第7話 彼と彼女の事情 其の貳

 ✩baguette & yacietta(バゲット と ヤシタ)の事情。



 12月初旬 水曜日 23:00頃


 ここか?

着いたの…か?

ルー達は?

 まぁいいか。

奴らは黒曜石こくようせきが閉じるまでに、勝手に帰るだろ。

 それよりも。


「なぁんだか…ゲホゲホッ…煙が…。」


 ガスか?

煙というよりも、針葉樹しんようじゅを燃やした時の臭いのような…。


「これが…ゲホゲホッ…この世界の臭いなのか!?」


 しかたがない。ステータスを換えるか…。


「すーーーー。はーーーー。よし!

 もりと大地の精霊よ…我が名はbaguette…。

……ん?精霊ちゃん?」


 あれ?


「って!おい!!

大地が無いではないか!土はどこだ?!」


 辺りを見渡すが、周りには建物と石のようなものが敷き詰められているだけ。

この世界には土が無いのか?最初からこれでは、やってられないな!


 少し歩くか…。


 クソ!

歪み(ひずみ)を通って来たから、魔力が奪われているな!

 辺りを散策しながら、自分が夜行性なのに見えない視力に憤りを感じる。

視力も同様に、歪みを通って来た影響かもしれない。


 そしてログハウスのような建物の脇、2mほどの所に土を見つけた。


「あった! もぉこの臭い!たまらなく臭いぞ!」


 私は土を発見した喜びで、早足で近づいた。


「ほうほう。良いではないか!樹木もあるぞ!」


 よし! 今度こそ!


「杜と大地の精霊よ…。我が名はbaguette…。我が命により…。」



「あのぉ…。こんばんは…。」


 ギク!? 誰だ?!



「あのぉ…。本日は閉場しておりますが。」


 年の頃にして私と同じ年くらいの青年が話しかけてきた。


「ヘイジョウ?何だ?何を言っている?」


「あ! もしかして、おトイレですか? 僕の会社、来週まで当番なので鍵開けますよ。」


 カチャ…。

 ガチャ…。


 青年はログハウスの扉の鍵を開け、扉をスライドさせ私に、どうぞ。の素振りをしている。

 違うんだ…。青年よ…。


「用事が済んだらそのまま帰ってもらって結構ですので。」


 いやいや! 違うんだって!


「それでは僕は、この迷い込んだ大きなワンちゃん達を保護しますので。」


 おいおいおいおいおい!?

ルーたち!?

いないと思ったら、コイツの所にいたのか?

 しかも、何故そんなに楽しそうなんだ?フリフリと尻尾を振りまきやがって!!


(ルー = loup garou ルー・ガルー。 フランス語で狼の化身)


 この青年なかなか見所があるようだな。


 よし!


「おい!青年よ!」


「え?僕ですか?」


「貴様の他に誰もいないであろう。」


 近づいてくる青年。

コヤツを魅了して下僕しもべとするか。

 ウッシッシッ…。


「何でしょう?」


 少し怪訝な面立ちだ。


「私の瞳を見ろ…。その瞳には何が映る…。」


 青年はポカンとした表情…。


「何でしょうか?」


「え?」


 効かぬのか?


「あの…僕。このワンちゃん達を保護しないと…。」


 そう言うと青年は去ろうとした。


 は? 何故だ?

魅了と魔力は 関係が無いはずだが…。

 まずいな…。今、自分の存在を知られるわけにはいかないな…。


 あぁ! 

そう言えば、今は人間の姿になっているんだったな…。

 まぁ大丈夫か…。 って。 大丈夫じゃない!

魅了した時の目を見られたかも…。


 よし!


「 loup garou!! Écoutez mes commandes!」


(ルー共よ!私の命令を聞け!)


 ルー達の動きがピタリと止まった。


「Retournez dans votre monde!」


(自分たちのいた場所へ帰るのだ!)


 狼達は「もぉ帰るのかよ。」と言いたそうな顔をした。


 そして、その場から突然走り出し、そのまま20mほど上空に開いた黒い歪みに飛び込んでいった。

 その一部始終を見た青年は…。


「腰が抜けたようだな♪」


 青年は地面に座り込み、立てた膝がガクガクと震えている。


 その時、先ほどの黒い歪が微かに光りだした。

稲光のような閃光と共に2つの人のような物が舞い降りてきた。

1人は青白い顔をした、妖艶ようえんという呼び名にふさわしい女性。

 もう1人は、人形のように小さい女性。


「ちょっとぉ~!! 何だか私だけ小さいんだけど! どういう事よ!!!」


 ヤシタは両手を広げて、自分が小さい事をアピールしている。


「あははは!!なぁんだ?ヤシタ!歪みに負けたのか?」


「そのようね。貴方の魔力じゃ歪みのエネルギーにはお手上げのようね。お粗末なエルフだこと。」


 クスクスと笑う妖艶な女性。


「ところでアリゼー?なぜ貴様も来たのだ?

北の山が、もぬけからではないか!どうするのだ?」


(アリゼー = バゲット達の住む世界で、”北の山”に住む魔女。通称、微笑びしょうの魔女。)


アリゼーは私の質問に、軽い口調で返事を返す。


「大丈夫よ。私のホムンクルスを置いてきたし…。」


 そして、アリゼーは青年の方へ向かいながら、話を続けた。


「私は結構コッチの世界が気に入っているの。」


 青年は相変わらず、立てた膝がガクガクと震えている。


「それに、私はルーがいなくてもね、行き来が出来るから大丈夫よ。」


 アリゼーが、腰の抜けた青年と目線を合わせた。


「ねぇバグエ。 この子、美味しそうね。」


 楽しそうに言うアリゼー。


「何を言う! 貴様は人など食わんだろ!」


 青年は今にも気がれそうになっている。


「アリゼー!その辺でやめておけ!可哀想ではないか!」


「あら? 自分は魅了しようとしたのに?」


 クスクスと笑うアリゼー。


「まぁいいわ。この子の爪を少し頂くわね。」


「貴様、趣味が悪いな…。」


「帰ったら、この子のホムンクルスをつくるわ…。それで我慢しておくわね。」


 そう言えばこの女…。

ホムンクルスを創るのが趣味だったな。

気持ち悪い女だ…。


「あら失礼ね…。気持ち悪いなんて言わないで…。」


 そう言いながら微笑むアリゼー。

心を読むな!エルフ風情が…。


「んふふ…。ものに言われちゃった…。」


 面倒くさい魔女だ…。


「そうそう…。貴方…。お名前は?」


 アリゼーは、氷のような微笑ほほえみを浮かべて青年に問う。

青年は口をパクパクさせている。

のどしきりに何かを飲み込もうとしているようだ。



「くにゅぐぃだ…ひょうた…れす。」


 クスっと笑う女性陣。


「アリゼーが怖がらせるからでしょ…。」


 あきれるヤシタ。



「ふふ…。怖がらないで、ひょうたさん。」


 プププ…。

今にも吹き出しそうな女性陣。

青年は顔を横にブルブルとさせている。


「クヌギダソウタです!!」


 青年は声を張り上げた。


「魔女に名前を教えるなんて、不用心ね…。」


 青年は何かを思い出したように、先ほどよりも怯えだした。


「アリゼー!その辺で止めておけ!」


 コヤツ!人の話を聞いているのか?


「心が壊れる寸前だぞ!!」


 アリゼーは無言で、青年の指先から爪を少し削り取った。


「おい!アリゼー!」


「貴方は色々と知りすぎてしまったの…。」


 アリゼーはそう言い放ち、立ち上がった。


「さようなら…。ひょうたさん…。」


 その言葉を聞いた途端、青年は恐怖に満ちた表情をした。

アリゼーの指先から出た蒼白い光が、ひょうた…。青年の身体を包み込む。

 青年は空を見上げ、白目を剥いた。

10センチほど宙に浮く青年。

 そして数秒後、身体を包み込む光はシャボン玉が破裂するように弾けた。


「それじゃ…。次の満月に時にまた会いましょう…。」


 地面に倒れ込む青年を見下みおろしながら、アリゼーはそう言い残し消え去った。



「やれやれ…。困った魔女様だ…。」


 バゲットとヤシタは顔を見合わせ、ため息をついた。


「バグエ。この子どうする?」


 ヤシタはパタパタと飛び回っている。


 小さくなっているのは笑えるが、頭の周りを飛び回れると、正直、わずらわしい…。


「知らん!と言いたいが、そういう訳にもいかないだろ。」


 しかたがない…。

この男の記憶をたどるか…。


 私は青年の頭に手を乗せて、彼の記憶をたどった。


 ……。


「あぁ。あそこの屋敷だな…。あの中に連れて行くか…。」


 バゲットは、暗闇の中で一軒だけ灯りの付いている家に向って指をさした。


 そして、倒れ込む青年に呪文のようなものを唱える。

すると、意識のないはずの青年は立ち上り、スタスタと歩き始めた。

 死者や意識の無い者を操る術。これはネクロマンシーであるバゲットの得意分野だ。


「まったく…。アリゼーのおかげで面倒なことになったな。」


「ねえバグエ。アリゼーはこの子の記憶をどこまで消したの?」


 ヤシタはバゲットの頭の周りを飛び回っている。


「ルー達と戯れる前だったな…。」


「え?! この子が?ルー達と?」


 ヤシタは疲れたのか、私の肩に座った…。


「ヤシタ!小さいからって調子にのるな!」


「えへ。可愛いエルフが肩にいるなんて、幸せでしょ?」


「アリゼーとヤシタは可愛いと言うよりも不気味だ…。」


「ひどぉーーーい!!!」


 あぁ~!うるさい!


「着いたぞ。姿を消す魔力は残っているか?」


「無いから外にいるわ…。」


 そう言うと、ヤシタはフワフワと外に行った。


 さてと…。

私は玄関で立ち尽くす青年の肩甲骨に、軽く平手打ちをした。

 すると彼は驚いたように目を開ける…。


「あれ?」


 彼は辺りをキョロキョロと見渡している。


「見回り…。やったっけ?」


 青年はそう言いながら腕時計を見た。


「え!? 1時!? 何してたんだろ…。」


 そう言って彼は外に走って行き、先ほどのログハウスの扉を施錠している。

次に鎖の巻き付いたポールをチェックした。

その他、色々な所に駆け足で行き、何かを触っては頷いている。

 そして屋敷の中に入ってきたかと思うと、全ての窓をチェックした。


(まるで戸締り君だな…。)


 全ての作業を終わらせた様子の青年は一言。


「ヨシ!」と言い、誰もいない屋敷に響き渡るような大きな声で「お疲れ様でした!」と言った。


 その後、彼は家中の灯りを消し、裏のドアから出て行く。


 まだ誰かいるのか?

青年の気配が無くなるのを確認し、私は屋敷の探索をすることにした。

 暗闇の中、階段を見つける。

物音をたてないように細心の注意をはらいつつ、私は階段を上る。


「ねぇバグエ! そろそろ寝なぁい?」


 ギク!!!


「大声を出すな! 馬鹿者!」


 私も大声を出してしまった。


「大丈夫よ。誰もいないわよ。」


 口を尖らせてヤシタは言う。


「だがな、奴は誰かに話しかけていたぞ?」


「そうなの? でも、誰もいないわよ。」


 言われてみると確かに私達以外の気配はない。


「そうか…。では寝るとしよう…。」


 確かに、今の私はクタクタだ…。

ただでさえ、残りわずかな魔力を アリゼーのおかげで、使う羽目になったからな…。

 ヤシタなんか、ほとんど魔力が無いだろう…。


 小さくなっているしな…。 笑える…。


「そうそう!魔力を回復させるには寝るのが一番よ!」


 ヤシタは目がヤツレている。

そして、小さいから余計に笑える。


 私は2階に大きなソファーを見つけ、そこで寝ることにした。


「なぁヤシタ…。寒いから体温のステータスを上げてくれ…。」


「はぁ~い。」


 脳天気な声でヤシタは言う。


「~・~・~・~・~・~・~・・・・!」


 ヤシタは呪文を唱えた。


「ありがとう。おやすみ…。ヤシタ…。」


「うん!おやすみ。バグエ…。」







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