The Shareef & Bedouin

konnybee!

はじまるまえのはじまり

第1話 Episode 0 

 12月の16時にもなると辺りは薄暗くなってくる。秋の夕日は釣瓶つるべ落とし。昔の人は上手いことを言うものだ。

 もう冬だけど。


「さてさて、寒くなる前に掃除を済ませてしまおう!」


 僕は ホウキとチリトリで掃除を始める。すると、隣の展示場、セキセイホームの男性社員が話しかけてきた。


「日が落ちると、寒いですね。」


「日中は暖かくて、今日は汗かくほどでしたよね!もう12月だと言うのに…。」


 確かに、最近は温暖化によるものか、暖かい日が続いている。


「そうですね、確かに昼間は暑いくらいでしたね…。」


 うわ~!これは話が長くなるパターンだ!


 何とかしないと、また中原にグダグダ言われてしまうぞ!


 心が痛むが、ここは…。


「うわぁ~!?呼び出しだ!スミマセン!お疲れ様でした!」


 僕は鳴ってもいないスマホを握りしめ、小走りにその場を失礼した。




(本っ当…。失礼な男だな…。)




 えっ? 僕の耳元で、女性?の囁き声が通り過ぎた。

 僕は驚き、その場に立ち止まる。よほど、僕が驚いた顔をしていたのか、立ち止まる僕を見ていた、セキセイホームの男性社員も驚いている。


「どうしました? 虫でもいました?」


「いえいえ! 大丈夫です! お疲れ様でした!」


 そう言って僕は、自分の職場である、満点ホームの住宅展示場へと、駆け足で入って行った。


 事務所に入ると、僕の先輩がイライラしたようすで、話しかけてきた。


「室内を走るんじゃねぇよ! 椚田くぬぎだ!」


 口の悪いこの女性スタッフは 僕の1年先輩で、名前を中原理恵という。

 芸能人に 同じ名前の人がいるが、満点ホームの中原さんは リエではなくサトエと読む。


 余談だが、芸能人の中原理恵さんの本名は

 目加田めかた 貴美恵きみえさんという。

 たぶんそんな事を言われても、へぇ~、としか思わないであろう…。

 そして、中原さんは僕に言う。


「椚田!悪いけどさ、私先に帰るから、戸締まりよろしくね!」


 は? 何で偉そうに言うんだ?


「ちょっと! 困りますって! 今夜は僕も用事があって・・・」


「それじゃお疲れ様でした!」


 言いたい事を言って、走り去る中原さんは 僕には走るなと言った室内を走り、帰って行った。


「どうせ、この前の街コンで知り合った男と会うんだろうな…。」


 僕は心の中で思ったことを 誰もいない事務所の中で、つぶやいた。




「キサマは用事なんか無いのであろう・・・」




 …!?

 さっきの声?


「誰もいないよね…。だって…。中原先輩は帰ったよ…。ね…?」


 僕の膝は地震がきた時の、赤べこの頭のように、ガクガクと震えている。

 これが心霊現象か?

 のどは一生懸命に何かを飲み込もうとしている。


 その時!!


(満点♪ 満点♪ 満点ホーム♪ あなたの街の満点ホーム♪ 19時です♪)


 我が社の柱時計 満点柱時計まんてんはしらどけいが突然鳴り響く。

 僕は危うく、意識を失うところだった。


 次に、僕のスマホが鳴った!


 この時ばかりは着信を The Modsの「激しい雨が」にしていたことを悔やんだ。

 僕は全身で跳び跳ねてしまい スマホを落とした。


(椚田は心に26のダメージを食らった)


 落ちたスマホはカバーがハズレた!


(椚田は心に30のダメージを食らった)


 カバーがハズレた。スマホは20センチ位弾んだ!


(椚田は両手を口にあてた!)


 弾んで落ちるであろう場所には 扉を固定する、鋳物でデキたカッコよく鋭利な形のクサビがある!


(椚田は遠い目をした…。)


 …が、液晶が割れるであろうと思ったスマホはクサビにあたらずに止まる。


 そして、僕のスマホはそのまま宙に浮いた。

 宙に浮いたスマホは扉横のブックシェラフへと、フワフワと飛んで行き、パタンと置かれる。

 そして着信音の「激しい雨が」は Bメロに入ったところで、留守番センターへと移行されたようだ。


 僕はボーっとしている…。


 これが噂の、放心状態ってやつだ。


「と…とりまえず、るしゅべんでもきゃくにんしゅようかな…。」


 僕は怖さのあまり、言葉にならない言葉をはっした。

 スマホの画面を見ると、着信は兄の兼太かねた君からだ!

 物凄く心強い!


 僕は留守電も聞かずに、折り返し兼太君に電話をした。


 兄「おう!颯太! 真面目にやっているか?」


 颯「う・・・うん僕は真面目だじょ。中原ひゃんは真面目じゃないけど…。」


 ヤバい…。上手く話せない…。


 兄「だじょ? どうした? 赤ちゃんプレイか?」


 颯「ちがう!」


 兄「お前まさか!中原と…。」


 颯「ないないない!」


 兄「そ…そうか。まぁ中原もそんな悪い奴じゃ無いと思うけど…。」


 颯「兼太君!頼む!信じて!本当に無いから…。」


 兄「あはは!わかったから。」


 颯「で?どうしたの?」


 兄「そうそう。颯太が働いてる展示場な、今度嫁さんと行こうかなと思って     さ。」


 颯「え?兄貴家をたてるの?」


 兄「まだわかんないけどさ。」


 颯「すごいね!来れる日がわかったら連絡ちょうだい!」


 兄「そうだな、また連絡するよ」


 颯「了解!中原さんにも伝えておくね!」


 兄「おう!それじゃ!」


 兄の兼太君からの電話で、先ほど起こった現象など、すっかりと忘れられた。


「ふぅ…。すげえな兼太君…。」


 僕は独り言をもらし、タバコを吸いに、2階のベランダへ向かおうとした。


 その時、またもや携帯電話が鳴る


 スマホの画面を見ると、今度は中原からだ!

 なんだか嫌な予感がするぞ…。



 颯「はい。何の御用でしょうか?」


 中「椚田ぁ!まだ展示場だろ?」


 颯「そうですが。」


 なんだよ、やけに早い時間から、ご機嫌だな…。


 中「私のデスクにA4の封書があるだろ?」


 颯「無いです。」


 中「よく見ろ!ボケ!」


 颯「は?電話…切りますよ…。」


 中「ゴメン!スミマセン!椚田君!タイポチェックして図面屋にFAXしておいてくれる?よろしくね!」


 ツーーーツーーー


 またかよ…。


 僕はスマホを自分のデスクに置き、中原さんのデスクにある封書を開けた…。


「おいおい!?タイポチェックって!?」


 間違いだらけではないか!パっと見ただけでたくさんあるぞ!


 屋根がストレートって…。スレートだろ…。


「泣けるぜ・・・」


 クリント・イーストウッド風に言ってみた。正確には 故 山田康夫 風が正しいのかも知れない。


 そして、優しい僕はタイポだらけの図面の修正を始める。

 それはもう、無我夢中で作業をした。

 チェックも何度もした。


 結局終わったのは22:30を過ぎた。


「今回のタイポ中原は 92タイポだな」(悪い意味で)


 僕は原稿をFAXして、今度こそタバコを吸いに、2階のベランダへと向かう。


 煙草を吸えるベランダは1か所。

 表からは見えない所だ。


 当たり前だけど…。


 そして、ベランダへと続く、掃き出し窓を開けた。

 開けると同時に、部屋にはスゥーっと冷たい風が入ってくる。

 僕はベランダにあるスリッパに履き替えて、部屋の窓を閉じた。


 目の前の国道は 平日の23:00に近いというのもあり、たまにヘッドライトが通り過ぎる程度。

 空を見上げると、国道沿いにありがちな、高層マンション群。

 2階建てのベランダからでは夜空が狭い。

 しかも今夜は月もなく、普段輝く星もあまり、主張をしていない。


 僕は椅子に座り、タバコを咥えながら空を見上げ目をとじた。


 加湿器の効きすぎる部屋から出た僕の衣服は 12月の乾燥した空気がみるみる湿気を取り除いていく。


 シーンとした街並み。


 たまに聞こえる、消防車の火の用心のサイレン。

 目を開けると、所々で微かに光る星。

 僕の頭上で、宙に浮く中世ヨーロッパ調の服を着た…。


 女性…?


 妖精…?


 宇宙人!?


「え?え?え!お化け?」


 思わず声に出た!


「誰がお化けだ!!」


 バタン!

 僕は椅子ごと、後ろに倒れた。


「喋っ…た?」


 宇宙人さんはベランダの手スリに立ち、不敵な笑みを浮かべながら言う。


「貴様も喋るであろう?」


「しゃ、喋ります! 日本語ですがお話は出来ます!」


「1週間ほど前から貴様を見ていたが、本っ当に愉快な男だな!」


「ん?あぁ~~~~!!!この声だ!お化けさんだったんだ!」


「お化けではない!われは…。」


「ねねねね!妖精? スミマセン!妖精さんですか?」


「いや…。だから!我は…。」


「空を飛べるんですか?すごいです!どちらから来られた…。」


 バシ!!!


たわけけ! 我にも話をさせろ!!」


 僕は頭を叩かれた…。

 脳が震える…。

 先ほどまでは、あまり見えなかった星も見…え…る…。


「おい! 起きろ!」


「戯け!」


 あれ?宇宙人さん何か喋っている…。


 あらら?


 意識が…。


 おやすみなさい…。

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