第2話

 T百貨店のやるショッピングセンターに出店した。T百貨店(以降Tと記す)が主催する「海外商業施設視察ツアー」なるものに誘われた。「商業施設?向こうのスーパーを2つほど見るだけです。あとは観光です」と言うから、お付き合いと参加した。

 最初はロンドン、そしてイタリーのミラノにドイツのミュンヘン、最後がパリと10日で4カ国の強行スケジュールであった。向こうに行くとホテルに着いたあと3組に分かれる。1組はT組、向こうに駐在員がいる。2組は海外旅行何回も組、行き慣れている。3組目は、初めて組、どこに行っていいか分からない。

勿論、公式の食事会は3回ほどあったが、後はフリーである。初めて組は5時にホテルに入れられて、外には一歩もという日々であった。Tの社員のつれなさを私も思った。何回も組は足でまといを連れて歩きたくはなかった。自ずから、ホテルに缶詰になってしまう。何のためにヨーロッパくんだりまで来たのか?素敵な夜はどうなった?僕の金髪はどこに行ったのか?初めて組の思いは一緒であった。


 居残り組の多くはTの下請け業者である。余った分は下に振るのである。

社長は何回かTとのお付き合いをして、どんなツアーか知っている。そこで下に振る。部長と名はついても、『歳末大売出し』と屋上から垂れる幕の字を書く現場の人である。パリが最後である。明日帰るという朝のホテルのモーニング、3人が僕の席にやって来た。

「北風はん、英語話せるのやろぅ。俺らを夜どっかへ連れてってくれへんか」

思いは同じである。「分かった」と応えた。


 さて、どうしたものか?そうだ、日本料理屋の板さんだ。彼らはパリの住人だ。知ってるはずだ。昼を食べに行った。最初は答えない。下手に教えて変な事件にでも巻き込まれたらと思っているのだろう。チップを渡した。「ここなら、安全で楽しめます」と、店の名前を書いたメモをくれた。

 久しぶりの日本酒は美味かった。昼間から飲めば尚、気持ちがよろしい。

どこだっけ、パリの広場で有名なとこ、ともかくいい気分で有名なとこを歩いていた。向こうから少年が3人やってきた。中の一人が口に手を当て、タバコを吸う真似をした。

「タバコをくれか?」と思って、ポケットに手をやった。嫌に接近してくるなと思った。少年を突き飛ばして逃げた。少年達も反対方向に逃げた。ジプシーだと気がついた。振り返った。彼らもこちらを振り返っていた。かなりの距離ができていた。

 

 コートの胸裏のポッケトに手をやった。財布がない。既にやられていたのだ。

少年達を追ったが、とっても追えたものではない。酔が急激に回っただけだった。帰りの切符はホテルに置いてきていたが、財布には20万円相当のドル札が入っていた。

 得てしてこんな時は、自分の迂闊さを棚に上げて、朝の3人組が変なことを頼むからだと、他人のせいにしたくなる。


ホテルに帰った。


「北風さんどうだった?」

「うん、いい店を聞いてきたけど、ケチな遊びはやめよう。明日、航空チケットだけあれば帰れるんだろう」と言った。3人はホテルのセフティボックスから財布を持って来て、目の前でチケットとカードを抜くと、財布ごと僕に渡した。僕の取られた財布より随分と重かった。

 そうだろう。昼間の買い物はあっても(それもほとんどカードを使っている)、夜の出費はなかったのだから、残ってるわけだ。でも、そのまま渡されたのには驚いた。後にも、先にもこんなに懐に入れて飲みに行ったのは、初めで、終わりであった。財布の重みは彼らの真剣な思いとして伝わった。

「これは、ホストに徹せんといかんなぁー」と思った。



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