第17話 Sinky York

「 お疲れ! 遅かったな!

 大榧と何かやっていたのか? あいつの部屋に行ったりしてさ!」


 この人の発言って、毎度の事だが、頭が悪そうだな!


「お疲れ様です。 中原さん、少しは僕をねぎらってくださいよ!

 目の前で図面をビリビリっと、破かれたんですよ!」


 笹目部長はビックリしている。


「本当か? 変な女だと思っていたけど、そうなんだ…。災難だったな…。」


 笹目部長は まるで、自分がやったように、僕に対して申し訳なさそうにしている。


「大榧もいたのか?」


 中原さんは 大榧さんに対して興味津々だ。


「いえ。大榧邸を出て、少し歩いたあたりで会いました。」


「目の当たりにしないで良かったなー!」


 所長は相変わらず、呑気な口調で言った。


「大榧さんは、椚田にアレだもんな…。」


「おっ? 所長! アレとは? ハッキリ言ってくださいよ!」


 中原、うるさいから!


「まぁまぁ! それじゃみんな揃ったから、カンパーイ!」


 笹目部長が、話をさえぎってくれた。

 ありがとうございます。


「ふー!

 仕事終わりのビールは美味いな!」


「なぁ颯太! 彼女の事を話せよ!」


 中原!?マヂでうざい!


「へっ? 椚田! 彼女いるの?」


 所長が楽しそうだ。


「日向は知っているのか?」


 笹目部長も楽しそうだ!?


「えっと…。

 日向ちゃんは 会ったことはあります。」



「「「えぇーーー!!」」」



 3人で声を揃えて、何なの?



「「「大丈夫だったのか!?!?」」」



 この3人のレゾナンスが、非常にうざったく感じるのだが…。


「大丈夫って何がですか?」


「何って! 彼女だよ! 殴られなかったか?」


 笹目部長がそう言った横で、中原さんの口が、パクパクしいる。


「えっと…。威嚇はされていました。」


「助けてあげなかったの?」


 所長が弱々しく言う。


「はい。 下手にかばうと、もっと大変なことになりますから。こういう時は、中立でいた方が早く収まります。」


「さすが姉弟だな…。」


 笹目部長が、大きくうなずきながら言った。


 その時。


「おう! 弥彦!」


 振り向くと、そこには兼太かねた君?


「兼太君。ひかりちゃん。」


 ひかりちゃんは僕の頭を撫でた。


「ちょっとやめてって!」


 僕の頭を撫でる、ひかりちゃんを見て、中原さんが言う。


「アハハ! ひかりちゃん!颯太は可愛いもんな!」


 うるさいぞ! 中原!


「兼太! 久しぶりだな!この人、所長。」


 笹目部長が、兼太君に所長を紹介した。


「初めまして。いつも弟がお世話になっております。颯太の兄の 椚田くぬぎだ兼太かねたです。連れは家内かないのひかりです。」


 兼太君は所長に挨拶をしてくれた。


「初めまして。颯太の義理の姉になります。 いつも弟がお世話になっております。」


 ひかりちゃんまで…。ありがとう。


「あれ?お母さんは?」


 笹目部長が、兼太君に聞くと、


「女子会!」


 女子会という言葉を 小バカにしたように言う兼太君。


「兼太君! そういう言い方をしないの!」


「アハハ。 相変わらず、ファンキーなお母さんだな。」


「あのね!後で、美梨も教室が終わったら来るって!笹目君、美梨をイジメないでよ!」


 ひかりちゃんの一言に、笹目部長は凍りついた。


「マジでか?」


 本当に嫌そうだ…。



((そんな事よりもFayray。もしかして、美梨はドッペルゲンガーか?))


(主よ、そのようだ。)


((本体はどっちだ?))


(それは私にもわからない…。)



「それじゃ、邪魔しちゃ悪いから。」


 そう言って兼太君達は自分達の席に向かった。


「椚田。会いたくないだろ?」


 いや! むしろ会いたい!

 先程の虚無きょむな美梨と、先日の美梨を見比べたい。

 でも、今日はみんながいるからな……。


「アハハ。僕は気にしてないです。」



((それよりもおかしいだろ? 何故、誰も気がつかない? 自宅から教室って時間的に、そんな余裕は無いはずなのに。))


(主よ。これは何かあるな。)


((本人に会って、問い詰めるか?))


(主よ。 10分ほど離れるが良いか? 私が離れても、神力しんりきはそのままだから安心してよいぞ。)


((あぁ。わかった。気を付けてな!))



「大丈夫かよ颯太!」


理恵さとえちゃん、僕の心は強いんだぞ!」


「バカ! 理恵ちゃんとか言うな! 中原さんだろ!」


 あれ?照れてるよ、この人!?笑える!


「だって! 理恵ちゃんが先に颯太って言ったじゃん!」


「ハイハイ! 姉弟喧嘩はよそでヤレ!」


 笹目部長…。

 こんな姉さんゴメンです!


「でもさぁ。うちの部署は みんな仲良しで、俺は嬉しいぞ。」


 所長はまたもや、呑気な発言をした。


「はぁ? 私は弥彦やひこが嫌いだし!」


「アハハ! 俺は理恵が大好きだぞ!」


「これだよ!これ! 自分の事を イケメンと思っているこの発言!マジでキモメンの部類だ!」


「アハハ! 本当に仲の良いお二人さんだ。」


「仲良くないから!!」


 理恵ちゃん、こりゃ本気で嫌がっているな…。


 すると、笹目部長の眉が、突然つり上がった!?


「ヤバ! 来たぞ!」


 笹目部長が、小声で言った。


「ゲッ!? マジで来たよ!」


 中原さんも振り返って、確認して言う。


 眉間にシワをよせているさまは 三菱のマークのようだ……。

 笹目部長は 通りすぎる美梨と目を合わそうともせずに、所長と話をはじめた。


 だが、美梨は 僕達の席の横を 通り過ぎる寸前で、所長を見つけた。


「あら? 満点ホームの。」


 所長も挨拶をする。


「どうもお世話様です。図面はいかがでした?」


 白々しいぞ!所長!


「あら? もう、いただいたのですか?それでは 帰宅したら拝見…。

 あっ! 颯太君!?」


 見つかった…。

 今は 見つかりたくなかったな…。


「先ほどは どうも…。」


 とりあえず、違和感の無いように挨拶をした。


「先ほど?」


 頭にハテナマークが付いたような顔をする美梨。


 そして美梨は 中原さんに言った。


「すみません。中原さんでしたっけ? ちょっと、席を立ってもらっても、よろしいですか? 」


「え? えぇ…。」


 中原さんは 美梨に言われるままに、席を立つ。


 すると。美梨は 僕の隣に、滑り込むように座り、僕の肩を抱き寄せて、耳打ちをした。


 ウワッ?!みんな見ている!


(後で会える?)


 僕はうなずいた。

 すると、美梨は肩をすくめて立ち上がり、笑顔で言った。


「じゃあ LINEするね!

 中原さん、ありがとうございます。」


 美梨は 中原さんにそう言うと、その場を去った。


「何!?何!?」


 笹目部長が、驚いている。


「なんだよ!? 何なんだよ颯太!?」


 中原さんも驚いている。


「あらら? 椚田! お前、お姉さんにも手を出す気か?」


「なんなんでしょう?」


 僕は誤魔化した。


(主よ。 本体は今、家にいる方だ。)


((やっぱり…。それで、本体とは話しができたのか?))


(驚いてはいたが、話はできた。ドッペルゲンガーと言うよりも、ひと言娘ごとむすめはバイロケーションのようだ。)


((と言うことは、美梨は能力者か…。))


(おそらく、シレーヌは 独り言娘に、何らかの弱味を握られている。)


「…太。 …おい! 颯太!」


 あっ!? ヤバイ!


「どうしたんだよ颯太! 大丈夫か?」


「はい! すみません。 ちょっと酔ったみたいで…。でも、まだ飲んじゃお!」


 そう言って、僕はマイヤーズラムのソーダ割りをもらった…。





 兼太、ひかり、美梨 側。


「美梨!お疲れ!」


「美梨ちゃんお疲れ!」


「もぉ二人とも相変わらずオシドリだね!ハイハイ! お疲れ様です。」


 並んで座る二人に、軽く嫌みを言う美梨。


「ねぇ美梨。今。颯太君に、なんだかとっても、大胆なことをしてくれたけど、どういう事かな?」


 美梨は グーにした右手を 口元に持っていき言った。


「だって。颯太君、可愛いんだもん!」


「美梨ちゃんさ。その愛情を少しくらい、桐弥君にも分けてあげれば?」


「そうだね。桐弥とうや君って、今年も受験でしょ?美桜みおうちゃんと違って、メンタル弱そうだよ。」


「桐弥君はさぁ、私の事が嫌いみたい。家でも私を避けているよ。いつもね、美桜姉みおねえって言って、美桜のところにいる。」


「ふーん。私は兄妹がいないから、わからないや。

 あっ!で美梨は何を飲む?」


「寒かったから、熱燗にする。」


「美梨ちゃんらしいね。 お父さんもお酒強いもんね!」


「アハハ。パパリンは毎晩飲んでるからね。

 先週も、飲み屋さんの旅行に行ってたよ。

 そうそう。そこの飲み屋さんの常連に、中原さんのお父さんもいたみたい。」


「へぇー。」


 兼太とひかりは声を合わせた…。


「そうそう。兄弟って言えば、うちは日向が颯太命だからな…。俺はひかり命だけど。」


「酔っぱらいは黙りなさい。」


 兼太君の額をペシっ。と叩くひかり。


「えぇ!?何いまの!ドン引きなんだけど…。

 あっ!颯太君だ!手を振っちゃお!」


 笑顔で手を振る美梨に対して、苦笑いをする颯太。


「ねぇ。美梨? どしたの?颯太君と、いつの間に、そういう仲になったの?」


「えへへ。最近だよ。」


「あの…。美梨ちゃん…。颯太はね、彼女がいるんだよ。」


 申し訳なさそうに言う兼太。


「うん。知ってるよ。ハーフの娘でしょ? 私ね、その娘に負けないもん!」


「美梨?何で颯太君なの?」


 少し不満そうに言うひかり。


「ねぇ、ひかり。美桜なら良くて、私じゃダメ?私も人として、誰かを好きになっても良いでしょ?」


「人として、って…。そんなお大袈裟な…。

 ただ、颯太君は美梨よりも歳下だからさ。何だか美梨って、歳上の男性が好みかと思ってた…。」


「年功序列って言うのかな…。

 男性って、自分よりも下の立場の人を 見下す人が多いじゃない? そういうが嫌でさ…。

 でも、颯太君ってさ。 自分よりも立場が下の人にも気を使って接するでしょ?ほらほら! あの注文のしかた!もぉ可愛いよね!」


 兼太とひかりは少しあきれている。


「でも、美梨。それって、いつからなの?」


「いつって?」


「だから…。その…。颯太君の事…。」


 ひかりはまだ、に落ちないようす。


「恥ずかしいんだけどさ。高3の時に学校で、編み物教室やったじゃない?」


「あぁ!やったね!懐かしい…。

 あれ? 兼太君。あの時にあげたマフラーは?」


「まぁまぁ。今は美梨ちゃんの話だから!

 で?その編み物教室が?」


 誤魔化そうとする兼太。


「ひかりはさ、兼太君に編んでいたでしょ?

 私は別にあげる人がいなかったんだよね…。

 それでさ、先生が言ったじゃない。あげる人の事を思って編んでね。って。」


「あぁ…。確かに…。」


「それでね。

 たまたまさ、颯太君を見つけたんだよ。校庭で日向ちゃんに追いかけられているとこ。

 何か微笑ましくてさ…。

 その時はまだ、颯太君の名前も知らなくて。

 でも、日向ちゃんは有名人だったからね。美人で男嫌いで、合気道やっている。って。だからさ、あんなに仲が良いから、日向ちゃんの彼氏だと思ってたんだ…。

 そしたら前の席の娘がさ、椚田の弟ってイケメンだよね。

 って言っていて。

 色々と聞いたら、あの時に追いかけられていた男の子は 颯太君で、日向ちゃんは颯太君のお姉ちゃんで、ブラコン……。

 あっ!ごめん!」


「大丈夫だよ。その通りだから……。」


 微笑みながら、返答をする兼太。


「えへへ…。それでね、何回か颯太君の教室に、見に行ったらさ、颯太君っていつも人気があって…。

 いつも女の子に囲まれていて…。気がついたら私ね、いつも颯太君の事を考えていて…。」


「美梨。それって実はさ、颯太君のクラスの女の子達って、兼太君の事を気になっている娘達で…。その時の颯太君はそれが嫌だったみたい…。

 本当は友達と、ゲームの話をしたかったのに。って聞いたよ。」


「えへへ。知ってるよ。

 だからね、私もゲームをやってみようと思って、クリスマスプレゼントに、PSvitaをパパリンに買ってもらったの。

 それでね、颯太君がやっていたゲームは、アマガミだよ。

 という情報が入って、私もそれを買ったの。

 そしたらさ。それって、男の子がやるゲームで、いわゆるギャルゲってやつだったのよ!」


「あっ!やってた!

 そうそう!

 それで、日向にボロクソ言われてたっけ!アハハ!」


「兼太君…。颯太君がこっち見てるよ。

 多分だけど、自分の事を言われているのを気付いているよ…。」


「ヤバ!」


 兼太は黙った。


「そうそう、それでね。私は今でもあの時のマフラーの続きを編んでいるの。

 あげたい人の事を思ってね。

 もしもだけどね…。

 恋人同士になれたら、クリスマスにプレゼントしようと思ってさ。

 でも、重いか…。」


「美梨…。何で今まで相談してくれなかったの?私…。ぜんぜん気づかなかった…。 ごめん……。」


 ひかりは心底、悔やんだ顔をしている。


「違うよ!私が、誰にもバレないようにしていたんだよ。」


「え!? 何で?」


 驚く兼太とひかり。


美桜みおうがさ…。颯太君の事を 大好きになる瞬間を見ちゃったからさ…。」


「美梨…。私…。最低だ……。

 こういう場で、親友にこんなことを言わせて……。

 どうやって償えば良いのか、わからないよ……。」


「大丈夫だよ!だって今は 颯太君とたくさんお話できる仲になったもん!」


「そうか…。」



 兼太とひかりは なんとも言えない気持ちになった。





 満点ホーム 側。


「何で大榧おおかやの姉さんに、肩を抱かれているんだよ!何の内緒話だよ!」


 所長と笹目部長も驚いた顔で、うなずいている。


「すみません、実は声が小さすぎて、聞こえませんでした…。」


 これじゃ誤魔化せないことも、わかっていながら嘘を言う。


「いつの間にLINEの交換をしたんだ?」


 中原さん、尋問タイムですか?


「先日の連休の時に、偶然コンビニで会って…。」


 何で所長はそんなに楽しそうな顔をしている…。


「一昨日の話じゃないか!いきなり肩を抱いてくるなんて、そういう仲なのか?」


「そんな事してました?」


「してました!?お前は不感症か? 」


「はい。」


「そうか、じゃぁしょうがねぇな…。ってなるか!!」


 何で理恵さとえちゃんが、そんなに怒るのかが、僕にはわかりませんが…。


「もういいだろ?颯太には彼女がいて、大榧の姉さんとは別に何でも無いわけだろ?それでいいじゃん!」


 笹目部長ありがとうございます。


「うん…。いいんだけどさ…。私はどちらかというと、美桜の応援をしたい的な…。」


 中原さんの発言に、笹目部長が

 おい!という顔をした。


 中原さんも手を口にあてて、余計なことを言ったしまった事に気が付いたようだ。


 僕は二人の それに 気がつかない振りをして、所長に話しかけた。


「所長。明日朝イチで、本社の製図室に行ってきますね。」


 気まずい雰囲気になる二人。


「おぉ!そうだな! そうしてくれ。さぁて、そろそろ帰るか!」


 所長の一言に、僕たちは帰り支度を始めた。


「所長スミマセンね。俺達まで、ご馳走になってしまって。」



「有難うございます。本当。言ってみるものですね!」


 中原さん、本当にラッキーでしたね。


「所長、有難うございます。ご馳走さまでした。」


 僕もお礼を言う。


「大丈夫だよ。 次は年明けに大榧さんも呼んで、飲もうな!」


 僕達は 兼太君の方を見て、軽く会釈をして店を出た。




 お店の前で、僕がみんなに挨拶をしていると、店内からひかりちゃんが出て来た。


「皆さん、もう御開きですか?」


 笹目部長が答える。


「あぁ。明日も仕事だからな。」


「颯太を連れていっても、良いですか?」


 3人で口を揃えて言う。


「「「 どーぞどーぞ! 」」」


「ちょっと待って! 僕はこれから用事があるんだよ。」


 僕はひかりちゃんの方を見れなかった。

 でも、ひかりちゃんの、僕を見ている視線はわかった。

 しばらく僕を見ている。


 僕はそんなひかりちゃんの顔も見れずに、下を見ている。


「そう…。用事があるんだったらいいわ。それでは皆さんお疲れ様でした。」


 そう言って、店の中に戻って行く、ひかりちゃん。



「ありゃプチキレだな…。」


 笹目部長が言った。


「キレ率 65%位か…?

 たぶん、今の颯太と大榧姉さんの仲を 詳しく知りたかったんだろうな…。」


 中原さんも言う。


「年頃の男の子なんだから、別にいいと思うんだけどな…。」


 所長は僕の味方のようだ。


「それじゃぁみなさん!お疲れ様でした!」


 僕はそう言ってバス停の方に向かった。


「何で逃げるんだよ!」


 ゲッ!?中原さん?


「別に逃げていないです。」


「私から逃げて、避けているじゃないか!」


 あぁ…。この人、お酒飲むと絡むから嫌だな…。



「そう感じたのならスミマセン。本当に用事があるんです。」


「何の用事だよ。 私も一緒に行ってやるよ。 」


「え?! 大丈夫だよ! 大丈夫だってば!」


「私は日向に、お前の事を頼まれているんだ! だからお前は私を頼っていいんだぞ!」


「僕にもプライベートはあるんです! お願いします、今日は一人にさせてください。」


 中原さんは ため息をついた。


「わかったよ。じゃ、コーヒーを一杯付き合え。 そのくらいはいいだろ?」


 あぁ…。昼食の時に、何か僕の事を話していたのか?


 たぶん、大榧さんの事だろうな…。

 でも、大榧さんは僕の事はもう好きではないんだよな…。


「颯太。痴話喧嘩か?」


 兼太君?


「何でそうなるの? 違うって! 理恵ちゃんが解放してくれないんだよ。」


「アハハ! 」


 おいおい!笑い事じゃないんだって!


「颯太君! 何をコソコソしているのかな!? 私たちにも言えないことなの?」


 あっ!ひかりちゃん?

 マジキレ率100%だ!

 仕方がない。ここは逃げるか!


「おやすみなさい!」


 僕は走ってその場を逃げた。

 人気ひとけの無いところまで行き、僕はマンションの屋上まで、ジャンプした。

 我ながらすごいな。神力を使うと、こここまで身体能力が上がるのか。


 僕が マンションの屋上で下を見下ろしたとき、Fayrayが僕の影から現れた。


「主よ。酒を飲んでも、これだけ出来ればたいしたものだ。

 でも、これからは酒はたしなむ程度にした方が良いな。」


「そうだな。今みたいに後ろに立たれた時、泥酔だと殺されかねないし。

 ね、美梨。」


「すごぉい! 気配を消したのに!Fayrayも、わからなかったのに!」


 美梨が後ろに立っていた。


「おいおい!独り言娘よ、私はわかっていたぞ。」


「なぁんだ…。」


 残念そうな顔をする美梨。


「美梨。何のためのバイロケーションなんですか?」


「ありゃりゃ。 バレちゃったか。」



(バイロケーション = ドッペルゲンガーが、意思の持たないもう一人の自分に対して、バイロケーションは分身自体が、意思を持つ。)



「先ほどFayrayに、確認してきてもらいました。」


「そうなんだ…。ねえ颯太君?私のこと、気持ち悪いとか思っちゃう?」


「いいえ。」


「正直に言ってもらいたいな…。」


 僕は少し、考えてから話す。


「正直に言います。

 気持ち悪い、とか。気持ち悪くない、とか。

 僕は美梨の事を 恋愛の対象としては見ておりませんので、なんとも思っていません。付け加えると、あなたの妹…。美桜さんも同じです。」


「颯太君。正直に言いすぎだよ…。

 分身だって心はあって、悲しいと涙がで出てくるんだよ…。」


「そうでしたか。すみません。

 それでは…。ぼくは美梨の事が大好きです。これで良いですか?」


「えへへ。嘘なのに嬉しいや…。嬉しくて涙が出てくるよ。

 でも…。

 これは…。悲しいときの涙だよ…。」


「おい!ガキ! いい加減にしろ!今から貴様を……。」


「シレーヌ!ダメ! あなたじゃ、颯太君の足元にも及ばないよ。」



(独り言だ…。主よ。 独り言だ。)


((やめろ!Fayray! 心を読まれているぞ!分身だって心は…ぷっ!

 僕も今は我慢している! マヂで、そう言う事を言うのはやめてくれ!

 マジで一触即発の腹筋崩壊待ちだ!))



「もうね、全部が嫌になっちゃったんだよ…。 さっき言ってたじゃない?

 先ほどはどうも…って。もしかして、もう一人の私に会ったの?」


「会ったよ…。本体でしょ?持っていった図面を 目の前でビリビリに破かれた。」


「アハハ! ザマアないなガキ!」


「シレーヌは美梨の中だと強気だな……。」


 僕はFayrayに言った。


「主よ。シレーヌは昔からそんなもんだ。だいたい、インドラ様に

 カーーツ!

 と言われて、全ての能力を失ったからな。」


「え?一言で?それじゃうろこも、ドス黒くなるな!」


 僕は ほくそ笑んで言った。


「主よ。間違いない! それはドス黒い鱗だ!」


「アハハ! 鱗は関係ないだろ!アハハ!」


「おのれ!貴様ら!!」


 美梨の身体から一閃が飛び出す!

 シレーヌ自身だ!

 僕とFayrayが、まくし立てた悪口に、シレーヌは美梨の身体から、飛び出したのだ。


 作戦成功!


 金色の髪。

 髪の先は 無数の蛇。

 左腕にハープを抱え、異様な旋律を奏でている。

 背中には はやぶさのような羽を拡げ、バサバサと風を送り込んでいる。

 下半身はセイレーン特有の、人魚のように、綺麗な鱗を見せている。


 そんなシレーヌが、僕たちの前に姿を出した。


 ヤバイ!出遅れた!

 僕はトリシューラを出す。

 しかし、シレーヌはすでに、うたを歌い始た!


 僕は神力を耳に集中させる。

 クソ!微かに聴こえてしまう…。


 Fayray!

 ダメか。美梨を守る事で、精一杯だ!


 ん?

 シレーヌ…?

 そうか!

 さすがアーティストだ。

 一定の所で両手を広げる。

 今がチャンスだな!


 僕は猛スピードで、シレーヌに特攻した。


 トリシューラを縦に回転させて、両腕を切り裂いた。


 声にならない、シレーヌの悲鳴が聞こえる!


 次に、シレーヌの翼から、無数の羽が機関銃のように、僕に向かって飛んできた。


 シレーヌ!さすがに、神話になるだけあって、強い!

 僕はトリシューラを横一文字にふった。

 難を逃れた羽の5枚ほどが、僕の右足と左腕に刺さる。

 クソ! 羽の刺さった場所が、焼けるように熱い。

 シレーヌの翼からは第2弾が飛んでくる。

 ジャンプで交わすが、交わしきれない!


 今度は全身にバリアを張る。


 羽がさっきよりもデカイ!?

 バリアに当たる、3枚の大きな羽。


 凄い威力だ!


 僕はバリアに当たった羽の威力で、屋上から下の公園の芝生広場に落下した。

 そして、僕の着地と同時に、シレーヌも芝地に着地する。


 クソ!

 クソ!

 シヴァ様!


 僕に力を!美梨を助けなきゃ!!


 僕は渾身の力で、シレーヌの真横を駆け抜ける。

 同時に、シレーヌの脇腹を切り裂き背後に回る。


 またもや声にならない悲鳴が轟く!


 シレーヌは 背後にいる僕に向かって、後ろ向きで羽の機関銃を撃つ!


 僕は特攻しながらバリアを張る。


 だが、僕のバリアは だいぶ効力を失ってきていた。

 今度は 僕の左足。バリアを貫通した羽がすねに2枚刺さった。


 熱い!? 羽の刺さった場所が、焼けるように熱い!?

 僕は 雨のように降り注ぐ、シレーヌの羽を 切り抜ける。


 そして、なんとかシレーヌの近くに来れた!


 僕は彼女に言う。


「さようならシレーヌ! 隠世かくりよに戻れ!!」


 僕は シレーヌの身体に、トリシューラで一閃を入れた。


 その時!


 稲妻のような轟音と共に、Fayrayがシレーヌの身体を突き抜ける!

 Fayrayがシレーヌの恐怖を食べたようだ。

 そして、シレーヌが僕の方を向き、言った…。


「ありがとよ!クソガキ……。」


 シレーヌは大きな輝く光となり、それと共に消えた…。


 隠世へ帰ったようだ……。




「無茶苦茶だな…。主よ。」


「羽が痛い…。 とりあえず、ここを離れよう。誰かに見られるとまずい!」


「主よ。私に乗れ。」


 僕はFayrayの言葉に甘えて、先程までいた屋上に、連れてきてもらった。


 まぁ美梨を置いてきたからだけど…。


 屋上に着くと、美梨は方針状態で、座り込んでいる。


「美梨!大丈夫?」


 僕の問いかけに反応した美梨は モソモソと動きだし、僕に抱きついてきた。


「怖かった…。」


「そりゃそうでしょ!

 神話になるくらいの魔物が、自分の中にいたんだもんね。

 さぁ!今度は正直に、話してくださいね。」


 美梨は恥ずかしそうに、話を始める。


「本当は……。本体は 私…。」


「わかっていますよ。」


 僕の言った言葉に、美梨は泣き出した。


「だって!さっき本体は家にいる方って!」


 泣きながら話すから、よく聞き取れない……。


「美梨とシレーヌを油断させないと…。

 それに、さっきまでいたお店でも、ずっと僕の心を探っていましたよね?」


「だって颯太君…。中原さんと楽しそうに話しているし!

 笹目君なんて、ずっと私の事を嫌そうにしているし…。

 中原さんだって、私より美桜の応援をしたいとか……。

 それに…。

 颯太君、私に凄く冷たい口調だった!! わーーん!!!」


「主は女子を泣かせるプロだな!」


 Fayray…。


「あーそうだな…。

 マジで…。

 ルシエール様に報告した方が良いな……。」


 突然、現れたセルフィー。


「セルフィー?!ちょうど良かった!早く羽を抜いてくれないか?」


「おーおー! ずいぶんと刺さったな! 痛かったであろう?」


 そう言って、セルフィーは 僕に刺さった、シレーヌの羽を抜いて、治療を施してくれた。


「さぁ!小僧の治療も終わったことだし!それでは、美梨よ。そろそろ泣き止んで私の話を聞いてくれ。

 今夜でなくても良い。明日でも明後日でもいい。

 小僧に全てを話すんだぞ。時間をつくってもらってな…。

 デートの約束じゃな!カッカッカッ!」


 そう言ってセルフィーは消えた…。

 何で殿様の口調だったんだ?


「颯太君…。私は颯太君の事が大好きです。」


「知っています。何度も聞いています。

 そして僕には愛する人がいることも知っているはずです。

 今日は帰りましょう。 分身の方へ飛べるんですか?」


「飛べないよ…。もうそんな力は無いよ…。 一緒に帰ろう?」


 ふぅー……。思わずため息をついてしまった…。


「そんな力って?バイロケーションは?」


「それはシレーヌの能力だよ。」


「そう言えばそうでしたね…。それじゃ一緒に帰りましょう。自宅まで送ります。」


「やったぁ!」


「出来ればで良いのですが、これまでの事を話してもらっても、良いですか?」


「それは今度のお休みの日に。

 ね、会おうねっ!」


 イラつく……。マヂでイラつく……。


「わかりました。 あと、帰りにファミレスは寄りませんよ!」


 そう言って僕は美梨をかかえ、先程の公園に降りた。


「わぁ!颯太君に、お姫様抱っこしてもらっちゃった!」


「ちょっと! 放してください! もう着いてますって!!」


 ガッチリと、僕の首に、両腕をまわす美梨。


「おい! 何だよそれ!颯太! どういう事だよ!」


 ゲッ!?中原さん?いつまでいるんだよ……。


 中原さんは携帯を取りだし、誰かに電話をした。


「西口公園にいた! 大榧姉さんと抱き合ってるぞ!」


 おいおい…。抱き合ってる?抱きつかれている…、 でしょ?


 しばらくすると兼太君とひかりちゃんが来た。


 ひかりちゃんは鬼の形相だ!


「颯太君! あなたね、彼女がいるんでしょ? 何なのこれは!?きちんと説明しなさい!」


「説明って…。今の方が良いですか?」


「今!」


 ひかりちゃんは仁王立ちだ。


「実は…美梨のなかに……。」


「はっ? 美梨?颯太君!何で美梨の事を呼びつけにしているの?!」


 兼太君、助けて……。僕は兼太君の方を見た。


「おい!颯太!お前、何でそんなにモテモテなんだよ!」


 え?


「「 そこ? 」」


 ひかりちゃんと僕はハモってしまった…。


「ルキエラさんとか、彼女とか…。バゲットさんだっけ?

 お前マジでうらやまけしからんぞ!」


「兼太君は少し黙っていて!」


 ひかりちゃんのイラつきは 最高潮だ。



 兼太君…。酔ってんじゃん!

 今の兼太君は使えない兄貴No.1だよ……。



「ひかりちゃん、僕は…。

 困っている人を助けたいんだ!

 それが今回は美梨だっただけで、日向ちゃんだったり、理恵ちゃんが困っていれば、助けるよ!

 今回は美梨だったって、だけじゃん!

 美梨はシレーヌ…。

 セイレーンにかれていて、僕はそれを助けただけだよ!!」


 兼太君とひかりちゃんは黙ってしまった。

 少しの沈黙のあと、ひかりちゃんは美梨に聞いた。


「美梨?セイレーンって…。 いつから?」


 美梨は僕の背中で、僕の肩甲骨辺りの服を握りしめながら言う。


「ドイツにいるときに…。話しかけられたの……。

 ちょうどスランプになっていて、指が思うように動かなくて…。

 部屋に戻っても、いつも泣いていて…。

 その時に、セルフィーって言う人が訪ねて来たの。

 その人がね、4ヶ月の間だけ、ある人と共同生活をすれば何でも願いは叶うって…。」


「セルフィーが?何で美梨のところに?」


 僕は驚いた!


「ちょっと待ってくれ!」


 中原さんが両手の人差し指をこめかみに当てて考え込んでいる。


「セイレーンってなんだ?セルフィーとか…。

 だいたい、バゲットってフランスパンだろ?」


 そうだ…。この人がいることを忘れていた。


「Fayray。」


 Fayrayは街灯に映る、僕の影から出てきた。


「ウワッ!ウワッ!ウワッ!」


 驚く中原さん。


「はじめまして、中原さん。

 私は主の…。あなたの言うところの 椚田颯太の使い魔をしている、ChurchGrimmのFayrayだ。」


 中原さんは腰がぬけたように、地面に座り込んだ。


「ちょっと、理恵ちゃん!パンツ見えちゃってる!」


 ひかりちゃんが言うのと同時に、僕はアウターを中原さんの足元にかけた。


「いやいや!無いだろ!

 喋らねぇし!普通、喋らねぇし!!」


 中原さんは足が震えている。


「何なんだよ! 何で皆は普通なんだよ!」


「実はこの事は俺とひかりも、一昨日初めて知ったんだ。」


「颯太? お前何なの?日向も知ってるのか?」


「うん。」


「うん。って!

 これってChurch Grimmってブラックドッグだろ!?」


「お嬢さん。そう言われた時もある。」


 Fayrayが言うと、中原さんはさらにビクッとした。


「中原さん、ごめんなさい。

 だいぶめんどくさくなってきたので、中原さんの記憶を消すね。」


「ちょっと!?記憶って?」


 ひかりちゃんが、驚いたように言う。


 僕は中原さんの頭に手をかざした。


「あれ?何で座ってんだ?」


「もぉ中原さん、飲み過ぎですよ!」


 僕はそう言って中原さんを立たせてあげた。


「あぁ、ありがとう。まぁ、見つかったんだし、いいんじゃね?」


 兼太君とひかりちゃんは驚いている。


「いや~。みなさんご迷惑をおかけしました。

 それじゃ僕は美梨さんを送っていきますね。

 それではおやすみなさい!」



「そ…そうだね!じゃぁ颯太君!美梨を送って行ってね。」


 ひかりちゃんは ひきつった笑顔で言った。


「はい。わかりました。

 それじゃ、大榧さんのお姉さん。

 帰りましょう!」


 僕達はここで別れた。



「ねぇ颯太君。さっきの何?手慣れていたけど…。」


「ああ…、気にしないで下さい。」


「怖いよ。私の事が邪魔になったら、中原さんにしたような事をするの?」


「はい。」


 美梨はビクッとした。


「感情を消し去ることもできます。」


「感情って……?」


 美梨は声を震わせながら話している。


「例えば、誰かを思う気持ち……。」


 美梨は泣きそうな面持ちで顔を左右に振っている。


「今は消しませんよ。色々とお話を聞かないと…。」


「話を聞いたら、私が颯太君を思う気持ちを消すの?」


 美梨は震えるこえで言う。


「僕は…。人間のグズですから、それが正しいと思えば……。」

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