第二話 アオイヤの宿

ガラガラガラ

日が暮れようという頃、馬に引かれた荷車が町に到着する。

フィルが町の入り口にある物見櫓にいる人に手を上げて挨拶をした。


「嬢ちゃんたちも宿に泊まるだろ?行きつけがあるからそこにしよう」


フィルはそう言って町の中をそのまま進む。

普段は二人で来て納品が終わって少し休んだら、また交代をしながら日帰りで帰路につくそうだが、今回のように一人で来ている場合には危険もあるので、一泊して夜が明けてから帰るようだ。


オリビアとケイトリンは荷車から物珍しそうにきょろきょろしている。


間もなく日が暮れるため、家路を急ぐ人たちが行き交う中、荷車はガラガラと音を立てて進んでいく。


町の家は木で作られた家やお店、屋台のようなお店もあって、そのほとんどが店じまいをしているところで、何を売っている店かよく見ないとわからないのだった。


「ははは、よっぽどのお嬢さまなんだな、珍しいかい?」


場合によっては、嫌味のように聞こえてしまうような言葉だが、フィルの人柄からはそんなことは微塵も感じさせず、むしろ、珍しいものを見せられたことが嬉しく感じているような物言いだった。


いくつかの通りを過ぎ、町の中央を通る川の上にかかる木製の橋をゴトゴトと音を鳴らしながら渡りしばらく進んでいった。


「さあ、着いたぞ、ここがアオイヤの宿リナガリ支店だ」

荷車を二階建ての大きな館の前で止めてフィルが言った。


「いらっしゃいませ!」

「よう小僧!支配人はいるか?部屋はあるか?二部屋用意してくれ!」


元気よく出てきた下働きの男の子にフィルは言う。見た感じはオリビアたちより少し年下のようだ。

三人は荷車から荷物を持って降りた。


「こんばんはフィルさん。今日はお連れ様がいるんですね!

部屋は空いているから大丈夫ですよ!」

と少年は三人を見てから、御者台にいるフィルを見上げて笑顔で言う。


「よし、じゃあ、こちらのお嬢さん方は任せた。おれは急いで商会に納品に行ってくるから、よろしく頼んだぞ!」

フィルはそう告げるとあっという間に行ってしまった、道中では穏やかだったが少々せっかちなところがあるようだ。


唖然として去っていくフィルを見送っている三人に、

「フィルさんは、うちのお酒とお食事がお気に召されているようで、うちに来るといつもああなるんですよ。

さあ、こちらへどうぞ」

男の子はそういうと宿屋へ先導して入っていく、三人も後に続いて入っていった。


建物の中に入ると広いロビーになっており、入り口の正面に受付カウンターがあって、その手前に統一された服を着て係員が数人立っていた。


男の子は一足先に受付カウンターへ行き、フィルとその連れが来たことを告げているようだった。

三人は周りを見ながらそのままカウンターへ続いてゆく。


入口からみて、受付の右手はロビーのようになっていて椅子やソファーなどが置いてある、今は夜なので無人だ。


反対側からは音楽や話し声と笑い声などが聞こえてくる。

そちらは食堂になっているようだ。


「いらっしゃいませ、アオイヤへようこそ。フィルさんのお連れの方ですね。お部屋は3人部屋でよろしいでしょうか」

カウンターにつくなり笑顔でそう言われる。


「ああ、可能であれば外へ出られる場所が近いお部屋をお願いしたい」ブレンダが告げる。


「非常口に近いお部屋ですと、あいにく二人部屋になるのですが、他の二人部屋に比べて大きめなので、簡易寝台をご用意する形であれば、お三方でご利用いただけます。

少々窮屈に感じられるかもしれませんが、そちらのお部屋のほうがご条件を満たせると思います、いかがでしょうか」


率先して話をする年上のブレンダが騎士か戦士のように武装していること、付き従うように荷物を抱える少女、もう一人の少女の立ち居振る舞いなどから、受付の男性は三人の関係性や、ブレンダの意図を即座に理解して対応する。


その男性の瞬時の柔軟な対応に少し驚きながらブレンダは「それで良い」と告げた。


「お荷物をお部屋までお持ちいたしましょうか?」

受付の男性はブレンダに聞いた。


「いいえ、結構です。それほど大きな荷物はないので、自分たちで運びます。

ケイト、わかっているだろうが、自分の荷物はしっかり持つように。」

「……はい、お姉様。」


思ったよりも立派な宿に、少し緊張しているのか、戸惑いながらケイトと呼ばれた少女は、長い包を大事そうに抱え直し返事をした。


「それでは、お部屋のご用意をいたします。もしよろしければ、ご用意の間は、食堂でお食事でもいかがですか?

ほかの店にはないアオイヤ独自のメニューが自慢の食堂でございます」


さりげなく売り込まれたことに、ブレンダは、やはりやり手だなと思いながら、フィルが戻って来たらお礼もしたいし、三人ともお腹が空いているから断る理由は無く、食堂へ向かうことにした。

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