第10話 ~Eyes on me ❷

 関越自動車道、小休止のために寄った高坂サービスエリア。


 僕はバゲットさんと二人、コーヒーを飲んでいた。

隣の席には、小さな男の子と女の子の兄妹。そして子供達のお母さん。

 3人とも、つい先程まで寝ていたようだ。


「お腹すいたね。」


 男の子がお母さんに言っている。

そこにお父さんが、トレーに軽食をのせて登場。

 トレーがテーブルに置かれると、待ってました!と言わんばかりに、フライドポテトに群がるお母さんと子供達。

 その様子はまるで、餌付けされた鯉のようだ。


 やば!今のは言い過ぎた…。


「確かに言い過ぎだ。」


 クスッと笑いながらバゲットさんは言った。


「えっ? ちょっと。心を覗くのはやめてくださいって…。」


 また心を覗かれた。


「イヤらしい事じゃないから良かろう?」


「一応言っておきますけどね!僕はそんな事ばかり、考えて無いですからね!」


 ちょっとねてみた。


「冗談だ、拗ねるな。」


 クスクスッと笑い、可愛らしく首を斜めにしている。

こんな公の場で止めてくださいよ。

 まったく…。


「拗ねるなって。」


 バゲットさんは 微笑みながら僕の頭を撫でた。


「やめてくださいって!」


「よしよし。落ち着きなさいね。」


「ちょっと! やめてって!」


 僕の顔は 真っ赤なんだろうな…。


 そんな僕達を 先ほどの、隣の席の家族は ニコニコと、ホットスナックを食べながら見ている。

 しかし、女の子だけはフライドポテトを食べながらバケットさんを凝視している。

 見られている事に気付いたバゲットさんは


「私が珍しいか?」


 優しそうな笑顔だが、口調は刺々しい。


「すみません!」


 女の子のお父さんが、慌てて謝罪してきた。


「いえいえ。とんでもない、大丈夫ですよ。」


 何故か僕が先に対応した。


「別に迷惑はしていない。よかったら私と少し、お話をするか?」


 自分をまっすぐな瞳で見つめる女の子に言った。

笑顔だが口調は相変わらすだ。


「僕も!僕もお話する!」


 男の子が幼児用の椅子から落ちるのではないか。と思うほど身を乗り出して来た。


「そうだな、君も一緒に…。」


 本当…。笑顔だけど口調が刺々しいですって……。


 そんな中、子供達とのお話は始まる。


「赤い瞳でクリーム色の髪の人を見るのは初めてか?」


「うん!」


バゲットさんの問いかけに、楽しそうに返事をする子供たち。


「髪に触れてみるか?」


「うん!」


 女の子が元気に返事をしたやさきに、お母さんがビックリした様子で言う。


「こら! 手を拭かないとでしょ!」


 母親は子供達のフライドポテトでギトギトになった手をウェットティッシュで何度も拭いた。


「すみません。よろしいでしょうか?」


「キャハハハハ! 私の髪はそんな、たいした代物では無いのに、気を使わせてすまない。」


「そんなことないですよ! 女の私から見ても、羨ましい位に綺麗な髪です。」


 男の子を膝にのせた父親も首を縦にふっている。


「触ってもいい?」


 女の子は言った。


「どうぞ。」


「やったー!」


 兄妹は二人で声を揃えた。ご両親はスミマセンという顔をしている。


 子供達は バゲットさんの髪を触りながら「わぁー!」と言っている。


 バゲットさんの話は 子供達に髪を触られながら続いた。


「出身は両親共に、フランスだが。今は名前も知られていない、その近くの小さな国だ。」


 ん?

何だか…。

ストーリー調になってるぞ?

近くの小さな国ってどこの事ですか?


 僕は吹き出しそうになった。


「緑が豊で、水の澄んだ綺麗な国。都会の喧騒など皆無の世界だ。」


 真面目に聞いている二人。

その二人から伝わるワクワク感が、可愛いらしく思える。

 だが内容が、先程は小さな国と言ったはずが、今度は世界観の話に変わっていますよー。


「ただ満月の夜には、山から狼がたくさん降りてくる。別に人間や家畜に危害を与えることは無いが、あの遠吠えを聞くとな、どうも鳥肌が立つ。気味が悪いというか…。」


 子供達はお互いに顔を見合せ、「怖いね……」と言った。


 今度はおとぎ話みたいになってるぞ?

と思った時、バゲットさんは僕にウィンクをした。

 なるほど。何かを企んでいますね。僕も話の続きを聞くことにした。


「私の赤い瞳はお父さんの血を濃く受け継いだようだ。」


 子供達は、フムフムという表情で何度も頷いている。


「そして髪の色は、お母さんだ。」


 子供達は おぉーーーー。と言って頷いた。

そして、この子たちのご両親も、へぇー。という顔をして頷いている。


「私はお父さんとお母さんを尊敬しているが、君たちはどうだい?お父さんとお母さんの事をどう思っている?」


「大好き!」


 女の子が言う。


「パパもママも大好き!」


 男の子も言った。


「お父さんとお母さんが、困っているときは助けてあげることが出来るか?」


「うん!」


 二人は声を揃えて返事をした。


「それじゃ今日は特別だ。とても良い子な君たちに、特別な人を見せてあげよう。」


 そう言ってバケットさんは、何やらゴニョゴニョと小声で話している。

僕は薄々は勘づいていたが、あえてわからない振りをしていた。


「私には守護者がいてな、その人は良い子にしか見えないのだ。妖精って知っているか?」


「ティンカーベル!」


 女の子が言った。


「そうだな、妖精と言っても二種類の妖精がいる。

光の世界を守る妖精、ティンカーベルの仲間達と、影の世界を守る妖精がいてな。私の守護者は私の影を護ってくれている妖精で、名前をヤシエッタと言う。」


 子供達は ニコニコしながら、へぇー。と言う顔をしている。


 疑っている。

この子たち、疑っている…。

この後の事を考えると、笑いだしそうだ!

僕は頑張って平常心を保った。


「このお兄ちゃんの胸ポケットを見ていてごらん。」


 子供達は半信半疑で僕の胸ポケットを見ている。


「ヤシエッタちゃん。と呼んでごらん。」


 子供達はお互いの顔を見合せた後、恥ずかしそうに言った。


「ヤシタエッタちゃん? でいいの?」


 上手い設定だ。


 僕の胸ポケットがモゾモゾとすると、子供達の目は輝きだした。

そして最優秀女優賞の演技のようなヤシタさんのShowが始まる。

 僕の胸ポケットから飛び出したヤシタさんはクルッと宙返りをする。

そして、子供達にこんにちは のポーズをした。

 それはもう可愛らしく。

ヤバい!これは腹筋崩壊だ!

 いや!崩壊寸前だ!


 その後、子供達の頭上を2回ほどパタパタと飛び周った。

そして 子供達の目の前に行き、ニコッとすると二人の顔に近づいて行く。

 二人の鼻の頭を次々に指先で チョン と軽く叩き、少し離れた。


 そして最後に


《God Bless you.》


 と言うと、またもや宙返りをしてパッと消えた。


(God Bless you. = この場合は 君に幸あれ。 くしゃみをした人にも言うが、その時はお大事に。という意味になる。)


 ちなみに今のヤシタさんの行動が見えていたのは子供達だけで、と言っても僕にはみえていたが。


 子供達の様子を見ていた両親は驚いている。


 子供達の目線が、二人同時に僕の胸ポケットから子供達の頭上に行き、ヤシタさんが子供達の頭の上に来たときには、二人とも両手を頭上に伸ばした。

 最後の (ポン!)と消えた時なんて、二人同時に行動がシンクロしていたからだ。


「今……何があったんですか?」


 お父さんが僕に聞いてきた。


「この子達にだけ見える妖精です。」


 お父さんとお母さんは驚いている。


(マジックですから、夢を壊さないようにしてくださいね。)


 僕は小声で言った。


 子供達の両親はお礼を言ってくれたが、僕の心は複雑だ。

だって、妖精が《God Bless you.》なんて言うのか疑問だし、マジックにしてはリアル過ぎたからだ。


 僕は申し訳ない気持ちになり、この場を去ることにした。


「さぁ!バゲットさん。そろそろ行きましょう。」


 僕達はその家族に挨拶をしてその場を後にした。


「お姉ちゃんバイバーーイ!」


 平日で人もまばららな店内に、子供達の声が響きわたる。


 バケットさんも手を振りかえした。


 僕達は駐車場に戻りClubManのエンジンを始動させ、出発の準備を始めた。


「なぁ颯太。今から颯太も私の事をバグエと呼んでいいぞ!」


 突然の事で、僕は意味がわからなかった。が、ヤシタさんがバゲットさんの事をバグエ。と読んでいるのを思い出した。


「私は颯太の事が大好きだからな。」


 バケットさんはヘルメットのベルトを締めていたが、突然動きが止まり、ハッとした顔をした。


 僕はというと、自分の顔がポッポとしてきたのがわかった!


「好きとは…。その…。嫌いでは無いと言うことだ! だからだ! その…。私の事をバグエと呼んでもよいから! 」


 バケットさんは慌てて僕に背中を向け、ヘルメットのベルトを締めている。


 恥ずかしさが最高潮になった僕はバイクに跨がり意を決して言う。


「さぁ出発しましょう!バグエも乗ってください!」


 振り向いたバゲットさんの顔は赤くなっていた。

後ろに乗った彼女は僕の背中にピッタリとくっつき、両腕は僕のお腹にまわしている。


「バグエ。走りますよ?準備はいいですか?バグエ。」


 僕は照れ隠しで何度もバグエと言った。


「うん…。」


 返事と同時に、僕の背中にいる彼女との接地面が増えた気がした。

僕は心の中で言う。

 あと1時間くらいで着きますから、しっかりと捕まっていてください。あと、疲れたら休憩しますので言ってくださいね。

 と、心の中で呟いた。


 思ったとおり。バグエは僕の心を覗いていたようで、背中から ギュッ とされた。




      ◇




 関越自動車道の高崎出口。


 僕は料金所で支払いをしていた。

後ろの車がイライラしているようで、ジリジリと僕のバイクに近づいて来る。


「ねぇねぇ颯太。後ろの人達が、女なんか乗せてトロトロしてんじゃねぇよ!って言ってるよ。」


 と眠そうな声でヤシタさんが教えてくれた。


「こういう心の声って、聞こうと思わなくても聞こえちゃうから、イヤになっちゃうよ。せっかく寝てたのに…。」


 確かに……。

こういう声が四六時中、聞こえては神経が病んでしまいそうだ。

 それでも顔色を変えないでいられるのは、エルフだからかな…。

ヤシタさんの心は強いんだな…。

と思っていたが、すかさずバグエはツッコミを入れてきた。


「一応言っておくが、ヤシタにデリカシーなんて言葉は持ち合わせてないぞ!」


 料金を払い終えていた僕は出口脇のフリースペースへ行き、お財布をレッグバッグにしまいながら笑ってしまった。


「ちょっとぉ! 失礼じゃない? 颯太! 何で笑うのよ!」


「何でって、ヤシタさん。昨夜も僕が寝ているのに、わざわざ僕の枕元でProject DIVAをやっていたじゃないですか。」


「だってさ!寝ちゃったじゃない!寂しいじゃない!バグエまで寝ちゃってさぁ! 今だってさ!いつの間にか颯太もバグエって呼んでいるし!」



 勢い良く言った最後の一言は、僕とバグエにとって、物凄い破壊力のある言葉だった。

 僕は思わず後ろを振り向きバグエを見た。

突然振り向いた僕にバグエも驚いたようで、思わず見つめ合ってしまった。


「ちょっとぉ!! 何で見つめ合ってるのよ! 何なのよ!」


「すみませんバグエ。そろそろ行きましょう。」


 僕の言った言葉にバグエは「うん…。」とだけ言って、背中にピッタリとくっついて来た。


「何で無視するのよ!何なのよ!ちょっとバグエ!颯太も!」


「ヤシタさん、もうすぐ山道になるのでフラップを閉めておかないと寒いですよ。」


(フラップ = 雨蓋。 ポケットの上に付いた垂れ下がった物。雨避けの蓋。)


 ヤシタさんはポケットに潜り込み、「ふん!」 と言って黙ってしまった。

と言うよりも、寝てしまったのだと思う。

 赤信号で停止した時にポケットの中をそっと覗いてみると、思ったとおり寝息をたてて気持ち良さそうに寝ていた。

 ひとまず安心……。




        ◇




 僕はバイクで榛名湖に行くときは、県道126号から行くのだが、今回は県道26号から28号に入り、榛名山に向かうことにした。

 126号だと道路が走り屋向きなため、タンデムだと厳しい気がしたからだ。

何て言ったって、パッセンジャーが女性なんて初めてだからである。

 加えて言うと、今も緊張している…。

そんな事を考えていると、僕のお腹にあるバグエの手がモゾモゾと動いた……。


(パッセンジャー = 後ろに乗った人。)


 あっ…。


 また心を覗かれた…。


 そして、最初の目的地に到着。

榛名若御子神社だ。

 ここは小さな神社で、気をつけて走っていないと通りすぎてしまう。


 僕は榛名山に来た時は、欠かさず旅の無事をこの神社でお祈りをしている。


 ちなみにこの神社、石碑には黒髪山神社と記してあるが、実は相馬山の別名が黒髪山らしい。

 この相馬山とは 榛名山の一部分なので、ここに来たら、お祈りをしておくのは必然だと思う。


「ヤシタさん。起きてください。旅の無事をお祈りしましょう。」


 返事がない……。

僕はポケットのフラップを開けてみた。


 ヤシタさんは正座をし、手をあわせていた。

そして僕の方を見て低い声で言った。


「なぁに見てんのよぉ!」


 僕は、共立美容外科のCMで、美川憲一が言った一言を思い出して爆笑してしまった!

 バグエは意味がわからないらしい。頭に ハテナマークが付いているみたいだ。


 ヤシタさんは、ポケットからスッと飛び出し、僕の頭をポカポカ叩いている。


「何で笑うのよぉ!」


 僕はまだ笑っている。


「颯太、そろそろ止めないとヤシタは怖いぞ…。」


バグエもヤシタさんに気を使っているようだ。


「すみませんヤシタさん。先程の言い方が、ある人にそっくりで…。あまりにも似ていたので笑ってしまいました。旅館に着いたらYouTubeで見せますね!本当にそっくりでしたよ!」


 その一言で気を良くしたのか、ヤシタさんは仕方がない。という顔をして僕のポケットに戻った。


「さぁ! あともう少しで旅館につきます。行きましょう!」



 僕達は道路脇に停めたバイクに戻った。



「颯太。温泉楽しみだ。」


バグエは僕の腕にしがみ付いて、甘えた口調で言う。

楽しみなんだね…。


「そうですね。温かいですよぉ!」


「ねぇ颯太。Vitaは持ってきた?」


ヤシタさんはゲームっすか?


「はい、持って来てますよ。」


「ヤシタ。今夜はヘッドフォンを着けないとダメだぞ。」


「おやすみなさい!」


 ヤシタさんは 聴こえない振りをして、僕のポケットに戻った。


「颯太!フラップ閉じてね。」


「はい。わかりました。」


 そう言って、僕はフラップを閉じた。


バイク迄の短い道のりを、バグエは僕の左腕に自分の右腕を絡ませて歩く。


「なぁ颯太。」


「はい。なんでしょうか?」


「…………。」


 バグエは一瞬だけ僕を見て、すぐに下を向いてしまった。


「ちょっとぉ!何なのよあなた達!聞いている私が恥ずかしいからヤメテくれる!」


 あなた達!って?

バグエは何を考えていたのかな…。

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