第22話 カゲロウデイズ second

「こんにちは。 満点ホームの椚田です。」


 パタパタパタ。と走って来たのは大榧おおかやさん。と言っても、美桜みおうさんの方。


「お疲れ!椚田君。どうぞ入って!」

「失礼致します。」

 幅広の廊下を僕は大榧さんと並んで歩いていく。そして、大榧さんは含み笑いをしながら、僕に話しかけてきた。


「昨日さぁ。椚田君が帰ってから所長と部長が椚田君に嫉妬していたよ。」

「嫉妬? 何で? 日向ちゃんの事?」

「アハハ!」

 大榧さんは楽しそうに笑う。


「違うよ。あののママ。椚田君の事を颯太さんって呼んでたでしょ?」

「え?そんなことで? それって、理恵ちゃんのお父さんと、梶浦社長が僕の事を颯太って呼ぶからでしょ?初めて会ったのが榛名湖の展望台だったから、しょうがないのにな…。」

「うん。中原さんも同じ事を言ったんだけど、酔った人には話が通じなくて。もぉ私さ、笑っちゃった。」

「そうだったんだ。 でも、絡み酒じゃなかったんなら幸いだね。」

「うん。所長と部長はそういうタイプじゃないから楽だよね。それよりも、椚田君は日向さんの介抱、 大丈夫だった? けっこう酔っていたんでしょ?」

「うん。途中で歩けなくなっちゃって…。タクシーを使おうと思ったけど、給料日前だからね。それに、あと少しで実家だったから頑張って背負って帰ったよ。だからかな、いまだに腰が痛いや。」

「そうだったんだ。大変だったね。私は楽しかったけど!はい。こちらですよ。」

 そう言って大榧さんは事務所に案内してくれた。


「こんにちは。お邪魔します。」

 僕は美梨に挨拶をした。


「こんにちは。いらっしゃい颯太君。休みなのにごめんね。」

「いえ。とんでもないです。どうせ今日は寝て過ごすだけでしたから。」

「そうなの? 彼女が来ているのに?」

「アハハ。どうぞ、これが新しい図面です。」

 僕は美梨の質問を軽くスルーした。


「彼女と出掛けないの?」

 美梨は図面を見ながら僕に質問した。


「はい。これと言って予定はありません。」

「ねぇここ。 見て!」

 拡げた図面に、美梨は僕の指を掴み示す。

「あの…。」

 僕が美梨に言うよりも早く、大榧おおかやさんが美梨に言う。

「ちょっと!美梨ちゃん!椚田君に失礼でしょ!」

「あぁ。ごめんね。つい、いつもみたいにしちゃった。」


 (おい!颯太!いつもその女とイチャイチャしているのか!?)

 (バグエ。気にしないで、わざと煽っているんだよ。妹とバグエを…。)


「椚田君ごめんね。 美梨ちゃん、あまり椚田君に失礼な事しないで!」

「え? 失礼な事って何? こうしたり?」

 美梨は僕に抱きついて来た。


「あの。やめて頂けますか?」

「何で? いつもこのくらいしてるじゃない。」


 (おい!颯太!しているのか!?)

 (バグエ。挑発に乗らないで。)


「あの。図面の説明を続けても宜しいですか?」

 僕は美梨に言った。


「うん。お願い。」

 そうは言ったものの、美梨は僕の話など聞いていない。そりゃそうだ。今はセルフィーだから…。


「あれ? バレちゃった?」

 美梨は僕の心を探り、答えた。


「えっ? 何が? どうしたの美梨ちゃん?」

 大榧さんは不思議そうな顔をしている。


大榧おおかやさん、この人は美梨さんじゃないよ。」

 美梨になっているセルフィーは 不敵な笑いを浮かべ、ゆっくりと立ち上がった。

「おおっと? この娘に色々と話して良いのか? あぁ…。そうか! 知りすぎたなら、また記憶を消せばいいんだもんな!」

「美梨ちゃん?」

 大榧さんは立ち尽くしている。


「フェイレイ、大榧さんを!」

 僕の影から煙のように出て来たフェイレイ。

「任せろ!」

 フェイレイは大榧おおかやさんを守るように構えた。


「エリーゼ。この部屋の住人を隠世かくりよへ飛ばせますか?」

「たやすいわ。」

 そう言ってエリーゼは 僕たちを隠世へ移動させた。突然現れたエリーゼに、大榧さんは驚いている。

「え? 昨日のママさん?」

 驚く大榧さんの後ろから、

大榧おおかや美桜みおうちゃん!」

 ヤシタは大榧さんの名前を大きな声で呼んだ。

「はっ! はい! はい? はいぃ~!? ここはどこですか? 椚田君?」

「小娘!今は黙って見ていろ!」

 エリーゼは大榧さんを威嚇した。


「え? 昨日のママさんだよね?てか、何で? 何で犬が喋るの? あなたは? 何で私の名前を知っているの?」

「アハハ! 頭の中がぁ~? 大混乱~!」

 ヤシタは楽しそうに大榧さんに話しかけている。


「やめろ!ヤシタ!」

 バグエがヤシタに注意をした。大榧さんは次から次へと現れるキャラクターに対応できないでいる。しかし、バグエを見た瞬間に何かを感じたようだ。


「貴女…。もしかして椚田君の?」

「あぁ。私が颯太の恋人、 バゲットだ。」

「初めまして、椚田君の同期の…。」

「大榧美桜だろ? 知っている。颯太がいつも世話になっている。ありがとう。」

「と…、とんでもないです。」

 大榧さんは 驚きと絶望が入り雑じった表情をしている。


「ヤシタ! フェイレイと交代して! 大榧さんを頼むね!」

 僕はヤシタにお願いをした。


「はぁい!」

 ヤシタは元気に返事をして、大榧さんの目の前に立つ。


「私が美桜ちゃんを守るよぉん!」

 そう言ってヤシタは弓を構えた。


「フェイレイ! 美梨を!」

 僕はフェイレイと共にセルフィーに向かった。

 フェイレイは雷鳴のような遠吠えで、セルフィーと美梨を分離させる。

 美梨から離れたセルフィーはその分離された反動でよろけた。だが、直ぐに体制を立て直す。そして、セルフィーは僕に第6尉ほどの魔法で爆炎を浴びせてきた。


「うひょーー! 怖いーー!」

 僕は声が裏返った。


 だが、間一髪!セルフィーの放った爆炎はエリーゼが咄嗟に出したマジックバリアーのおかげで事なきを得た。


 ヤバ! この人…。マヂで僕をる気だ!殺る気満々だ!

 そしてヤシタは弓をかまえ、1本の矢を左手に添えた。


「おい! ヤシタ! 母に弓を引く気か?」

 セルフィーはヤシタを怒鳴り付ける。


「ママンに当たれぇ! えい!」

 セルフィーのそんな言葉などヤシタは気にせず、弓を放つ。


 こちらも間一髪。セルフィーはギリギリで避けた。

「こら! 母に矢を射つな!」


「セルフィー。見苦しいわよ。」

 エリーゼは観念しなさい。と言わんばかりで臨戦態勢をとる。


「ふん! 多勢に無勢だな! 小僧、アリゼーまで仲間にするとはな…。もはやここまでだ。」

 セルフィーは諦めたように肩を竦めた。


「本気モードのセルフィーに、僕1人だけじゃ無理だからね。みんなを呼んじゃった。」

 僕はテヘって顔をした。


忌々いまいましい小僧だ!」

 悪態をつくセルフィー。


「貴女もその女に寄生したじゃない? お互い様よ。ねぇ、颯太さん?」

 エリーゼは僕の肩に手をのせ、耳元に顔を近づけて来た。


「おい! アリゼー! 颯太に近寄りすぎだ! 私は貴様にそこまで許しておらんぞ!」

 腕をくみ、怒るバグエ。


「嫉妬深い女ね…。」

 エリーゼは小声で言った。


「あの…。椚田君?」

 大榧さんは何から質問すればいいのかわからないようすだ。


「大榧さん大丈夫? あっ!セルフィー。この子の髪が少し焦げてるぞ! 早く治して!」

「私が治しますわ。な女が治しても綺麗になりません。」

 そう言ってエリーゼが大榧さんの髪を綺麗に戻した。


「あ、ありがとうございます。」

 大榧さんは 未だ夢でも見ているかのようだ。


「ところでセルフィー、美梨は大丈夫なの?」

「ああ大丈夫だ。その娘は 現世での私の憑依よりしろだ。無下むげにはできん!」


「ねぇママン! 遊ぼうよ!」

 ヤシタ、気持ちはわかるけど空気をよんで…。


「ヤシタ。今は待ってくれ。」

 バグエはきつく言えないようだ。


「さぁセルフィー? ルキエラ様との関係を話してくれないかしら?」

「アリゼー。貴様、ルキエラ様を敵にまわすのか?」

 セルフィーは 挙動不審だ。ガチでルキエラを恐れているようだ。


「そうね…。私は元々、ルシエール様にお仕えする身ですから。ルキエラ様は問題外ですわ。それにね、今は颯太さんにもお仕えしているのよ。颯太さんのお側にいれるのですから、これ以上の至福はありません。」


「あの、エリーゼさん? 重いんですけど…。」


「あれ? 颯太君?」

 美梨が眼を覚ました。


「気がつきましたか? 大丈夫ですか? いつまでの記憶がありますか?」

「美梨ちゃん…。」

 大榧さんは涙目になっている。


「美桜!? ちょっとセルフィー、どういう事? 美桜は巻き込まないでって言ったのに!」

 美梨が珍しく怒り心頭だ。


「すまん! 成り行きで…。て言うか、コイツだ! コイツが連れてきたんだ!」

 そう言ってセルフィーはアリゼーに向かって指を差した。


「嫌だわ、私に責任を押し付けないで。」


「貴女…。貴女は確か、魔の巣の経営者の人ね。やっぱり隠世の住人だったのね。」


「美梨ちゃん? 知っているの?」


「パパリンの写真で見たわ。なんとなく人間じゃないと思ってた…。そんな事よりも美桜、怪我はない? 大丈夫?」


「なんともない…。けど…。何なの? ここはどこなの?」

 大榧さんは不安を隠しきれないようだ。


「あのね…。落ち着いて聞いてね。ここは隠世かくりよと言って、もう一つの世界なの。それで…。」

 美梨は大榧さんに説明を始めたその時。


「さぁみなさん!人間の女の匂いに釣られて獸達が集まって来たわ。面倒だから帰りましょ。」

 エリーゼはそう言ったとたんに、みんなを現世うつしよに戻した。凄いなエリーゼ。


 そして。何かを思い出したような大榧さんは 僕に話しかけてきた。

「あの…。椚田君…。私ね…。思い出しちゃった……。」


 僕は大榧さんのその言葉に驚いた。そして腰が抜けたようにその場に座り込んだ。あぁ…。思い出しちゃったのか…。


「颯太さん。この娘の記憶を消しますか?」

 楽しそうに言うエリーゼ。


「やっぱり…。おかしいと思った。椚田君の写真がいっぱいあって…。香織ちゃん…。友達に聞いたら私は椚田君のことずっと…。」

 大榧さんはそこまで言うと、涙を流し始めた。


「主よ。 また女子を泣かせたな…。悪い男だ…。」


「あぁ…。本当に悪い男だ…。ルシエール様に報告だな…。」


 何なんだよ。

 フェイレイとセルフィーはこういう時だけ息がピッタリだな…。


「あなた様。女を泣かせるなんてカッコいいですわ。」

「ちょっと、あなた達! 美桜で遊ばないで!」

 美梨が怒った。


「すみません。大榧さん…。」

 僕は謝ることしか出来ない。


「ちょっと! あなた達! 美桜で遊ばないで!」

 シ?!シレーヌ?


「ギャハハハハハ!!!…あっ。」

 しまった…。


「椚田君が笑った…。うわぁーーーん!!」

 大榧さんは 大号泣してしまった。


 なんだよこれ…。デジャブだな…。


「シレーヌ。お前は何がしたいんだ? 颯太に妹を助けてもらいたいのではないのか?」

 呆れた顔でバグエが言う。



「笑わないで!」

 シレーヌは調子にのっている。


「ギャハハハハハ!!! やめて!ギャハハハハハ!!! それ反則だって!」

 僕は我慢なんて言葉も忘れて大爆笑中。


「やれやれ…。主の笑いのキャパは広大だからな…。美梨の妹よ。主を許してくれないか? 悪いのは全てシレーヌだ。あのマンバギャルだ。」

 フェイレイの言葉に大榧さんは ぷっと吹き出した。


「マンバギャルって…。ぷっ! 凄い! 本当にいるんですね!」

 良かった。機嫌がなおったみたい。


「それで? ぷっ…くっくっくっ! 持ってきた図面は…。 僕を誘き寄せる口実だったのかな?」

 僕は所々笑いながら美梨に話した。


「ごめんね、颯太君。施工は満点ホームに決めてるから、図面の細かいところは年明けでいいかな?」

「わかりました。ありがとうございます。ふぅ…。後、これは僕の個人的な質問です。美梨さんは 今後もセルフィーを受け入れますか?」

「私は…。私は颯太君に迷惑をかけたくない…。」

「美梨ちゃん? もしかして、美梨ちゃんは椚田君の事を…。」

 大榧さんは美梨に聞こうとしている。こういう時って、心が探れるのは正直厳しいな……。


「美桜…。

 違うよ…。

 安心して…。

 私は…。

 あのね…。

 こういう人は………。

 ちょっと苦手かな…。

 あっ。

 ごめん。

 本人の前で……。

 言っちゃった……。」


 美梨は涙をポロポロ流しながら話した。美梨、泣かないで。



「貴様ら! 颯太を困らせるな! 好きなら好きで良いではないか? 好きになることぐらい。私はかまわないぞ。しかしだ! 颯太は私の恋人だけどな。」

 バグエは仁王立ちで言った。


「やれやれ…。お前達。こんな小僧のどこがいいんだ? この程度の男なら、そこら辺にうじゃうじゃいるではないか?」

 シレーヌはドヤ顔&したり顔だ。


 そんなシレーヌに。

 バコン!!

 中身がたくさん詰まったドラム缶が潰れるような音。

 エリーゼはシレーヌの顔を思いきり殴った。

 殴られたシレーヌはクルクルとコマのように回転した。

 やはりお正月が近いからだろうか。

 そして、椅子を何脚か倒して自分も倒れ、気絶した。


「ねえ美梨ちゃん。この人って、登場してからずっと一人相撲してるけど誰? 美梨ちゃんのお友達?」

「ぷぷっ!」

 美梨は吹き出した。


「この人は 笹目君の彼女だよ。だから、この人が目覚めたら、ちゃんと挨拶しておいてね。」


 おいおい、美梨さん? 笹目部長の事がそんなに嫌いなの?



「まぁ冗談はさておき、当面はルキエラとセルス王だね。なんだかここに、本人がいるような気もするけど…。」

 僕はみんなに話しかけた。

 ん?

 大榧さんは誰かに電話をしている。


「あっ。お疲れ様です! 部長大変です! 今、姉のスタジオにいるのですが、部長の彼女さんが気絶してしまって…。すぐに来て下さい! え? いいから! 早く来て下さい! それでは失礼致します!ふぅー。」


 シーーーーン………。


「あっ…。美桜? もしかして、今のって、 笹目君?」

 美梨は驚愕の表情だ。


「そうだよ。言ってる意味がわかんないぞ? とか言うから、私ちょっと怒っちゃった。」

 大榧さんはテヘって顔をしている。


 あぁ~。笹目部長、今日は 彼女と出かけるっていっていたよな。


「大榧さん…。その人はどちらかと言うと美梨さんの友人で、笹目部長とは関係がないと言うか…。」


「え? だって、椚田君とも仲良しみたいだったから…。私、どうしよう…。」

「お言葉ですが、このシレーヌおばちゃんは嫌いなタイプNo.1です。弥彦君には後で、僕から連絡しておきます。それよりも、今日はこの辺でお開きにしましょう。おそらく、今日は話し合いとかはできませんよね。」


 僕の提案に答えたのはセルフィー。

「まぁそうだな。美梨よ。私もそろそろ隠世へ戻ろうと思う。その小僧からトリシューラを奪う事もできそうもないしな。それに、今後の事も考えたい…。私もルシエール様には大変世話になった身だ。だから、前向きに考えてみたい。」

「あらセルフィー? ルシエール様に仕えたら、私の下僕しもべということになるわよ? それでも良くて?」

「アリゼーかまわんさ。ヤシタとも会えるしな。娘に会えるなら貴様の下僕なんて些細なことだ。」

「それではセルフィー。直ぐに行きましょう。颯太さん。そういうことです。少しの間、あなた様の元を離れます。その前に…。」

 そう言ってエリーゼは僕を抱きしめてきた。

「天王だけでは心配なので、私のパワーも少しですがお渡ししましたわ。それではくだ飛竜ひりゅうの特訓を頑張って下さい。」

 そう言ってエリーゼはセルフィーと共に消えた。


「颯太君? 天王って?」

 美梨は驚いたように聞いてきた。


「あぁ。何でもないですよ。それでは解散しましょう。」


「あの。椚田君。」

 大榧さんは またもや驚いたように僕に話しかけてきた。


「私と美梨ちゃんの記憶は? 消さないの?」

「お嬢さん。あるじはあなたが邪魔になったので、記憶を消したわけではない。命の危険があったからだ。セルフィーが帰った今、あなた達に危険はない。したがって記憶を消す必要も無いわけだ。それにこれまでの事を誰かに話しても、どうせ誰も信じてもらえないであろう?」

 フェイレイは美梨にも話すかたちで大榧さんに言った。


「確かに。それじゃ椚田君! もう一度だけ言わせて下さい!」

「なんでしょうか?」

「椚田君。あの…。私と…。私と!結婚を前提にお付き合いをしてもらえませんか?」

「…大榧さん。ありがとうございます。大榧さんが僕を思ってくれていることに、僕はとても感謝してます。こんな僕でも、好意を持ってもらえることに…。その事に感謝してます。でも、僕はバグエを愛してます。バグエのためなら、人間界でも隠世でも共に生きる覚悟があります。ですから…。すみません、僕は大榧美桜さんとは お付き合いする事はできません。それでは 失礼致します。」


 僕は事務所の扉を開け、出ようとした。


「颯太君。」

 今度は美梨が話しかけてきた。


「今までごめんなさい!シレーヌの事や、セルフィーの事も…。ごめんなさい!」


「美梨さん。僕は怒ってないですよ。人の心は弱いんです。その弱い部分をつついてくるのは 人間界にだって、たくさんいます。それが今回は。たまたま隠世の住人だっただけです。ですから気にしないで下さい。あとシレーヌが起きたら、僕の部屋に来るように言っておいて下さい。それではお邪魔しました。」


 僕達は事務所を後にした。


「エへへ…。同じ人に2回もフラれちゃった…。」

「美桜…。美桜は強いね…。」






「さてさて。弥彦君に電話しなきゃ。」


「颯太! 大好きだ!」

 バグエは僕に抱きついて来た。


「僕もバグエが大好きだよ。恥ずかしいから、あまり人前では言いたくないな…。」

「バグエ、良かったね。颯太に会えて。」

 ヤシタが言った。

「我が主も幸せそうだ。」

 フェイレイも言う。


 そして、音楽教室の玄関を開けた。


「おい。颯太? どういう事だ?」

 教室の入り口にいたのは 笹目部長とその彼女。


「あちゃー!」

 僕は言葉にできずにいた。


五和いつわは俺と一緒にいたぞ?」

「いや~。実は…。」

 僕は今までの出来事を部長に話した。


 呆れる部長。大爆笑する部長の彼女。


「ねぇ颯太君。その電話をかけてきた大榧さんって美桜ちゃんでしょ?」

「はいそうです。」

「弥彦は 美梨に嫌われてるもんね。美桜ちゃんは すごく素直ないい娘なのに。ところで、その娘は颯太君の彼女かな?」


「はい。颯太さんとお付き合いしております、バゲットと言います。」

「うわぁ! 日本語が上手ですね! どちらで覚えたのですか?」


「私の付き人、ヤシエッタから教わりました。」

「付き人って…。」

「こんにちはーー!!!」

 ヤシタが部長と彼女の後ろから驚かせるように挨拶をした。


「うわッ! ビックリした!」

 驚く笹目部長。


「こっ、こんにちは。」

 部長は笑顔でヤシタに挨拶をする。


「ちょっと弥彦! 顔ニヤケ過ぎ! まったく…。」


「しかたないだろ! こんな可愛い娘とお話なんて今までしたこと無いんだから!」

「やったーバグエ! 可愛いって言ってもらえたよ!」

 ヤシタは嬉しそうにピョンピョン跳ねている。


「本当に可愛い娘ね。 そしてバゲットさんは美人さんで。颯太君、素敵なお嬢さんを捕まえたね!」

「違うよん! バグエが颯太を捕まえたんだよん!」

 バグエは恥ずかしそうにうなずいた。


「あーもー帰るよーー!」

 笹目部長は少しイラついたようだ。


「そうね。邪魔しちゃ悪いし、それに明後日の夜に会うしね。」

「あはは、、年末の恒例だもんな! じゃあな颯太! 事務所に寄ってから帰るんだろ? 戸締まり宜しくな。」

「「はい。」」

 僕はバグエと声を合わせた。

「バイバーイ!」

 ヤシタも笑顔で手を振った。





 そして、住宅展示場に到着。


「バグエ。少し待っていて、書類を置いてくるだけだから。」

「ああ。急がなくてもいいよ。ヤシタもフェイレイもいるから。」

 僕は書類を置きに、事務所に行った。


 バグエとヤシタは楽しそうにフェイレイと話しをしている。颯太の事を色々と聞いているようだ。自分が現世にいなかった時の事が気になるんだと思う。


 しばらくすると、そんなバグエ達に、話しかける少女がいた。

「ねぇママ!あのお姉ちゃん!妖精さんのお姉ちゃんだ!」

「あらぁ!その節は…。」

「おぉ! あの時の! 同じ所に住んでおったか。」

「わぁー!大きなワンワン!」

 女の子がフェイレイを見ている。触りたそうだ。


「この犬は人に馴れているから触っても大丈夫だよ。頭を撫でてごらん。」

「やったぁ! わぁー! フワフワだよぉママぁ!」

 嬉しそうにフェイレイの頭を撫でている女の子とお母さん。しかし、男の子は元気が無いようだ。


 僕が事務所から出てくると、見覚えのある親子。

「あ! 高坂サービスエリアの!」

 僕は男の子に話しかけた。


「満点ホームの方だったのですね?」

 お母さんが僕に話しかけてきた。


「はい。椚田と申します。」

 僕は母親に名刺を渡した。


「ご丁寧に、一瀬いちのせと申します。」

「え? 一瀬さんって、今うちで新築されてる一瀬さんですか?」

「はい。 うちの担当は笹目さんがされてまして。」

「そうでしたね。ですが、実は本日より冬季休暇になりまして。」

「大丈夫ですよ。今日はこの子が、ここのおうちを見たいと言ったので、買い物のついでに寄っただけですから、おかまいなく。」

「そうでしたか。ん?どうしたの?」

 僕は男の子に話しかけた。


「……。」

 下を向いたまま話そうとしない…。


「実はこの子。声がでなくなってしまって…。」


 (主よ。この坊や。)

 (ああ。)


「こんにちは、久しぶりだね。声がでないか。それじゃ、僕の眼を見て心で話しかけてみて。最初は僕からお話しするね。」


 そう言って僕は男の子に話しかけた。


 (こんにちは。 寒いけど、風邪とかひいてない?)

 驚いた表情をする男の子。

 (何で? 何でお兄ちゃんとは話せるの?)

 (私とも話せるよ。)

 (私とも話せるよん!)

 (心でなら私とも話せるぞ。)


 バグエとヤシタ、フェイレイも僕に続いてお話をした。そして、男の子は嬉しそうに涙を流している。僕は男の子を抱きしめてあげた。

 男の子はうんうん、とうなずいて嬉しそうだ。

 (名前を聞いてもいい?)

 (颯太。)

「アハハ!!」

 僕達はみんなで声をあわせて笑った。

「そうなんだ! 凄いね!僕も颯太だよ!」

 お母さんは驚いている。

「颯太君はどういう字ですか?」

 僕はお母さんに聞いた。


「えっ何故? 息子の名前を? あっ立つ風の颯に太い。で颯太です。」

「颯太君! 凄いや! 字も同じだね! W颯太だね!」


「あの…。何故? 息子と話せるのですか?」


「何故かはわかりませんが、昔からそうなんです。」

「本当に不思議な…かたたちです。颯太が久しぶりに笑ってくれて…。」

 お母さんは涙を流している。


 (なぁフェイレイ、この子。能力者だな。覚醒によるショック症状か?)

 (主よ。そのようだ。)

 (TTRか。)

 バグエも交ざってきた。

「Time To Repeatだね?凄いね君!」

 ヤシタは楽しそう。


「Time To Repeat?」

 お母さんは不思議そうな顔をした。

「いえいえ。何でもないです。ところでエリーゼはいつ頃戻れるのかな…。」

「おそらく2~3日ってところかな。」

「そうか。それじゃ颯太君。大晦日の夜に怖い顔をしたお姉さんを連れて会いに行くね。その人が治してくれるからね。そうすれば、お正月にお父さんとお母さん、あと妹にも 明けましておめでとう! って言えるよ。だから安心してね。」


 颯太君は 嬉しそうに、うんうん。とうなずいた。


「そんな…。いい加減なこと!無理ですよ!色々な病院に行って、色々な検査をしてもダメだったんです!」

 お母さんは涙を浮かべ、僕に詰め寄ってきた。


「颯太君のお母さん。颯太君の今の状態は ただのショック症状です。病院では治りません。颯太君が自分で治すんです。僕はきっかけを与えるだけです。それに、もしかしたらですが、僕たちがお伺いする前に治っているかもせれません。」

「あの…。言っている意味がわかりませんが?どうやったら治るのですか?」

「先ほども言いましたが、きっかけがあれば治ります。そのきっかけは個人によって違いますが。」

 母親は怪訝な顔をしたが、了解してもらえた。


「わかりました。この事は主人には内緒に致します。おそらくあの人が聞いたら、怒って会うこともできないと思います。ですから、仕事の延長という事で来ていただいてもよろしいでしょうか?例えばカレンダーを持ってくるとか…。」

「そう言うことでしたら、初詣にしましょう。すぐそこの神社なんていかがですか?」

「そうですね!そうしましょう!」

「それじゃ颯太君。安心してね。年末で忙しいから、ちゃんとお父さんとお母さんのお手伝いをしてね!」


(おい!颯太よ。そのくらいなら私がやろうではないか。お前は 特訓もあるからな。)


「あぁ…。そう言えばそうでしたね…。」

 バグエ達はクスクスと笑っている。


「あの…。すみません。やはり、今から颯太君を話ができるように致します…。」

 母親と妹は驚いている。そんな2人をよそに、僕は颯太君の頭を撫でた。


 そして…。

「颯太君。こんにちは!」

 僕は優しく話しかけた。

「お兄ちゃん…。」

「颯太!?」

 颯太君に駆け寄る母親。


「お兄ちゃん!ありがとう!!」

 僕に抱きついてきた颯太君。


(颯太君。能力の事は内緒だよ。 君はまだ、うまく制御できないから使うのも禁止。OK?)

(うん!)

(よし!いい子だ! )


「それではこれで、失礼致します。」

「あの…。待って下さい!先ほどはすみません!どうやってお礼をしたら良いか…。」

「お礼なんていりません。僕は医者じゃありませんから。それに颯太君は僕と同じ名前だから、他人事とは思えなかったので…。」


「「せーの! 颯太お兄ちゃんありがとう!!」」

 颯太君は妹と声をあわせて僕達を見送ってくれた。


 そして僕達は展示場を後にした。


「凄いなあの子。」

 僕は感心したように言った。


「悪い連中に利用されなければ良いけど。」

 バグエは心配そうに話した。


「そうだね。」


 確かに…。隠世かくりよの住人に知られたら厄介だな…。

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