補足・シュメールの農業
シュメール時代の農業はどのように行われていたのであろうか。現在のイラクを見ると乾燥した土地が広がっているばかりで、とても農業に適した土地には思えない。数多くあるシュメールの行政文書のうち、最も変化に富んだ内容なのがラガシュ文書のため、今回は都市ラガシュの農業生産資料を中心に考えていく。
・シュメール農業の実力
ヨーロッパの土地生産性が東アジアのそれに比べて低かったことはよく知られている。米と小麦の生産性の差は如何ともし難かった。
古代ギリシャ等の農業の記録によれば、植えた量の四倍に達することはほぼなかったし、古代ローマにおいて最も肥沃だったシシリーでもせいぜい八倍で、中世グレートブリテンにおいても十倍に過ぎなかった。
しかし古代メソポタミア、特にシュメールの都市ラガシュの資料によれば大麦の種子生産性は平均七十六倍にもなった。年間降水量が200mmを下回る非常に乾燥した気候にも関わらずだ。土地生産性も四十倍は超えていた。それは特別なことではなく、多くの土地で同様に高い生産性が記録されている。多少の誇張があったにせよ、極めて高い事に違いはない。驚くべきことに米の数値ではなく、麦の数値なのだ。(米が育つのは湿潤で暖かな限られた地域のみ)
『蒔いた種子と取れた量の倍率(種子生産性)
・古代ローマ 五倍
・中世ヨーロッパ 三十倍
・エジプト 三十倍
・メソポタミア 八十倍』
シュメール時代(〜紀元前二千三百年)の後、アッカド帝国の時代が始まる。生産性は小作地から順に低下を始め、ウル第三王朝(アッカド帝国の後に復活したシュメール王朝)の時代には土地生産性は二十倍にまで下がった。
乾燥地域の農業は年ごとの豊凶の差が激しいため、一年だけ収量が激減したからといって農業に問題があったとは言いがたい。とはいえ傾向として間違いなく収量は減少し、国家は衰退していった。
・高い農業生産性のワケ
あまりに高い農業生産性が記されているため、古文書に対して疑問が持たれているのは事実だ。しかし乾燥地における人口灌漑が高い効果を上げることは、旧ソビエトのザボロジェ地方(ボ ルガ左岸の 中 ・下流地方)における春播き小麦についての実験などで明らかになっている。
またシュメールは単位面積当たりの播種量(種を蒔く量)がごく僅かだった。古代ローマ農業の五分の一程度である。だからこそ栄養分が一つ一つの種子により多く吸収され、結果として他の時代より蒔いた種子に対する作物の量が爆増したと思われる。
この贅沢な農業を広範囲にわたって可能にしたのが、牛と
更に踏耕と呼ばれる手法を用いており、農作業のはじめに耕地一面を灌水して、水が引いた後、ブーツを履いた牛に耕地を踏ませて耕地の肥沃さを保った。
地理的観点からすると、気候条件は悪いが、肥沃な三日月地帯と呼ばれる通り、シュメールの土壌は極めて肥沃だった。河川の力で作られたメソポタミア一帯の沖積平野は中でも特出していたという。
工業的な観点からしても、高い生産性は強力な設備投資によってもたらされた頷ける結果だ。
ティグリス・ユーフラテスの両河川は農作物の実る秋に増水する。よって効率的に灌漑農業を行うためには、ため池などを利用して必要な時期に必要な量の水を耕地に引き込める設備を整えなければならなかった。このように増水した水をためておいて、乾季にまとめて利用するような農業を
これらの農業を支えたのは都市をあげて行われた教育だ。文字を読める一部の人が多くの農民を指導していた(この格差がエリート層とそれ以外を分けたとも言える)。
同じ農業というか仕事をするだけでも、他の地域と比べて多くの手間と労働力をかけたからこそ、驚異的な生産力が確保できたと考えられる。
・何故シュメール農業は衰退したのか?
殆どの肥沃な三日月地帯に言えることであるが、シュメールにおいても、灌漑農業による土壌の塩化が進んでいたと考えられる。水の蒸発と共に塩が土壌に溜まり続け、やがては不毛の地となってしまうのだ。
この証拠に、都市国家時代は大麦の他に小麦やその他の作物を大量に植えていたのに対して、ウル第三王朝時代からは塩化に強い大麦の耕作面積が圧倒的になった。
土壌の塩化は現在のイラク開発においてすら問題になっている、灌漑農業の本質的な問題点だ。
またラガシュにおいて農業生産量が減少した時期は、都市国家時代においては都市ウンマとの戦争、やがてセム語系アッカド人の侵入、その他蛮族の侵入などで混乱した時期にも重なる。
混乱による農業用用水路の整備不足が、ラガシュの衰退に拍車をかける形となった。
塩害によって崩壊したシュメールに変わって、まだ塩害の被害の薄い両河川上流域へとメソポタミア文明の中心が移っていく。ウル・ウルク・ラガシュ・ウンマといった都市は廃れていき、バビロンやアッカドをはじめとする振興都市、民族の時代が始まろうとしていた。
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