第11話 ~Eyes on me ❸

「バグエ! 見て! 榛名湖だよ!」


 目の前が開けたので、解放感から大声で言ってしまった。


「ついたのか? おぉ! これか~~。ハルナコって湖だったんだな。」


 え?知らなかったの…?


「知らなかった。綺麗な湖だ。」


 僕はバイクを湖畔に停めた。


 冬の高い空がいくらか紅色になりつつある。


「旅館に行く前に少し観てみますか?」


 バグエは辺りを見回し、少し考えているようす。


「そうだな。あのベンチに行こう! 自販機もあるし!」


 バグエが指を指す方を見た。

あっ!


「ダイドーだ!ミルクセーキですね!」


「あっ!ダイドー!私も飲む!」


「ヤシタさん…。起きたのですね…。けっこう、めざといですね。」


「何だ?めざといって。どういう意味だ?」


 バグエは僕の左腕に、自分の腕を絡ませながら、聞いてきた。


「物事を見つけるのが早い。と言う意味です。 ちなみに あざとい は、物事のやり方が悪どい。似ているけど意味は違います。」


「ヤシエッタちゃん、スゴイでしょ。」


 自分で言うんだ。

僕はバグエと顔を見合せ、笑ってしまった。


「ちょっとぉ! なんかさぁ! あなた達さぁ! 何かと見つめ会ってない?」


 ヤシタさんの一言で僕達はお互いに、反対の方向を見た。


 恥ずかしい……。


 僕達はベンチに荷物を置き、自販機で飲み物を選んだ。


「バグエはミルクセーキで良いですか?」


 僕の方を見てニコっとした。

かっ…かわい……。


 うわぁ!


「バグエ。颯太がね、」


「うわぁ!ヤメテ!言わないで!言わないでください!」


 バグエは恥ずかしそうにしている。


 実は神社でお参りした後、僕とバグエは心で会話が出来るように練習していた。

それは けっこう簡単で、バイクを運転していても支障がないくらいであった。

 でも、僕からの会話は出来ないので、バグエはずっと僕に集中していた………。

集中していたから疲れたんじゃ……?


「バグエ? 疲れていませんか? ずっと僕に集中していたんでしょ?」


「大丈夫だ。そんな事を颯太が気にすることではない。私がやりたいからやっているだけだ。」


 ベンチに座っても 僕の左腕をしっかりと抱きしめている。

疲れているのかな?


「ちょっとぉ! どうしたのバグエ!調子が悪そうねぇ?」


「そうなんですか?具合が悪いのですか?」


「あぁ! もぉうるさい! ヤシタは寝ていろ!」


「何なのよ!私はバグエの事が心配だから、言っているんだからね!」


 バグエは申し訳なさそうにしている。


「すまないヤシタ…。何だか自分でもわからない…。」


「あの…。」


 バグエは僕を見た。


「僕に出来ることでしたら、相談になりますが……。

あぁ。

でも僕が出来ることでしたらバグエは悩まないですよね。」


 僕は自分で言ったことに照れ笑いをした。



「あぁ~~ダメだぁ~~この男…。」


ヤシタさんが、ため息混じりで言う。


「え?何がですか?」




 掃部ヶ岳から来る夕陽に照らされた僕達は 紅葉しているように紅色に染まっていた。








「あっ!来た来た! マグミ君! 来たよぉ!」


 多きな声で着物を着た女性が手を振っている。

僕の叔母、父の妹の日向子ひなこさんだ。

日向子さんはマグミさんの奥さんでもある。


「いらっしゃい、颯太君!今朝ね梶浦さんから電話を頂いてね!颯太君が彼女と行くって!」


(梶浦さん = 梶浦モータースの社長。颯太のオートバイの修理をした工場。)


 バグエはパッセンジャーシートから降りてヘルメットを脱ぎ、日向子さんに挨拶をした。


「初めまして。颯太さんと交際しておりますバゲットと言います。2日間お世話になります。」


「あら~~!可愛い! どこの国の人? 初めまして、颯太の叔母で日向子と言います。この旅館の女将をしています。宜しくお願いします。

 さぁ!颯太君はバイクを置いてきなさい。こっちに来てバゲットさん。」


 毎度の事だが、僕はここに来るとマグミさんのガレージにバイクを置かせてもらう。最近いろいろなお店が出来たせいか、ゴミが増えてカラスが多くなり、バイクに糞を落とされたりするからだ。

 景気が上向きになるのは良いことだが、これは考えものだ。

等価交換と言われたらそれまでだが……。


 ガレージにバイクを置き、僕は急いで玄関に向かった。

暖簾のれんをくぐり、玄関に入るとバグエは仲居さん達に囲まれていた。


「キャー! 椚田さんの彼女さん? 」


「はい……。」


「バゲットさんって言うのよ!」


 日向子さんが自分の娘のように自慢している。


「颯太め! うらやまけしからんぞ!」


 マグミさんまで何か言っている。


「颯太!」


 バグエは混乱したのか、僕に駆け寄り左腕に抱きついて来た。


「どうしました? 何かありました?」


「一度にたくさんの声を聞いてちょっと混乱した…。」


 良くない声が聞こえたんですね。


「うん…。」


「日向子さん、初めてのバイクで疲れたみたいです。少し休ませてもらってもいいですか?」



「あら、申し訳ありません。バゲットさんの都合も考えずに、舞い上がってしまって。」



 僕達は部屋に案内された。

久しぶりに来たマグミさんの旅館。

去年は就職祝で家族で来たんだっけ……。


「こちらになります。 遠方よりお疲れさまでした。椚田さん、大浴場の案内はいたしますか?」


「何度も利用させて頂いてますので、大丈夫です。ご丁寧に有難うございます。」


「とんでもないです。 夕飯は19時になります。それまでごゆっくりどうぞ。それではこれで失礼致します。」


 マグミさんはあれだけど、仲居さんは丁寧だ。


「颯太。今の人知っているのか?」


 何だか具合が悪そうだ……。


「はい、何年か前からいる人です。

そんな事より、大丈夫ですか!具合が悪そうですよ!」


 バグエは多きなため息をついた…。


「ちょっと!大丈夫ですか?」


「少しでいい…。このままで、いさせてくれないか…。」


 そう言って、バグエは僕の膝を枕にして寝てしまった。


「ヤシタさん、起きてますか?」


「ハイハーイ!」


 元気に登場するヤシタさん。

いつもの事だが……。


「何だかバグエの調子が、悪いみたいなんですが。」


「一応言っておくけど、私もよ。 この旅館の近くに来たとたんにね…。

何て言ったらいいのかな…。

疲れたみたいな?

魔力が無くなるみたいな…。

 でもね、何だか懐かしいっていうか…。とにかく知っているのよ!

この感じ。それが何かは わからないんだけどね…。」



 僕は言葉がでない…。

バグエはずっと僕の事で精神的に疲れて…。

ラウンジでは誰かに何か良く無いことを言われて…。

 ヤシタさんが言うには、魔力も奪われているなんて……。

僕はどうすればいいんだろう。

 バグエ…。寝ちゃったかな……。

バグエの寝顔って、可愛かったんだ。

バグエの顔…。触りたい……。

 って!?

「顔が赤いじゃん!!!寝ているんじゃないの?バグエ!起きているの?!」


「寝るなんて言ってない!調子が戻ったぞ!さぁ温泉だ!どこだ?行くぞ! 颯太!」


 行くぞ!って…。


「わかりました…。用意しますね。」


 僕はタオルとバスタオルを渡した。


「浴衣は1階で好きなものを選べます。それでは行きましょう。

ヤシタさんも行きましょう!」


「あーー。

颯太。

あのさ。

私のことも ヤシタでいいよ。

だって私は~!颯太の事が大好きだからぁ~!

アハハハ!!!」


「ヤ!?ヤシタ!キサマ!」


「アハハハ! 大好きだからぁ~!!」




「あぁ…。部屋で暴れちゃダメですよ!」


「颯太もだ!ヤシタに言われて照れるな!」


「照れてませんよ。 バグエに言われた事を思い出してしまって…。」


「そ……そうか……。」





 僕達は部屋を出て1階に向かった。




 ラウンジにはマグミさんが、マネージャーと話をしていた。

が、僕たちがいることに気がついた。


「おう!颯太。バゲットさんは大丈夫か?」


 バグエはマグミさんに会釈をして言う。


「ご心配おかけしました。 少し疲れたようです。温泉に入りリフレッシュしてきます。」


「このぉ!颯太!お前どうやってこんな可愛いつかまえたんだ!? うらやまけしからんゾ!」


「颯太?うらやまけしからんゾ! とはなんだ?」


「羨ましい + けしからん = うらやまけしからん です。 最後の ゾ! は 終助詞です。」


「終助詞とは何だ? 」


 これは説明が難しい……。


「終助詞とは、例えば。 困った時に こいつは困ったぞ! とか言う最後につける助詞のことよ。」


 日向子さん、有難うございます!


「もぉ颯太君 大学まで出たのにね。ところで、バゲットさん大丈夫ですか?」


 バグエは日向子さんから一歩引いて答えた。


「はい…。ご心配おかけしました…。」



(バグエ?大丈夫ですか?)


(あ…あぁ…大丈夫だ……。)



 僕達は大浴場に向かった。




      ◇




「貸し切り状態だ……。」


 誰もいない大浴場。

年末が近いというのに、平日は暇なのかな。

 バグエ…。

何でさっき、日向子さんを避けたのかな。

眉間にシワを寄せて、嫌悪感を丸出しにていたけど。

 あぁ…。腹ペコだな……。


「夕飯はなにかなぁ……。」


 風呂上がりはやっぱりビールだな。家だとレバニラ炒めばかりだから、魚がいいけど……。


「熱燗で刺身とか食べたいなぁ。」


「今日は貸し切り状態だろ?」


「うわぁ! マグミさん?いつの間に……。」


「刺身がなんとか言ってたときだな。」


「あれ? 僕……。」


「独り言だ!ワッハッハッハ!」


 恥ずかしい………。


「そう言えばこの前、日向から聞いたけど。

合気道、5段に昇格したんだってな!

これで道場主だな!いよっ! 師範!」


「マグミさんのおかげだよ。 僕一人じゃ無理だったもん。」


「でもさ。 俺はお前とガチで勝負したら勝てねぇぞ。

まぁ合気道以外なら負けないが。

とにかくだ!

お前はスゴイよ。 親父そっくりだ。

 立派になったな!

あんな可愛い彼女までつくりやがって!」


 彼女と言っても実は違うんだけど…。

今さら言えない…。


「あの…。マグミさん。」


「あーー!無理無理!俺はそう言う相談は無理だから!」


「まだ何も言ってないのですが…。」


「どうせ彼女の事だろ?」


「まぁそんなとこ…。」


 マグミさんは、耳を塞ぎ、多きな声で、あー!と言いながら大浴場を出ていった。




         ◇




「うわぁ!」


 僕は思わず声に出した。


「おおぉ!」


 バグエも低い声で言った。


 部屋に戻ると、夕餉ゆうげの用意ができていた。

テーブルにはところ狭しと懐石料理が置かれている。


「日向子さん、有難うございます。」


かたじけない。」


 忝ないって……。


「やだぁ、バゲットさんまで。

料理長がね、バゲットさんに日本料理を食べてもらいたかったんだって。」


 日向子さんは嬉しそうに言った。

 料理長、有難うございます。


「これは私から、5段昇格おめでとう!これで師範ね。」


 日向子さんはそう言って 当たり年と言われた今年の、ボージョレヌーボーをテーブルに置いた。

 言わずと知れた、フランス・ブルゴーニュ地方のワイン。


 世界でも日本が時差の関係で、一番早くに解禁になる。


 日向子さんは慣れた手つきでコルクを抜いて、僕達に注いでくれた。


「バゲットさんはお酒大丈夫かしら?」


かたじけない。 土地柄かワインはたしなんでおります。」


 そう言ってバグエもグラスに注いでもらった。


「それではごゆっくりどうぞ。」


日向子さんは部屋を後にした。


「颯太。日向子さんって、申し訳ないが…。」


「うん。大丈夫ですよ。気にしないでください。」


 僕の、唯一の血縁者を否定されるのは少し寂しい。


「え? 唯一の血縁者って?」


 そうか、言ってなかった。


「話してくれないか?颯太の事をもっと知りたい。」


「うん。私も。」


 ヤシタさんの口の中は食べ物でいっぱい。

ヤシタさん…。

誰よりも先に食べるんですね。


「ヤシタでいいって!」


「わかりました。ヤシタ。とりあえず乾杯しましょう!」


 僕達は乾杯をした。

美味しい。


「で?」


「はい。 僕は父さんと母さんの3人家族でした。

母は僕が4歳の時に亡くなり、病気だったと聞きます。

 その後、父さんは今の母さんと出会います。

同じ職場だったらしく、お互いシングルで子育てが大変だ。

と言う話をしていて。

 僕が小学校に入学する時には兼太君と日向ちゃんが兄妹になりました。」


「再婚か…。」


「はい。」


「わだかまりはなかったのか?」


「無くは無いです。でも、僕が反対しても多分…。

たぶん父さんは結婚したと思います。

 その後、僕が小学6年の時に父さんが事故で…。」


「すまない。大変な事を思い出させてしまった…。

なんてお詫びをしていいか…。」


「気にしないでください。 僕はもう平気です。僕の周りには僕を支えてくれる人が沢山いますから。」


「バグエとヤシタもね。」


 二人とも黙って下を向いてしまった。


「やだなぁ!楽しくいきましょうよ!」


「ねぇ颯太。 この紙みたいの何?」


「オイ! ヤシタ!」


「アハハハ。バグエ、気にしないで。それは、湯葉と言うものですよ。

湯葉自体にはあまり味がないんですけど、食感を楽しむ食べ物です。」


「ねぇ。バグエのもちょうだい?」


「まったく…。お前という奴は…。」



「バグエも笑って。 バグエは笑っていた方が可愛いですよ。」


「颯太…。ありがとう…。」


 その後、何とか明かるいムードにもって行き、お酒と食事を楽しんだ。




 ガチャ!

突然扉が開いた。


「トントン。颯太!食べ終わったんだろ?ラウンジに来いよ!部屋片付けるし!みんなで飲んでっから!待ってっから!」


 マグミさん…。意味がよくわからないッス。酔ってるのかな?


 バタン!


 言いたい事だけ言って去ってしまった。



「行こうよ!」


「ヤシタ。気配を消しておけよ!」


「大丈夫よぉ!」


「嫌な予感がする…。それに、気になる事もあるからな。」


 バグエが珍しく、神妙な面持ちになっている。


 僕達はラウンジに向かうことにした。




        ◇




「お!来たな! ここに座れ!」


 マグミさんはそう言って、スキンヘッドで片耳に10個くらいピアスを着けた大男の隣に座るように言われた。

 怖っ!


((大丈夫よん。この人優しい人よん!))


 ヤシタさんが教えてくれた。


((ヤシタでいいって!!颯太の事がぁ~?大好きだからぁ~~!!))


((ヤシタ!キサマァーー!))


((あぁ。心で喧嘩はヤメテください!耳がグワングワンします。))


「どした?」


 マグミさんが驚いた顔で僕を見た。


「あぁ! 大丈夫です!ちょと飲みすぎちゃったかな。」


 マグミさんは不思議そうな顔をした。


「颯太。隣の大男が料理長の草刈君。」


「初めまして。美味しい夕食をありがとうございます。」


 僕は挨拶をした。


「初めまして。素晴らしい夕餉ゆうげをありがとうございます。盛り付けも素敵で、食べてしまうのが、もったいない気持ちになりました。とても美味しかったです。」


 バグエも挨拶をした。


「良かった。こちらこそ気に入って頂き光栄です。」


 草刈さんは嬉しそうだ。

自分の料理が、海外の人に通用するという事は色々な意味で自信に繋がるのだと思う。


「本当に 良い娘だな。バゲットさんは…。颯太なんかのどこが良かったんだい?俺だったら、嫌だなぁ~。アハハハ!」


 あぁ~。

ヤッパリ酔ってる…。と言うよりも、実は恋人では無いんだけど。

 今さら言えない…。


((恋人で))

「良いではないか?」


 と言いながら僕をみるバグエ。


「え? スミマセンねぇ~。そ、そうですよね!バゲットさんががいいのならねぇ?」


 心の声と普通の声が入り雑じった。

皆には "恋人で" は聞こえていない。

マグミさんは自分が言われたと、勘違いをして恐縮してしまった。


「もぉマグミ君!颯太君を苛めないでくれる?私の甥っ子なのだからね!あなたの甥っ子でもあるのよ!」


 日向子さんと仲居さんも来た。

バグエは僕の腕を掴み、少しかまえたようだ。


((左側の仲居さんがねぇ~。バグエにヤキモチやいているねぇ~。楽しいねぇ~。))


((やめろ!ヤシタ!))


((もぉすぐ怒るんだからぁ~。何だかあまりオモシロクないから部屋に戻ってるよん!))


 そう言ってヤシタさんは 行ってしまった。

バグエはヤシタに何かを言っているようだ。


「あっ!そうそう。颯太君たちお布団の用意をするのを忘れてたわ!」


 そう言って日向子さんは立ち上がった。


 何だと?!と言わんばかりの顔をするバグエ。


「日向子さん、私もお手伝いさせてください。」


「あら!そんな事、お客さんにさせられないわ。」


「寝具の用意の仕方を見たいのです。ダメでしょうか?」


 日向子さんは少し考えてから答えた。


「そうね。それじゃ一緒に…。」


「忝ない。颯太は楽しんでいて。」


 日向子さんとバグエも席を外した。

バグエ…。

何で驚いた顔をしたのかな…。


「何だ?颯太!寂しいのか?アハハハ!ザマァミロ!」


 マグミさん…。






「バゲットさん?何か心配事でもあるのかしら?」


「何の事でしょうか? 私は日本の文化に興味があるだけです。」


 何だ?日向子の気配が一切ない。どういう事だ?


((ヤシタ!隠れろ!))


 ん?テレパシーも届かない?


「どうしたのかしら? 何か慌てているわね。」


 こいつ!何者だ?


「少し気分がすぐれないだけです。」


「まぁ。それじゃラウンジにいて良かったのに。」


 ガチャ!

ドアを開けた。


((ヤシタ! 日向子もいるから隠れろ!))


「アメニティは揃っているかしら?」


 そう言って日向子が色々な扉や襖を開ける。


「大丈夫ですよ。お気遣いなく。」


 そして寝具のふすまを開けた。


「見ぃつけた。」


 日向子は嬉しそうにヤシタを見つめる。

ヤシタは驚いた顔をしている。


「日向子さん。あなたは…。」


「バンパイアがね。私の甥っ子に手を出すなんてね!許せないのよ!!」


「何者だ! 何故わかった!」


 クッ…。魔力が…。


「ヤシタ!!」


「私も無理ぃ~~。」



「油断したわね。使い魔ちゃん。

主の力になれないなんて、使い魔失格ね。

あなた達の魔力に、私では敵わないから結界を張ったの。

颯太君から今すぐ離れなさい!それができないのなら…。」


 日向子は驚き、言葉が止まった。


「やだぁ~。あなた、バンパイアなのに、颯太君に魅了されているじゃない!」


「そんな…。私が颯太に…。」


「使い魔ちゃんも、魅了されているわね。颯太君もね、私と同じ血筋だからね。

隔世遺伝と言うのかしら、私よりも強いわよ。 本人に自覚はないけど。」


 日向子は上品に笑っている。笑い方に品があるのが腹立たしい!


「ルキエラ、どうしましょうかねぇ。」


「ルキエラだと?!貴様! 人間界にいたのか!」


 日向子の身体が輝いた直後、日向子の背後から一人の女性が現れた。


「久しぶりね、セルスの娘。あと、あなたはヤシエッタだったわね。」


「ルキエラ様!」


 ヤシタはルキエラに深々と頭を下げている。

妖精族 の総ての長であるルキエラ。

何百年か前に突然姿を消した。

 どんなエルフもこの女には逆らえない。

アリゼーでも無理であろう。

 

 それがルキエラだ。


「私の登場に言葉も出ないか?」


「私達をどうするつもりだ?」


「アリゼーをね、そろそろ野放しにできない状況でね。」


「わかっている! だから私が来た!」


 笑いだすルキエラ。


「アハハ!!何?その冗談。最高ね。」


「冗談ではない!」


「まぁ、本気なの? 人の子に魅了されて。 しかもあなた、バンパイアの血が流れているのにね! セルスが見たら呆れるでしょうね!」


日向子。どこまで知っているんだ?


「何を言っている? 私は颯太に…。 颯太の事を…。」


「どうしたのかしら? 魅了だから言えないのよねぇ。

愛しているって。

バンパイアの娘!あなたは邪魔だから帰りなさい! 微笑の魔女の件は私達に任せるのよ!

 颯太君には、私から話をしておくから。

あなたの事を悪者には絶対にしないわ。だから颯太君から離れなさい!」


「嫌だ! 私は颯太を…。離れたくない!」





 バグエは部屋を飛び出した!



「バグエ!!」


「ヤシエッタ。バンパイアの娘を追いかけなさい。

そして人間界から去るのだ!

あの坊やは今夜、覚醒させるから、安心しなさい。」


「覚醒? 覚醒とは?」


「お前達が知らないでよい事だ。」


「承知いたしました。ルキエラ様、バ…バグエを追いかけます。」








「あれ? バゲットさん?」


 草刈さんが言った。

バグエはラウンジを通り抜け、外に向かった。


「バグエ?」


 僕は立ち上がった。


((お願い!颯太も来て!))


「ヤシタ。何があったの? 」


((いいから!バグエを追いかけて!))


「はい!」


「何だ?颯太のやつ。誰と話しているんだ?」


 僕はマグミさんの言葉を気にせず、バグエを追いかけた!





 榛名湖の近くまで走り、やっと追い付いた。


 バグエは石でできたベンチにうつ伏せになっている。


「颯太…。私は颯太を…。」


「どうしたんですか?日向子さんと何かありましたか?」


 その時。突然ベンチの脇、バグエの近くが光だした!

丸い光がどんどん耀きだす。

その丸い光はだんだんと人の形になり、やがて一人の女性が現れた。


「母様!」


母様?

バグエの?


「ルシエール様!」


 二人は現れた女性に泣きながら抱きついている。


「バグエ…何故そんなに悲しい顔をする?ちゃんと顔を見せてくれませんか? 私の可愛い娘。」


 ルシエールさん……。

確かバグエのお母さん。

ヤシタの国の女王様。


 何故ここに?


「バグエ…。あなた魅了されているわね。父様が見たら呆れちゃうわよ。

 もしかしてあの子がやったのかしら?

人の子が…。の子の分際で。私の愛娘に!愛する我が子に!!!」


 バグエの母、ルシエールの怒りが僕に向けられた!

その怒りは頂点に達しているようだ。

今にも僕に襲いかかって来そうだ!


 あれ?

もしかして、これって絶体絶命的な…。


 何でこうなったんだ?






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