第16話 if


「椚田君おはよー! 久しぶりだね。」


(主よ。独り言娘と妹は 性格が正反対だな。)


「大榧さん、おはよう。久しぶり!」


((あぁ、そうだな。 Fayray、あまり人の心を覗くなよ。))


「 ゆっくりと休めた?」


(どこの国の人と、付き合っているのか、知りたいみたいだな。)


「おかげさまで、昨日なんて夜まで寝てました。」


「おう!颯太…。じゃなかった。椚田。おはよう! お前さぁ、外国人の彼女がいたんだってな! よく日向にバレないで、やってこれたな!」


(主よ。何だ?この女は? ずいぶんと人のプライベートに、ズケズケと入り込んでくるな。)


((あぁ。この人は日向ちゃんの幼馴染みで、中原理恵さん。))


「さぁ。朝礼を始めるぞ!」


 笹目部長が、みんなを集合させた。


「まぁいいや、後で詳しく教えろよ。大榧も知りたいだろ? アハハ。」


 本当、に一言多いな…。




 朝礼が終わり、僕はたまっていた納品書や発注書。挨拶状等を手早く済ませていた。



「椚田!ちょっと来てくれ。」


 所長が、難しい顔をしながら、僕を呼ぶ。

所長の、微妙な笑顔が気になるぞ?


「はい。なんでしょう?」


「悪いんだけど、この図面をお客さんの所に、持って行ってくれないか? ここの施主。ちょっと、めんどくさい人なんだよ。」


 所長は小声で言った。

図面を見ると、ピアノ教室らしい。

 教室名が、catch the wave.

流行りにのれ…的な意味かな?

 施工主は…。ゲッ!?

大榧 美梨 の文字。


「これって…。」


 僕も、自然と小声になった。

そして、うなずく所長。


「でも。それなら、大榧さんに行ってもらったら、どうですか?」


「笹目もそう言っていたけど、身内が来るんじゃダメらしい…。

 社員教育も見たいらしくて、出来れば新人をよこせ!と言っているんだ。」


 何だか、オチが見えてきているのですが…。


「それで、大榧さんは知っているんですか?」


「本人は知らない。まぁ、そのうちわかるだろうけど。」


「伝えてもよろしいですか?」


「言わないで。」


「何故ですか?」


「施工主の意向だ。」


 僕はしばらく、所長と見つめ会った。


「なぁに男同士で、見つめあっているんだ?気持ち悪いぞ?」


 笹目部長が、僕と所長を冷やかしてきた。


「よし! 笹目も入って、3人で見つめ合うか?」


「冗談は顔だけにしてくれ。 そんな事よりも早く判子くれ! それ持って出掛けたいんだ!」


 笹目部長は楽しそうに、所長に言う。


「頑張れよ!颯太。マヂで口煩くちうるさい人らしいぞ!」


 笹目部長も小声だ。




僕は 買い物がてら、笹目部長と駐車場迄、一緒に歩いた。


「もしかするとだけど、大榧さんの身内の誰かが、娘がウチで働いていることが面白くないのかもな…。」


 笹目部長が言ったことは 僕も思っていたことだ。


「実は 僕もそう思うんだよね。 だって、無いもんなぁ、こんな事って。」


「しかもその美梨って人、兼太とひかりの同級生だ。まぁ俺もだけど。ひかりとは仲が良かったから、一声掛けてもらったらどうだ? 多少は変わるんじゃないか?」


「うーん…。まぁいいや。

とりあえず行ってみるよ。

 でも、今夜の18時って大榧さんが帰宅したらバレると思うんだけど、どういう事かな? 」


「あぁ、それな。何だか思惑がありそうだな。まぁ頑張れよ!」


 そう言って笹目部長は僕の背中を叩いた。




 事務所に戻るとお客さんが来ていた。

 来場者だ。ものすごく久しぶりだ。


「こんにちは! いらっしゃいませ!少々お待ち下さい。」


 僕は1度事務所に入り、上着を着てから場内に戻り対応をする。


「お待たせ致しました。年末に近づいて来ましたから、来場者も少なくて。久しぶりのお客さんなので、緊張します。

 初めまして、椚田颯太といいます。宜しくお願い致します。」

 僕はそう言って名刺を渡した。


「ご丁寧にありがとうございます。」


 そう言って、僕の名刺を旦那さんが受け取った。


「お若いですね。新卒の方ですか?」


 おっと?直球ですな!


「僕では不安ですか?

でも。僕みたいな人間だと、良いこともありますよ。」


 ご夫妻は不思議そうな顔をしている。


「答えを言っても良いですか?」


 ご夫妻は笑顔に変わった。


「教えて頂いても宜しいですか?」


 奥さんが、期待の眼差しだ。


「答えは。お茶を飲みながら、世間話をゆっくりと出来ることです。

 今だとそうですね…。ガソリンの高騰ですかね?」


 そう言うと、旦那さんは大きくうなずいた。


「どうぞ、こちらにお掛けください。」


 僕はお茶の用意をしようと、キッチンに向かった。

 すると、珍しいこともあるもので、すでに中原さんがお茶の用意をしていた。


「椚田君。私がお持ちするから、席に着いていて。」


 中原さん、何だか恐いな…。


僕は 場内の案内も含めて、1時間ほどお客さんの相手をした。


 次は息子さん夫婦を連れてくるらしい。

 良かった。つかみはOKだ!


僕は 先程のお茶の片付けを始めた。

 キッチンに行くと、大榧さんがいる。何か思い詰めているようだ。


「ねぇ。椚田君…。」


 布巾を両手で握りしめ、その布巾を見つめている。


「ん? どうしたの?」


 大榧さんは黙って、布巾を見つめている。


「大榧さん?」


 大榧さんは ハッとして、言った。


「あー……っと。所長と何を話していたの?」


(椚田君、彼女いたんだ。外国の人なんだね。歳はいくつなの? もぉ泣きそうだよ。 と心では言っているが?)


((Fayray!やめろ!))


「うん。ちょっとした案件。大榧さんには後で教えるね。」


 僕は笑顔で言った。


「案件? うん。それじゃ後で教えてね。」


 大榧さんは笑顔がひきつっている。


 こういう時って、どうすればいいのかわからないや…。

 多分、兼太君なら簡単な事なんだろうな……。


 まったく…。僕はどんだけコミュ症なんだろう。


「そろそろお昼だね。大榧さん、お先にどうぞ。

 僕は残った書類がたくさんあるから。」


「おぉ! そうかそうか! それじゃぁ大榧!昼にしようぜ! たまには私と一緒に行かね?」


 大榧さんはビックリしたようすだ。


「あっ、はい。宜しくお願い致します。」


 二人はそう言って、そそくさと事務所を出て行った。 というか、行動早すぎ!


僕はデスクに着き、今夜の図面をチェックした。


 場所は、駅前か。


 1階が、受付とフリースペース。

テーブルセットと自販機か…。

2階がスタジオで4部屋。

1つがレコーディングルームで、残りが、レッスン用か?

 でも、これじゃミキシングルームが狭いな。あとスタッフルームが無い…。


「所長!この図面って今夜持っていかないとヤバい系ですか?」


「うん。」


 所長は お弁当を食べ、口をモグモグさせながら言った。


 時計を見ると12時30分。


 とりあえず、図面屋に電話してみるか。



 その頃……。



「どした? 本人に聞いたのか?」


 あぁ。めんどくせ…。

何で私はこんな事をしているんだ?


「聞けるわけ無いじゃないですか!」


「なにキレてるんだよ!」


 本当に純情可憐ちゃんだな、大榧さんよ…。


「キレて無いです! 悔しいんです!」


「おっ? いいねぇ! その本音。」


「そんな言い方をするのは やめてください!

 中原さんは 人を好きになった事が、ないんですか? 」


「あるよ。 私は颯太が好きだ。」


 驚く大榧嬢おおかやじょう


「なぁんてな。 でも、私が中学生位の時かな。颯太が、理恵さとえちゃーんって言って私のあとをついてきた時は 可愛いなコイツ!と思ったけどな。」


「私は そんなんじゃないです!」


 うわっ!コイツはマヂでめんどくせ……。


「あー。聞いた聞いた。 雨の日のバス停だろ? ファミレスで言ってたもんな。日向はイラついていたけど。」


 あの時、笹目は キュンっ!てしてたな、笑える。


「でもさ、そんな前から思っていたのなら、早くコクっちゃえば良かったじゃん! ノンビリしていた大榧も悪いぞ?」


 ゲッ!?何!?何で睨むんだ?


「何度も言いました! 何度も何度も何度も言いました!」


 あっ…。

 そうでしたね…。

 それも聞いたわ…。


 あれ?

 そう言えば…。


「そう言えばさ。今思い出したんだけど、大榧ってお姉さんいたよな? 確か…。兼太と同い年の。」


「兼太さんって、椚田君のお兄さんですよね。 お兄さんとひかりさんの結婚式で、ひかりさんの、友人代表として、ピアノを弾いたみたいです。」


「ふーん。まぁ、それは よしとして。

 思い出したんだよ!大榧の姉さんってさ。高校の時、颯太が1年の時だ。颯太のところに、ちょこちょこ顔出してたよな?」


「そうなんですか? それは知らなかったです。」


「最初はさ、兼太に気があるのかと思ったんだよね。

 でもさ。確か、そん時は既に、ひかりちゃんと付き合っていてさ。

 大榧の姉さんはひかりちゃんと、親友だったと思うんだよ。」


「はい、ひかりさんは家にもよく遊びに来ていました。」


「だよな…。それでさ…。

 まぁ…。

ないと思うけど日向がさ、大榧の姉さんに言ったんだよ。

 ウチの弟に何か用ですか?って。それ以来、颯太のところに来なくなったみたいだけど。」


「そうなんですか?だからかな…。

椚田君の事を知っているみたいだったので。」


 あっ!ヤバい…。

不安要素を増やしてしまった…。


「あの、中原さん。それっていつぐらいの話ですか?」


「はっ? だから、高1の時だって。」


「違います!高1の365日の間の、いつ頃かです!」


 コイツ!?颯太の事になると熱いな。


「確か…。入学したての頃じゃないか?」


「そうですか…。それじゃ、私はまだ、椚田君の事を知らなかった時です。」


「おっ? もしかして、姉妹で同じ男を好きになったか?」


「それは わからないです。」


「だよな。仮に好きだったとして、それが今でもって、大榧ぐらいだよな。」


「中原さん。一言、多いです。」


「ん?でも、同じ血だからあり得るか?血は水より濃しって言うしな。」


 あっ!しまった!

また不安要素を 増やしちった!


「まぁ。それは いつか姉に聞いてみます。」


「そうか。そうだな。面白くなってきたな!」


「面白く無いです!」


「まぁ。少しは気が晴れたろ? そろそろ事務所に戻ろうぜ。」




 その頃……。


 僕は本社屋にある、設計室に来た。


「おっ?椚田ちゃん!どした?」


 この人、相変わらず軽いな…。


「すみません。この図面なのですが。」


 僕は持参する図面を見せた。


「おいおい! これって、見本で描いた、最初のヤツじゃん!」


「そうなんですか? でも、所長がこれを持っていってくれって…。」


「もぉ!メールしたのになぁ!」


 僕に怒っても、仕方がないジャン!


「あれ?あっ! ごめん!

俺が間違ってた!

 ハイ。 新しい方の図面ね。」


 おいおい!

あんたの間違えかよ…。てか、気付けよ所長!


「一緒にチェックしようか?」


「ハイ。お願いします。」


 とりあえず、僕がチェックしたところは直っているな。

 これで大丈夫だと思う…。


事務所に戻ると、所長と大榧さんが何やらモメていた。

 しかも、所長に意見している。

珍しい…。


「あっ! 椚田君!

さっき言っていた案件。 私には 教えてくれないんだよ!そんなのって無いじゃない?

 中原さんも知っているし!部長も知っているし!

 何で私だけ、教えてくれないんですか!?」



 あちゃー!バレてるし!怒ってるし!

 こりゃもう教えるしかないでしょ…。

 てか、僕が余計なこと言ったからかな…。



「大榧さん。 新しい図面をもらってきたから、一緒に見よう!

 所長いいですよね?こんなのって、やっぱりダメですよ!」


「あっ!いやっ!うん…。」


 歯切れの悪い所長。


「来て、大榧さん。」


 僕は 会議テーブルにアオヤキ図面を拡げた。


「catch the waveって…。美梨ちゃん?何で?」


「大榧さんの、お父さんからの発注で、施工主は 大榧さんのお姉さん。

 一応ね、社員教育も見たいらしくて、新卒の僕に白羽の矢がたったんだ。

 と言うか、今期の営業職は僕と大榧さんだけだからね。」


「何で?何で私にだけ秘密にしたの?」


「お客さんの意向。

と言うよりも、身内に営業されても仕方がないでしょ?」


「でも、今夜でしょ?

 私が帰宅したら、わかることじゃない…。」


「それな…。」


 笹目部長が、帰って来た。


「今朝、笹目部長と話しをしていたんだけど…。

 大榧さんのご両親。まぁ身内の人が、 大榧さんが、ここで働いている事に対して、面白くないのかも…って。」


 大榧さんは 驚いている。


「そんな…。そんな事は無いはずです。

 だって…。就職が決まったときも、すごく喜んでくれたし。

 毎朝、笑顔で送ってくれるし。」


 なんて仲の良い家族なんだ…。

うらやましいな…。


(主よ。それなら私が毎朝、行ってらっしゃい!と言うぞ?)


((あっ…。間に合っています。))


「スゲーな! ウチと正反対だな…。」


 中原さんの一言に、何故かみんな笑った。


「何で笑うし?しかも所長までだし!」


 所長は両手で、まぁまぁ。のアクションをしている。


「まぁ…今夜、大榧の家に行けばわかることだしな!」


 中原さんは 先程の名残なごりで、少し怪訝な面立ちで言った。


「椚田。頑張れよ!

 今夜さ。終わったら所長が、夕飯食わせてくれるってよ!」


 笹目部長。

 そんな勝手に…。


「マジですか? ゴチになります。」


 中原さん。

 貴方は何も、しないでしょ?


「中原は関係無いだろ!」


 ナイス笹目部長!




 17時55分 大榧邸前。


 うわっ?!でかい家だなぁ…。大榧さん、お嬢様だったんだ?

 ハッキリ言って、僕とも正反対だな。



 僕はインターフォンを押した。



「ハイ。」


 うわっ!いきなり大榧姉さんかよ。


「18時にお約束をさせて頂いております。満点ホームの椚田です。図面をお持ち致しました。」


 ガチャ…。

 玄関の扉が開いた。出てきたのはご主人。

 いわゆる、大榧さんのお父さんだ。たしか、榛名の展望台で会った時は ご機嫌だったな。


「おぉ。あの時の!どうぞ、上がりなさい。」


「はい。その節は。お邪魔致します。」



 僕は中に通してもらった。



「先日会ったときは 私服だったからアレだけど、スーツを着るとこりゃまたイケメンだな!アハハ。」


「忙しいのにすみませんね。お父さんと知り合いだったの?」


「初めまして、椚田です。」


 僕はそう言って名刺を渡した。


「先日、叔母の嫁ぎ先の旅館に行きまして、その帰り道で偶然、お会いしました。」


「そうそう!椚田君の叔母さんが、これまた美人さんで! 料理も美味しくて、いい旅館だったよ!」


 奥さんが機嫌悪そうですが…。


「この人ね。飲み屋さんの常連さん達と、すぐに旅行に行ってしまうのよ…。

 私もたまには旅行にいきたいわ…。」


「そうなんですか? 宣伝するわけでは無いのですが、叔母の旅館なんていかがですか?静かで良いところですよ。」



「あっ!図面見せて。」



 突然現れた大榧姉さん。



「お邪魔しております。こちらが図面です。」


(主よ。先日とはえらく、雰囲気が違うな。)


「こら!美梨ちゃん!挨拶ぐらいしなさい!」


 大榧姉さんは 挨拶もなしで、ソファーの肘掛けに座り、食い入るように図面を見ている。


「気に入らない。書き直して。」


 図面を投げる、大榧姉さん。


「こら。美梨ちゃん!」


 大榧母が言っても、素知らぬふりをしている。


(私も貴様が気に入らない!)


「かしこまりました。

 それでは今夜はこれで失礼致します。

 また新しい図面ができたらご連絡致します。

 あと…。2つほど提案があります。

 1つは 次からは要望等をお聞かせください。

 もう1つは この図面は僕が作成したものではありません。

 ですが、投げるのはやめて頂けますか?」


 大榧姉さんは ぷぷっ!と吹き出した。


「じゃ! こうしてあげる!」


 大榧姉さんは 投げた図面を拾い上げ、自分の頭の上で、ビリビリと破いた!


「こら!美梨!」


 怒る大榧父。


「美梨ちゃん何をしているの!」


 驚く大榧母。


((Fayray。どういう事だ? シレーヌでは無さそうだけど。))


(情緒不安定のようだ。主の事もまったく気にしていない。)



 大榧姉さんは やりきった感の顔をしている。


((落ち着いたようだな。 さぁて、拾ってパズルでもするか?))


(主よ。ナイスアイデアだ。)


((冗談だし…。取り敢えず拾うか…。))



「ずいぶん酷い事をしますね…。」


 少しだけ嫌みを言わせてもらった。


 両親は申し訳なさそうに、僕に謝っている。


 僕は 両親の謝罪に対し、会釈でしか返答できなかった…。

 僕は破いた切れ端を全て拾い上げ、それを図面ケースに入れ、大榧邸を後にする。




 そして帰り道。

僕は大榧さんと、ばったり会った。


「椚田君!? もぉ帰るの?」


 大榧さん、帰宅か。

鉢合わせしないで良かった。

 さすがに自分の姉さんが、あんな事をしている所を見たくは無いだろうからな…。


「大榧さん。お疲れ様です。

 図面、本人が考えていたのと少し違ったみたい…。

 製図の人と、もう一度練り直しだ。」


「そうだったんだ…。なんだか気を使わせてごめんね。」


「ううん。大丈夫だよ。

 それじゃまた明日ね。お疲れ様でした。」


(主よ。大榧妹は良い娘ではないか。私は混血の娘よりも、こちらをオススメするが。)


((アハハ…。そうだね…。でも、僕はバグエの事が、大好きなんだ。))


(まぁ、言ってみただけだが……。)



 取り敢えず、所長に電話するか!


 僕はしばらく歩き、大榧さんの姿が見えなくなった頃、所長に連絡を入れた。


「お疲れ様です。椚田です。」


 僕は所長に一部始終を話した。


 一応、僕と約束をしたわけではないが、夕飯をご馳走してもらえることになった。

 何故か中原さんも来るらしいが…。



 ん?後ろから足音が聞こえる。振り向くと大榧さんが、真っ赤な顔をして走ってきた。


「椚田君! 待って!何で?! どうして言ってくれないの?!

 美梨ちゃん…。姉さんが、あんなことするなんて!ごめんなさい!本当にごめんなさい!」


 泣かないで…。


「えぇ!?そんな。泣かないでよ!

 こんなの、けっこうある事だよ!

 お客さんが気に入ってくれなかったら仕方が無いんだよ!

 だから、泣かないで。」


 大榧さんは 僕の肩に手をあて、泣いている。


「大榧さん。

 みんな見てるよ…。僕が泣かせたみたいだから、そろそろ…。」


「あっ!ごめんね。

 とにかく美梨ちゃんには ちゃんと言っておくね。

 ちゃんと謝らせるから。とにかく、ごめんね。」


「大丈夫だって! 本当に気にしないで…。」


 あっ!電話!?。


「ごめん!ちょっと待って!

 もしもし。すみません!

 いえ。

 大丈夫です。

 はい。

 お疲れ様でした。」


 夕飯は駅前の 居酒屋になった。

 その報告の電話…。

 タイミングが悪いな……。


「大榧さん。少しで良いんだけど、時間あるかな?」


「うん。大丈夫だよ。」


「帰宅したのに、ごめんね。」



 僕たちは近くの公園に移動した。


「大榧さんはミルクティーで良いのかな?」


「私は大丈夫だよ。」


「僕だけだと、ちょっと…さ。」


「あぁ…。ありがとう。」


「あの…。」


 大榧さんは言いづらそうに話しかけてきた。


「椚田君は 美梨ちゃんの事を知っているの?」


 ゲッ!?


「えっ?何で?」


「お昼に、中原さんが言っていたよ。

 高1の時に、美梨ちゃんが椚田君の所にちょくちょく顔を出していたって。」


「そうなの? ごめん…。まったく覚えていないや…。」


(主よ。本当か?)


((本当だ!))


「本当?」


「本当だ!!

 ……。

 あっ!?ごめん!」


 泣きそうな顔をする、大榧さん。


「ごめんね。今のはFay…。 えっと。ちょっと、記憶をだどっていて…。」


「椚田君。フェイって何?」


 どしたの?大榧さん。

 いつもはスルーなのに…。


「フェイ? 」


「うん。今フェイって言った。」


 聞きたい事があって、ここに来たのに、僕が質問攻めだ…。


「フェイント? かな…。」


「嘘! 何か隠しているんでしょ!」


 ダメだ。誤魔化せない。


「何も隠していないよ…。」


「お願い…。教えて…。」


 どうしよう…。もしかして女難の相が出ているのか?


「大榧さん。本当に何もないよ。僕を信じて…。」


「だって…。椚田君…。最近…。目も遇わせて、くれなったじゃない…。」


 あぁ…。美梨の事を聞きたかったのに、これじゃ聞けないな……。


「えっと。それは…。」


 僕が困っていると、大榧さんは突然立ち上がった。



「椚田君! お話があります!」


 あぁ…。

 意を決している。

 嫌な予感…。


「椚田君!

 その…。

 突然だけど、私と…。

 私と、結婚を前提に、お付き合いをしてもらえませんか!」


 大榧さん?

 そんな…。結婚って…。


「大榧さん…。

 ありがとうございます。すごく嬉しいです。

 でも…。僕には 心から愛している人がいます。

 今まで感じた事のなかった、人を好きになるという事を その人は僕に教えてくれました。

 多分…。この感情が、もっと早く僕に…、自分で感じる事ができていれば、僕は大榧さんの事が、大好きになっていました。

 僕はこれから先、愛する人の為に、言わなくてはならない嘘をたくさん言います。

 それは これから訪れる逆境のためです。

 実際、僕は今も大榧さんに嘘を言っています。

 僕は これから先、こうやって生きていきます。」


「椚田君…。嘘って?」


「Fayray。」


 Fayrayは僕の影から現れた。


「初めまして、お嬢さん。

 私は主の使い魔で、Fayrayという。一応言っておくが、私はあの混血の娘よりも、お嬢さんをオススメしていたのだがな…。主の決意は堅いものらしい。」


「混血って?何で?何で犬が喋るの?!」


「僕はね、Fayrayのおかげで色々な能力が身に付いて…。」


「能力? 」


「ちょっとした、記憶を消したり。

 大榧さんが…。その…。僕に好意を持っている、感情を消したり…。」


 大榧さんは 驚いた顔をして顔を左右に振っている。


「嘘!?やだ!やめて!椚田君!」


((Fayray。))


(主よ。良いのか?)


((これが最善策だ。))


 僕は大榧さんの頭に、そっと触れた。


「さようなら。僕を好きになってくれた大榧さん。」


「やだ!」


 僕の手が輝いた後、大榧さんはハッとした顔をする。


「葉っぱが、付いていたよ。」


 僕は紅葉した、ケヤキの葉を大榧さんに見せた。


「あれ?ありがとう。

 あれ?なんだろう?涙が…。」


「さっきの風で、埃が目に入ったんでしょ?」


「そうだっけ?

 でも、美梨ちゃんにはちゃんと謝るように言っておくから!ごめんね椚田君!」


「アハハ!大丈夫だよ!

 大榧さんは 気にしないでね!

 それじゃ、所長が待っているから。」



「うん!じゃあね!!

 あぁ…。

 フラれちゃった……。」


「え?」


 僕は驚いた!


「あれ?誰に?

 私…。何を言っているんだろ?」



((おい!Fayray!))


(少しくらいは良いではないか?)


((こういう事は2度としないでくれよ!))



「大榧さん?大丈夫?」


「えへへ。疲れているののかな…。

 そうそう、私も行きたいけど、お父さんがうるさいから。

 それじゃ、飲みすぎないようにね!」


「はいはーい! お疲れ様でした!」


「お疲れ様。椚田君。」




 人の感情を操るなんて…。

 僕は人間のクズだな…。

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