第3話 色は匂へど塵塗るを

 19:20 忘年会々場…。


「すみません!遅くなりました!」


 20分ほど遅刻をして、登場した僕を待っていたのは ”新社会人に対する洗礼”で、上司からの、飲め飲め攻撃。

 既に出来上がっている中原さんは、上機嫌で僕にビールをすすめてくる。


「中原まて! まずは俺からだ!」


 所長が瓶ビールを片手に、屈託のない笑顔で、僕の横に来た。



(面白くなってきたな!)


「バゲッ…!?」


(安心しろ!この声が聞えるのはキサマだけだ!)



「あ?ハゲだと?椚田くぬぎだぁ~!俺はハゲてねぇぞぉ~!」


「いえいえ!違います!」


 やばいぞ!所長までもが、超ご機嫌だ!


「椚田ぁ~!俺はな!お前のことが大好きだぞ!」


「僕も…。」


「いいから飲め!お前も俺のこと好きだろ?」


 トプトプトプ

   ↑ビールをつがれる音


「あ…ありがとうござ…。」


「好きだろ?」


「はい!僕も…。」


「まぁ飲め!」


 トプトプトプ

   ↑ビールをつがれる音


「所長!いきなり飲ませすぎだ!」


 笹目部長が、助けに来てくれた。


 やばい!お酒が…。まわってきた…。


「部長、ありがとうございます。」


「早く、大榧おおかやさんの隣に行け!」


 僕は部長に軽く会釈をし、その場を去った…。


 入り口でこれじゃ、自分の席にたどり着く頃には泥酔だな…。

 他の人にバレないように行かなくちゃ…。


 僕は隠れるように腰を低くして、大榧さんの隣をめざした。


「おい椚田! どこに行く気だ?」


 きゃー!この声は!?

一番めんどくさい人に見つかった!

 中原さんだ!コイツは強敵だ!


「中原さん、お疲れ様です。」


 僕は近くにあった瓶ビールを持って中原さんに、と思った瞬間。

 中原さんは 僕の手から、ビールを取り上げた。


「まぁ飲めよ。コップはこれでいいな!」


 この女、場馴れしている!この場を逃げる口実を全て断ち切ったぞ!


「中原さんには いつも大変お世話になっております。」


 嫌味を言ってみた…。


「キャハハハ!うんうん!そうだな!」


 楽しそうに僕の肩をポンポンと、叩いてくる。

 忘年会に、行きたくないと言っていた口は 今お話をしている、その口ですね。


「おい中原!飲んでるか?」


 笹目部長ぉ~。来てくれたぁ…。

 もう、泣きそうです…。


「早く行け!」


 笹目部長は 僕に耳打ちした。


「おい!待て椚田!」


「まぁまぁ中原!たまには俺と、熱く語りあいをしようぜ!」


(キャハハハ!)


 バゲットさんは終始、笑っている…。


大榧おおかやさん、お疲れ様です。」


 やっとたどり着いた。


椚田くぬぎだ君、お疲れ様です。」


 大榧さんの優しい声に安堵のため息がでるほどだ…。


「何を飲みますか?」


「えっと…。ビールをゆっくり飲みたいかな。」


 大榧さんは新しいコップを僕に渡し、ビールをついでくれた。


「はい、どうぞ。」


 僕は緊張のあまり手が震えそうになっている。


 カタカタカタカタ…。と言うか、震えているし…。

 大榧さんの手も少し震えている。


「なんだか僕…、緊張してます。」


 しまった…。これって、男として、恥ずかしいことを言ったな…。


「あの…。私もです。」


 二人とも、沈黙になってしまった…。

 何か話さないと…。


「あの…、大榧さん。」


 なんでしょうか?と言わんばかりの顔でこちらを見た。


「大榧さんは、大学で何を専攻していたの?」


「え?椚田君と同じ教育だよ。」


 やっぱり、と言いたげな表情でこちらを見る。


「やっぱり覚えていないんだ…。」


「すみません。」


「椚田君って、いつも女の子に囲まれていて…。」


「あぁ、いろんな女性に兄貴のこと聞かれていて…。」


 うんざりっだったな。


「うん知ってるよ。私が映画に誘った時も、お兄さんと行きたい。と思われたみたいで嫌な顔をされたもん。」


 え?思い出せない…。


「高校の文化祭の打ち上げの時も…。」


「えぇ!?高校も同じだったの?」


 大榧さんは悲しそうな顔で天井を見上げて、小さな口から大きなため息を出した。


「もしかして文化祭の買い出しを 一緒に行ったことも覚えていないの?」


「すみません…。誰かと一緒だったのは覚えているけど、大榧さんと一緒だったというのは…。」


「椚田君って女の子に興味無さそうだったもんね。」


「そっそんなことないよ!」


「じゃぁ…、大好きなの?」


 あれ?絡み酒?


「大好きというか、人並みだよ。」


「ごめんなさい…絡んじゃった…。

 椚田君はいつも友達とゲームの話をしていたもんね、なんだか自分があまりにも存在感が無かったのかなって…。

 あれ?何を話しているのか、わからなくなちゃった。」


「違います!僕は小さい時から女の子が近づいてくるのは兄貴のことが知りたくてだと思っていたから。

 その…、話しかけてくる女の子は、僕じゃなくて…えっと…。」


 ヤバイ。僕の方こそ支離滅裂だ。


「僕も、自分で何を話しているのか、わからなくなちゃった」



「ごめんなさい。困らせるつもりは無かったんだけど…。」


 大榧さんは申し訳なさそうに下を向いた


「おい!何をイチャイチャしているんだ?」


 きゃー!中原さん登場!


 中原さんはお酒に飲まれたような、すわった目で僕を見る。


「おい!椚田!」


 何かヤバそうな目付きだ。


「何でしょうか?」


「お前さぁ?」


「何ですか?」


「童貞だろ?」


 バカでしょあんた!周りがシーンとしているじゃないか!

 そして大榧さんが僕を見ている。それはもう、ジーっと見ている…。


「童貞だろ?」


 はっ?声デカイし…。


 静けさの波紋は2m広がった。

 こちらを見る人に所長が加わった。それはもう、楽しそうにジーっと見ている。


「違うのか?」


 答えを聞きたそうな、MOB達がこちらを見ている


「何を言っているんですか?中原さん?」


 僕は声が裏返った。


「違うのですか?キャハハハ!」


 あぁ…もう、手におえない…。


「なぁ童貞くん。大榧さんとの話は終わったのかい?」


 声がデカイぞ、中原さん。


「なぁ大榧!コイツさぁアニコンなんだぜ!兄貴コンプレックス!」


「中原さん、椚田君で遊ぶのはやめて下さい。」


「いいじゃん!なぁ!童貞くん!キャハハハ!」


 うぬぬぬ!なんだか今日の中原さんはムカつくぞ!!


「なっ中原さん!」


 みんなが、こちらを見ていることなんて、おかまいなしだ!

 中原さんを恥ずかしがらせてやる!


「中原さん!僕をそんなにバカにするのなら…。

 僕の童貞、中原さんで卒業しますよ!」


 ふっふっふっ。

 キマった!


(キマってない! キャハハハ!!コクってる!!コクってるぞ!!キャハハハ!!)


 ↑バゲットさんの声


 へ?


(キャハハハ!!腹筋が…。コクってるって!!キャハハハ!!)


 ハ?


 中原さんは顔を赤くして両手で口を押さえている…。

 会場からは、ヒューヒューと声援が…。


 あれ?


『あ”~~~!!!』


 僕は大声をあげた。

 そうか…。

 これって…。


「だめ……。」


 え?


「ダメーーーーーー!!!!!」



 手を叩いて大爆笑する所長…。


 頭を抱え、うなだれる笹目部長…。


(キャハハハハハ!!コクった!お腹が…。キャハハハハハハ!!!)


 ↑バゲットさんの声




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