第6話 彼と彼女の事情 其の壱

 ✩中原なかはら 理恵さとえの事情


 水曜日 16:47


 あぁ…。めんどくさ…。

父親と2人で、何を話せばいいんだ?



 バタバタバタバタ!



 うぅ…。イラつく…。


「走るんじゃねぇよ! 椚田くぬぎだ!」


 まったく、いい歳してバタバタ走りやがって!


「椚田!悪いけどさ、私先に帰るから戸締まりよろしくね!」



「ちょっと! 困りますって! 今夜は僕も用事があって…。」



「それじゃお疲れ様でした!」



 パタパタパタパタ…。


 あっ!

自分も走ちゃったよ。

ゴメンな颯太。




 さてさて、待ち合わせ場所に行くか。

しかし何なんだ?

父さん、何か企んでるのかな?

嫌な予感しかしねぇ…。

 まさか、男を紹介とかじゃないだろうな…。


 私はバス停に小走りで向かった。

流石に12月にもなると夕暮れ時は冷える。

昼間、外で窓拭きをしていた時は汗がでるほどだったのに。

 あぁ、寒い…。こういう時に限ってバスは遅れるんだよな…。

ってか、この路線バスは時間通りに来たこと無いんだけど…。


「中原さん。お疲れ様です。」


 隣のセキセイホームの…。名前は…。

忘れた…。


「お疲れ様です。セキセイさんも今帰りですか?」


「帰りというか、これから本社で忘年会です。」


 本社でか!?キツイな!


「本社で?」


「ウチは満点さんほど、売り上げないですから。

毎年、本社屋ほんしゃおくでやってるんですよ。」


 嫌味に聞こえない…。

確かにリホーム業からハウスメーカーになって、まだ6年だし。

 でもリホームは相変わらず、関東じゃNo.1だもんな…。


「売上といっても、注文を取ってくるのは私では無いので、そこら辺はよくわからないのですが、消費税UPの前に、建て替えや保証延長の工事の依頼は確かに最近は多いですね。」


 とりあえず嫌味にならないように。

尚且つ、景気の良い雰囲気は出しておかないと…。

 セキセイの男性社員は バス停の屋根を見上げながら、ため息をついていた。

多分、このため息は今夜の忘年会で、上司からの御小言おこごと祭りに対してなのであろう。

 頑張れよ!青年!


「あ!バス来ましたね。それじゃお疲れ様です。」


「え? はっ?はい…。お疲れ様です。」


 っておい!アンタは乗らないのかよ!

セキセイ・ホームの男性社員は地下鉄の方へ去っていった…。


 変わり者だな…。


 そして私は散々待たされたバスに乗り、駅に向かう。

車中ではいつもLINEとメールのチェックをする。

メールのチェックはだいたい仕事関係だが…。

 ヤバ!

図面屋にFAXするの忘れていたな…。

 颯太、まだ事務所にいるかな…?


 駅に到着し、私は颯太に電話をかけた。


 プププ・プププ

プルルルル…。

プルルルル…。


 颯「はい。何の御用でしょうか?」


 感じ悪…。

まぁ、しかたがないか…。





 中「椚田ぁ!まだ展示場だろ?」


 颯「そうですが。」


 中「私のデスクにA4の封書があるだろ?」


 颯「無いです。」


 中「よく見ろ!ボケ!」


 颯「は?電話…切りますよ…。」


 中「ゴメン!スミマセン!椚田君! 

タイポチェックして図面屋にFAXしておいてくれる?  

よろしくね!」


 うわぁ~。嫌な先輩の見本だな。

確か、急いで仕上げたんだよな、あの図面…。

タイポあるだろうな…。

 ゴメンな、颯太。

今度、お姉様が何かご馳走してやるぞ!

 あいつ結構イケメンだから、一緒に歩いていると気分が良いからな。

日向にバレたら大変なことになるけど。

でも、日向が怒った場面を想像するだけでジワルな…。




「よう!理恵!お疲れ!」


 ビク!?


「デカイ声出すなよ!恥ずかしいな!」


「あははは!

いやぁ~、理恵がなんだか、ニコニコしていたからさ!」


 ゲッ!?マジでか!?


「わかったわかった!寒いから店に入ろうよ。」


「おう!そうだな!さぁ行こう!」


 だから…。声がデカイって…。




 私は父さんと並んで歩いてみた。

あれ?

父さんの背。

もっとデカかったよな…。

私が成長したのか?

 

 私がそんな事を考えている時も、父さんはずうっと話をしている。


 しっかし声がデカイな!父さんは!世の中のオッサンはみんな声がデカイのか?


 そう言えば、父さんと並んで歩くなんて何年ぶりだ?

最近はスーパーに買い物も行かないからな。


「ここだ!」


 どこだ?


「あぁ? 居酒屋? 兎留賦?」


 う…る…ふ?

ヤバ!ジワるんだけど!

 普通、ウルフって読ませるんだったら、卯だろ!?

これじゃ、トルフじゃねぇか!


 そんな事を考えていると、父さんは先にお店の中へと入って行った。


 おい!? 待て! クソ親父!

私も追いかけて、中に入る。

 引き違いの、扉を開けると物凄い煙。

魚を焼く煙と、タバコの煙が地獄の協奏曲を奏でている。


「ここ。ここ。ココに座ろう!」


 テンションMAX父さん。


「中原さん! いらっしゃい!」


 ここの大将か?ずいぶん若いな…。

大将は軽く世間話を交えながらオシボリを渡してくれた。


「大将、久しぶり!今日は2人だけどよろしくね!」


 父さん常連か?いつもは1人なのか?

てか、オシボリで顔を拭くな!


「オシボリで顔を拭くのはドン引きです。」


 と言う私のツッコミに父さんは


「うん…。」


 ウンじゃねぇっての!


「ふぁ~。」


 ふぁ~。じゃねぇって…。

まったく恥ずかしいな。


「何を飲まれます?」


 大将が、笑顔で聞いてきた。

 

 あっ…そうか。メニューは…っと。


「俺は生ね!」


 早っ!


「お連れのかたは?」


 だから急かすな!


「じゃあ。私も生でお願いします。」


 最初はいいか…。


「それより父さん、凄い煙だな。」


「えぇ!娘さん!?」


 える大将!


「ええ。そうです。彼女かと思いましたか?」


 私は大将に嫌味を言った。



「いやぁ~! 中原さんモテそうだから、てっきりそうかと…。」


 てっきり…。

久しぶりに聞いた言葉だな。

 てか、モテそうか?


「いつも父がお世話になっております。」


 どうだ?社交的だろ?


「とんでもないです!本当に出来たお嬢さんですね!」


 よし!もっと褒めろ!

アンタが今、褒めているお嬢さんは、職場の後輩に意地悪をして、ココに来たんだぜ。


 ワッハッハッハ…。


「それじゃ理恵さとえ!乾杯だ!」


 声でかいって…。


「あぁ。お疲れ。」


「お疲れ!」



「フゥーーーー!ヨシ! 何食うんだ?」


「何って…。メニュー見せてよ。」


「おぉ!そうかそうか!!」


 テンションMAXだな。


「イワシの串焼きと…。」


「おぉ!ツウだな!」


ここまでアゲアゲな父さん初めてみるな…。


「父さん…。テンション下げろって。」


「何を言っているんだ! お前と飲んでるんだ、そんなの無理だろ!」


 父さん…。


「父さんに言われてもな…。」


 父さんは屈託の無い笑顔だ。でも声がデカイ…。




 その後、私たちは他の常連さん達と、色々な話をしながらお酒を嗜んだ。





「ヨシ!そろそろ次行こう!」


 いきなり席を立ち上がり、上着を羽織って出て行こうとする父さん。


「は?」


「ほら!次だ!」


「あ…あぁ。うん。」


 父さんはお会計を済ませて先に外に出ていった。


 おいおい!普通先に出るか?

アウターぐらい着させろよ…。

 まったく…。昭和の男だな…。


「ご馳走様でした。」


 私は大将に軽く会釈をして外に出た。



 外に出ると、父さんはどこかに電話をかけている。


「あぁ!今から行く!宜しくね!」


「どした?」


 父さんは笑顔で答える。


「次行こう!」


「あぁ。うん。」


 楽しそうだな父さん。声がデカイけど…。


「父さん。」


「おう!何だ?」


「声…。デカイ…。」


「あはは! 着いたぞ!」


 早っ!

えぇっと、魔の巣? って、おい!


「笑ゥせぇるすまん じゃねぇか!!」


「ん?何言ってんだ?大丈夫か?」


 私?

大丈夫か?って…。

私がか?

そこはスナックの名前だろ!


「いらっしゃいませ~!」


 うわ!?すっげー香水の匂いだ…。

目が痛いな…。


なかチャン、いらっしゃ~い!」


 なかチャン…。中年のオッサンに中チャンって…。

マジでジワるって。


「アレ?もしかしてお嬢さん?」


 一発でバレてるぞ。

多分、父さん的には「彼女かと思ったぁ~!」とか言われたかったんだろうな。


「こんばんは。父がいつもお世話になっております。

父は粗相な事などしてませんか?」


「何いってんのよぉ!大丈夫よぉ!」


 喋り方がゲイっぽいぞ!ママさん!


「いらっしゃいませ。中原さん。」


 うわ!?

何だ?この妖艶ようえんな女性は!?

全盛期のエマニュエル・ベアールだな!


「おぉ!ママ!久しぶりだねぇ!」


 こっちがママか!?

さっきのジャバ・ザ・ハットが、ママかと思ったぞ!?


(ジャバ・ザ・ハット = スターウォーズに登場する、惑星タトゥーインの族長)

(エマニュエル・ベアール = 天使とデート という映画で天使役を演じていた女性)


「初めまして。貴女が理恵さんね。」


 話し方まで妖艶だな…。


「初めまして、父がお世話になっております。」


 やば!こりゃ男はイチコロだ。


「中原さんはいつも理恵さんの事ばかりお話してくれるのよ。」


「そうなんですか?失礼な事などしていませんか?」


 うわ~。マジで話し方まで超絶ちょうぜつ妖艶ようえんだな。

さしずめ、魔の巣の女主人おんなあるじ


「いいえ。とっても紳士な人よ。」


「そんな事より理恵さとえさん。」


「はい?」


「私の事、魔の巣の女主人おんなあるじって思ったでしょ?」


 ギク!!!


「そんな…。」


「うふふ…。なんかね。よく言われるの。」


 きゃーーーー!!!

ムリムリ!この人怖い!!

 日向よりも怖い女は初めてだ!


「今、怖いと思っているでしょ?」


 いや!マジで無理だわ!


「そんな事ないですよ。」


 今の私は顔が引きつっているかも…。


「ごめんなさいね。可愛い女の子を見ると、イジメたくなっちゃうの。」


「そんな…。

可愛いだなんて言われた事ないです。

私は自分でもわかるくらいに、性格が悪いですし。」



 あれ?

何でこんな事を打ち明けているんだ?この人とは初対面だぞ!


「理恵さん。女は性格が悪いくらいでちょうど良いのよ。」


 女主人の微笑みは氷の微笑だな…。


「そうなんですか?覚えておきます。」


 ここでいきなりカラオケのイントロが鳴り響いた!

バンチキじゃん!


(バンチキ = BUMP OF CHICKEN)


 誰だ?

マイクを持つ父さん!マヂか!?

 ハルジオンって…。古いな…。てか、父さんバンチキ好きだったのか!?知らなかったぞ!?




「イエーーイ!」


 歌い終わり席に着く父さん。


「お前も歌うか?」


「ここでか?私には無理だ!」


 父さん、楽しそうだな。


「ヨシ!次行くか!」


「は?マジでか?かまわないけど。」


 父さんはお会計を済まして席を立った。


 ジャバ・ザ・ハットが父さんにジャケットを着せている。

エマニュエル・ベアールは私にアウターを着せてくれた。

羨ましそうに私を見る父さん。


 あはは…ザマァ。


 次のお店は居酒屋。自宅の近所だ。

ここには私も何度か来たことがある。来る時はいつも日向とだが。

 父さんとは初めてだ。


「いらしゃぁい!お?今日は親子かい?」


「今日は娘と飲んでるんだよ!うらやましいだろ?」


「おいおい。父さんやめろよ!」


「あははは!大丈夫だよ理恵ちゃん! それより何飲むんだい?」


 ゴメンな大将…。

父さん、テンションマックスで…。


「俺のボトル出して!」


「はいよ!中原さんボトルセットぉ!」


 馴染みの店だと落ち着くな…。

魔の巣は緊張してトイレにも行けなかったからな。

エマニュエル・ベアール恐るべしだ。


「トイレ行ってくる。」


 テンションMAX父さんは私に向かって言った。


「帰るなよ!」


 帰んねぇよ。



 ちょっと飲み過ぎたかな?

何だか父さんのペースで飲みまくっているな…。

 そろそろ戻るか。



 席に戻ると見覚えのある顔が…。


「あれ?日向?どした?」



「今日は合気道でさ、夕飯無いって兄貴からLINE来たから…。1人飯だ。」


「げ!?」


「ん?何だ?」



 ヤバ!颯太に仕事頼んじゃったよ…。

水曜日は早く退社させるように言われてたの、忘れてた…。 


「いや!べっ別に何でもないぞ!」


「そうか。それより理恵がお父さんと一緒なんて珍しいな。」


「あぁ。珍しいというよりも初めてだ。」


「日向ちゃん。今日はね理恵と一緒に飲みたくてな!」



 日向は熱燗を美味しそうに飲んでいる。

人の物が良く見えるのは 不思議な現象だ。


 私達は日向も交えて3人で色々な話をして盛り上がった。


「それじゃ、私はそろそろ帰るよ。今日は昇段試験の練習で、クタクタだ。」


「あぁ。じゃまた。おやすみ。日向。」


「おやすみ。理恵。おじさんも。」




「ありがとやしたーーー!」



 威勢の良い大将の声が響きわたった。



「そろそろ俺達も帰るか?」


「あぁ…。私は明日も飲まなきゃならないしな…。」


「忘年会か。会社にいい男はいないのか?」


「そうだな…。颯太ぐらいかな。」


 私が笑顔で言うと。


「颯太と付き合ったら日向ちゃんに殺されるぞ!!」


 大将と父さんがユニゾンした。


「颯太はそういう対象じゃないから、付き合わね。」


 私の言葉にホッとする2人…。

日向を知っている2人にはキツイ冗談だったらしい。

 笑える…。


「さぁ。父さん、帰ろうぜ!ここぐらいは私が出すよ。」


「もう払っちゃいました!」


声…。でかい…。


「あっ、ありがとう。ごちそうさま。」




「ありがとやしたーーー!」




 外に出ると、12月を感じさせる空気。

寒くて乾燥している。

 座りっぱなしで固まった身体を解(ほぐ)そうと伸びをした私は…。

 ありゃりゃ?


 パタン…。


 私は尻もちをついた。酔ったか?

やべ!立てね…。


「何だ?どうした?立てないのか?」


 あぁ。そのとうりだ…。


「ほれ!」



 父さんは私を軽々と持ち上げ、私の事を背負った。


「やめろよ!父さん!」


「歩けねぇんだろ。」


「恥ずかしいって!」


 父さんは鼻歌を歌いながら歩きだした。


「お前を背負うのは 20年ぶりぐらいだな!」


「あぁ…。ありがと…。」


 父さんの鼻歌が盛り上がってくる。


「父さん。」


「ああ?」


「今日はありがと…。」


 父さんは

ふふん。とだけ言って、また鼻唄が始まった。


 あぁ…。この曲…。

ハルジオンか…。




        ◇




 翌朝 6:30


 あれ?うわ!

シャワー浴びてねぇ!

 私は急いでシャワーを浴びて出勤の支度をした。

ダイニングに行くと母が笑顔でいる。


「おはよう。父さんは?」


「おはよう。もう仕事に行ったよ。」


 そう言いながら母さんは何やらゴソゴソとしている。


「はい。お父さんから。」


 母さんは茶封筒をくれた。


「手紙じゃない?」


「手紙を茶封筒かよ。お小遣いじゃね?」


 朝食のトーストを食べながら中を見ると、確かに手紙。


「読んでみたら?」


 母に言われるまま読んでみた。

片手にトースト、片手に手紙。

朝食を食べながら、新聞を読むオジサンのように。


「泣いてるの?」


 母が言う。


 言われて気づいた。

泣いている。

 やめろよ…。

こんな手紙…。


「お父さんは不器用な人だからね、昨日みたいな事でしか伝えられないんだよ。」


「あぁ…。わかった…。仕事行ってくる。」


 目…。

腫れたらどうすんだ!

 まったく…。


「今夜は忘年会で遅くなるから。それじゃ行ってきます!」


「はいはい。行ってらしゃい。」


 母さん…。ニヤニヤしやがって…。





 理恵へ


おはよう。

吐かなかったか?

昨夜、理恵が飲んだお酒


 最初のお店


 ビール

 ビール

 レモンサワー

 レモンサワー

 ウーロンハイ


 2軒目


 ハイボール

 ハイボール


 3軒目


 焼酎お茶割り

 焼酎お茶割り

 焼酎お茶割り


これが昨夜、理恵の飲んだお酒の量だ。

帰りに理恵は歩けなくなったな。


 これが理恵の限界だ。


年末年始でお酒を飲む機会が増えると思う。

これから先、合コンとやらにも行くと思う。

自分の限界を覚えておきなさい。

変な男に騙されないようにしなさい。

理恵は口で言っても聞かないだろ?

そう思って昨日はお前と飲んだ。

父さんは楽しかったぞ。

それと理恵は細すぎだ。

もっと食べなさい。

理恵の体重があんなに軽いとは思わなかった。

父さんはその事も心配だ。

父さんと母さんは理恵の事を大事に思っているからな。


 仕事頑張れよ。










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