第三話 姫と妹

アオイヤの食堂は酒場という方がふさわしい様子だった。


吟遊詩人が歌を歌い、酒を飲み交わす人の固まりがいくつかある。

宿に泊まっている人だけでなく、食堂だけを利用している客もいるようだ。


三人はその食堂の出入口に程よく近い席に通された。

宿の出入や食堂への直接の出入りが確認しやすく、逃げ場もあり、食堂にいる客にもめだちにくい場所だった。これもおそらく受付の男の配慮だろう。


(やり手どころではないな、いったい何者なのだ。)

考えを巡らせるブレンダをよそに、年下の二人はもの珍しいメニューにきゃいきゃい盛り上がっている。


アオイヤの宿は、第二次聖魔大戦が終結してしばらくたってからできた、アオイヤ商会という大きな商会が経営している宿屋だ。


店主がやり手なのか、それまでには見たことのないような商いの手法や、食堂のメニューを用い、またたくまに各地域の町に出店していった。

このリナガリの町の支店もその一つだ。


魔王国の城下町にもアオイヤの支店はあったが、王族はもちろん貴族も滅多に行くことはない、庶民や旅人が利用する宿だ。


そしてその食堂の評判はしっかりと耳に入ってきているので、オリビアもケイトリンも色めき立ってしまうのも仕方のないことだった。

ブレンダ自身も少しばかり楽しみにしているのは二人には秘密だ。


オリビアとケイトリンの二人は、姫と侍女という立場はあるもののそれを超えた親友同士だった。


ケイトリンは、近衛騎士団長の娘として生まれたときから、同じ年に生まれた王妃であるオリビアと侍女となることを定められていた。


身の回りのお世話はもちろん、一番近くで姫を守るために、武術や剣術、魔術といった一通りのことを学んでいた。

そして何よりもお互いに信頼し合うことが重要視され、双子の姉妹のように常に一緒に育った。


ブレンダも同じようなもので、父のあとを追うように近衛騎士となるべく、剣の腕と魔術を磨き、実力で近衛騎士となった。


ケイトリンとは違った形で二人のそばにいて、オリビアをケイトリンの双子の妹のように思っているのだった。

そして、もちろん、オリビア自身もブレンダを実の姉のように思っている。



そうこうしているうちに、フィル戻ってきた。


「いやー、すまねぇ、かなりすっ飛ばしたんだが遅くなっちまったな、先にもう頼んだか?とにかく店員を呼ぶぞ!」


「ちょ、フィルさん、まだ頼んでないです!というか、何を頼んだらいいのか教えてください!」

本当にせっかちになっているフィルに、ブレンダが笑いながら言う。


オリビアとケイトリンもニコニコしながらその様子を見つつ、二人で何を頼もうか相談を続けている。


「ふむ、そうだな、酒は飲めるのか?

飲むならまずは黒ビールがおススメだな。アオイヤ独自の麦の酒だ。
普通のエールと一緒にしちゃなんねぇぞ、全く違う飲み物だからな」


ブレンダがメニューの酒のところを見ると、ビール、黒ビール、エールなどいくつかの種類の酒がある。


黒ビールのところには『当店イチオシ』の文字が書かれている。

「じゃあ、私も黒ビールを、食べ物は何がよろしいでしょうか?」

とブレンダがフィルを見ると、フィルはニヤリとして。


「そうだな、『魚の揚げ芋添え』とか、鶏を揚げた料理の『タッタ』とか、四角く切った牛肉を焼いた『角切りステーキ』もおすすめだな。そっちの嬢ちゃんたちには『テゴネバグー』がいいんじゃないか。


ここらあたりは鶏も豚も牛もそろってるし、港町から魚もそれなりに入ってくるから、よその町の支店よりもメニューが豊富で、聖王都の本店と変わらないくらいらしいぞ」


フィルはちょっと自慢げにメニューを指さしながら言った。


「私達は、『テゴネバグー』と『テゴネンチ』にします!」オリビアとケイトリンが二人仲良く言う。


「では、私は『角切りステーキ』とこちらのサラダにします、あなた達もちゃんと野菜を食べなさい」とブレンダが二人の妹に向かって諭すように言った。


「よし、店員を呼ぶぞ。俺は黒ビールと『タッタ』と『魚の芋添え』だ、おーいこっちだ!」


フィルの大きな声に顔なじみ店員であろう女性が早足にこちらに来て、笑顔で注文を聞きき、奥へと戻っていった。


「さあ、じゃあ、まずは乾杯だ!」

それぞれの注文した飲み物が届いたところで、フィルの待ちきれない号令にあわせて三人も「カンパーイ」と言って飲み物を軽くあわせ「カチャン」と音がなった。

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