第2話 事実は小説よりも奇なり
海上都市ヴェレンティア。
それが俺たち兄妹が住む都市の名前だ。
日本列島の太平洋側に建造された巨大計画都市の1つであり、世界最大規模の面積と世界間貿易を
俺たちのような若者にとっては普通のことだが、当時――『海上都市』の建造計画が発表されたときは世界中に激震が走ったそうだ。
とりあえず「大き過ぎじゃね?」っていう至極当然の疑問と「資材と金はどうすんのよ?」という困惑。そして「何十年計画なんだ……」という途方もない未来志向に対する不安。
計画が発表された西暦2027年はまだ、世間は色々と
そして建造計画の元、施工からわずか3年後の西暦2030年。『海上都市』ヴェレンティアは一夜城の如く、世界地図にその名を刻むことになったのだ。
そこからの技術の進歩、産業界の
そして西暦2042年現在。様々な業界が奔走する中、その中でも特に飛躍的進歩を遂げたのはゲーム業界だった。
「にいやん、にいやん」
「なんだ?」
「いつまで眼鏡なんて古臭い物かけてるの? 邪魔じゃない? <アーチ>の」
<アーチ>。
それは次世代ウェアラブル・マルチデバイスAR型情報端末の名称である。AR――つまり拡張現実の機能を最大限に活用することができる最先端マシンだ。耳にかけるタイプのイヤホンマイクのような形状をしており、後頭部をなぞるように耳から耳へ橋をかけるような形をしていることから通称<アーチ>と呼ばれることになった。覚醒状態の人間に対し、視覚、聴覚、触覚などの感覚情報を送ることが可能であり、現実にいながら仮想世界を体験することができる。
昔のゲーマーが夢見た世界を両の手の平に収まってしまうほどの小さな機械が実現させてしまったのだ。しかもARだけではなくVRも可能な優れものだ。
今朝、ニュースでやっていたゲーム<アナザーワールド>も<アーチ>専用のアプリであり、もう1つの道具――アーティファクトと呼ばれるコントローラーがあればARでもプレイ可能である。
もちろん、<アーチ>が追及したのはゲーム分野だけではない。元々はモバイルオペレーティングシステムを備えた携帯電話の一種であり、通話やカメラなどといった従来の機能の他にも登録者の識別、健康管理、身分証明すら担っている。
「<アーチ>があれば旅に荷物はいらない」と旅行会社が謳い文句にするほどの利便性を秘めている。
そして眼鏡が「古臭くて邪魔」と言われてしまう所以の1つが<アーチ>と同様に耳にかけるから邪魔であること。もう1つが<アーチ>にはAR機能を利用した目の屈折異常を補うレンズのような役割が備わっており、それを常時ONにしておけばそもそも眼鏡なんて今の時代いらないことが挙げられる。
つまり、眼鏡という化石を身に着ける人間は珍しく、学生にもなればほとんど見ない。
現に通学中の俺たちの周りには眼鏡をかけている人間はほとんどいない。誰もが<アーチ>を装着し、それで済ませている。たまに見かけてもレンズに度は入っておらずお洒落の一環でしかない。
今の時代、眼鏡とはアクセサリーの類いであり、俺のように昔ながらの使い方をするようなやつは変わり者なのだ。
もし、眼鏡を買う、もしくはプレゼントする――なんて話があれば、それは<アーチ>のいらない幼稚園児や小学生のような幼い子を念頭に置いた会話だ。例えば、昔から視力が悪くて目つきまで悪くなっていた子どもがいれば、それに近しい人間が贈り物として送ることもあるだろう。
「せっかくお前から貰ったプレゼントだからな。使わないわけないだろ」
……ま、俺のことなんだけど。
「なんだよ~シスコンかよ~」
「……」
否定はできなので黙っていたら「なんとか言えよ~」と俺の背中を拳をぐりぐりと抉ってきた。たぶん照れ隠しだろう。
それを踏まえた上でなんて返そうか……と歩きながら考えていると、
「あ、あれって今朝やってたブレイブ? ってゲームだよね?」
雫が俺の服を引っ張り、通り道の横にある公園の広場を指さした。
そこには高さ1.5mほどの柵で囲われた直径30mの円形型簡易コロシアムがあった。
「アナザーワールドな、ブレイブは大会の名前」
「どっちでもいいよ」
ARゲームをあまりやらない雫はそう言って俺の服を掴んだまま立ち止まった。名称はどうでもいいが中身は気になるらしい。まぁ、身近なところでああも派手にゲームをされては嫌でも目につくのは仕方がない。
甲冑を纏った騎士アバターと二足歩行の骸骨魔導士アバターが都会のど真ん中で
「めっちゃドンパチしてるー」
「フリープレイエリアだからな。環境的には大会とほぼ同じで制限がない」
「フリープレイエリア?」
「アーティファクト――じゃわからないか。アナザーワールドAR専用のコントローラーというか安全装置? を発動できるエリアのことな。この海上都市のいたるところに設置されてる。もちろん学校にもあるぞ」
「へ~……ていうかにぃに詳しいね」
「都市の住人なら自ずと知識も増えるさ」
本当は俺もユーザーの1人なのだが、今はまだ妹に教える予定はない。
「にしてもすごいねー。これ、あれでしょう? <アーチ>が勝手に仮想空間を映しだしてるんだよね? ゲームってわかってても、こっちの世界で魔法とか使われると『おお~』ってなっちゃうね」
「本来は個人情報の保護を目的とした機能なんだけどな。VRやネットゲームとは違ってARは直接プレイヤー同士が接触するから身バレ前提。それを最小限に抑えるためにゲームをインストールしてない人間もアナザーワールドの戦いを強制的に見せられる」
「興味ない人には迷惑な話ですわ」
「“中身”の人間が透明な剣や杖を振り回して戦ってるシュールな絵面を見せられるよりはいいと思うぞ」
「それウケる」
アナザーワールドを制作したゲーム会社にとっても宣伝効果があるので、フリープレイエリアの拡大化に対しては非常に積極的だ。ただ、
「所詮は最小限に抑えるだけだから大会とは違って戦闘が終わってしまえば個人情報の保護もなにもないけどな。エリア外に出れば誰がプレイヤーだったのか一目瞭然。あれは「身バレしても気にしませんよ」ってプレイヤーしか使わないんだ。ちなみにブレイブではPPFっていう――」
「あ、見て見てにいやん! 決着がついたみたいだよ」
「聞けよ」
兄の解説よりも中身のプレイヤーが気になるのか、妹は視線はアバターの1人に向けられていた。
「あたし、なんとなく甲冑の人を応援してたんだよね~。どんな人なのかな」
「好奇心を満たしたらさっさと学校に行くぞ。特待生が揃いも揃って遅刻は不味いからな」
「はーい」
妹と一緒にフリープレイエリア眺める。
騎士と骸骨は友人なのか、のんびりとした歩調でエリアから抜け出していた。
ヒーローの変身が解けるようなビリリッという効果音と共に中身のプレイヤーが姿を現す。
霧散した甲冑からは
骸骨魔導士からは獣人――その中でもウルフ系と呼ばれている種族。
2人とも俺たちと同じ学園の制服を身に着けており、
「へー、女の子にも人気あるんだね、アナザーって」
「性別は問わないからな」
「問わない……てか、性別詐欺だよアレ」
「よくあることだ」
好奇心を満たした俺たち兄妹は再び学校へと足を運ぶ。
「でも、あれだね」
「ん?」
「“あっちの世界”の人もゲームするんだね」
「当たり前だろ。こっちの世界と“異世界”が繋がって約17年。異世界人だってゲームぐらいするさ。この海上都市だってそういった異文化交流を目的として創られたんだからな」
エルフや獣人、その他様々な種族の人間たち。
彼らはもうフィクションではない。一昔前まで空想上の産物だった他世界という概念や魔法という奇跡は全て現実のものとなり、今や俺たちの世代にとっては常識になっていた。
アナザーワールドのARを可能にしたコントローラー。正確には異世代型パワードスーツと呼ばれる異世界間共同開発の魔法の道具――
今の30代以上の人たちにとっては夢のような話だったそうだ。
そして誰が言ったのか――
「事実は小説よりも奇なり……って言葉は知ってるよな」
「兄貴、あたいこれでも優等生ですぜ。それくらい知ってますぜ」
「誰の言葉か知ってるのか?」
「わかんなーい」
「俺も知らん」
「おい、自分で振っといて適当かよ」
「んで、これも誰が最初に言ったかわからないんだが、あんな風にアバターの中身が異世界人だったときのゲーム用語があるんだよ。リアルはゲームよりも異なり――ってな」
俺がそう教えると雫からは「ゲームじゃなくてオフ会用語っぽい」と至極全うなツッコミが炸裂し、苦笑を禁じ得ない事態になった。
とりあえず俺たちが住む世界は昔と比べるとファンタジーな世界になっているそうだ。
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