第4話 非現実の片鱗

「異世界転生……? 希望者……?」


 俺は深呼吸してサラフィナの言葉の意味を考える。異世界転生希望者、『希望者』? 俺はその希望者と間違えられたということか。

いやいや、何を乗せられそうになっているんだ、馬鹿馬鹿しい。


「えーっと、『異世界』とはこの宇宙とは異なる法則で成り立つ別世界です。魔法が使えたり、錬金や付加エンチャントが可能であったり、魔物モンスターが棲息したりする世界。『転生』はその世界で新しく生まれ変わる事を指します」


 マニュアルを読み上げてるだけだろ、とサラフィナにツッコミを入れたくなったが机の上はもちろん、どこにも資料は見当たらない。

 だが、明らかに目は何かを追っている。何を読んでいる?


「標準的な転生は、異世界から召喚の儀式や女神からの召集などの方法でこの世界の人間に干渉し、干渉された人間は異世界に来るように夢や信託、その他様々な方法で誘導されます」


下手な宗教勧誘より悪質だ。夢にまで出るのか。そして何に誘導されるかと言えば......。


「異世界へ向かおうとする人間を異世界転生『希望者』と呼びます。転生する方法は大抵が自殺など、肉体の死です。肉体の転移より精神の移動の方が容易で確実なため、と言われています。そういった経緯から、『希望者』はこの世界からいなくなっても影響の小さい者から選ぶように定められています」


 大きな儀式を用いて肉体ごと異世界へ行く場合は異世界転移って言うんだけどね、と補足を呟いたところで、サラフィナは俺に目を合わせる。


「死ぬ方法なんて方法なんていっぱいあるんだけど、何故か最近の『希望者』はトラックに轢かれるのを好むんだよねー」


まあ小説の影響か女神様の助言のせいだけど、と溢しながら続ける。


「あまりに人が飛び込むからトラック協会が機関経由でウチに泣きついてきて、トラックには異世界転生を妨害する御守りと致命傷を避ける防護陣が標準配備されたわけ。だからトラック協会緑ナンバーのトラックに轢かれても大怪我するなんだよ。コウは7人も轢かれて全員無事なんて変だと思わなかった?」


 思ってないから轢かれようとしたんだよな……。答えに窮した俺は話を逸らすことにする。


「サラフィナは今何を読んでたんだ? 資料があるようには見えないけど」

「モチロンオボエテルンデスヨーアハハ」

「じゃあ俺から目を逸らさないで、もう一回言ってみてくれ」

「えっ、コウって意外と大胆……」

「話を逸らさずにもう一度どうぞ。さんはい」


 そもそも話題を変えたのは俺だが、それは意図的に棚上げしてサラフィナに説明を求める。


「もー、7人轢かれたのを疑問に感じないと思えば変なところは気がつくなあ。後で説明するつもりだったってば。私は異世界転生に必要な情報、スキルやステータス、異能とか属性をこの目で見ることができるんだ。名前もね。見えるのは私だけじゃないけど。普段はしないけど見るのをやめる事もできるよ。ちょっと待ってね」


 そう言ってサラフィナはこちらを見つめてきた。すると、窓も開いていないのにサラフィナの髪がフワリと浮き、瞳とともにうっすらと輝き始めた。赤い瞳がキラキラとしている様に俺は茫然としていたが、次第にその瞳はゆっくりとヘーゼル色に変わっていく。フワフワしている赤い髪も黒く濡れたような色に変わりつつあったが、先端はグラデーションのように赤いままだ。


「なっ……」

「ふう、久々に普通の視界に戻したけどやっぱ不便だね。魔力も使わないから戻すメリットがないし」


 サラフィナは伸びをしながら応える。

 印象がかなり変わるというか、より日本人らしい見た目になった。

 こっちの方が好みだな。いやいや、そうではなく。

 何でもないことのように披露されたが……。非現実的な光景を目の当たりにして俺は絶句していた。


「お、初めて動揺してくれたねー。サラちゃんは嬉しいよ~。とにかくこの目があればサポートが簡単に、正確にできるってこと、分かったでしょ?」

「サポート?」


 俺はもはや察しがつき始めていたが、あえて聞くことにした。

 サラフィナも待ってましたと言わんばかりに口を開く。


「不慮の事故といえ、異世界転生の事情を知ってしまった貴方を一般の世界に返すわけにはいきません。貴方にはしかるべき処置をした上で、異世界に転生して頂きます!(転生の需要はいっぱいあるし)ってわけで~、コウの異世界転生を一からサポートすることになるからよろしくね」


「え? 異世界の事は自分から言ってなかったか!? 自分でペラペラ喋っておいてそれは......

「あ! 会社には協会ウチから説明して傷病休職扱いになるから」

「ぜひよろしくお願いします! ぜひ!」

「え、転身するの早くない!?」


異世界の話の真偽より、降って湧いた休職できる事情に俺は飛びついていた。

本当に異世界へ転生するなら休職やこの世の中の事なんてもう関係ないはずなのだが、そんな単純なことさえ、休職の前ではどうでも良かった。

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