自分が何かとんでもないことに巻き込まれようとしているのではないか、という悪い予感に思わずため息をついた。
「それにしても相変わらずの早さだな、お前のベンダバールは」
ハビエルの浮かない表情を見て取ったのかイグナシオが話題を変える。
この男は武骨な見てくれに似合わず、一流の剣士が皆そうであるように人の心の動きに敏感だ。
「乗り手も褒めてくれよぉ」
「あぁ、そうだな、あれはお前にしか乗りこなせないからな」
「おかげですっかり伝令扱いだよ」
「いやいや、剣での活躍も聞こえてるぞ。腕を上げたんじゃないか? 久々に手合わせしてみるか」
「望むところ、と言いたいけど、また今度にするよ。行軍に戻らなきゃだし、ちょっと気になることもあってね」
「気になること? さっき話していた……」
イグナシオは一度言葉を止め、部屋の中に誰もいないことを確かめてなお、声を落として続けた。
「暗殺集団のことか? それはうちで引き受けるぞ」
「いや、山の老人のことも気にはなるけど、それとは別に奇妙な者がこの街に向かっているのを見かけてね、もう着いている頃だと思うんだ」
「奇妙な者? 気になるじゃないか。どう奇妙なんだ」
「何と言えばいいか、異国の子供……だと思うけど、見たこともない衣装で、何処の国の者だか、何のためにアビラまで来たのか全く見当がつかないんだ。それもたった一人で歩いていた」
「異国の子供が? 一人で? 確かに変だな」
「集団でもないし暗殺者にも見えないけど、偶然と言うにはちょっとタイミングがよすぎるように思うんだ。今回の件に何か関係があるのかも……」
「分かった、その子供にも気をつけておくよ、伝令ありがとうな。今日の連絡と言い、最近アルフォンソ王の身辺に怪しい動きが多いから用心しろよ」
「あぁ、イグナシオもな。今度の遠征が片付いたらまた来るよ、その時に手合わせしよう」
◇◇◇
伝令の役を終えたハビエルは、詰め所の部屋を出ると門番を捕まえて訊いた。
「風変わりな子供が通らなかった?」
「いえ、通っておりませんが」
「そうか、まだ着いてないのか……もし見かけたらイグナシオに報告しておいて」
「はい、そうします。で、何者なんですか、その子供というのは」
「いや、それがよくわからないんだ。別に危険と言うわけでもないと思うけど、念のために気を付けておいてくれるかな」
「わかりました」
「他に何か変わったことは?」
「変わったことですか? そう言えば、子供は見ませんでしたが、つい先程外で煙が上がりました」
「煙?」
「はい、すぐに消えたのですが、門から少し離れた場所で突然」
「怪しいな」
「えぇ、ただ、煙の上がった辺りを調べたのですが、火を焚いたあとも人の気配もありませんでした」
「イグナシオには伝えた?」
「いま別の者が報告にあがるところです」
「そう、ならいいや。三日後の王の到着備えて警戒を強める必要があるからね、少しでも変わったことがあればすぐにイグナシオに報告しておいて」
「はい、そうします」
そう答える守衛に軽く手を上げて、愛馬ベンダバールが待つ厩舎に向かおうとしたハビエルは、ふと足を止め街中に視線を移した。
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