第2話 業後じゃダメか?

 無様な姿のまま振り向くと、そこには事務服を着た女が立っていた。片足を軽く上げ、誰かの足を引っ掛けたかのようなポーズで。

 コイツが邪魔したのか。横に立っていたのに俺は気付かなかったらしい。


「助けてくれてありがとうとでも言えばいいんですか? いやいやどうもありがとう、っと」


女を睨め付けながら俺は立ち上がる。

 赤めのウェーブがかかったセミロングの髪、化粧は濃過ぎないがナチュラルメイクと呼ぶほど薄くはない。ヒールの高いパンプスを履いているがそれでも身長は俺よりかなり低く、怠そうな目でこちらを見ている。控えめに言って美人だが、その瞳と髪は日本で見かけない深い赤色。服装は事務系だが何となくリボン等の装飾から銀行員や公務員ではないことが窺えた。


「あったりまえでしょー? アンタのステータスじゃ、あっちに行っても即死だよ。なんだかなあ、向こうの女神も適当なんだから」


女の言っている意味がさっぱり分からない。女は溜息を吐きながら続ける。


「もしトラックに轢かれろって言われてもナンバーの色なんてフツー気にしないし。しかも今度は下準備の話もしなかったわけ? うわあ、アンタ属性も決めてないじゃん。どう行くかは後で相談するとしても、せめて属性は決めてからにしなよ。悪いことは言わないから、ね?」


トラックのナンバー色は気にしなかったが、大手の運送会社だし緑ナンバーであることは知っている。確かに轢かれる上で気にはしなかったが。


「申し訳ないのですが、通勤中の身でして。次は闇属性でも習得してからお会いできるといいですね。はは」


 ステータスだの属性だの、可愛い見た目に反してヤバい妄想系の女という事が分かった俺は話を合わせながら強引に切り上げる。


 ここで試すのはもうダメだ。目立ち過ぎる。この女のせいで全てが台無しだ。

「アンタねー」と呆れ顔でこちらを見る女。


「通勤とか適当な事言ってもバレバレ。午前中も暇なのは分かってんの。アンタも『希望者』でしょ。『希望者』はニートとか学生、引きこもりしか選ばれないんだから。だからアンタの異能欄だってほら、今は会社い……ん……?」女の顔が引きつり、気怠けな目が見開かれた。


「ええええええ!? なんで? アンタみたいなのを『希望者』に選ぶのは違反でしょ!」

「悪いが」俺は言葉を遮る。もう丁寧語を使うのも煩わしくなってきた。

「貴方が何を言っているのかサッパリ分からない、じゃあな」


 急に冷静さを取り戻したらしい女は俺を再度見据える。


「待って。じゃあなんでアンタはトラックに突っ込もうとしたの? 関係ないって言うなら説明してよね」


 小声で色々言っちゃったし、と女続けていたがとっくに俺の中でヤバい女認定は済んでいる。

 一刻も早く逃げたいが、女が引く気配はない。それどころかいつの間にかスーツの裾を掴んでいるじゃないか。こんなやつに会社まで付いてこられたら大変なことになる。

 俺は諦めとともに深い溜息を吐きながらこう告げた。


「悪いんだがその話、業後じゃダメか?」

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