対峙
第9話 Eyes on me
三連休!
今日から三連休だ!
前回の休みは、大榧さんとデート…。
なんて言えるものではなかった…。
次の日の朝、「椚田君おはよう!」
といつものように笑顔で言ってくれたけど…。
「昨日はありがとう。」とも言ってくれたっけ。
小声だったけど…。
なんだか恥ずかしくて、あれから大榧さんと、普通に話ができなかったな…。
一緒に歩きませんか?
なんて言ったくせに、本当に歩いただけで。
何周も何周も公園の中を歩いただけで…。
アウターの胸ポケットから
《いつまで歩くの?》と言うヤシタさんの声がなければ、僕は夜中まで歩いていたと思う。
これが耐性のない僕の
(耐性 = 颯太の場合、女性に対する意味)
「いつまでもイジケるでない!今日はツーリングで温泉だぞ!」
隣に座るバゲットさんに、突然話しかけられた僕は、全身でビクッとした。
そうだ!
今日は僕のバイク、GB 250 ClubManが、修理から帰ってくるのだ!
そして 久々のツーリングに行くのである。
今は修理を依頼したバイク屋へ バスで引き取りに向かっている。
「そうですね。今日はツーリングですもんね。」
「うん! で…颯太!この ぺるぺっと はまだ
人間の姿になっているバゲットさんが、屈託のない笑顔で僕に言う。
人間の姿といっても、耳が尖ってなくて牙が小さくなっただけだが…。
僕はそんなバケットさんの話し方にキュンときた。
「ぺるぺっとだ! まだか?」
「ヘルメットですよ。バスや電車、お店や銀行で被ってはダメです。」
僕はクスっとして言う。
「ふぅーん。」
車窓から外を眺め、楽しそうに返事をするバゲットさん。
初めてのバスにウキウキのようだ。
そしてヤシタさんはと言うと。相変わらず日中は寝ている。
昨夜は vitaでProject DIVAをやっていたようだ。
夜中に、《グゥーーレイトーー!》と言う初音ミクの声に、何度も起こされた。
バゲットさんは鼻唄を歌いながら外を眺めている。
バゲットさんのお気に入りの曲は 深海少女だ。これもProject DIVAに収録されている曲。
「なぁ颯太! ぺるぺっと屋はまだか?」
バゲットさん…。僕のキュンキュンゲージは、とうとうMAX状態です!
「バイク屋ですよ。もうすぐ着きますよ。」
僕とバゲットさんの会話に、車中の人達は興味津々のようで、通路を挟んだ隣の女性は微笑ましい顔をしている。
真紅の瞳で、白銀色をした長い髪。日本人に見えない女性が、こんな田舎のバスに乗っていたら珍しい。
しかも日本語を上手に話している。小さな男の子も、身を乗り出してこちらの様子を見ている。
《次は◯◯道路。次は◯◯道路 お降りの方は………》
ピンポン!
バゲットさんは車内アナウンスが終わる前に、嬉しそうに降車ボタンを押した。
「さぁ着いた! 降りよう!」
「まだですよ。バスが停まったら席を立つんです。」
「うん!」
へっ? うん!って…。
今日のバゲットさん、何かが違う…。
そしてバスは ◯◯道路のバス停に到着した。
バゲットさんは通路側にいた僕を
「スミマセン。大人二人分でお願いします。」
僕はSuicaを読み取り部へあてた。
ピピッという音にバゲットさんは反応し、これもまた興味津々の様子。
バスの運転手さんが、ニコッとして
「お気をつけて」と言ってくれた。
僕はバスを降りて、振り返り「ありがとうございました。」と返した。
走り去るバスの窓際に、先ほどの少年が手を振ってくれている。
僕も手を振ってあげた。バゲットさんも手を振っている。
「今日のバゲットさん、なんだかいつもと雰囲気が違いますね。」
「そぉかなぁ~。いつもと同じだよん♪」
答えたのはヤシタさん。
「やっと起きたか…。」
呆れた口調だが、バゲットさんの顔はニコニコとしている。
「セルス様やルシエール様の前でもこんな感じよ。あっ!あとアリゼーもね。」
僕の知らない名前が出てきた。
ヤシタさんは それって誰?と聞いて欲しそうだ。
だが、ヤシタさんは僕の問いかけの前に話しを始めた。
彼女達は僕ら人間の心を いとも容易く探ることができる。
心を他人に読まれるのは、普通は恐怖でしかない。でも何故だろう…。彼女達には恐怖を感じない。
そんな事を思っていると、バゲットさんはこちらを見て、ニコッとした。
やっぱ…怖いです…。
「じゃあまず、ルシエール様ね。
ルシエール様はバグエのお母さんでぇ~。私たちエルフ族の女王様なの。
そしてセルス様はバグエのお父さん。バンパイア族の王様。トゥルーバンパイアだぞ~。
最後にアリゼーは、北の山に住む魔女。こっちの世界でいう 警察や病院みたいなもの。通称 微笑の魔女って呼ばれているわ。怖い顔をした魔女よ~。」
怖い顔をした魔女よ~。って…。魔女ってだけで怖いです…。
「ところで颯太。 お前が先程から言っているキュンキュンって何だ?」
バゲットさんは またもや、興味津々なようすで質問をしてきた。
「あ~!それは私も知りたい~~~。」
「なっ!? 何でも無いですから!」
僕は恥ずかしさのあまり、早足になった。
「おい!颯太!私にキュンキュンゲージがMAXとは何だ? 教えろ!颯太ぁ!」
お願いします!
道行く人が僕を見ているじゃないですか!
後で説明するので、大声で話すのはやめてください!
どうせ、今も僕の心を覗いているんでしょ!
「何だ? もしかして恥ずかしい事なのか?」
はい…。結構、恥ずかしいです…。
「そうか、じゃあ後で教えてくれ。」
「あと、あまり僕の心を覗くのは…。」
「そうだな…。颯太は たまに、イヤらしい事を考えているから、これからは控える事にする。」
と言いながら、バゲットさんは頬を赤らめた。
「え? えぇーーーー!!!」
イヤらしい事って…。
◇
バイク屋に到着。
「おぉ! 颯ちゃん!」
大声で出迎えたバイク屋の社長。
「ヘルメットも新しいぜ! 苦労したよ。レストンなんてさ………。」
(レス・レストン = les・leston。1960年代 英国モーターアクセサリーのメーカー。Yahoo!等のネットショップで、高値で取引されている。)
「探してくれたんだ!ありがとう、社長。」
僕は嬉しさのあまり、左側にいたバゲットさんの肩を抱き寄せてしまった。
「あっ! すっすみません! つい…。」
一瞬、驚いた顔をされたが、
「あぁ…。別にかまわない…。」
と言って下を向かれてしまった。
そんな中、社長の話は続く。
「修理箇所は フロントフォークとクランクケース、後は前後のウインカー。ダンパーも歪んでいたから交換だ。ダンパーは保険外だったから俺のをつけておいた!感謝しろよ。」
マジかぁ!?
「社長ぉありがとう!」
「まったく……。ガソリンスタンドでダンプにあてられるなんて、お前もついてなかったな………。」
作業終了書類をペラペラと
「ところで颯太。その…、そちらのお嬢さんはアレか? その…彼女か?」
「ああ。バゲットだ。」
ちょ…まっ…。バゲットさん!?
心の中まで語彙力がない。
「美人さんだね。颯太を宜しくね。」
嬉しそうにバゲットさんに話しかける社長。
「任せてくれ。今日は これから温泉に行くのだ! 榛名湖畔にある、颯太のお父さんの友人のところだ。」
「おぉ!マグミのところか?こりゃアイツ喜ぶな! 日向ちゃんも行くのか?」
「私はアイツは嫌いだ!私の事をガキと
「ハハハハ!相変わらずだな、日向ちゃんも…。そんな事は気にするな!おじさんはお嬢ちゃんの見方だ! ホレ、サインくれ。」
そう言って終了書類を僕に渡した。
「はい。 ありがとうございました。」
「うん。それじゃ気をつけて行ってこいよ。 あと、お嬢ちゃんにはこれをあげよう。」
と言って、貼るタイプの携帯カイロをくれた。
「寒いからな。 まだ雪はないと思うけど、油断するなよ。」
「はい! それじゃ行ってきます!」
僕はClubManに跨がり、セルをまわした。
久しぶりだ!
冬の寒さで硬くなった50(ゴーマル)オイルが、軟らかくなっていくのがわかる。
さぁ出発だ!
社長はお店の前で立っている。
バゲットさんは振り向きながら手を振っていた。
よし!いざ榛名湖!
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