第24話 小さな恋の歌

 カラン

  カラン

 カラン


「もうすぐだね!」

 楽しそうなヤシタ。


 カラン

  カラン

 カラン


「颯太は何をお願いするの?」

 バグエは寒そうに僕にくっついている。


「お願い事は人に言っちゃダメなんだよ。」

「私に秘密のことか?」

「そうじゃなくて、神様にお願いすることは自分以外の人に言っちゃダメなの。」

「天王様。そうなんですか?」


「人間の戯言たわごとをいちいち聞くと思うか? しかも正月の時だけお祈りされてもな…。」


  天王様。今は神社で初詣の参列なのに…。前後左右の人に聞こえるように言わないでくださいよ…。


「アハハ。忘れておった。」

「最近の天王様は普通に、僕の心を探ってきますね。」

「一応言っておくが、フェイレイは四六時中だぞ。」


「別に、フェイレイは構わないと言うか? フェイレイがいて僕。みたいなものなので。」

 (主よ。私は誇らしいぞ。)

「颯太さん。私もあなた様がいて私ですわ。」

「エリーゼ、周りに聞こえてるよ…。」

 みなさまの視線が痛い……。


 僕達は今、近所の神社に初詣に来ている。


 メンツは、

 母さん。

 兼太夫妻。

 日向ちゃんと理恵ちゃん。まぁ理恵ちゃんは そのままうちに泊まった訳だけど。

 それとバグエとヤシタ。それにエリーゼと天王様。フェイレイは僕の影にいるとして、そして僕だ。


 母さんはヤシタと手を繋いでいる。母さんはヤシタが自分にベタベタとくっついてくるところが、可愛らしく思うのだろう。

 日向ちゃんは理恵ちゃんとお話をしている。兼太君達は わたあめを買いに行った。

 僕はというと…。左腕にバグエがくっつき、右腕にはエリーゼ。日本人にはとうてい見えない、ヨーロッパ系の顔立ちの女性が晴れ着を着ているだけでも目立つのに、僕はその女性二人を両脇に従えている。

 こりゃ目立つわ…。しかもバグエは可愛いから…。なぁんちゃって!


 先ほど同級生に会った時なんて…。

「なんだ? 椚田! 貴様~地獄へ堕ちろ!」と言われ。もう一人の奴からは、「スゲーな椚田! どこのお店の娘? 一時間いくら?」と言われた…。

 僕の学生時代を知っている友人は 僕が女性を連れていることに違和感アリアリな訳だ。



「いたいたー! 美桜! 颯太君見つけたよ! あけおめぇー!」

 さすが美梨。目ざといッス。

「椚田君! 明けましておめでとう! 今年も宜しくね!」

「明けましておめでとう。大榧おおかやさん、美梨さん。こちらこそ宜しくお願い致します。」

「さぁアリゼーさん。交代ですよ!」

 美梨は腰に手をあて仁王立ちだ。

「あら? 何を言ってますの? 言っている意味がわかりませんわ。だいたい、今からあなた達が入ったらズルコミですわよ。」

「グヌヌヌ…。」

 何も言い返せない美梨。


「貴様らは後ろで並んでおれ。そして後ろから私と颯太の仲睦なかむつまじい所を指をくわえて見ているんだな! あっはっはっはっは!」

 バグエは僕に腕を絡ませ、高笑いをした。


 (地獄へ堕ちろ! 地獄へ堕ちろ! 地獄へ堕ちろ! 地獄へ堕ちろ!)

 大榧さんの心の声が恐すぎる……。


「あっ…あの…。参拝が終わったら待ってますね。笹目部長達も後ろにいますから。」


「ゲッ!? アイツもいるの? 私さぁ、生理的に笹目ってダメなんだよね。昨日の夜もキツかったなぁ~。五和はすごいよな…。」


 ひどい言われようだな…。


「美梨ちゃん、部長はいい人だよ。」

 ムッとする美梨。

「ハイハイ。とりま参列しますか。」

 そう言って大榧姉妹は後ろに向かった。



「ねぇねぇ。颯太ママン! あの人達は何で木に紙を結わいてるの?」

 ヤシタはすべての事に興味津々。

「あれはね。まぁいいわ、ヤシタちゃんもやってみましょ。」

「うん! やるやる!」

 母さん楽しそう。


 参拝客の行列の中、僕たちは参拝を終わらせた。そして露店が並ぶ場所で、他の人たちの参拝を待つことにした。

 ちなみに、今日は梶浦さんのガレージで新年会だ。初詣の後にみんなで伺う事になっている。

 そんな中、エリーゼが僕に聞いてきた。

「ねえ颯太さん。あの人はあの矢で誰を射つのですか?」

 は? 矢?

「ああ。あれは破魔矢と言って、厄年の人が買うんだよ。」

「厄年ってなんだ?」

 バグエも初めて見るものばかりで、色々な物に興味津々だ。

「厄年ってね、周期的に来る災厄の事だよ。因みに僕は…あぁ~! 後厄だぁ~。」

 僕は思い出してしまった。だからかぁ…。何だか去年は大変な年だったもんな。


 あっ! でも、バグエに会えたんだよな…。初めて好きな人ができて…。てか、バグエは可愛いし…。バグエ、可愛いな…。

 えへへ…。初めて会った時もすごく可愛かったな…。


「そっ颯太! もぉやめてくれ! こっちが恥ずかしくなってきたぞ!」

 天王様が赤面しながら僕に言う。

「天王様? あっ! ママママジでやめてくださいよ! あまり人の心を…。」

「ねぇ颯太…。ありがとう…。」

 ゲッ!? バグエまで? 顔が真っ赤じゃん!


「颯太さん! 私は? 私の事は? 私も颯太さんのことが大好きですわ!」

 エリーゼは僕の胸ぐらを掴んできた。


「ちょちょちょ! ちょっと待って! 声が大きいって! みんな見てるって!」

「颯太さん! 私の事は? さぁ! 早く! 可愛いと言ってください!」

 何なのこれ?


「颯太。可哀想だから、頭を撫でて可愛いと言ってやってくれ。私としても、こんなアリゼーは見たくない…。」


 目を閉じ、首を左右に降りながらヤレヤレ…。のポーズをするバグエ。マヂか…。


「かっ可愛いエリーゼ。 今年も宜しくね。」

 みんな見てる! みんなが見てるんですけどぉ!!


「あぁ~~。ありがとうございます! 颯太さん。私はもうあなた様から離れませんわ!」


 あぁ…。抱きつかないで…。僕に抱きつかないで…。もぉ泣きそう…。


「あっありがとうございます。あの、みなさまの視線が痛いので、そろそろ離れてもらってもよろしいですか?」


「おい! 颯太! お前は~! なんてうらやまけしからん奴だ!」

 ゲッ!

「桑原さん? 明けましておめでとうございます。」


(桑原さん = 合気道の道場の先輩で、日向と中原理恵の同級生。彼女と私の事情の椚田日向の場合。に一瞬だけ登場した男。)


「なぁにが桑原さん? だぁ~! 何で貴様に彼女ができて俺には…。グヌヌヌ…。」

「あれ? 桑原じゃん! 相変わらずの胡散うさん臭いロン毛だな!」

 桑原さんを煽る中原。

「うるさい中原! お前には1mmも用事はねぇ!」

「おっ? 万年初段の桑原君! 一段に昇格祈願に来たのか?」

 日向ちゃん言いすぎだよ!


「あぁ! そうだ! 悪いか!」

「悪くはないが、今の姿はカッコ悪いぞ。」


「なぁ颯太? 初段とか一段とか何だ?」

 バグエは不思議そうに聞いてきた。


「あぁ。合気道の話。」

「アイキドウ?」

「簡単に言うと、相手の攻撃を受けて流す武術だよ。」

「へぇ! すごいな! 颯太はできるのか?」

「う…うん…。少し…。」


「少しぃ~!? この野郎! カッコつけやがって! お嬢さん! こいつはね、颯太は合気道五段ですよ! こいつは凄いんですよ! ……あ……。褒めちゃった。」

「アハハ! さすがバカだな…。」

 日向ちゃん…。


「かわんねぇな、桑原! それじゃ彼女なんて無理だ!!」

 理恵ちゃんまで…。


「とにかく勝負だ颯太!」

「えーなんのしょうぶですかぁ?」

「貴様! 何だその棒読みは!」

「えっ! いっいったい、なんの勝負をすると言うのですか!?」

「何だその取って付けたような言い回しは!」


 ヤバい! この人めんどくさい…。


「あけおめ颯太!」

「あっ! 弥彦君! 五和ちゃん! 明けましておめでとうございます! 今年も宜しくお願い致します!」

「明けましておめでとうございます! 颯太君、バゲットさん。あれ? アリゼーさんは?」


「オイオイ。ちょっと待て!」

 ↑桑原の声。しかも小声。


「あれ? 今までいたのに。」

「颯太さ~ん! たこ焼きですよぉ~~!」


「たこ焼きは関係ねぇ!」

 ↑桑原の声。しかも小声。


「アリゼーさん? どうしたんですか? そんなにたくさん!」

 6パックも持って登場のエリーゼに驚く五和ちゃん。


「大榧さんのお父さんと、梶浦さんが買ってくださったの。」

「おぉ! 颯太! 今日は彼女と一緒か!」

 梶浦さん、お酒入ってますね。


「そうだよ! 彼女と一緒だから面白くねぇんだよ!」

 ↑桑原の声。しかも小声。


「明けましておめでとうございます。」

 バグエが梶浦さんに挨拶をした。

「おお! 久しぶりだね嬢ちゃん。どうだい? 日向とはうまくいってるか?」


「いや! 日向とは俺がうまくいきてぇんだよ!」

 ↑桑原の声。しかも小声。


「おぉ! 社長! あけおめ! 可愛いだろ? 颯太の彼女!」

 日向ちゃんはバグエを抱き締めながら言った。


「え? 日向? 颯太の彼女だぞ?」

 驚く梶浦社長。


「まぎれもなく颯太の彼女だ! 可愛いだろ?」


「お前の方が可愛いんだよ!」

 ↑桑原の声。しかも小声。


「桑原…。お前キモいからどっか行けよ…。」

 理恵ちゃんが呆れて桑原さんに言った。


「うるせぇ! お前には1mmも用はねぇと言っただろ!」

「日向もお前には0.1mmも用はねぇよ!」


 AK-9で心臓を撃ち抜かれたような顔をする桑原さん。桑原さんって、幼少の頃から日向ちゃんの事が好きだったもんな…。周りから見てもわかるから辛いよな…。頑張ってね桑原さん…。


「日向! この桑原って人がね、日向の事が好きなんだって!」


 シーーーーン………。


 ヤッ、ヤシタ!?  それダメなやつ! それは言っちゃダメなやつですって!!


「アハハ! マジバナだとしても無理! 私は颯太が大好きだから!」

「しっ! 知ってるさ! アハハ!」

 そう言って肩を落とす桑原さん。桑原さん…。すみません…。僕は悪くないけどすみません…。


「ねぇ。なんのコント?」

 美梨!? 話聞こえてたのか。


「あれ? 桑原さん、明けましておめでとうございます!」

 大榧さん、桑原さんと知り合いだったんだ?


「あ? ああ…。大榧か…。あけおめ…。」

 相変わらず肩を落とす桑原さん。


「あんたさぁ。ここまで来たら言っちゃいなよ! 日向ちゃんの事が好きなんでしょ? ウジウジするなって!」

 美梨さん、貴女って本物の悪女ですよね…。


 ウジウジするなと言われても、今いるギャラリー。

 兼太夫妻。

 弥彦君 & 五和ちゃん

 大榧姉妹。

 僕とバグエ、エリーゼ。

 梶浦さん、大榧父。

 天王様と母さんヤシタ。

 総勢14名。

 こんな中で、男を見せるのか桑原! さあ! どうするんだ桑原!


「おい! 日向!」

 意を決した桑原。


「あー…。桑原…。 もう一回言うわ……。お前は無いから…。」

 日向ちゃん? 考えさせて…。とか、友達から…。とか無いんだ…。桑原さん…。元旦からキチーな……。


「ねぇ颯太さん? この人は日向さんの事が好きだけど、日向さんはこの人の事は好きではない…。いわゆる恋愛対象外。または問題外。ということになったわけですよね?」

「エリーゼ。あの…。もうちょっと…。当たり障りなくというか、やわらかくと言うか…。」


「でも、私に比べたら…。私なんて、バグエの寿命が早く来る事を楽しみに待っていますわ。だってバグエが寿命で死んでしまえば颯太さんは私の物ですもの! でもね…。たぶんこの女は死なないのよ…。」

「アリゼー。さすがに今のは この私でも心に傷を負ったぞ!」

「仕方ないですわ! それほど私は颯太さんを愛していると言うことです!」


「は? ママさん?」

 梶浦さん…。

「梶浦さん、私。お店はもう辞めましたの。もともと、あけみちゃんのお店でしたし。」

「えっ!? 辞めちゃうの?」

 大榧父、その顔はやめたほうが…。お嬢様達がドン引きしてますよ…。


「おい…。弥彦…? 何だ? その顔は?」

 五和ちゃんのツッコミって鋭いな…。


「ぁあぁ…。颯太? ちょっとお話があるのだが。嬢ちゃん、ちょっと颯太を連れていくよ。」

 梶浦さんが僕を連れ出すために、バグエに確認を取った。


「うん。」

 バグエは何の疑いもなく返事をしたが、たぶんわかってない。僕がこれから受ける仕打ちを…。




 トイレの裏側に連れていかれる僕…。おじさん二人と、桑原さん? 何で桑原さん? てか弥彦君? 兼太君は関係ないでしょ?


 僕は5人の男性に暴言を吐かれ、挙げ句。

 桑原さんと勝負となった。

 内容はこうだ。

 できたてホヤホヤたこ焼き早食い競争~!


 しかも自腹…。何で桑原さんの分まで?


 そして勝負が始まる。


「スタート!」

 ヤシタがスタートを言った。


 フガフガ言いながら食べる桑原さん。僕はバカらしいと思いながらも、一口目を口にした。


「あっ。美味しい!」

「えっ!? ヤシタにもちょうだい!」

「うん。はいどうぞ。」

「温か~い! 美味しいぃ~!」


「颯太さん! 私にも!」

 エリーゼも言ってきた。


「はい。どうぞ。」

「あぁ…。颯太さんに食べさせてもらうたこ焼きは美味しいです!」


「颯太! 私にもくれ!」

「日向ちゃんは持ってるじゃん。」

「くれ! あ~ん。」

「もぉ…。」

 僕は日向ちゃんにもあげた。


「颯太君! 私にもちょうだい!」

「何で?美梨さんも持ってるじゃないですか!」

「あ~ん。」

 あげるって言ってないですよ。


「あ~ん。」

 てか、何で大榧さんまで…。


 たこ焼き…。無くなっちゃたよ……。


「ところで何の勝負だったんだ? 颯太の、女子にたこ焼き食べさせ競争か?」

 バグエの一言で、周りの人達は大爆笑した。


「アハハ! はい! 桑原の勝利ぃ~~!」

 そう言って、日向ちゃんは桑原さんの左手を持ち上げた。


「どうだ? 参ったか?」

 桑原さん、嬉しそうですね! 良かった、機嫌が治って。


「はいまいりました。」

「何だ!? その棒読みは!」

「パネェッス! 桑原さんマヂパネェッスよ!」

「だから! 何なんだ! その取って付けたような言い回しは!」


「桑原さんバイバーイ!」

 ヤシタが突然、満面の笑みで言った。


「え? ちょっ? 突然すぎない? 帰るの?」

 呆気にとられる桑原さん。


「はい! それでは失礼します!」

「これから梶浦さんのガレージで新年会だ! お前は一人寂しく、雑煮でも食ってろ!」

「おい! 理恵! そんな言い方するな! 桑原君もおいで。」

 梶浦さん優しい…。


「そうだな。お前が来たほうが、からかえて楽しいからな。」

 日向ちゃん優しい…?


「さぁ! 行きましょ!」

 僕達は母さんの一言で、梶浦モータースへと出発した。




 そして昨夜に続き、今日は昼間からのお酒である。新年会のスタートだ。


「新年! 明けましておめでとう!!」


 昨夜も飲んで今日はさすがにキツイな…。


 (主よ。今日は飲まないほうがよいぞ。)

 (あぁ。さすがに今日は無理だ…。)


「さぁ! 颯太さん! この私があなた様の二日酔いを治しますわね。」

 エリーゼ、ありがとうございます。


「はい。飲んでください。大丈夫ですわ。私がいますから安心してください。」


「おい! 颯太! 昨日から気になっていたけど、何でアリゼーさんがいると安心なんだよ!」

 兼太君? どした?


「あー。それそれ! 実は私も気になっていたけど、颯太君とアリゼーさんはどういう関係なの? それに何で颯太君は……と呼ぶの? あれ?」


「ひかりさん。魔女の場合、本名で呼べるのは心を許した者のみ。颯太はアリゼーからその許しをもらったんです。余談ですが、アリゼーが仕えるルシエールとは私の母様です。母様もアリゼーと呼びます。母様の娘の私もアリゼーと呼びます。それは魔女から許しを得ていないからです。颯太はアリゼーから許しを得た、と言うより本人がそれを望んだので本名で呼べるのです。因みに、皆さんはアリゼーの本名を呼ぼうとしても言えないはずです。私もですが…。」


「……。呼べない…。」

 ひかりちゃんはエリーゼと言おうとしたらしい。


「無理矢理は止めてくださいね。五感が無くなりますよ。」

 バグエは真剣な顔で言った。


「は? 何を話しているんだ?」

 大榧父はお酒が入ってご機嫌だ。


「パパリン、今日は愛娘が二人同席してることを忘れないでね!」

 美梨の一言にパパリンはシャキッとした。


「シャキーン! 美梨、パパリンは大丈夫だよ。」

「パパリンいつも私には小言を言うのに、自分はけっこうだらしなかったんだね…。」


 大榧さん、言いすぎッス! ほらほら…。大榧父…遠い目をしちゃってるよ…。


「梶浦さん、フォローをお願いします。」

 大榧父の頼りは社長なのか?


「大榧さん。ママさんも取られて、娘に嫌われて、いいとこ無いね。やっぱり颯太が全ての悪だと思うのだが…。」

 あれ? 社長? どゆこと?


 パパリンはバタッと立ち上がり僕を見た。

「おい! そこのイケメン!」

「はい! なんでしょうか?」

「お前じゃねぇよ! 桑原!」

「わかってるよ! いちいちツッコミ入れるなバカ中原!」


「ひかりちゃん! バカにバカって言われた…。」

 楽しそうに泣き真似をする理恵ちゃん。


「颯太。」

「何? バグエ。」

「外の空気を…。」

「うん。すみません、ちょっと席をはずしますね。」

 僕はバグエに晴れ着用のストールを肩に掛けてあげた。


「私もお付き合いしますね、バゲットさん。椚田君、私のアウターもお願いします。」

 大榧さんも立ち上がった。


「やっぱりいい…。行かない。颯太は私の隣に一緒に座って。」


 そう言って大榧さんに、ニヤリとするバグエ。


「大丈夫? バグエ。」

 その時。


 (主よ。アリゼーに酒を抜いてもらえ! 嫌な予感がする!)


「エリーゼ! 僕から酒気を抜いてください!」

「かしこまりました。」


 臨戦態勢をとる僕とエリーゼ。バグエも臨戦態勢をとる。

「ヤシタ! 私の側に!」

「はぁい!」


「フェイレイ!」

 僕の影から現れるフェイレイ。


「セルフィー! シレーヌ!」

 エリーゼの呼び掛けに現れる二人。


「どしたの?」

 五和ちゃんが、のほほ~んとした声で言った。


「何? 犬? どこにいた?」

 驚くパパリン。


 来た!

「エリーゼ! 隠世へ!」


 僕の掛け声で隠世の住人。バグエとヤシタ以外を隠世へ送ってもらった。


「颯太よ。よい采配だ! 融合するぞ!」

 僕は天王様と融合した。






 現し世


「颯太ぁ!!! 何でだぁ!!! 何で私をおいていくんだ!!!」

 晴れ着を振り乱しながら、大声で叫ぶバグエ。


「バグエ…。颯太は大丈夫だよ…。」

「なぜだ颯太…。」

 バグエの瞳からは涙が溢れだした。


「どうした!? 何で消えた!? 颯太達はどこだ!?」

 日向ちゃんが立ち上がる。

「日向…。颯太は隠世へ行った…。」

 申し訳なさそうに言うヤシタ。


「恐いエルフが来たの…。たぶんルキエラ様…。でも…。いつものルキエラ様じゃなかった…。恐い顔をしていた…。邪気そのものだった…。」

 震えながら言うヤシタに、椚田家の人々は唖然としている。






 隠世


「ルキエラ…。」


 混沌の渦に包み込まれたルキエラ。邪気って言うとわかりやすいのかもしれない。ルキエラの身体からは禍々しい、悪い渦が放出されているように見える。


「こりゃまずいな…。」

 怖じ気づいたように言うセルフィー。


「物凄いカオスだわ。」

 エリーゼも顔がひきつっている。


「先に言わせてもらうけど、私なんて瞬殺だぞ…。」

 シレーヌ、大丈夫だよ。期待はしてないから…。


「来るぞ! 颯太!」

 天王様の声と同時に戦闘は始まった。


「フェイレイ!」

 僕はトリシューラを持つ。


 ルキエラの攻撃が来た。瞬きしたら追い付けないスピードの蹴り。受け流すが、僕の右肩には次の蹴り。


 速い!


 これがエルフのおさ、ルキエラの力か! 僕はセルフィーが張ってくれたバリアーのおかげでダメージが少なくてすんだ。


「天王様、あの人…。ルキエラじゃない!」

「わかっている! あれは神の化身だ、Νύξ,ニュクスだ。」


 だよね! どうみてもあれは超越した力だ。


「って! Νύξ, ニュクス!?」


 またまた僕の声は裏返った。夜の神。闇の神。いわゆる、混沌の神の娘。Νύξ,。それがルキエラに…。


「ボーとするな!」

「はい!」


 ルキエラは指先から光を放つ。その光は一瞬で大きな球形となった。


「マズイ! エリーゼ!一旦、現世うつしよへ!」


「天王様! 僕達は!」

「わかっている!」






 現し世


 突然現れるアリゼー。セルフィーとシレーヌ。


「颯太さん!? 颯太さん!!! おのれぇー!! 天王ぉーー!!! 余計なことを!!!」

「アリゼー! 颯太は!?」

「うるさい!!!」

 バグエを怒鳴り付けるアリゼー。


「落ち着け! アリゼー! 今はどうすることもできん!」

「黙れ! 黙れ黙れ黙れ黙れーー!!!」

 鬼のような顔をするアリゼーにみんなが恐怖を感じた。


 アリゼーはバグエとセルフィーに罵声を浴びせ、その場に座り込んだ。涙をポロポロと流すアリゼー。


「クッソーー!! ルキエラ!!! 私の颯太さんを…天王め余計なことを!!! クソーー!!」

 アリゼーは床に拳をあてる。


「あの…。何が起こったのですか? アリゼーさん?」

 アリゼーは泣いていて話せる状態ではない。兼太の質問にも答えられない。


「颯太の兄よ、最悪の事態だ。相手はΝύξ,ニュクス…。神だ…。混沌の神の娘にして、夜の王。申し訳ないが、私やアリゼーでは歯がたたん…。」


「おいおい。何の話だ? 神って何だ? 何でママやこのお嬢ちゃん達は消えたり現れたりするんだ? 颯太と天さんは消えたままじゃないか…。どうなっているんだ?」

 梶浦さんは椚田母に詰め寄る。だが、事の重大さに言葉にできない椚田母。


「あなた…。ごめんなさい…。私じゃ颯太を守れない…。」

 テーブルに伏せる椚田母。


「何故だ! 何故今さら私たちの世界に神が! 父様は? 父様が神と手を組んだのか?」

「バグエ! お前も落ち着け! そのために天王が来たのだろ! おそらく夜叉と乾闥婆も向かったはずだ。それに、颯太はシヴァの子だ。そう簡単に命はとられん。」

 セルフィーは落ち着いているようだが、全身で震えていた。





 隠世


 大きな光の玉から無数の光のダガーが放たれる。


「颯太! 全て流せ! 上には飛ぶなよ!」

「はい!」

 放たれたダガーは全て僕に向かってきた。


「フェイレイ! 僕の影へ!」

「すまん主!」


 トリシューラの柄を使い、左右と後ろにダガーを流す。これじゃ攻撃ができない。避ける事で精一杯だ。


 僕は左に素早く移動した。


 ルキエラの全貌が見えた。彼女の小さい身体からは相変わらず瘴気しょうきを放っている。そして頭上には光の玉。先程よりも小さくなった気がする。光のダガーを射つと小さくなるようだ。


 次の連射が来た。


 だいぶ目が馴れたせいか、先程よりも動きを最小限にして受け流す事ができる。バリアを張り、ダガーを受けた反動で大きく移動することもできてきた。

 トリシューラは光のダガーを受け流す度にカン!カン!と音を発てる。


 そして、僕は後ろに跳ねてみた。

 やはり…。逃げても追いかけて来るタイプだ。


「颯太! 次は移動しながら受け流すことはできるか?」

「はい! やってみます!」


 僕は右に跳ねた。追いかけて来る光のダガー。


 ルキエラの頭上の光の玉は無くなった。しかし、ルキエラは両手を拡げ、左右に光の玉を作り始めた。


 先程よりも大きな光の玉…。それが今度は2つもある。


 容赦なく射たれる光のダガー。僕に向かって来るのは先ほどの倍以上だ。僕はそれを がむしゃらに受け流す。


 その時、爆音がした!


 ルキエラの左にあった光の玉が破裂したのだ。破裂とともに、ルキエラは左の二の腕あたりまで失った。


 奇声を発するルキエラ。眼差しは獣のようだ。


「避けながらルキエラに近づけ!」

「はい! 今の爆発は?」

「気にするな!」


 先程よりも減った無数のダガー。だが、近づくにつれスピードは増す。しかしこのダガー、ある一定の時にラグがある。

 その時が狙い目だ。


 おそらく、そろそろ来るはず。


 よし!

 今だ!


「颯太ちゅぁん!」

「うわっ!?」

 突然現れる恰幅の良すぎるおじちゃん。

 何!?

 誰!?


「おい! 乾闥婆かんだっぱ! 今はやめろ! すまん颯太。もう一度、仕切り直しだ。」


 ルキエラの左腕はいつの間にか復活している。

 光の玉はルキエラを中心として上下左右に出来上がった。


「おい乾闥婆! 空気を読め! 大変なことになってしまったではないか!」

 天王様は突然現れたおじちゃんを怒っている。


「お前等まえら! この状況でコントなどやめろ! 颯太を死なせてはメタにメッタメタにされるぞ!」

「おっ? 夜叉! うまいこと言ったな!」


 何で? 何でこの人達にはルキエラの攻撃が効かないの?


「颯太。一応言っておくが私にも効かんぞ!」

「じゃあ何故? なぜこんな廻りクドイ事を?」


「ルキエラはお前が斬るんだ。そうでないとΝύξ,ニュクスと切り離せん。」

「わかりました。そちらのおじちゃん二人がいる意味はわかりませんが…。それじゃ行くぞ! フェイレイ!」

「ああ!」


 ルキエラからの攻撃。

 隙間がないほどの光のダガーが雨のように向かってくる。

 僕はその中を舞うように切り抜ける。


 避ける。

 そして受けて左右に流す。

 バリアを張り、後ろに流す。

 流される反動で前後左右に移動する。

 たまに僕の身体をかすめるダガーは焼けるように熱い。

 遠い…。ルキエラが遠くに感じる…。

 近づきたい!

 ルキエラ!

 正気に戻してあげるからね!

 あと少し…。

 痛い…。

 熱い…。

 喉がカラカラだ!


 そして僕はルキエラの目の前まで来た。

 両目は全て黒目となっているルキエラ。

 これは何かに憑かれた瞳だ。今、楽にしてあげるよ。


「僕の大好きなルキエラ。もとに戻って。そしてまた、僕を守って…。」


 そう言って僕は トリシューラでルキエラを斬った。


 ルキエラの身体に一閃がはしる。


 先程よりも酷い悲鳴!


 恐怖と絶望のような悲鳴があたりにこだました。


 10mほどの上空から落ちるルキエラ。


 その目は涙を浮かべていた。


 ルキエラに向かうフェイレイ。雷のような轟音をたててルキエラを貫く。

 フェイレイに貫かれ、その場に一瞬静止したルキエラ。が、直後に、再び上空から落ちる。


 僕は地面に直撃する前にルキエラを抱きかかえた。まぁ、この人は顔面を岩にぶつけてもびくともしないと思うが…。

「坊や…すまない…。」

「大丈夫?僕をガチでろうとしたルキエラ。」


 ルキエラはバレバレのタヌキ寝入りをしている。


「さあΝύξ,よ。まだやる気なら、ここからは私とだな。」

 そう言って天王様は僕から離れ、Νύξ,様に向かい歩いていく。


「まあ待て。私はシヴァの子と話がしたい。」

 ニュクスは不気味な笑みを浮かべ近づいてきた。


「颯太には近づかせん!」

 威嚇する天王様。


「やれやれ…。神に愛される人の子よ。お前の力は確認した。北の大地は貴様に任せよう。セルスの代わりだ。」

 僕と一戦交えたそうなΝύξ,様。


「やはりセルスはダメか?」

 わかっていたような話し方をする天王様。


「我が父にそそのかされ、リアルな闇の王となった。そこのメギツネも同じだ…。夜の王に片足を突っ込んだが、メギツネはシヴァの子に恋心を抱いたようだな。夜の王よりもシヴァの子を選んだようだ。情けないエルフだ…。」


 含み笑いをしながら話すΝύξ,。


「これからのルキエラは どこで生きるのですか?」

 僕は誰にでもなく質問をした。


「貴様が従えさせればよかろう? メギツネもそれを望んでいるようだ。」

 そう言ってΝύξ,様は消えた。



「坊…。違う…。颯太。すまない…。ごめんなさい。日向子は?」

「日向子さんはルシエールさんが守ってくれているよ。」


「そうか……。浅はかだった…。エルフの長と言う立場でありながら、王になろうとした…。日向子と一緒に…。現世と隠世の門番を…。私は日向子を裏切った…。私はどうやって償えばいい…。」


「ルキエラ、それは自分で考えて。ルキエラが日向子さんにしたことは僕には償えない。でも、ルキエラの償いを助けることはできる。だから、助けが必要なときは僕に相談して。僕を殺ろうとしたルキエラ。」


「ありがとう…。颯太…。大好きだ。私と婚儀を…。」

「あっ。それは嫌です。僕を殺ろうとしたし…。」

「あれはΝύξ,が!」

「いえいえ。ルキエラはガチだったな。目が全部、黒目だったし。怖かったな。」

「目はΝύξ,だ!」

「見て! この傷! 痛かったなぁ!」

「だから! Νύξ,が!」


 ルキエラは僕の胸ぐらをつかみ泣きそうな顔をしている。

 ヤバい!

 面白い!

 立場逆転とはこの事だ!


「もういいよ。」

 僕はルキエラの頭を撫でてあげた。


「あぁ。もぉ大好きだ颯太!」

「颯太君から離れなさい! ルキエラ!」

「日向子さん! ルシエールさん!」


「あーー。颯太殿。娘をかくまってくれてありがとう。あと…。以前…。その…会った時…。早とちりと言うか…。」


「気にしないで下さい。そんな事よりもルシエールさん。あらためて言わせていただきます。初めまして! 椚田颯太です。誠に勝手ながら、僕はルシエールさんのお嬢さんを愛してしまいました。その…。お嬢さんと結婚を前提にお付き合いをしたいのですが…。ルシエールさんの許可をいただきたいのです。」


「姉さんを助けてもらった後で、こんなにもバグエの事を愛してくれて。これでは断れないではないか? 日向子よ。まったく…。アリゼーまでメロメロにしよって…。私に仕えるものがいなくなってしまう…。まあいい…。好きにしなさい。貴方は北の大地の王となる男です。支度が整い次第こちらへ来て下さい。」

「ありがとうございます。」

 僕はルシエールさんに頭を下げた。


「それと、天王。世話になった。」

「貴様のためではない。人の子のためだ。」

 天王様はぶっきらぼうにルシエールさんに言った。


「それでは俺たちは帰るぞ。」

 恰幅かっぷくの良すぎるおじちゃんと、強面こわもてのおじちゃんが言う。


「ああ。出番は少なかったが感謝する。」

 出番? もしかしてあの時の爆音?


「じゃあな! 人の子よ。メタが会いたがっておるぞ! 今度、天界に来るとよい。油でギットギトの回鍋肉ホイコウロウをご馳走してやろう。」


「あの…。せめてお名前をお聞かせ下さい。」

「ヤクシャだ。お前たちの言うところの夜叉やしゃ王という名だ。」

 えっと…。強面の人が夜叉王様…。


「私は乾闥婆かんだっぱ王。お前の言うところの天王の相方だ。」

 あぁ~。コントの。


「初めまして。椚田颯太です。ご縁がありましたら、またいつかお会いしたいと思います。」


「そうだな。では…。」

 そう言って二人の神は消えた。


「さぁそろそろ帰ろう。きっとバグエは泣きすぎて目を腫らしておるぞ。アハハ!」

 天王様が楽しそうに言った。


「ルシエールさんもご一緒にいかがですか? 僕の母もいます。あっ! 日向子さんも来てね。久しぶりに飲みましょう!」


「私は? 行ってもいい?」

 ルキエラはモジモジしながら言う。キモいな…。


「ルキエラは今日から日向子さんの忠実な使い魔ね! 宜しくね!」

 僕の言葉に明るさを取り戻すルキエラ。


「さぁ来なさい。使い魔ちゃん!」

 日向子さんも楽しそうに言った。


「さぁ行きましょう。新年会の続きです!」

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