世界史へのプロローグ(200万年前〜)

 猿は二足歩行することで猿人となり、道具を用いることで原人へと進化した。しかし旧石器時代の開始は人類の更なる飛躍への第一歩でしかない。原人ホモ・ハビリスはホモ・エレクトゥス(直立する人)へと進化し、世界各地へと広がっていくことになる。


・生態系の頂点へと


 人類が初めてアフリカを脱出したのは原人の頃だったとされる。器用な人を冠する『ホモ・エレクトゥス』は今からおよそ二百万年年前にホモ・ハビリスから進化した。ケニアのトゥルカナ湖畔という場所で謎の死を遂げた少年ホモ・エレクトゥスが同種最古の化石で、推定年代は百八十万年前である(クリストファー2009)。


 ホモ・エレクトゥスは原人という点でホモ・ハビリスと同一ではあった。しかし脳の肥大化→肉への欲求→武器の強化→知能の強化→(最初に戻る)という無限ループによっ、てこれまでとは比べ物にならない進化を遂げていた。まず彼らの脳は九百㎤〜1一千㎤であり、ホモ・ハビリスと比べて一・五倍のサイズになっていた。最古の人類とされるサヘラントロプス・チャンデンシスの脳のサイズが三百六十㎤で、ホモ・ハビリスの七百㎤になるまで五百万年ほどかかったのに対し、エレクトゥスはたったの百万年で三百㎤も脳を大型化させたのだ。


 また彼らはアフリカの暑さに耐え抜くため汗腺を発達させた。汗を多量にかくようになったのはこれが理由である。保温の必要はないので体毛は抜け落ちてしまった。暑いんだから毛が抜けるのは当然の進化だ。でも安心してほしい、髪は残っている(聞かれてない)。日除け帽としての役割を担ったのだろうか。アフリカの厳しい日差しのおかげで、私達はハゲにならずに済んだのかもしれない。

 またエレクトゥスがこれまでの人類と比べて革新的だったのは、人類として初めて生態系の頂点へと躍り出たということだ。これまでの人類は、ライオンを始めとした肉食動物に狩られる側だった。石を打ち付けて荒く削っただけの打製石器では、彼らの厚い皮膚を突き破るのに苦労する。しかしエレクトゥスはその高い知能を活かし『槍』を発明した。古代から近世まであらゆる戦場で用いられた実用性の高い武器だ。長いリーチと鋭い穂先は他の肉食動物を圧倒したことだろう。


・「みんなでキャンプファイヤーを囲んで踊ろう!」


 人類の進化といえば、火の存在を欠かすことはできない。脳の大型化が起こった理由に火の利用をあげる研究者もいるほどだ。『料理仮説』によれば、人類で初めて火を利用したのはホモ・ハビリスである。アフリカの乾燥した草原などでは雷による自然発火が数多く起こった。ハビリスはこれを利用し、長い木の棒などに火を移し替えて獣除けにしたのだ。エレクトゥスのように槍を持たない彼らにとっては最強の武器だったのかもしれない(とはいえ料理仮説は考古学的証拠が十分ではない)。


 人類で初めて火起こしに成功したのがホモ・エレクトゥスだ。火は獣除けにも役立ったが、調理を可能にしたのが何よりの功績だろう。生肉よりも加熱した肉の方が消化にかかる時間が短く、効率よくエネルギーを採取できるからだ。大抵のゲームで生肉よりも火を通した肉の方が回復量が多いのも頷ける。

 しかしここで疑問が生じる。我が祖先たちははどこで火の扱い方を知ったのだろうか? ギリシア神話において色々と語られてはいるものの、本当のところは分かっていない。とはいえ、良くアニメなんかに出てくるように木と木を擦り合わせて火を起こしたわけではなかった。

 中期旧石器時代から近世まで、火の起こし方の基本は同じだった。それ即ち火打石である。某クラフトゲームでも火起こしといったら火打石だろう? 時代が進むと火打石は金属と組み合わせて使われるようになるが、当初は本当に石だけで火花を起こし、それを燃えやすい物に引火させて火種を作った。イスラエル北部では、五十万年前に使われたと見られる焦げた火打石の破片が出土している。

 またエレクトゥスは約百人ほどで集団生活を営んだとされる。集団で狩りを行い、罠で獲物を捕らえた。石器もハビリスの頃より発達し、石の片面だけでなく両面を削ることで石をより鋭利な物へ加工した。『両面加工石器』と呼ばれ、ハビリスの頃より四倍も刃渡りが長くなったそれは調理や木材の加工に役立っただろう。集団行動が始まると同時に男女分業も始まった。


 ・全世界、行けるところ全てを征服した


 集団生活による安定と持ち運びできる道具、火の威力を手にした人類は他の生物とは隔絶した力を持ち始めた。ホモ・エレクトゥスはついにアフリカを飛び出し、ヨーロッパの西端スペイン、メソポタミア、中国一帯、インドネシアのジャワ島にまで生息域を拡大した。中国で見つかった個体を『北京原人』、インドネシアのジャワ島で見つかった個体を『ジャワ原人』と呼ぶ。おそらく中学か高校の教科書で一度は聞いたことがあるだろう。 

 

 彼らはアフリカとユーラシアの端から端までを徒歩で移動した。別に急ぐ必要はなかったし、獲物が豊富なら移動する必要もなかったからペースは早くなかったと思われる。しかし仮に一年に十六キロメートルペースで移動したとしても、アフリカから中国まで六百年あればたどり着くことができた。エレクトゥスの平均寿命は30歳前後だったと推定されるので、およそ30世代分だ。長い旅路の末に、少なくとも七十万年前には彼らは英国に到達していた。これは考古学的な証拠から分かっている。ドーバー海峡を越えてきたのか、干上がっている時に歩いて渡ってきたのかは分からない。ただ一つ言えることは、人類は原人の時代にユーラシア大陸を支配したということだ。


・もっと強く、もっと賢く。


ホモ・エレクトゥスの時代に、地球は氷河期へと突き進んでいった。ヨーロッパやアジアが氷点下の世界へと変わる中で、彼らは見事に生き残って見せた。理由はいくつも挙げられるが、まず雑食性でさまざまな食料を口に出来たことが大きな要因だろう。木の実、果実、植物の根や葉、小動物、昆虫、地虫などなんでも食べることができた。ホモ・ハビリスの頃から、時には大型ネコ科動物の餌食となり、時には彼らの食べ残しを猛禽類やハイエナと奪い合ったのである。ホモ・エレクトゥスになると火を扱うことで食事の幅は広がったが、解毒能力や胃酸は衰えたかもしれない。それでも高エネルギーの食べ物によって彼らは環境に適応し、生き残る力を得てきたのだ。

賢かったことも彼らが氷河期を生き残る大きな要因となった。高エネルギーの食料によって肥大化した脳は、氷河期という危機において適切に機能した。彼らは熊の毛皮を背中にかけることで衣服とし、身を潜めら洞穴を見つけるか小屋を作り、作った火種を絶やさない技術を身につけていに違いない。

 さて、それでも気候変動がホモ・エレクトゥスにとって打撃となったのは確かだ。人類はより寒さに耐えうる生物への進化を必要としていた。

一度捨て去った体毛を再び生やそうか? ……いや、筋肉を増やそう。筋肉さえあれば寒さなんてへっちゃらだ。もちろん武器を作るために更なる知能も必要だろう。そして筋肉をつけてマンモスやエラスモテリウム(巨大サイ)のような巨大生物を狩り、過酷な冬を生き抜くエネルギーを手にするのだ。

おそらくこのようなコンセプトで生まれたのが旧人、ネアンデルタール人(ホモ・ネアンデルターレンシス)だった。彼らは三十五万年ほど前にアジアに現れ、気候が許す限り北へ西へと進出したと言われる。

 では他の原人であるホモ・エレクトゥスはどうなってしまったのだろう。もちろんそれぞれ思い思いの進化を遂げた。ホモ・エルガステル(アフリカに残りつづけたエレクトゥス)、ホモ・ローデシエンシス(ローデシアと呼ばれるアフリカ南部地域が名前の由来)、ホモ・ハイデルベルゲンシス(名前の通りドイツで出土)、そしてホモ・ネアンデルターレンシスである。このうち最後の二種は旧人であり、生物的に我々とほぼ変わらない知能を手に入れていた。彼らは再ーロッパから中国までユーラシア一帯に広く進出、分布するようになった。

 考古学者の間で論争になっているのは、彼らがそれぞれ争いあったりコミニティを作ったりしたかどうかという点である。今ハッキリしているのは彼らが種として交わることはほとんどなかったことだ。現在のヨーロッパとアジアには四十億人を超えるホモ・サピエンスが生息しているが、当時は百万人ほどのホモ属が散らばって暮らしていたに過ぎなかった。この数では互いに出会うことも滅多になく、種の交配は少なかったと推測される。

 

 原人から旧人へと世代交代が起こる中、ネアンデルタール人の出現から僅か十五万年ほどを経たある時、アフリカで更なる進化を遂げた人類が現れる。彼らこそがホモ・サピエンス、後に宇宙へと飛び立つ生命体だった。

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