第8話 理想の自分
ここまで来れば安心かな?
沼地を抜けて視界の悪い密林地帯の奥までやってきた。
俺のことを知っているプレイヤーに追いかけられたり、フィールドに出現するモンスターと戦ったりとそこそこ忙しい道のりだったのだが、
「ゲームってすごいですね。本物みたいです」
銀狐さんはまるで疲れた様子がなく、息を切らすどころか楽しそうにしていた。
体力あるなぁ……俺についてこれる時点で凄いなとは思ったけど、まさかここまでとは。スポーツでもしているのだろうか?
「……」
そんな疑問が頭をよぎるが、呑気に質問などをしている場合ではない。
彼女にはアナザーワールドを基盤としたMMORPGの知識とARのノウハウが全くなさそうなのだ。一緒にアーティファクトを買ってAR世界に招待してしまった者として、その責任を果たさないといけない。
(……あ、どうやって教えよう)
身バレしたくないので喋れない。
このままチャットで会話することもできるが、彼女は文字を読むことはまだ苦手だと話していた。それをわかっていながら延々に文字を垂れ流すのはいかがなものか……。
「……」
チャットを打とうとした指が止まり、思考も停止する。
解決方法が何も思い浮かばない。氷菓か雪菜に説明してもらうか? いや、ここでさらに登場人物が増えても彼女が困るだけだ。俺が説明するには……後日呼び出してゲーム外で会う――いやいや! 何様だよ、つーか正体バラしてるだけじゃねえか! 意味ねえ!!
「あの……この前に会った、優しい人……ですよね? ……まるまる」
俺が頭を悩ませている横で、銀狐さんが両手の人差し指と親指で輪っかを作り、自分の目に当てた。
まるまる……? もしかして眼鏡のことか? なるほど……って!
「どうしてわかったんですか?」
正体がばれている。あの時出会った眼鏡男と<寡黙な刃>が同一人物だってばれてる! なんで!?
「クゥ、さっき危ないからって」
「さっき……? 危ない……」
そういえば【決闘】前に一言だけ喋ってしまったような気がする。
……え、凄くないか? しかも俺と彼女が出会って喋ったのは数日前の数十分程度だ。あれだけで声を覚え尚且つ聞き分けたというのか。耳がいいとは思っていたがここまでとは……思わず銀狐アバターの獣耳の部分を見詰めてしまうが、「そこは本物の耳じゃねえよ」と脳内でセルフツッコミ。
「恥ずかしいのであまりじっと見ないでください……」
「! 失礼」
おうふ、視線すらばれてる。俺も恥ずかしい。
……にしても、照れたように獣耳を隠す彼女の容姿。それはほとんどリアルと変わらない造形……というかほぼ一緒だった。黒髪を銀髪にして狐の獣耳と尻尾を生やしているだけである。
これも問題だ。俺と
やはり心配だ。お節介かもしれないが“友だち”として助言ぐらいはしたい。
そう思うと俺は自然と口を開いていた。正体が割れているのなら心置きなく誘えるというもの。
「……えっと
「ぎんこ、さん?」
「あー名前を聞いてなかったので勝手につけさせてもらいました。銀色の狐だから銀狐」
そう言って俺は彼女の髪と耳を順に指差していく。すると何故か「ク~……」と彼女はどことなく悲しそうに鳴き、俯いてしまった。
あれ? そんな変な名前だったか? 見た目をそのまま表しただけなんだけど……軽蔑の意味も込めてないし……あれ?
内心めちゃくちゃ焦る俺。
だけどそんなものは杞憂だとでもいうように、顔を上げた銀狐さんの表情は笑顔に戻っていた。
「体験期間? なので、名前はまだ決めていないので、銀狐でお願いします」
「そ、そうですか? じゃあ正式な名前が決まるまでは銀狐さんで」
「はい」
「……でもよかったまだ名前を決めてなくて」
「クー?」
「ははは、いや、こっちの話ね」
リアルと同じ名前を使ってそうだな……と心配していたので安心した、とは言えない。
「じゃあ俺のことは……とりあえず<寡黙>と呼んでください。本名はもちろんアバター名は事情があって今は教えられないんです」
「かもくさん」
「それで本題なんですけど……」
俺は彼女にアナザーワールドのAR版がどういったものか、先程の三人組が何をやろうとしていたのか、噛み砕いて説明した。そしてアバターの見た目は自分に似せない方がいいこと、似せてしまった場合は俺のように仮面や兜で顔を隠すことを進める。
「幸い、体験期間が過ぎた後に一回だけキャラクリし直せるので、今日から始めたのなら……たしか10日後? に変えることができますね。その時に注意してください」
「ク~……『本当の自分』……」
キャッチコピーのやつかな? そのフレーズに惹かれたって言ってたし、もしかしたら
「もしくは『理想の自分になりたくはないか?』って考えるのもいいですよ」
「りそう?」
「もし、こんな風になれたらいいのになぁ~っていう願望――願いみたいなものです。キャッチフレーズみたいに『本当の自分』とか言われちゃうと、現実の自分が嘘みたいになっちゃうじゃないですか」
「……!」
獣耳と尻尾がピンと逆立った。
<アーチ>が彼女の感情を読みとり、何かを表現したのだろう。
……あまり詮索するのもまた失礼だな。無視しよう。
「だったらゲームの世界を、現実の延長線と考えて『なりたい自分になる』っていう目標とか目指している者を先取りするのも悪くないと思いますよ」
「……目標。かもくさんの姿もそうなんですか?」
「俺?」
“鬼”の総面に触れ、ボロボロに呪われた忍び装束を見下ろす。
何とも締まらない格好だがここで否定するわけにもいかないし、俺は好きでこの姿をしているので否定する理由もない。何よりこの“鬼”の面は俺のポリシーだ。だから、
「もちろんさ。だって、カッコイイでしょ?」
わざとらしくポーズをとると、銀狐さんは鼻で鳴くように笑い「そうですね」と頷いた。音声チャットからは雪菜の『……』という困惑したため息のような息遣いが漏れていた。さすがの雪菜も俺の自称カッコイイポーズを見たら呆れたか?
……恥ずかしくなってきた。やめよう。いつもならお世辞でも『素敵よ、ご主人様』って言ってくれるところなのに――って、それもやだな。どっちにしろ今の俺、恥ずかしいやつだわ。
「りそうの見た目、考えておきます」
「それがいいと思います」
ポーズをやめ、改めて向き直る。
「――で、物は相談なんですが……」
「はい」
「体験期間中は俺と一緒にゲームをやりませんか? VR版の方で」
「一緒に……」
「せっかく友だちになったので俺がアナザーワールドの遊び方を教えますよ」
「と、友だち……!」
滅茶苦茶食いつきがいい。尻尾もぶんぶんと左右に揺れている。わかりやす過ぎてこっちが照れてしまうほどだ。
だが、耳心地の良い言葉だけを口にするわけにもいかない。
「それに言い辛いんですが……<
「ブレイブ優勝?」
「あ、大会の名前も知ってるんですね」
ちょっと意外。
「そんな俺と一緒にいるところを見られた銀狐さんにも当然注目が集まるわけで……」
『もう話題になってるわ』
と、雪菜がネットから拾ってきた画像を俺に送信してきた。俺はその画像を開いたウインドウの可視化設定をONにして隣にいる銀狐さんにも見えるようにした。
「クー……コメントがいっぱいです。読めません」
「あ~……とりあえず俺たちが仲間だって思われてます」
その他にも鬼が姫を攫ったとか愛の逃避行だの初心者狩りから救ったやらお持ち帰りなどなど適当なコメントが沢山ついている。言いたい放題だ。本人はまだすべてのコメントが読めるわけではないので、知っている単語を見つけては「仲間……友だち、正解です」とコメントに赤丸をつけていた。微笑ましい。
「たぶん銀狐さんがVR版AR版のアナザーワールドの世界を歩いただけで質問攻めにされるかもしれないので、それを避けるためにもまずは俺のホームで準備を整えてから遊んだ方がいいと思います」
【城】の倉庫には女性アバター用の服や防具、顔を隠すための仮面防具もある。画像と同じ姿で街を闊歩するよりは断然いい。
「迷惑ではないですか?」
「いや、迷惑をかけているのはたぶん俺なので――」
「でも、初心者狩りから助けてくれました」
「もう少しやり方があったかなぁと――」
「わたしは嬉しかったですよ?」
「んー……」
押しが強い。
これ以上自分に対してマイナス発言をしても全部否定されそうだ。というか、こんな回りくどいことをせずに普通に誘えばいいんだよ。だから妹にはコミュ障とから言われるんだ。
でもしょうがないじゃないか。俺はボッチでソロプレイヤーなんだから。
――腹を括ろう。
「……遊びませんか?」
「クゥ?」
「俺と一緒に、VRゲームで遊びましょう」
「……」
彼女の答えは――言うまでもないだろう。
時刻はすでに午後9時前。俺たちは人目を避けてコネクトルームへと戻り、それぞれの帰路へと着いた。
明日は土曜日。学園は休日である。
ゲームを再開するには丁度いい夜だ。
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