真実

第13話 Valkyrie 戦乙女


 朝 5時45分。


 熟睡もできないし、起きてしまった。

 昨夜の出来事が夢のようで、何度も同じ事を思い返す。


 バグエは ルシエールに、うなじを鷲掴みにされた。

 母親が、自分の娘に、そんな事するか?

 ルシエールって、本当にバグエの母親なのか?


 バグエ…。泣いていた…。

僕に手を伸ばして、何かを言いたそうだった……。


「ワインを飲み残していた!それが心残りだぁ~! と言いたかった、のではないか?」


 Fayrayが、僕の目の前に座り言う。


「Fayray…。朝からボケるのはやめてくれないか?今の僕はツッコミできないぞ…。」


「おはよー!イクメン坊や!」


 ルキエラ…。


 今はツッコミはできないって…。

めんどくさいけど、挨拶はしておこう。


「おはよう…。」


「ああんっ! Fayray、お前の主はどうしたんだ?」


「あの娘に会いたくてしかたがない…的な?」


「Fayray?お前、じいさんの時と比べると、だいぶ性格が変わったな!」


「ルキエラ。それ以上、私に近づくな!お前は臭くてたまらん!」


「Fayray…。それは答えになっておらんぞ?私は、坊やにおはようのハグをしに来たのだ!」


「お前こそ、支離滅裂だぞ。

 そしてこれは警告だ!主に触れたら、貴様を噛む!」


「キャー! 食べられたくない~!でも坊やをハグしたいぃ~!」


「今はまだ朝の6時なので、静かにしてくれないか?」


 僕は機嫌が悪そうに言った。


 性格が悪いな……。


 すると、ルキエラとFayrayは 一応静かにしなった。


「坊や…。今朝は一つ、お願いがあってな…。それはけっこう深刻だ! 」


「ルキエラ…。僕は昨夜、心を探る練習をしてね。 ルキエラの事は特にわかるようになったんだ。だから言わせてもらうけど、僕に触れるとFayrayが噛みつくから。」


「いやぁん!」


 可愛くないから…。実際キモいから…。


「ルキエラ。あなたは妖精族の長でしょ?人間界に、いつまでもいていいの?」


 ルキエラは ふふん。と鼻で笑った。


「なぁ坊や。一応言っておくがな、人間は長生きをしてもせいぜい100歳前後だ。仮に100歳迄生きたとしよう、今までのように働くことなど、できないであろう?だがな…。」


「あっ。そういう話は結構です。」


「あぁん!坊やぁ、最後まで話を聞いてぇ~!」


「マ・ヂ・で! 結構です!」


「ルキエラ。主が聞きたくないと言っている。だからここから去れ。 その話の続きは私から話す。」


「ごめんね…。 二人とも、僕に気を使ってくれているんでしょ? 大丈夫だから…。これからの僕は一人じゃないし…。」


 僕の言葉が嬉しかったのか、Fayrayは僕にすり寄ってきた。


「坊や…。」


 ルキエラも僕に近づいてきた…。が、「Guooo~~!」


 雷のような轟音で、Fayrayがルキエラに吠えた!


「Fayray…。お前…。本気だったのか…。」


「あぁ。私はエルフが嫌いでな。」


「いいも~ん! 私、負けなぁい!また来るね♪」


((キモいな…。))


(主よ。ルキエラも主の事を気にしているようだ。ハグ以下の事なら、私はアイツを許すぞ?)


((あぁ…。そうだな…。))



「あぁん!ありがとぉ~♪」


 ルキエラは突然、現れ。僕の背後から抱きついてきた!


 Fayrayはまたもや轟音のごときルキエラを怒鳴った!


「ハグ以下だ!! バカモノ!!」


「ありがとう!坊や!」


 ルキエラはそう言って部屋を去った。

 そして入れ違いでドアが開く。


 ガチャ…。


「あらあら。朝から楽しそうね。おはよう、颯太君。」


 日向子さんだ。


「お早うございます。」


「あの…。昨夜は色々と、取り乱してすみません。」


 日向子さんは笑顔だ。


「いいのよ。突然こんな事になったのに、颯太君は強いのね。私は…。私の時は1ヶ月近く悩んだわ。」


「そうなんですか?」


 僕は驚いた!いつもポーカーフェイスの日向子さんなのに。


「そんな事ないわよ。ふふっ。」


「ゲゲっ!! 日向子さんも心を?」


「心を読まれない練習もしてね。Fayrayが教えてくれるわ。Fayray、宜しくね。」


「任せろ。」


 Fayrayは 得意のドヤ顔だ。


「あとね、これは提案なんだけど。今日で帰ったらどう? バゲットさんもいないことだし。帰宅して、次の日から仕事じゃ辛いでしょ?」


「はい。実はその事なんですが、僕も同じ事を考えていて…。キャンセル料はお支払致します。」


「そんなものはいりません。 帰ってゆっくりしなさい。」


 日向子さんは優しく言ってくれた。


「10時頃に 魔の巣、という団体さんが来るの。ちょっと忙しくなるから、それまでにチェックアウトしてもらっても、いいかな?」


 魔の巣って…。笑ゥせぇるすまん じゃん!ヤバい!ちょっと見たい気が…。


「ダメよ! 実はその団体さんの中に、梶浦さんもいるの。 バゲットさんを見たことがあるから、できれば会わない方がいいかな…。ごめんね、それもあっての事なんだけど。」


「いえ、大丈夫です。

 あと。これは僕からのお願いなのですが、今すぐに出発をしても良いですか?

 今ならマグミさんもいないし、今日は朝市に行っているんですよね?

 128号で帰れば、すれ違うことも、無いだろうから。」


「ごめんなさいね。そうしてもらえると助かるわ。

 あの人って、けっこうアレだから…。」


 アレって…。

僕と日向子さんは 笑ってしまった。


「それじゃ早速準備します。」


 僕は帰りの支度を始めた。

 玄関では 草刈さんが作っていてくれた、お弁当を頂いた。

 なんだか申し訳ない…。


 僕はClubManのエンジンを始動させ、暖機を始める。


 温まったな。さぁ、帰ろう!




       ◇




 ダウンヒルの128号線。


 来るときは後ろに……。忘れよう。


 今は自分の部屋に戻りたい。


 バグエになっていたFayrayは 途中で、僕の影にかくれた。

 都合がいい。これで思いきりとばせる。


 冬の寒空の下。


 高速コーナーをレッドゾーンで突っ込む。

 立ち上がりも申し分ない。

250ccだけど、日向ちゃんのSRと同じ位のスピードが出る。


 あれ?前がよく見えない。僕はアクセルを徐々に戻した。

 スピードを落としたところで、ちょうど展望台の駐車場を見つけた。


 僕はその駐車場に入り、バイクを停めて、自分の顔をミラーで見た。

 情けない…。自分でも気がつかないうちに涙が出ていた。


「こりゃ重症だ……。」


 僕は独り言を漏らす。



(主よ!ここはマズイ!早く発て!)


((どうした?))


 そこに1台のマイクロバスが到着した。


(急ぐんだ!)


((ちょっと待って!急ぐから!))


「あれ?颯太!」


 マイクロバスから、杉浦社長と中原さんのお父さんが出てきた。


「あっ!」


((まさかの見つかったパターン?))


(それだけではない! 非常にマズイパターンだ!)



 二人の後に、マイクロバスから妖艶ようえんという言葉がピッタリあう女性が降りてきた。



((アイツ!?アリゼー!!!))


 僕は身体の奥底から、何かが込み上げてきた。


(ダメだ! 早く去れ! )





 その頃…。


「日向子! マズイぞ! 坊やがアリゼーと遭遇した!!!」


 ガシャン!


 持っていたお皿を落とす日向子。


「女将さん大丈夫ですか!!」


 仲居さんが慌てて近づいた。



「あら!ごめんなさい…。」


(大丈夫か?日向子!)


(颯太君は?)


(今はFayrayが、坊やの援護をしている。落ち着け!大丈夫か?手が震えているぞ!)




 一方………。


「あら? あらら?」


「何だ?二人とも知り合いか?」


 驚いた顔をする、中原父。


「中ちゃんと、颯太も知り合いか?」


 同じく驚いた顔をする梶浦社長。


「おぉ?なんだぁ~?お兄ちゃんイケメンだねぇ~。」


「おっ?大榧おおかやさん、すでにご機嫌だねぇ~。」



 大榧さんって…。

ものすごく嫌な予感しかしないのですが…。


「おぉ!そうそう、颯太! この人のお嬢さん、お前と職場一緒だぞ!」


 中原父!余計なことを!


「皆さん楽しそうね。お知り合いでもいました?私も混ぜてもらっても、いいかしら? 」


 アリゼーが近づいてきた。


(先を急ぐと言うんだ! 頼む主よ。)


「すみません。急な仕事が入りまして、急いで帰宅しなければならなくて…。」


「あらぁ。残念です。5分でいいのですが、ダメ?」


(ダメだ!断るんだ!)


「すみません、急ぎますので。失礼します。」


 僕は急いでセルをまわした。


「なんだよ!もぉ行くのか?」


 中原父よ、いつか仕返ししてやる!


「あれ?颯太! 彼女はどうした?」


 社長!マヂでヤメテ!


「マジでか? 颯太お前、彼女ができたのか?」


 中原父!? こりゃマズイ人にバレたな…。


「お兄ちゃんイケメンだからって、うちの娘には手をだすなよ!」


 大榧父…。一度だけ、公園を二人で歩きました。すみませんでした!


(急げ!)


「それじゃ失礼します!」


「さようなら、ひょうたさん。Church Grimmに助けられたわね。

 近いうちに…。会いましょうね。」


((Fayray…。あいつ……。))


(術が解けたのを察知しやがった。)


 3人のおじさんは 不思議そうな顔をして、見送ってくれた。





 その頃………。


(日向子!なんとかのりきったぞ! 回避した!)


 日向子は 腰が抜けたみたいに、その場に座り込んだ。


「女将さん大丈夫ですか? 少し休んでください。」


(日向子。仲居ちゃんの言葉に甘えて、部屋に行こう。)


 二人は日向子の部屋へ行った。


 昼間なので、ここからは 心での会話にしよう。


(ルキエラ…。颯太君は大丈夫かしら…。)


(大丈夫だ。でも、術が解けたのが、アリゼーにバレた。おそらくFayrayも今夜から特訓を開始するハズだ。)


「Trishula(トリシューラ)。父は持てなかったわ……。」


(心配するな! 坊やならすぐに持てるようになる。 私の世界に来れば、王にもなれる器だ! そして私が…その王の妃に…。)


「ルキエラ! それだけはゆるしません!」


「あぁ~~ん!」




       ◇




 高崎の入り口から入った関越道。


 なんだかホッとした。


(なぁ主よ。 バイクを運転しながら、話はできるか?)


((あぁ。大丈夫だ。))


(助かる。では、早速で悪いのだが、トリシューラと言うのを聞いたことはあるか?)


((うーん…。聞いたことがあるような…。

 あぁ。思い出した!

 闘神 シヴァの持つ 三叉槍みつまたやりだっけ?))


(シヴァ様は闘神では無い! ヒンドゥー教の神だ。)


((シヴァ様って…。Fayrayはもしかして、インドの産まれだったのか?))


(前にも話したが、遥か昔の事なので覚えていない。トリシューラの意味がわかるところ、インドの産まれかもしれないが…。)


((それで?トリシューラがどうした?))


(トリシューラの、トリとは3という意味、シューラとは槍だ。トリシューラが何故に三叉槍というか、由来はわかるか?)


((うーん…。多分だけど、仏教の関わりがありそうだね。))


(まぁ。遠からず、近からず。だな。)


((そろそろ教えてくれないか?))


(三叉槍の先。それはシヴァ様のシャクティー。いわゆる力の事だ。3つの先端は それぞれ iccha = 欲望、愛、意志。 kriya = 行動。jnana = 知恵。)


((けっこう難しいな…。))


(主よ。取り急ぎの説明だ。申し訳ないがしばらく静聴を頼む。)


((訳有りか…。))


(あぁ、アリゼーに私の事がバレたからな…。 まぁ結論から言うと、そのトリシューラは 私の中にある。)


((私の中って、Fayrayの身体の中?))


(あぁ。 そして取り出せるのは、主だけだ。

 そしてトリシューラを武器として使えるのも、あるじだけだ。)


((武器? それで、そのトリシューラでアリゼーを斬るの?))


(場合によっては…。

 たが、当面はゴブリンだ。

 アリゼーによって、獸化けものかした人間を浄化するために。

 だがな、獸化した人間はトリシューラで斬られると、ものすごい恐怖を感じる。アリゼーに恐怖を植え付けられた時の記憶だ。そこで私の出番だ。)


((斬られたゴブリンの恐怖感をFayrayが食べる?))


(そういう事だ。 一応言っておくがな、主の祖父はトリシューラを私から取り出せなかった。恐らく私と契約をした時には歳の取り過ぎと、優しすぎた性格であろう。 まあ、主もたいがい優しいがな…。)


((優しすぎた…。か…。))


(ただ主よ。 あなたには先代や、その前の者達にもない、何かがある。

 早速で悪いのだが、今夜からその練習をしたい。)


((なぁFayray。今までにトリシューラを使えた人っているのか?))


(言いづらいが、一人だけだ。 今の日本とは比べ物にならないくらい、貧困の時代…。主の言い方をするならば、chaosな時代だ。)


((カオスね…。どんな人? 名前は覚えてる?))


(あぁ…。いつも歌を歌っていた。優しい女性だった。名はメタ。)


((えっ? 男がFayrayと契約するんじゃなかったの?))


(その当時。あのエルフはいなかった。)


((メタさんって…。優しい人だと、トリシューラを使えないんじゃ……。))


(主の祖父は、命あるもの全てに謙虚だ。 だがメタは…。善と惡を区別した。それはもう…必要以上にな。)


((あぁ……。そうなんだ…。今のアリゼーを見たらどうなるかな……。))


(さぁな……。そして、ルキエラが来たのはその1000年位後だった。その当時の 南の森の魔女 名前は確か…サテラ?ステラ?忘れたが、その魔女が連れてきた。)


((南の森? 魔女って何人かいるの?))


(北の山、南の森、東の滝、西の山に1人づつだ。

  人間界で言う 警察や病院みたいなものだ。そして魔女になる者の、そのほとんどがエルフだな。

 そうそう、アリゼーは北の山だ。

 そして、バゲットと言ったか?あの娘。あの娘の父は 北の大地の王、トゥルーバンパイアの セルス王だ。ルシエールはその奥さん、王妃だな。昨夜見たかぎり、ヒステリックなエルフだ。笑えるな。)


((僕は笑えないけどね…。 ところで、話を戻すけど、トリシューラの練習はどこでやるんだ?))


(主の部屋で十分だ。 今日や明日じゃ出せないからな……。)


((何か勘にさわる言い方だな……。))





      ◇◆◇





 部屋に着いた。


 1日しか留守にしていない部屋。なんだか、何日も留守にしたような感覚だ。


 僕は窓辺に座り煙草に火を着けた。


 ふー。


「主よ。だいぶ疲れているな…。シャワーでも浴びて、少し休んだらどうだ?」


 Fayrayは僕を心配してくれている。


「うん…。眠れるかはわからないけど、シャワーは浴びてくる。」


 僕はそう言って、浴室に向かった。




 「ふぅ。何だかさっぱりした。」


 僕は浴室を出て部屋着に着替えた。


 ベッドに横になると、どんどん睡魔が襲ってくる。


「主よ。私がいるから、安心して寝てくれ。」


 Fayrayは僕を見守るように、ベッドの脇に座った。


 そして僕は吸い込まれるように寝てしまう。





 ピンポーン。ピンポーン。


 ピンポーン。


 ピンポンピンポン!


 部屋の呼び出し音が鳴った。


 何時間くらい寝たのかな……。



 ピンポンピンポンピンポン!



「あぁ……。日向ちゃんだ…。」


「主の姉さんか?」


 ピンポンピンポンピンポン!


「この鳴らしかたは1人しかいないから…。」


 僕は寝起きで、フラフラしながら玄関に向かう。


「はい。」


「颯太!お姉ちゃんだ!」


「あっ。うん。今開けるね。」


 カチャ。

 ガチャ。


 ドス!

   ドス!

 ドス!


 相変わらず勢いよく入ってきた。


「颯太。ここに座って!」


「メッ…メタ!」


 Fayrayが突然叫んだ。


「うわぁ~!可愛い~!!」


 日向ちゃんは Fayrayを見て、甘えた声を出した。


「何? 何? このワンちゃん!」


 日向ちゃんはFayrayに近づき、抱きついた。


「メタ! 私だ!ハオだ!」


 Fayrayは 日向ちゃんに話しかけている。


「Fayray? その人は僕の姉さんで、日向ちゃんだぞ?」


「そうかぁ。Fayrayっていう名前かぁ…。ん?!」


 日向ちゃんの動きは とつぜん止まり、ガバッと、後ろに飛び跳ねた。


「颯太? 何で喋るんだ? 犬だぞ?」


「メタ! 忘れたのか? 私だ!ハオだ!」


 Fayrayは何とも言えない感じだ。


「メタ? ハオ? 颯太? お姉ちゃんには…。訳がわからないぞ?」


「日向ちゃん…。 えっと…。何から話せばいいのか…。」


 僕は頑張って、頭を整理し始めた。


「颯太…。 とりあえず、こうしよう。 1個づつ片付けていこう。

 犬は後回しだ!まずは彼女の件だ!さぁ話してくれ。」


 日向ちゃんの口は真一文字になっている。


「えっと…。誰から聞いたのかわからないけど。まぁたぶん中原父だろうけど…。彼女と言うか、バグエは彼女と言う訳ではなくて、成り行きでそういう話になって…。」


「じゃぁ、何で泊まりの旅行に行ったんだ?」


 日向ちゃんは食らいついてきた。


「それは…。大榧さんの事で、ちょっと悩んでいて…。そしたら梶浦さんから、バイクの修理が終わったって連絡をもらって。

  それで…ツーリングに行こう。ってなって。

 ちょうど三連休だったから、マグミさんのところに行こうかって、なったんだけど。」


(主よ。この娘は…メタに似ている。感じも同じだ! 本当に日向という娘か?)


((あぁ。僕の姉さんで、日向ちゃんだ。))


「一泊したわけだよな? その女と、てか!あれは人ではない!怪異だぞ!かかわるなと言ったじゃないか!」


 目が怖いッス…。


「どうしたんだ颯太?寂しいのか?そんなに彼女が欲しいのか?」


「日向ちゃん! そんな言い方って! 僕は…。」


「何だ?何か言いたい事があるなら言ってみな!」


 日向ちゃんは声を荒げた。


「僕は…、バグエの事が好きだ。大好きだ! 大好きになってしまったんだ! しょうがないじゃないか!」


「颯太?」


 日向ちゃんは何も言い返せないようだ。


「メタに似た女性よ。主は本気だ。私からも話をしても良いか?」


 Fayrayは重い口調で、日向ちゃんに問いかけた。


「その前に、何で君は喋るんだ? 犬では無さそうだな。 君も怪異か?」


「怪異と言う意味はわからない。

 私は主と契約をしたChurch Grimmだ。

 主に危険があれば、私は全力でそれを阻止する。

 そして、私と契約を交わせるのは椚田の血族のみだ。

 貴女も椚田姓だが、血族ではない。

 だからルキエラとも契約は交わせない。」


「私も君が言っている意味がよくわからない。もうちょっと詳しく、説明してもらえないか?」


 日向ちゃんの頭の上には クエスチョンマークがたくさん出ているみたいだ。


 すると突然2つの光の影が現れた。光の影は徐々に人の形になる。

 日向子さんと、ルキエラだ。


「あぁん! 坊やぁ!」


 ルキエラは僕に走りよって来た…。が、日向子さんに髪を捕まれた。

 髪を捕まれたルキエラは その場にしりもちを着いた。


「ちょっと待ってくれ、私は今…。処理能力を失っている…。」


 日向ちゃんは頭を抱え込んでいる。


「日向子ぉ、少しくらい坊やに触らせてよぉ~!」


 頬を脹らませ、口を尖らせて話すルキエラ。


 可愛くないから…。むしろキモいから…。


「日向子さん、良かったです。日向ちゃんに、どうにも説明が難しくて……。」


「日向ちゃん、こんばんは。久しぶりね。相変わらず美人さんで。」


 日向子さんの口調はとても物静かで上品だ。父さんの兄妹とは思えない…。


「ひっ日向子さん? 一緒にいるのは誰? その女も怪異なの?」


 日向ちゃんは声が裏返っている。


「日向ちゃん、あのね。私は椚田の血筋で、椚田の人間は先祖代々、この人達と契約をするの。

 女性は毎世代、男性は隔世代。あなた達のお父さんは入っていない。

 だからこの事は知らないの。そして颯太君は私の父からの次世代になるの。」


「契約って…。何で?何で怪異かいいと契約を結ぶのです?」


「私達の、人間界と彼女…。ルキエラ達のいる世界が簡単に繋がらないようによ。」


「繋がらないようにって…。何で日向子さんと颯太が…。繋がったらどうなるんですか?」


 日向ちゃんは真面目に聞いている。


 おそらくFayrayやルキエラ、突然光となって現れた日向子さんを目の当たりにしたからだろう。

 これらの前置きがなければ頭のおかしい人の戯言たわごとだ。


「日向ちゃんの思っている以上の、危険な怪異が街中を歩くようになるわ。」


「そんな……。」


 日向ちゃんは絶望の眼差しをしている。


「日向ちゃん、僕ね。Fayrayと契約をする前に、とても怖い思いをしたんだ。

  バグエはその怖い思いをさせる奴を見つけるために、人間界に来たみたい。

 それでね、バグエって最初は僕を下僕しもべしようとして、僕にある術をかけたんだ。

 でもね、僕はこういう血筋だから、僕にはその術はかからなかったんだよ。

 それからなんだよ。お互いに、お互いの事が気になり始めたんだ。」


「じゃ、さっきその…Fayrayさん?Fayray君?が言ったメタと言う人は?」


「メタは主の何世代も前の女性だ。私の中にあるトリシューラという武器を唯一使うことができた主だ。」


「また新しい単語が出てきた…。」


 日向ちゃんは頭を抱えた。


「日向ちゃん。今ね、ある魔法使いが人間にイタズラをしているんだ。イタズラをされた人間は 下級のけものになっちゃうんだって。

 そしてその獸化けものかした人間を浄化して、元に戻すにはトリシューラというやりが必要なんだ。」


「そしてね、トリシューラで浄化された人達を人間界に戻すのが、私とルキエラなの。」


 日向子さん、僕はそこまで聞いていませんでした。


「あら?そうだっけ?」


「はい…。聞いてませんでした。」


「くわえて教えてやるが、私は坊やが大好きだぞ!お姉様。」


 今の一言で、日向ちゃんの、ルキエラに対する気持ちは誰もが察した。


「はい…。わかりました。それで日向子さん、私が颯太にしてあげられることは無いのですか?」


 日向ちゃんは 僕の頭を抱き締めた。


「ちょっと!坊やに!何なの!うらやまけしからん!!」


「ルキエラは黙れ(黙りなさい)!」


 僕・日向子さん・Fayrayは口を揃えた。


「あの…。日向ちゃん?苦しいよ…。」


 僕はバタバタしている。


「日向ちゃん。あなたは椚田の血族じゃないわ…。きつい言い方になるけど、あなたが、手を出す必要はないのよ。」


「これは真面目な話だが、聞いてはくれぬか?」


 ルキエラがドヤ顔で言った。


「ルキエラよ。話を聞くのは構わん。

 だが、くだらない事なら、秒殺でキサマを噛み刻んでやるぞ!」


「大丈夫だ。真面目な話だから安心して聞け。

 坊やのお姉様はな、メタの生まれ変わりだ。 Fayrayよ、いいところに気が付いたろ?」


 ルキエラは仁王立ちをしている。煩わしいエルフだ!


「それじゃ! 私もトリシューラを使えるの?」


 日向ちゃんの眼は輝いた。


「男性はChurch Grimm。女性はルキエラと契約を結ぶの。」


 日向子さんの言葉を聞いた日向ちゃんは 眉間にシワを寄せ、嗚咽顔(おえつがお)をした。


「お姉様! どうしたのですか?気分でも悪いのですか?」


 ルキエラが日向ちゃんに問いかけた。


「あっ!いえ大丈夫です。私に近づかないで下さい。 ついでにお姉様という言い方もやめてください。」


 日向ちゃんは 無表情で、尚且なおかつ、死んだ魚のような目でルキエラに棒読み状態で言った。


「日向子さん、Fayrayさん。せめて颯太と一緒にいてもいいですか?この部屋を出て二人で暮らせるところに引っ越して…。」


 日向ちゃんは地に足が着いていない状態…。


「日向ちゃん…。颯太君にはFayrayが付いているわ。大丈夫よ。」


 日向子さんは日向ちゃんを落ち着かせようと頑張っている。


「それではお姉様。私も……。」


「ルキエラ。頼む。今は喋らないでくれないか……。」


 僕はルキエラの話を遮った。


「颯太…。私は嫌だ!颯太の助けをしたい!」


 日向ちゃんはそう言って、部屋を飛び出した。


「坊や…。愛されているな…。私もだぞ!」


「日向子さん、ルキエラ。来てくれてありがとう。」


 僕は深々とお辞儀をした。



「ううん、いいのよ。 旅館からの帰りに、アリゼーに会ったっていうから、心配になって来てみたの。何もされていないみたいね、良かった。」


 日向子さんは安堵のため息をいた。



「坊や…。愛されているな。私もだぞ!」


 ルキエラはまた同じ事を言った。


「ルキエラ、ありがとう嬉しいよ。 日向子さんをよろしくね。」


 僕の一言にルキエラはテンションが上がったようだ。


「ままままま任せてくれ!さぁ!帰えるぞ日向子! 坊や!頑張るんだぞ!また来るからな!」


「日向子さんも、気をつけて…。」


 二人は光と共に消えた。


 ふぅー。僕は大きく息を吐いた。


「主よ。ルキエラの扱いが、突然うまくなったな。」


「あぁ。なんとなくわかってきた。 さぁ始めよう!」


 僕達はトリシューラの練習を始めた。



       

        ◇




「ただいま。お母さん!いる?」


「おかえり日向。どうしたの血相かえて?」


 お母さんは 兄貴の奥さんと、夕飯を作っていた。


「日向ちゃんどした?顔色悪いけど。」


 ひかりちゃんもいるのか。言いづらいな…。でも!


「話がある。 私はこの家を出る! 勘違いしないでもらいたい事は、決してひかりちゃんがいるからではない! これは私が決めた事。颯太のために私が決めた事だから。」


 ひかりちゃんとお母さんは二人で顔を見合わせている。


「ただいまぁ。」


 兼太が帰って来た。


 クソ!タイミングが悪いな…。


「どした? 喧嘩か?」


 すっとぼけた兄貴だ!


「日向が家を出るって…。」


 お母さんが呆れたように言った。


「はぁ?どうせ、颯太の事だろ?」


 私は兄貴の言葉にカチンっときた!


「どうせとは何だ? アホ兼太かねた。」


「日向ちゃん…。」





(椚田 兼太 長男)


(椚田 ひかり 兼太の奥さん)





「おぉ怖っ! 」


 いちいち勘にさわるな…。


「日向、ちょっと部屋に来いよ。」


「何だよ。気持ちわりーな…。」


「兼太君。」


 ひかりちゃんが心配そうにしている。


「別に喧嘩をする訳じゃない。5分もあれば終わる話だ。」


 私は兄貴たちの部屋に行った。


「何だよ。」


「颯太に何かあったのか? 正直に言ってくれ!」


「何かあったから行動するんだ。これ以上ゆっくりできないんだ!」


「日向! 何の事だ? 何で言わないんだ!

 俺が颯太を嫌いだと思っているのか?颯太は血が繋がってなくても、俺の大事な弟だ! お前だけの弟じゃないんだぞ!」


「…わかっている。でも…私の口からは言えないんだ!」


「なんだそりゃ? わかった。 直接聞いてくる。」


「待て!兼太!」


「うるさい!!」


「兼太!待て!邪魔をしちゃダメなんだ!!」


 兄貴は車で颯太のところに向かってしまった。





 その頃…。


「マヂでか?」


 驚くFayray。



「スゲーだろ?これ以上部屋でやるのはマズイから、外に行こう!」


「そうだな…。人目につかないところ、どこかあるか?」


「この建物の横は窓もないし、隣は竹林ちくりんだから大丈夫だ。」


 僕達は 外に向かった。





  さぁ始めよう!


 僕は集中した。


 シヴァ様…僕に貴方のシャクティーを…。

 獸にされた人達を助けたい…。

 力が欲しい…。

 あんな思いを他の人にさせたくない…。

 人間の心を壊すなんて許せない…。

 愛する人のために…。


 バグエ…。





 僕は両手を自分の胸の前へ出す。

 光が僕の両手を包む。

 僕の手に何かが…

 何かがのしかかった。


 光はやがて3mほどに広がる。

 両手に木のような鉄のような、ハッキリと言えない感触の棒。

 向かって右側は尖った先に、丸いものが付いている。

 向かって左側の先には 三叉の刃。

 その刃の少し下には赤いハンカチのようなものが着いている。


 重みはさほどない。

これよりも、合気道で使っていた木刀や棒の方が重量感がある。


「シヴァ様…。貴女のシャクティー。この世のために使わせて頂きます。」


 僕は早速、棒術の型をやってみた。


 力がみなぎる。

 トリシューラ…。

 身体が軽い!

 これで…。これでみんなを助けられる!

 鍛練をしよう。これから毎日…。


 全ての型をやり終えた僕は トリシューラにお礼を言った。

 すると…輝きを見せた後、トリシューラはFayrayに戻った。


「主よ。見事だ。見事トリシューラに認められた。メタでさえ半年くらいかかったというのに。」


「颯太…? 何だよ。何なんだよ! おい!」


「か…兼太君? 何でここに?」


 兼太君は恐る恐る、僕に近づいてきた。


「お前…颯太だよな…。その喋る犬は何だよ。さっきの槍は何だよ!何で犬から槍が出てくるんだよ!お前…日向と何を隠しているんだよ! 」


「兼太君…。何も隠していないよ…。今…兼太君が見たものが全てだよ。」


 日向ちゃんの次は兼太君か…。


 兼太君は多分、何も受け入れられないだろうな…。


「だいぶ前…。その犬がじいちゃんと、一緒にいるのを見たことがある。

 お前だろ?じいちゃんといたのは。」


「兼太君、こいつは犬じゃないんだ。Church Grimmと言って、僕の前はじいちゃんと契約を結んでいたんだ。」


「契約って何だよ! それじゃ今は颯太と契約してるのか? そんな契約やめろ!クーリングオフできないのか?」


「アホか? クソ兄貴!クーリングオフは日本の法律で決めた事だ!心配で来ちまったよ。」


 日向ちゃんはバイクごと敷地の中に入って来た。


「日向ちゃん! 僕トリシューラを出せたよ!明日から特訓するよ!」


 兼太君は 呆然としている。


 ここに日向子さんとルキエラがいたら大変だった。


「何なんだよ…。

ま…まぁ。とにかく良かった…のか?

 颯太、今日はうちに来て一緒に夕飯を食べないか?

 その後で少し話をしたいんだけど。」


 兼太君はこの場を何とかしようとしている。

 まるで、一生懸命に自分を説得しているようだ。


「Fayrayも一緒だけどいいよね。」


「当たり前だ! 颯太、久しぶりだな!一緒にご飯を食べるのは。

 お姉ちゃんが、食べさせてあげるからな!」


 いや…。結構です!と言いたいが、面倒なことになりそうなので、言うのはやめておいた。


「兼太君。後で説明するよ。だから僕を信じて。」


 兼太君は腑に落ちない顔つきだ。

 当たり前だ。僕だって半信半疑だったのだから。

 今は 実家に行って、日向ちゃんにもちゃんと説得しなきゃ…。


((あっ!ひかりちゃん…犬、大丈夫かな…。))


(主よ。これは最後の宣告だ!私は犬ではないぞ!)


((アハハ。僕は君を犬だなんて思っていないよ。ただ、普通の人間は犬だと思うんだ!諦めてくれ。))


(チッ!しかたがないか…。)


 僕はバイクに乗り久しぶりに実家に帰ることにした。

 久しぶりの母さんのご飯だ。

 それよりも、兼太君に何て言おうかな…。

 もしかして、昔もじいちゃんとFayrayが話をしているところを見たのかな…。

 何だかいてもたってもいられないようすだけど……。

 まぁ、なんとかなるかな。


(主よ。嬉しそうだな。)


((あぁ。母さんのご飯美味しいぞ。))


(それは楽しみだ!)


 三人の兄妹が帰った後、誰にも気づかれないように、先ほどの一部始終を竹林の隙間で、見ている者がいた。


「ひょうたさん…。見ぃつけた…。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る