第3話
タクシーに乗り、メモ紙を見せた。運転手はオッケーと意味ありげに笑った。
どこをどのように走っているのか、昼でもわからないのに、夜はさっぱりわからなかった。それでもホテルよりは町中二向かっていると思った。
着いたところは、下町のさもありなんという雰囲気の街であった。こういう雰囲気は東西共通というのも不思議なものである。細い道を行くとその店はあった。
「あった、あった、本当にあった!」。皆は感動であった。
店の中は少しほの暗く、長いカウンターとボックス席が壁側にある細長い造りであった。余分な飾りはないというより、殺風景というのが当たっていた。壁際のボックス席に男4人が向かいあって座った。カウンターの中にいた太ったママらしき女性が「セパレーツ」と言った。
それでは、女性の座る席がないと言うのである。テーブルの2席を取って、壁際に並んだ。飲み物はビールをとりあえず注文した。
店の奥のカーテンから女性が入場(まさにそんな感じ)してきて、カウンターの椅子にこちらを向いて座った。15人程が並んだ。選べというのだ。店のシステムはパートナーを選べば、儀礼的に飲み物を口にして、さっさと店を出ることであった。
ご指名はホストの僕はラストだ。一番目はいかにもパリジェンヌ、2番目は金髪美人、3番目はスパニッシュ系の情熱美人。粒揃いである。選んだ3人は満足が表情に出ている。
私は「Japanese little」と言った。一番奥に座っていた年長の女性が手を上げた。30後半だろう。ほかの女性とは見劣りしたが、他が若すぎるだけだ。落ち着いてそれなりにいいではないか、僕は自分を納得させた。
シャンパンが出て来た。高いはずだ。これを飲んで店を出るのである。彼女は宝塚出身の女性と半年ルームメイトをしたことがあると語った。かなりのカタコトである。カタコトと、中学2年生英語とで会話が始まった。
パリジェンヌが「日本ではどんな暮らしをしてますか?」とパートナーになった男性に訊いた。「仕事が終わったら、毎日飲んで、午前さんでこの間なんか家に入れてくんないの。仕方ないから玄関先で寝たら、朝方、ご近所に見られたら見苦しいからと、首筋掴んで家に引っ張り込まれたよ。俺の嫁さんは山の神よ」
そんなややこしい暮らしは、自分で云えと思ったが、財布の重みが僕に意見した。little英語に身振り手振り、それをlittle Japanese がパリジェンヌに伝える。
「山の神、マウンテンゴッドでええねんやろぅーか?」。通じない。頭に指2本立てたが、不思議そうに僕の顔を見るだけ。
やけくそで「ヒズ、ワイフ スーパーウルフ」と云ったら、宝塚の女性と同室だった女性が(僕は以降、彼女を宝塚ジェンヌと呼ぶ)フランス語で何か言った。4人の女性が一斉に笑った。それが始まりで、順々に日本での暮らしを手短に紹介することになった。全部通訳ボク。
私の番になって、「日本のバーではこのように飲みます」と言って、ボトルを取り、奥にいる女性も全員呼んだ。氷を持って来て水割りを作らせた。どうも水割りは日本だけらしい。知らないという。飲ませた。「light good」と言った。サー、それからはドンちゃん騒ぎ。「日本のお客さん沢山飲まないよ。すぐ出るね」当たり前だ、値段のわからない酒を飲めるかってんだ。でも今夜は違う。3つの財布に、宝塚ジェンヌがついている。
僕のお仕事を聞かれた。「ブティック」で通用した。短い単語で言えるのは助かる。後の人の仕事を訊かれた。こちらの百貨店も見学に行ったが、屋上からの垂れ幕なんて見なかった。
「文字を書く人だから、writer 記者と間違われたらいけないので。Artist?」
「novelist?」「小説はノベルだった。小説家でも構わないや。分かりっこないのだから。Yes、Yes」と答えた。皆から拍手が貰えた。三人は何だかキョトンとした顔であった。
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