第4話

ママも入った。スペイン人だといった。「今日は楽しい。日本人楽しい。お勘定半額にしちゃう」と言った。幾らの半額かは定かでない。板さんに料金まで聞いてこなかった。でも、彼も給料取り、そんなに高いとこは使うはずはない。でも今日は、その規定のコースではない。全員入れてのドンちゃん騒ぎである。 3人の一人が「日本の歌を歌います」と云って「与作を」歌った。 与作は木を切る ヘイヘイホー ヘイヘイホー  こだまは かえるよ ヘイヘイホー ヘイヘイホー  女房ははたを織る トントントン トントントン  気だてのいい娘だよ トントントン トントントン  与作 与作 もう日が暮れる  与作 与作 女房が呼んでいる ホーホー ホーホー   いい声だ。カラオケで鍛えた歌だ。2番は3人で、ヘイヘイホー、トントントンは彼女らも続く。日仏の合唱である。どんな歌かと宝塚ジェンヌが訊いてきた。日本の国民的歌手の木こりの歌だと教えた。ママがフラメンコを歌って踊るという。太っていても身のこなしは軽やかだ。宝塚ジェンヌがルームメイトに教えて貰ったと云う歌を歌った。 『蛍の光』であった。パリの場末の酒場で、日仏親善の交流の夜は更けて行くのであった。  あまり更けすぎてもいけない。そもそも初期の目的はこちらの方である。勘定を払って女性を伴って外に出た。勘定はいくらだったかは覚えていない。3人の財布から均等に適当に抜いて宝塚ジェンヌに渡した。彼女は幾らかを私に返し、全額をママに渡した。ママは「サンキュー、ベリーマッチ」と云って、目の前で、残った女性に札を一枚づつ配った。女性たちは私に「Merci」と言ってくれた。  私たちはそれぞれにしけこんだ。私はホストだから幾分酒を控えた。後の3人を心配した。人の心配より自分の心配が先だ。シャワーを浴びた。大丈夫なりの兆候が出た。 Merci pour tout aujourd'hui. Ce était un moment très amusant. 訳:今日はいろいろありがとうございました。とても楽しい時間でした。 と言ったと思った。素敵な黒の下着であった。それを褒めた。微妙なときに彼女は、「コムサ コムサ」と耳元で熱い息をした。パリ最後の一夜であった。 彼女はあなたへのプレゼントがないと悲しそうな顔をしたが、この下着をあなたにプレゼントすると急に言い出した。幾分戸惑いがあったが、感謝の印を頂いた。僕は店の名刺の住所に君宛に日本人形を贈るよ、と適当なことを言って別れた。  ほかの3人に「どうだったと聞くのも野暮で酷」皆、晴れ晴れとした顔ではないか、パリ最後の一夜を楽しめた満足でいいのだ。彼らはそんなケチな人間ではない。私は3人に財布を返した。  さて下着であるが、何処かゴミ箱にでも捨てようと思った。でも気持ちまで捨ててしまいそうで、フランスでは止めることにした。飛行機の窓は開かない。空港に着いた。妻と娘が出迎えに来ていた。車で家に直行。下着も日本に到着。どこに隠そうゴソゴソやっていたら、小学校5年の娘が階上に上がってきて、「お父さん何を探しているの?」と訊いた。 (探しているのではないのです。隠しているのです)とは、云えない。 「ああー、こんなけ探してないのだから諦めよう」と云うと、娘、親切に「お父さん、手伝うでぇー」

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