第2話 色は匂へど

 朝8:15


僕が務める 満点ホーム建築設計は、何故か就業30分前には全員がそろう。


これは会社の創設された時から、社員全員がおこなってきた事らしい。

 特に僕がいる住宅展示場は毎日お客様が来場するため、掃除や整理整頓は一番 気にするところだ。


 男性は玄関周りの掃き掃除と、窓拭きを任される。

女性は グラスやカップの汚れ、来客に出すお茶請けのチェックをし、デスク周りの拭き掃除をする。


そして掃除機は当番制で毎日2回行う。


各自担当の掃除や整理整頓が終わる頃に出社時刻の8:45になる。


 それから朝礼がはじまるのだ。


「今日の忘年会めんどくさいな…。」


昨夜のお酒が残っていそうな中原さんが小声で言った。


「聞いているのかい?椚田くぬぎだ君。」


「そうですか?」


僕は適当に返事をしておいた…。


僕は中原さんの事などお構いなしで、昨夜の出来事を思い出そうとしている。が、まったくもって何1つ思い出せないのだ…。


目が覚めると自宅のベッドにいて、パジャマにも着替えていた。

 オマケにシャワーも浴びていたようだ。

 そして、パソコンデスクには置き手紙があり、内容は…。見たことのない筆記体の文字。

 読めませんから…。


僕は深いため息を吐きつつ呟く。


「高校生くらいの女の子。か…。」


「はぁ!?」


中原さんが驚いたように僕に冷たい視線を向けた。


「くっ椚田?何?そのコンプレックスは…。さすがにドン引きだわ…。」


「違います!違いますから!」


僕は慌てて否定した。


 事務所入り口では所長もこちらを見てニコニコしている


「おはよう!椚田! それもアリだと思うが妄想だけにしておけよ!」


所長は ガッハッハッと笑い、いつものように自分の席に置かれた昨日の報告書に目を通し始めた。


 …そして朝礼は始まる。


「みなさんおはようございます!」


 所長の挨拶にみんなも挨拶をした。


大榧おおかやさん、今日の予定をお願いします」


「かしこまりました。」


大榧さんは僕と同じ大学で同期だ。


 大学の時は顔を会わせたことなど一度も無いが、僕のことは知っていたらしい。

 と言うのは、僕の兄が大学ではイケメンで有名人だったからだ。

僕の事よりも兄貴の情報を知りたくて、違うキャンパスの女性達まで僕に近づいて来る訳だ。

これは小学生の時からの、僕の使命のようなもので、大学に入った頃には気にもしていなかった。

でもそれは思春期の時よりは、の話だけど…。


大榧さんが今日の予定を話している時も、僕は昨夜の事を考えていた。


「頭…痛かったな…。」


椚田くぬぎだ君、何か?」


大榧おおかやさんは僕が何か質問をしたのかと思ったらしく話しかけてきた。


「すみません!何でもないです!」


僕の返答にホッとした表情をする大榧さんに中原さんが一言


「気にしないでいいよ」


 それ…僕のセリフですから…。


「以上、今日の予定と報告でした。最後に所長お願い致します。」


所長は終始、楽しそうな表情をしていた。

 そんな所長から思いがけない言葉がでる。


「先月のお客様からのメッセージボックスの内容で、椚田君と大榧さんに対しての評価がとても良かった。

 来場したお客様の中には椚田を指名する人から本部に電話も入っている。

 まだ着工までの話は来ていないが、これはとても素晴らしい事なので、2人はこれからも頑張って下さい。以上です。」


朝礼が終わり、僕は大榧さんの方を見た。

 大榧さんは僕を見てニコリと微笑んでくれた。

そんな大榧さんに照れながらも、僕は笑顔で大榧さんに話しかける。


「何だか朝から嬉しいね!これからも頑張ろう!」


「はい。

 私も嬉しいです。椚田君から私に話しかけてくれるのって、この会社に入社して初めてですもんね。」


 何か違和感が・・・。


「あれ?そうでしたっけ?」


言われてみると大榧さんって、僕が中原さんにカラカワれているのを見て、ニコニコと、笑顔で僕たちを見ているイメージだ…。


「椚田!イチャイチャしてねぇで働け!」


 イライラしたようすの中原さんに恫喝された。


わずらわしい人だな!この中原って人は)


 僕は心の中で思った。


 そして僕は席に付き中原さんに言う


「92タイポでしたよ…。

 FAXは流しておきましたから。」


わざとみんなに聞こえるように大きな声で言った僕の声は


(満点♪ 満点♪ 満点ホーム♪ あなたの街の満点ホーム♪ 9時です)


 満点柱時計の9時の歌にかき消された…。


 中原さんはケタケタと笑っている。


「ありがとね~。」と言いながら、僕の肩をポンポンと叩き2階へと上がって行った。


「椚田君は優しすぎだよ…。」


 優しい口調で大榧さんは言う


「そうだね…、反省してます。」


 僕は大榧さんのツッコミに自己嫌悪した。


「ところで椚田君。今夜の忘年会ですが、椚田君の近くにいてもいいですか?」


「へっ?」


自分の顔が真っ赤になっていくのが、鏡を見なくてもわかった。


「はい?はっはい!お願いします!」


 情けない…。声が裏返った…。


「一緒に食事するは大学の時以来なので、色々とお話したくて。」


 大榧さんの言葉に、僕は驚いた!


「そうだね!」


 またもや僕の声は裏返った…。


「お前達知り合いだったのか?」


笹目部長が ”やっぱりね” という顔をしている。


ありゃりゃ?いつだろう?まったく記憶にないぞ?


「学生時代の話は今夜の忘年会で盛り上がってくれ。」


 笹目部長の温和な声が事務所に響きわたる。


「椚田、そろそろ行く準備をしてくれよ。」


「はい!すぐに用意します。」


今日の僕は笹目部長とサイディング・ボードの製造工場に行く。

そこの工場長と、品質管理の打ち合わせだ。

僕は新しい品質管理の規定書と、今後の工程表をバッグに入れ、玄関に向かった。


(私も共に行きたいが、太陽が苦手でな。私はここで待っておるぞ。)


お化けさんの声?

現実だ!夢じゃなかった!!

僕は嬉しさのあまり、周りを見渡す。

 しかし、お化けさんの姿は見えない…。

僕は職場の人達に、違和感のないよう、お化けさんに言った。


「はい!行ってきます!」


展示場の玄関を勢いよく飛び出し 駐車場へと向かう。

お隣のセキセイホームの社員にも、走りながら挨拶をした。

たぶん、今の僕は とびきりの笑顔だろう。


「どうした?颯太!嬉しそうだな!」


そりゃそうさ。嬉しいに決まっている。昨夜の出来事が、半信半疑のモヤモヤ状態だったからだ。


宙に浮く女性。

耳が三角で尖っていて、口元には短い牙のような八重歯。

フワフワで白銀色の綺麗な長い髪。

吸い込まれそうな真紅の瞳。

高飛車だけど高貴な口調?


 あれ?


「これじゃ本当にお化けだな…。」


「は?」


 笹目部長が困惑している。


「す、すみません!昨夜のRPGの事でして…。」


 とりあえず、ごまかした。


 ◇◆◇◆◇◆◇


 昼食後 13:00


僕は帰りの車中で笹目部長と世間話をしていた。

部長との車中で聴く音楽はいつもガレージ・ロックだ。

部長は THE CLASH が好きなようで一緒に出かける時はコイツを聴きながら車を走らせている。

僕のClashの中のお気に入り曲は ”ハマースミス宮殿の白人”。

 サビの部分の


「どうにもならねぇんだ

 銃を持ってバカをやっても

 英国軍がそこで待っているんだぜ

 重さは1500tだぜ」


 に物凄く共感出来る物がある。

当時のサッチャー首相の止めることの出来ない悪政で、失職者が多数出たことを詩に使う事にTHE CLASHの力強さを感じる。


まぁ、僕には無縁の行動だけど。


 とにかく僕の、No Music No Lifeには、とても心地よい空間だ。



 16:15…。


僕達は年末特有の渋滞にハマり、予定帰社時刻よりもだいぶ遅れている。

普段なら、あと10分位で到着する距離なのに…。依然として、車は全く動かない。


 余談だが、僕の働く、満点ホーム建築設計 株式会社

 創設者は 満峰 拓哉さんといい、僕の大学のOBだ。

 所長や部長、中原さんも実は同じ大学で、実のところ、従業員の約80%が同じ大学の卒業生なのだ。

 しかも、地元ではけっこう有名な住宅メーカーで、深夜枠ではCMも流れている。


「なぁ颯太、そこのコンビニに寄ってくれないか?」


笹目部長は僕と二人の時は”颯太”と呼ぶ。

 実は兄貴と笹目部長は同級生で、僕は小学生の時から知っている。

一緒にサッカーや野球で遊んでもらっていた。

 なので、僕も二人の時は弥彦君、と呼んでしまう時がある。

コンビニに着くと、笹目部長は僕に待つように言い、1人で買い物に行った。


数分後、車に乗り込んだ部長は僕に栄養剤のような物をくれた。


「ウコンの力、飲んでおけ。大榧さんよりも先に酔っ払ったら恥ずかしいぞ。」


「確かに…って違うから!

 そんなんじゃ無いよ!

 …多分…。

 僕は大学で女性の知り合いなんて、いなかったし…。」


「ははは…。まぁ、せっかくなんだから、大榧さんと話しくらい出来るようになれよ。」


「うん…。わかった。」




 18:30住宅展示場


僕は当番の掃除機をかけていた。


 今日は…。と言うか今日も僕が戸締まり当番。

僕は掃除機を持ちながら、掃除の終わった部屋の戸締まりをしていた。


「私も行くぞ。」


 バタン!


 僕はダイソンの掃除機を落とした…。


「きゅ…急に話しかけないで下さい!」


「あはは…。貴様は本当に愉快だ」


お化けさんは中腰状態でお腹を押さえながら笑っている。

それを見て、僕もつられて笑ってしまった…。


「あの…。名前を教えていただいてもいいですか?

 あ! 僕は椚田くぬぎだ颯太そうたです…。」


「私はバゲット。 baguetteスペルだ。

 一応言っておくがな、true Vampireじゃぞぉ~。」


 トゥルーヴァンパイアの言い方が可愛い・・・


「え?何ですか?」


「true Vampireじゃぞぉ~。」


 やばい!可愛い…。


(椚田はキュンときた!)


「す…すみません!もう一度お願いします!」


「何だ?貴様!耳が悪いのか?

 始祖と言う意味じゃ!」


(盛り上がった颯太の心は急降下した。)


「とにかくだ!お酒の席の貴様は面白そうだらな。」


 話しながらの身振り手振りが可愛い…。


(椚田の萎えた心は再び盛り返してきた…。)


「貴様を近くで見ていようと思う。あはは…。」


 そう言ってバゲットさんは消えた。


「あれ?どこですか?」


(そこの鏡の前に立ってみろ)


 え?何だか頭に直接声が入ってくる。


(直接キサマに語りかけている。ちなみにキサマの心を探る事もできるぞ。)


 マジか?それはさすがに嫌だな…。


そして僕は玄関の姿鏡の前に行き、中を覗きこんだ。


「バゲットさんだ!」


誰もいないはずの僕の後ろにバゲットさんが映っている。

 僕は驚き何度も後ろを振り返る。


「いない! 凄い! 凄いです!」


(早く支度をせんか!行くぞ!)


「はい!すぐに戸締まりをしてきます。」


 僕は…。

 僕達は忘年会会場に向かった。




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