産めよ増やせよ地に満ちよ(6万年前〜)

 ホモ・サピエンスはアフリカに誕生し、絶滅の危機に見舞われながらも再起した。そして出アフリカを実現して世界各地へと旅立ったのである。親戚たるネアンデルタール人との屍を超え、彼らは今もう一段階上へと至りつつあった。

『アニマル・シンボリクム(物事をシンボル、意味として理解する生物)』へ進歩である。


・ホモ・サピエンスの大移動


 ホモ・サピエンスは新たな獲物を求めてアフリカを飛び出した。およそ六万年前のことだ。

トバ火山の噴火により寒冷化が進み、地球が少しずつ氷に覆われつつある中で、人類は大型哺乳類の豊富なエネルギーを求めて旅を始めたのである。

 ダーウィンの進化論にあるように、同じ種類が引き離されると、小集団ごとの遺伝子の数(遺伝子プール)が減少して変異が固定化されやすくなる。ガラパゴスゾウガメなどは、ガラパゴス諸島のどの島にいるかによって進化の方向性が変化するのと同じだ。低木の多いところでは木の実を食べるために首が長くなるが、別のところでは首を短くして外敵から身を守る、といった風に。

 人類も例に漏れず、出アフリカ後の地理的な分断にやって四つの民族に分化した。

「ネグロイド」(アフリカ人に多い、別名をコサイン語族)

「コーカソイド」(ヨーロッパ人に多い)

「モンゴロイド」(アジア、中国人およびアメリカ先住民に多い)

「オーストラロイド」(オーストラリア先住民、別名アボリジニ)

 以上の四種である。肌の色が違うのはそもそも進化の過程で地理的に隔絶されていたからなのだ。


・「最古の開拓者たち」


 出アフリカを遂げた人類は、四万年前にはヨーロッパ、五万年前にはアジアへと到達した。

 アジアへ向かった一団の一部(後のアボリジニ)は、かつてないほど海水位が下がっている時代だとはいえ、八百キロの大海原を超えてオーストラリア大陸まで渡った。無事にオーストラリア大陸に新天地を見つけた人々は八百人程度の村を築いて暮らした。

 なお、村の規模が小さすぎると近親交配が起こるリスクがある。今現在からでは想像できないが、一生をその村で完結させるのが当たり前だった頃の話だ。少人数だと村中と親戚関係になってしまうリスクが高まるのは普通だった(そして近親交配のリスクが知られるのは遺伝学の発展を待たねばならない)。具体的には村の人数が495人を下回ると近親交配のおそれがある(隔絶した村においてのみ)。

 アボリジニ達は独自の生活様式、工芸、陶芸、道具を発展させたのだが、最も驚くべきは今から250年ほど前のヨーロッパ人による侵略まで外界の影響を一切合切受けなかったことだろう。


 さて、アフリカを出てヨーロッパに向かった集団もいた。彼らは時にクロマニョン人とも呼ばれるが、これはフランス南西部のドルトーニュ(アキテーヌ地方)にあるクロマニョン洞窟(ポルドー東北東130キロほど)で骨が発掘されたことに由来する。同地域にはネアンデルタール人も多かったが、彼らが打撃、刺突武器で大型哺乳類に襲いかかるのに対し、ホモ・サピエンスは弓や罠で小型哺乳類を仕留めて暮らしたとされている。こちらの方が成功率が高かった。


 そして今からおよそ二万年前、氷河期がピークを迎えた。地球の三分の一が氷河に覆われて、スミロドン(サーベルタイガー)やケナガマンモスが繁栄した。彼らは極寒の地で人類の大切なエネルギー源となった。

 そして同時に氷河が大陸と大陸の隙間をつないだ。ベーリング海峡(アラスカとロシアの間)が氷によって接続されたこと(ベーリンジア陸橋の出現)と、そこでも人間が食料を手にできたことは(またはそこを超える分の食料を持ち運べたことは)、人類の生息範囲をさらに拡大する結果となった。

 こうして今から二万、一万六千年前あたりに人類は北アメリカへ進出した。一万五千年前には南アメリカまで進出し、南極以外で人類の進出していない大陸は無くなったのだ。


 人類は世界を征服したのである。




・補足「私達の遺伝子配列は三種の人類に由来する」


 ホモ・サピエンスは他のヒト属と交配したことがわかっている。千九百九十年代には化石人骨に残ったDNAを分析することが可能になったからだ。

 ヒトの遺伝子情報、ヒトゲノムが解読されたことはよく知られているが、実はネアンデルタール人の全遺伝情報も解読済みなのだ。両者を照らし合わせた結果、ホモ・サピエンスはネアンデルタール人と何度も交錯し、ゲノムの一部が受け継がれていることが明らかになった。割合にして一〜四パーセントだ。

数字で見ると小さな影響に思えるが、髪の色や白い皮膚、病気への耐性に関する遺伝子を受け継いだと考えるとその影響は大きかった。

 さらに、ホモ・サピエンスとネアンデルタール人が共存していた約四万年前のユーラシア大陸に「デニソワ人」と呼ばれる第三の人類が居たこともわかっている。ロシアの中南部、ノヴォシビルスクを中心とするアルタイ地方にあるデニソワ洞穴で見つかった骨を調べたところ、ホモ・サピエンスともネアンデルタール人とも異なる遺伝情報(ゲノム)を持つことが判明したのだ。

 デニソワ人は絶滅したものの、彼らはホモ・サピエンスやネアンデルタールと交錯しており遺伝情報の一部が受け継がれている。特に現在のパプアニューギニアなどに暮らすメラネシア人のゲノムは5パーセント前後がデニソワ人に由来することが判明した(注1)。


【注訳】


1.この情報は以下に由来する。

National Geographic 『デニソワ人に別グループ、アジアでまた驚きの発見』https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/19/041500228/?ST=m_news


・補足「地球温暖化について」


 昨今の世の中で地球温暖化が叫ばれているが、これは氷期が終わりつつあるというだけだという学者もいる。南極大陸やグリーンランド、北極圏なとの氷床が氷期の証であり、これが解けた時に氷河期が完全におわるのだ。人類の活動がどれだけ氷期を終わりへと導いているのかは定かではないが、地球はそもそも氷期を不定期に繰り返してきた。

 温暖化が地球の歴史から見て果たして「異常気象」なのだろうか。これに関しては二派に分かれて論争中だが、地球の気温が年々上がっていることは否定できない。

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