第12話 ~Eyes on me ❹

「よくも、私の愛娘まなむすめの眼に、涙を!!

 人の子の分際で!!」


 ルシエールってバグエのお母さん?

何でここに?

 そんなことよりも、何でそんなに怒っているの?僕が悪いのか?


 ルシエールはジリジリと僕に近づいて来た。


「颯太君から離れなさい!!」


 日向子さん?


「何で?」


 もぉ言葉が出てこない…。何で日向子さんが?


「ルキエラ!? 人間界にいたのか?!」


 ルキエラ? 誰? 日向子さんでしょ? 僕の叔母さんだよ!

 日向子さんと一緒にいるのは誰?

 あれがルキエラ?


 もぉ無理だ! 頭がおかしくなりそうだ!処理しきれない!


 ルシエール……。

 ルキエラ……。

 バグエ……。

 ヤシタ……。


 次は誰? アリスだっけ?


「いい加減にしてください…。」


 思わず、口に発した。


「颯太君!」

 

 日向子さんが僕に近づいて来る、


「いい加減にしてください!!

 何なの? 何で僕が悪くなる!」


「颯太君! 落ち着いて!」


 日向子さんが慌てている。たぶんそれも何かがあるからだ!

 きっとそうだ!きっとまた僕を…。僕を悪者に!


「椚田の坊や。 イライラするな! わずらわしい!」


 ルキエラ? 坊やって僕のこと?


「ルキエラ。このガキは何者だ!」


「ルシエールよ。今は娘を連れて去れ。今回の事は私に任せるのだ!」


「今回の事? このガキか? ここで退ける訳がなかろう!!」


「魔女の事だ! 貴様はその為に来たのだろ! そして、この坊やは椚田くぬぎだの血族だ! 手を出せばルシエールだろうと容赦はせぬぞ!」



「ルキエラ! 人間に手を貸すなど堕ちたな! 愛娘を手籠てごめにされたのだ! いくら姉の言うことでも聞けぬ!」


 手籠め?

 僕が?

 バグエを?


 だって…。

 バグエ…。

 僕のこと…。


「僕も…バグエを…。」


 突然、電気ショックのような衝撃が、僕の身体を突き抜けた!

 何? 身体が!? 気持ち悪い…。背中が熱い!


「颯太君! 落ち着いて! ルキエラ! 颯太君が!」


 日向子さんは慌てて、僕の頭を抱きしめた。


「覚醒か…。やっとだな。」


 覚醒? 何なんだ? あの耳の尖った女は!


「背中が…気持ち悪い…!」


「日向子。ルシエールとバグエのおかげだな。坊やの使い魔。Church Grimm(チャーチグリム)の登場だ 。」


「何だ? このガキは! 使い魔だって!? どういう事だ、ルキエラ!」


 バグエのお母さんは青ざめている。

 驚愕の表情というのが正しいかもしれない。


 そして僕は、大声を出した! 言葉にならない奇声を発した!


 何かが飛び出しそうだ! 僕の身体から何かが。


「助けて!」


 僕の身体から何かが弾け翔んだ!黒と白の…。


「颯太君! 大丈夫!?」


 日向子さんは僕の頭を抱きしめている。


 そして、飛び出した何かが、僕に近づいて来る。

 その何かは僕に近づき、おもむろに話しかけてきた。



「名前を……。」


 何?

 犬? 僕は気分の悪さから、四つん這いでいた。


「私に名前を……。」


 何で喋るの?犬でしょ?


「あのエルフを食べればいいのだろ? 早く名前をくれないか? 我があるじよ。」


 意味がわからない…。


「主って……?」


 犬のクセに呆れた顔をした。


あるじが私を呼んだ。 主が使い魔に名前を授けるのが契約だ。

 早く名前をくれないか? 私はハラペコだ。あの不味そうなエルフでも良いぞ。」


「貴様! Church Grimmを!!」


「ルシエールよ、娘を連れて退け! そして二度と人間界に来るでない!」


 ルシエールはバグエのウナジを鷲掴わしづかみにして、鋭い眼で僕を睨み付けた。


「魔女の件が終わったら次は貴様だからな!」


 ルシエールは僕を威嚇した。


 バグエは僕を見ている。

 何かを言っているようだがわからない。


「バグエ…。」


 僕から飛び出した犬は首を傾げている。


「主よ。バグエという名は、あの混血こんけつの名だ。その名は私には使えない。」


 何なんだ?

 今は黙っていてくれないか…。

 バグエの母親を食べるって、何を言っているんだ!


 そして、バグエとヤシタはルシエールと共に、光の輪の中に入った。

 バグエは僕に、何かを伝えようとしている。

 涙を流しながら、手を伸ばしている。

 そして光の輪は小さくなり、消えた。



 呆然とする僕に、日向子さんが近づいてくる。そして、かぼそい声で僕は日向子さんに聞いた。


「何なの? ルキエラって誰?」


 日向子さんは 困った顔をしている。


「颯太君……。あのね、何から話せばいいのか……。」


 大きな犬は、お座りをして僕を見ている。


「おい。ルキエラ。主に説明してやれよ。」


 犬はふて腐れて言った。


 ルキエラと呼ばれているエルフが僕に近づいて話す。


「坊や…。お前には日向子と同じような力がある。坊やの先々代の男、以上の力だ。」


 力って? 先々代? おじいちゃんの事?


「椚田の一族、お前達の子孫は代々私と契約をする。 私がいる世界とお前達のいる世界が簡単に繋がらないように。ただ……私と契約できるのは女性だけ。男性、つまり坊やの祖父はChurch Grimmと契約をする。そして祖父の次の男、それが坊やだ。」


 ルキエラが丁寧に説明してくれたが、僕の頭は相変わらず処理しきれない。


 僕はラウンジにいて…。

 バグエが走って外に向かって…。

 ヤシタがバグエを追いかけろ!って……。

 僕はここでバグエに追い付いて…。

 バグエの母親が僕に物凄い敵対心を向けて……。

 そして、犬が僕から出てきた。

 Church Grimmって、墓守をする者。

 確か、BlackDogとも言われている。

 それが使い魔?


 僕はお墓と関係ないけど。父さんが、お坊さんだったの?


「あの、日向子さん。僕の父さんはお坊さんだったの?」


 僕の質問に、日向子さんは困惑した表情だ。


「えっと、多分だけど兄さんは会社員だったと思うけど? スーツを着て仕事に行ってなかったかな? 突然どうしたの?」


 どうしたの?って…。

 どうしたんだろ…。とにかく、だいぶ落ち着いてきた。


 今はバグエのお母さんの誤解をとかなきゃ。


「よくもまぁ、何も知らずに、今まで生活できたものだ。」


 何なんだ? この犬は! いちいち堪にさわる!


「まぁ良い。今はその犬に名をつけてやれ。 坊やの役に立つぞ。」


 ルキエラは 軽く笑いながら言った。


「ワンちゃん……。じゃなかった。

 使い魔との契約は、主が使い魔に名前を授けるだけ。契約が済めば、颯太君の力も100%になるのよ。」


 日向子さんは懇願するように言う。


「貴様ら…。私の事を 犬扱いするな!

 名前さえもらえたら、貴様ら等、喰ってやるぞ!」


 名前って…。

 いきなり言われても…。


「君の性別は?」


「性別などない。

 ただ…。人だった時は…。

まだ幼い女の時の記憶がなんとなく……。」


 人だった時はって……。


「それじゃ、どこの国?」


「遥か昔だ。覚えていない。主のじいさんからは 銀(イン)と呼ばれていた。」


 遠い眼で僕を見ている。


「さぁ主よ、名前を頼む。」


「名前を…て言われても…。」


 僕は考え込んだ。

RPGでもなかなか名前を決められない僕が、突然現れたペットに名前をなんて…。


「主よ。混血の娘なら心配するな。

どうせすぐに会える。

 今は私を使い魔にする事を勧めるがね。」


 いちいち勘にさわる言い方をする犬だ!


 よし!


「今から君の名は Fayray(フェイレイ)。 これでいいのか?」


 Fayrayは蒼白く光り、僕に近づき頭を下げた。


「主よ。ありがとう…。」


「別に……。

 そんなことより、さっき言った,バグエにすぐ会えるって,どういう事?」


「あの娘は主に,惚れているからな。」


「Fayrayよ。どういう事だ?魅了ではないのか?」


 ルキエラが話に入ってきた。


「主にそんな力はない。 と言っても私と契約を交わしたので、今からは使えるがな。」


 ルキエラの頭にはハテナマークが出ているようだ。


「でもあの娘、坊やを愛していると、言えなかったぞ?」


「知るか!

恥ずかしかったんだろ!

 そんな事よりも、なぁ主? 私は 腹減った。」


 まだまだ、たくさん聞きたいことがあるのに!

 だいたい、何を食べるんだ?

さっきはバグエのお母さんを食べようとしていたけど…。


「主よ。 私は使い魔として主とつながった。 主が思っていることもわかる。

 混血と心で会話したようなものだ。その流れで言わせてもらう。

 エルフは不味いから嫌いだ。さっきの女とルキエラは特に不味そうだ!」



「アハハハ。助かったよFayray!お前に喰われたら、向かう先は地獄だからな!」


 ルキエラは楽しそうだ。


「あの…。日向子さん。Fayrayに何か食べさせてあげたいのですが、ドッグフードなんて無いですよね?」


 日向子さんは楽しそうに言う。


「そうねぇ。お客様の忘れ物の中にあるかしら……。 ふふっ。」


 Fayrayは驚いたようすで言う。


「主よ、何度も言わせるな!私は犬ではない!」


「でも犬じゃん!」


 Fayrayはムッとしたようだ。


「主が望む姿はこれか?」


 Fayrayはそう言って、2本足で立ち上がったかと思うと、人の姿になった。

 しかもその姿は……。


兼太かねた君?」


 僕の兄貴だ。


「それともこっちか?」


 大榧おおかやさん…。


「Fayray! そういう冗談は嫌いだ! そこでお座りしていろ!」


 僕は怒りをあらわにして、宿に向かった。


「アハハハ!」


 ルキエラ?

 何を笑っている。


「あらぁ。お上手ねぇ。」


 日向子さんまで。

 何なんだ?みんなで僕の事を!


 振り替えると

 FayrayはChurch Grimmの姿に戻っていて、犬のようにお座りをしていた。


 Fayrayの姿を見て、日向子さんとルキエラは大笑いしている。


「Fayrayよ滑稽だな! 本当に犬じゃないか!」


 ルキエラは特に楽しそうだ。


 あぁ~!もぉ~!

 僕はFayrayの所まで戻り言った。


「Fayray。すまない。

 僕の言葉が、君に対してこれほどの決定権があるとは 思わなかった。

 でも、君も先ほどのは やりすぎだ。今回は お互い様、と言うことにしよう。」



「主よ。私もすまなかった。 これからは気をつける。あの混血の娘の姿になったら主は私を許さなかったろうな……。」


「当たり前だ!!」


 僕はFayrayを怒鳴りつつも、笑顔で頭を撫でてあげた。

 Fayrayは嬉しそうに眼を半分閉じ、悦んでいる。


 ヤッパ………犬じゃね………。




       ◇




 宿に戻ると宴は終わっていた。


 マグミさんが心配そうに…。いや、あれは心配していないな。

 ラウンジのソファーで、寝ながらテレビを視ている。

 どうやらマグミさんは お酒で酔っているようだ。


 一応、バグエがいないことは 皆には内緒にしよう。と言う事になった。

 その流れで、結果的にFayrayは バグエの姿になってもらった。


((いいか。僕の言ったとおりに言うんだぞ。))

(任せてくれ。)

((任せられないから、念をおしているんだ!))

(私を信じろ。)

((よし! いくぞ!))


「よし! いくぞ!」

「ま! だ! だ!!!」



 マグミさんはムクっと起きて、こちらを見た。


「ただいま戻りました。」

「ただいま戻りました。」


((今のは言わないで言い。))

「今のは言わないで言い。」


「は? バゲットさん? 俺? 何も言ってないよ?」


((そうじゃなくて!))

「そうじゃなくて!」



「なに?なになに?」


((ご心配おかけしました。))

「ご心配おかけしました。」


「いえいえ。ビックリしたけど、颯太と湖に行ってたのかな? 冬の榛名湖って綺麗だったっしょ?」


((はい!とても綺麗でした。 少し冷えたので、温泉に入らせて頂きます。))

「はい!とても甘そうでした。少し消えたので温泉地潜らせて頂きます? だっけ?」


 マグミさんは不思議そうな顔をしている。


「甘そうな温泉地って…。どこ潜ってきたんだ?」


「いえ!何でもないです! ちょっと冷えたんでもう一度温泉に入らせて頂きます! いくぞFay……バグエ!」



 僕は急いで部屋に戻った。マグミさん。すみません。そして何となくだけど、ルキエラの笑い声が微かに聞こえた気が。


 僕たちは その場から、逃げるように、部屋に向かう。部屋に入ると、思ったとおり。


「何なんだ! アハハハ! 腹が…。腹が痛い……。 アハハハ……。面白すぎるぞ!お前達! アハハハ……。」


 ルキエラは 横隔膜が、破裂する勢いで笑っている。


「もぉやめて…。笑わないで…。薄々はわかっていたけど、見ていたんだ…。」

「あ…あぁ。 いやぁ~すまない。」


 顔が笑っているぞ!ルキエラ!


「坊や、少し私と話をしようか…。ぷっ! アハハハ!!」


 あんたと話なんてゴメンだ!


「おい! ルキエラ! いい加減にしろ!」

 Fayrayは僕の代わりに、ルキエラを怒ってくれた。


「ところで主よ。消えた温泉地とはどこだ?」


 はっ?

「それは お前が勝手に聞き間違えた事だ! そんなところ、僕だって知るか!」


 イライラが、マックスになってしまったのが、自分でもわかった。


「すまん! もぉ笑わない! 私は坊やと話がしたいだけだ。」

 どの口が言うんだ?


「何の話ですかー?」

 僕はわざと機嫌の悪い、言い方をした。


「色々と聞きたいことがあったんだろ? さすがに日向子は 明日は朝から忙しいからな。日向子の代りだ…。 ぷっ!」


 このエルフ!


「おい! 今笑ったろ! まだ笑うか?!」

「違う! 今のはオナラだ! 」

「ほぉ。エルフは口でオナラをするのか? 」

「あぁ。 エルフは何でもアリだ。」


 コイツ…。


「なぁ主よ。 私のオナラは おしりから出るぞ!」

「お前達のオナラが、どこから出ようが、ぶっちゃけどうでもいい! 」


 ヤバい。ちょっと落ち着こう…。僕は 深呼吸をしてみた。


「まぁいい。 じゃあまずは、魔女の件って何?」

 ルキエラは少し言いづらそうに口を開いた。


「坊や…。実はな…。」


 何だ?また笑うのか?


「大丈夫だ。 もぉ笑わん。」

「え? ルキエラも僕が思っている事がわかるの?」

「当たり前だ! 人間なんて容易たやすいからな。」


 うわぁ…。ドン引きだ…。


「心を探る事は簡単だ。後で坊やにも教えてやろう。まずは魔女の件だ。実はな、坊やはアリゼーに会っている。」


 は? アリゼー?


「おそらく、今月初めの満月の夜だ。何かいつもと違う出来事はなかったか?」


「今月の初めの満月? うーん。覚えてないけど…。」


「些細な事でもかまわない。例えば…。気がついたら別の場所にいた、とかだ。」


 そういえば!


「僕が残業で遅くなった時。鍵当番を忘れていて、あの時…。そうだ! 23時頃に仕事が終わって、全ての施錠をして、外にいたのに、気がついたら職場の玄関にいた。思い出した! あの時、玄関で腕時計を見たら1時を少しまわっていた。」



「やはりな…。その時だ。その時に坊やは アリゼーに会っている。そして記憶を消された。恐らく非常に怖い思いをしたはずだ。恐怖心が大きいほど、術は強くかかる。」


 僕は唖然とした。


「坊や。その時にルシエールの娘と、その使い魔も一緒にいたはずだ。ルシエールの娘は 坊やに何かそれらしい事は言ってなかったか? そうだな、自分が覚えていない事をやったとか。あとは…。」


 魅了…。


「バグエは 僕には魅了が効かなかったって…。僕はそれをいつ試されたのかはわからなかったけど…。」

「なるほどな…。それではその時の記憶を。消された記憶を呼び戻しても良いか?」


 知りたい!でも、恐怖をうえつけられたって…。


「心配するな! 坊やにはFayrayがいるではないか。」

「主よ。心配するな! Fayrayがいるではないか!」


 は?


「何でルキエラと同じ事を……。」

「なぁ主。私の大好物は人間の恐怖心だ。その恐怖心を食べるんだ。 だから何も怖くはない。 主が チビる前にわしてもらう。」


「Fayray、お前、もぉちょっと言い方ってもんがあるだろ……。」


「何だ?坊やは アリゼーに会った時に、チビったのか? 」


 いつ言いました? 僕がチビったって、いつ言いましたかね?


「確かに言ってはいないが…。」


 何を考えているんだ? ルキエラって、本当に妖精族の長なのか? 何て言うか、ヤシタと同じニオイがするな…。ボケ担当的な?


「主よ。 妖精族の連中は皆こんなものだ。 だから私は妖精族を好かないのだ。 うるさくて、かなわない。」


「えい!」


 え?

 ルキエラが突然、僕に蒼白い光を浴びせた!


 走馬灯?

 犬だ…。

 たくさんいる。


 バグエ!

 トイレの脇で何かを企んでいる顔をしている。

 あぁ。

 バグエ…。

 バグエの魅了は僕には効かないよ。


 犬達が?!

 空に向かって…。

 黒い渦の中に…次々と…。


 黒い渦が光った。

 何?

 ヤシタ?

 もう一人。


 アリゼー?

 やめて!

 僕の爪を…


 ホムンクルス?

 僕の?


 やめて!

 名前を…。

 魔女に…。

 僕の名前を…。

 教えちゃった…。


 助けて…。

 助けてくれ!

 Fayray!



「目が覚めたか?」


 あれ?

 起き上がれない…。




 ルキエラ!?


「ルキエラ! やる前に何かあるだろ! いくよー。とかさ!」


 ルキエラはドヤ顔をしている。


「ぐぇふっ!」


 ぐぇふっ?

 そういう事か。Fayrayが食べてくれたんだ。僕は畳の上で寝ている。

 そんな僕をFayrayが見ている。


 僕は思わず、寝ながらFayrayを抱きしめた。

 ありがとう。


「御馳走様でした。」

 Fayrayが、ご満悦で僕に言った。


「ルキエラ。どういうこと?」

「見たままだ。アリゼーは満月でなくても、ルーがいなくても人間界に来ることができる。まぁ私もだが。ちなみにルシエールもだ。話を戻すが、要はイタズラが過ぎているのだよ、あのアリゼーは……。」


 イタズラ?


「イタズラって。僕にやったようなこと?」

「そうだな。アリゼーは人間をもてあそんだ後、最後に呪文をかける。 その時の記憶を忘れさせる呪文だ。そして、気に入った人間には何度も同じ事を繰り返す。どういう事かわかるかい? 坊や。」


 心が…。


「そうだな…。 心が壊れる。心が壊れた人間の末路はわかるか?」


 僕は緊張してきた。


「ずいぶん緊張しているようだな。続きはおトイレの後にするか?」

「いいや。是非とも続きを…。」


 ルキエラはコホンっと咳払いをした。


「魔術によって、心が壊れた人間は 下級のけものとなる。代表的な獸がゴブリンだ。」


 ゴブリン…。

 RPGでは最初のlevel上げモンスター。


「たまに出るその単語の意味は何だ? RPGとは?」

「role-playing game(ロールプレイングゲーム)の略。」

「言っている意味がわからん!」

「申し訳ないけど、これ以上のわかりやすい説明はない。」

「SEKAI NO OWARIとは違うのか?」

「それはセカオワの唄でしょ!」


 何かヤダ…。

 ルキエラと生活を共にしている日向子さんって凄いな…。


 僕はやっと起きられるようになった。

 だが、立ち上がる事がまだできない。

 腰が抜けたみたいになっている……。


「主よ。私も会話に入れてくれないか?」

「Fayray。どうしたんだ?何か知っているのか?」


 何? Fayrayのドヤ顔。犬のドヤ顔ってツボるんですけど…。


「私は何も知らない。何しろ先ほど主から出てきたばかりだからな。」


 おい!じゃぁ今のドヤ顔はなんだ? 僕は開いた口を閉じることができなかった。



 パン! ルキエラは突然手を叩いた。


「じゃあ次!」

 いきなり偉そうに仕切りだすルキエラ。


「次?」

「心の探りかただ。」

「あぁ。それはいいや。 何だか失礼な気がするし…。」


 ルキエラは眉間にシワを寄せ、口をへの字にして言った。。


「何だかしちゅれいな気がしゅるし…。 では無い! 戦いの時に相手の心を見ないでどうする!? いいか!やるか、やられるか。だ!」


 真面目な事を言ってはいるが、何でまだその顔をしている?

 僕はその顔よりはマシなはずだ!


「そうだな…。確かに坊やはイケメンだ。あれ? イクメンだっけ? 」

「まだ、子供いねぇし……。」


 何だかツッコミがめんどくさくなってきた。


「なぁFayray…。何で僕は立ち上がれないんだ?」


「おっ! 坊や!もしかしてあれか? 寝ていて真ん中がモッコ…」


「あんな怖い思いをして、ならねぇっちゅうの!」

 僕はルキエラの言葉を途中で遮った!


「主よ。モッコリとは?」

 遮った意味がなくなりましたよ、Fayrayさん…。



「それは…。男性の…。」

「モジモジするな! 今さら恥じらいをだすな!」


 あー! イラつく!

 ルキエラさん!あなたは人をイラつかせるチャンピオンだ!


「そうじゃなくて!  立ち上がれない方だ!」

 あぁ…。本当に疲れた…。


「それではいくぞ。」

「何が?」

「心を覗く練習だ。」


 え? 突然っすか?


「眼を閉じろ。心だ…。心の眼で…」

「パットモリタじゃないか!」


(ノリユキ・パット・モリタ = ベストキッドでラルフ・マッチオの師匠役を演じた人。2010年度版はジャッキー・チェンだった。)


「おっ!よく知っているな!一度言ってみたかったんだ!」


 もぉ何なんだ?


「主よ。 眼を閉じて…」

「いや。いい。」

「主よ。何で私には冷たいのだ?」

「ルキエラと同じ事を言うからだ!」


 坊や達を見ていると飽きないな。


「本当に勘にさわるな!」

 でも、できたではないか。

「え?」

 試しに温泉でも行ってきたらどうだ?多分 マグミがいるはずだ。

「え? できているの?」

 普通に私と会話ができているだろ?

「本当だ。できている…。」

「主よ。私とも…。」

「あぁ。お前とは普通に話しているからな。」



 僕はバスタオルを持って温泉に向かった。

 部屋を出てしばらく歩くと後ろから何かが来た。


「いやだぁ! 颯太待ってぇ~!」

 Fayrayだ。バグエの姿で…。

「お前……。」

((僕は今、君を思いっきり殴りたいのだが…。))

(主よ。私とて混血の真似などしたくはない。 今はしかたがないであろう。)


 確かにしかたがない…。バグエが人目につかなすぎるのも変だし。僕はあきらめて二人で温泉に向かった。


 温泉に入ると本当にマグミさんがいた。マグミさんは笑顔で温泉に浸かっている。


(僕~の手~は~魔法のホ~♪)


 何その唄!そこまで言ったら最後は手でしょ!


「おう! 颯太! 今夜は冷えるな!」

 楽しそうなマグミさん。


「そうですね。湖にいたから冷えきっちゃいましたよ。」

(コイツ、バゲットさんとイチャイチャしていたのかな……アハハ。笑える。いつまでもガキだと思っていたけど、立派になったな……。)

「なぁ颯太。お前、バゲットさんと榛名湖でイチャイチャしていたのか? アハハハ。なんか笑えるな。」


 えぇ~~!!

 心を覗けたけど、この場合まったく意味がないな……。


(確か俺が日向子と初めて……。)


「あーー! あのさ。マグミさん! 明日も宜しくね。 それじゃ僕はもう寝ますね。お先に~!」

(何だよこっから俺の武勇伝が始まるのに。)


 甥っ子に、叔母さんとのそういうのを話そうとするな!

 男って歳と共にあーなるのかな…。嫌だなぁ…。


 僕はFayrayが何かやりだすのではと思い、一応 大浴場の出口で待っていた。


「お? 颯太! バゲットさんを待っているのか?」

 マグミさん? 着替え早っ!!


「うん。先に行くとかわいそうだし。」

 あー。早く行ってくれないかな…。


「本当に仲が良いな。俺も昔は今以上に日向子とラブラブだったぞ! どうだ?」


 どうだ?って言われても……。

「はぁ。アハハハ…。」

 早く行って!



(寝る前に美人さんを見てから寝てぇからな。)

 そういう事か…。まったく…。日向子さんがいるじゃん…。


「ところでマグミさんって、この旅館の当主でしょ? 仕事ってどういうことやってるの?」

「は? 何で俺がなんかやるんだ? 俺はここで一番偉いんだぞ? 」

「え? なにもしないの?」


「まぁせいぜい…。 毎朝の窓拭きだろ。あとは…。毎日2回のトイレ掃除とその備品補充。館内の掃除機を3回。週3回の早朝市場。あとは……。ほとんどお客様の送迎だな。」


 一応働いているんだ…。良かった……。

 そんな話をしていると、バグエになったFayrayが大浴場から出てきた。


「ゲロアツだ!」

((おい! Fayray!))


「あら、マグミさん。いたのですね?」

((言葉遣いに気を付けろ!))


「良いお湯でした。これでグッスリと眠れたりなんかして。」

 マグミさんは少し驚いている。


「あ、あぁ良かった。でも、バゲットさん何だか夕方と雰囲気が違うねぇ。」


 ヤバい!


「部屋でちょっと飲みなおしたから、酔っているのかな。アハハハ…。それじゃマグミさんおやすみなさい。」


 僕はFayrayの手を掴み急いで部屋に戻った。


「いやはや、危なかったぞ主よ。」

 僕はもうツッコミもできない…。


「そうだな…。僕はもう寝るよ…。おやすみ。Fayray。」

 僕は布団に潜り込んだ。


「あぁ。主よ。おやすみ。」

 Fayrayは僕の枕元で丸くなり寝た。


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