立ち上がって武器を持て(700、300万年前〜)
哺乳類全盛の時代が始まった。ある物は天井に立ち、ある物は巨大化し、ある物は海へと乗り出した。しなし我々の祖先である猿は未だ木の上に引きこもったままである。
・母なる大地を飛び出して
猿、もとい霊長類は広葉樹を住処としていたため、暑く湿ったところを好んだ。相次ぐ気候変動によって生息範囲を狭めながらも、アフリカにおいて霊長類は比類無き繁栄を誇っていた。
前話で進化の過程を話したが、メガネザルやキツネザルなど、表情のない原始的な種類が未だ現存しているのは何故なのだろうか。これは彼らの暮らすマダガスカル島の成り立ちに由来する。
マダガスカル島は一億六千五百万年前にアフリカから分離し、八千万年前にインド亜大陸(当時は大陸だった)から分離して現在のポジション、アフリカの東隣に収まった(クリストファー・ロイド、2009)。アフリカから孤立することになったマダガスカルの猿は、アフリカ猿と進化の道を違えることになる。
猿は北アメリカや南米、アジアなどで繁栄できなかった。しかしアフリカでは繁栄を勝ち取り、進化を遂げた。そして再び全世界へと広がった。
二千五百年前には猿の集団が一つ二つアフリカから南米へ移住したと言われている(アフリカと南米の距離は最も近いところでおよそ三千キロメートル離れている。日本列島の長さが3294キロメートルと考えると……マジか)。小型の猿が流木に乗って移動したと考えられる。
彼らは熱帯雨林に適応するために尾を進化させ、第四の手のように扱えるようになった。新世界ザルの祖先である。
対して徒歩でアジア地域へ向かった猿はどうだろう。彼らはジャングルにおいて、新世界ザルとは全く逆の進化を遂げた。尾がなくなったのだ。オランウータンやテナガザル、ニホンザルに尾は存在しない。果たしていつどこで、なぜこのようになったのかはっきりとは分かっていない。
ちなみに、人類と猿(チンパンジー)が別々の道を歩み始めたのは七百万年ほど前とされている(注1)。一方がチンパンジーとボノボ、もう一方が人類の系統となったらしい。人類とチンパンジーのDNA配列は96パーセント以上同じという説もある(注2)ほど、チンパンジーと我々は近しい種なのだ。
・直立二足歩行への挑戦
世界中でに猿が広がったとはいえ、その進化の最先端を行っていたのはアフリカだった。今のアフリカを見れば、その理由が分かる。環境は徐々に乾燥し、森林は草原へ、後に砂漠へと変わってしまったからだ。過酷な環境が進化を誘発する。というよりか、過酷な環境では運良く突然変異したDNAを持つ個体のみが生き残る。そうして選抜されたのが、二足歩行で地上に降り立った猿たちだった。
もともと樹上に暮らしていた猿の一部が森林や食料の減少と共に、地上に降りて獲物を探さざるをえなくなった。猿はすでにある程度の大型化を遂げ、身体能力も抜きん出ていた。プルガトリウスだったころほど地上は危険な空間ではなかったのだ。もちろん平野でサーベルタイガーに襲われれば被捕食者となっていただろうが。
今から三百万年ほど前。アフリカの高原地帯エチオピアに暮らしていた猿人もまた、二足歩行していたとされる。後の世に発見された彼女は、ルーシーと名付けられた。
ルーシーはアウストラロピテクス・アファレンシス(アファール猿人)の一人で、その中でも最初期の個体だった。さて彼女らは何故、木から降りて二足歩行をするに至ったのか。
まだ頭部は発達しておらず、特出して高い知能を持っていたようには思えない。頭部の形とサイズはチンパンジーそのものだ。400㎤なので、500mlペットボトルよりも小さい。身長も1.1メートルと低い。従来の『高い知能ゆえに二足歩行を選択した』という科学者たちの説は、ルーシーの発見によって否定されたことになる(クリストファー2009)。
更に時代を戻って七百万年前から六百年前、『サヘラントロプス・チャンデンシス』という猿人がアフリカ中央部のチャドにおいて存在した。こちらも二足歩行していたと見られていて、この推定によればルーシーより三百万年も前から人類は二足歩行していたことになる(しかし単なるゴリラの祖先の頭骨だと主張する人もいる)。これが本当なら、ルーシーが立った! と言う三百万年も前に既に猿人は立っていた(Newton 2019.9月号)。 ク〇ラもハ◯ジの前で立つ前に、牛に驚いて立っていたのだから、なるほどあり得る話かもしれない。
・開いた手の有効活用をめぐって。
さて、何故人類が二足歩行を始めたのかの話に戻ろう。とはいえ実のところ答えは出ていない。こじつけかもしれないが、いくつかの書籍やサイトで紹介されていた仮説を述べる。
アニメなどで、動物の進化の最終形態が二足歩行であるかのように扱われることがよくある。これは全くの間違いとはいえないが、大抵の場合ありえない。何故なら、二足歩行より四足歩行の方が身体能力的に優れているからだ。 これはチーターか、チーターから逃げるガゼルやシマウマなどを想像してもらえれば分かりやすい。どう考えても二本より四本の足で動いた方が速いので、獲物を追うにも天敵から逃げるにも優位なのだ。
それに二本足になるといくつかの問題が出てくる。二足歩行するには、姿勢を安定させるために骨盤が狭い方が良い。しかしその分出産が苦しくなり、母子双方に危険が増すのだ。女性の出産が痛い理由には二足歩行があるといっても過言ではない。
では四足歩行の方が二足歩行より速く走れるのは何故だろう。それは四本足がある分だけ、二本足エネルギーを地面に伝えられるからだ(単純にいえば)。しかしそれは、エネルギーを節約したくても四本足分強制的に使ってしまうということでもある。
チンパンジーと人間をランニングマシーンに乗せた実験があった。(想像してみるとなかなかにシュール)。すると同じ距離を歩いた時、二足歩行なら四足歩行の25%のエネルギー消費で済むことが分かった。つまり厳しい環境で食料を探し回るには二足歩行の方が有利なのだ。
更に二足歩行することは、両腕を別のことに使えるという至極当然のメリットをもたらす。両腕を常に地面につけての生活を想像してみてほしい。当たり前ながら不便だろう。猿人はまだ道具を扱っていないので道具を使えないといった心配はないが、物は運べないし、食べながら歩くこともできないのは彼らにとっても不便だろう。
アリのように背中に食料を乗せて貯蔵場所に運ぶのは難しいが、両手に持てば簡単に運び込める。環境が悪化しつつあったアフリカにおいて、この能力がどれだけ彼ら猿人を助けたのかは想像に難くない。しかし彼らの食べ歩きが我々のながらスマホへと繋がっているので、交通安全のためには四足歩行の方が良いかも知れないが。
・石と石をぶつけると尖る。
人類は二足歩行するようになったことで「器用に使える手」「脳の大型化に耐えるための背骨を中心とした骨格構造」「多様な発声が可能な喉の構造」を手に入れていく。二百六十万年前にはアフリカで原人が出現し、前述の猿人と共存し始めた(Newton 2019.9月号)。
原人はより直立に近い二足歩行を行い、背が1.3メートルほどまで高くなった。零・二メートルの成長である(すごいのか、これ?)。何より特出すべき点は、人類史で始めて石器を作り始めたということだ。
その名に『器用な人』を冠する原人ホモ・ハビリスは、おそらく道具を作って使用した最初の人類である。脳のサイズも四百㎤から七百㎤に肥大した。彼らは肉を骨から削ぎ落とすための鋭利な石器を用いた証拠が残っている最古の人類だ。彼らの出現は世に言う旧石器時代の到来を告げた。アウストラロピテクス属からホモ属へ、人類の主役は移り変わった。知性を持ったヒトが歴史の表舞台へと躍り出たのは、彼ら道具を加工し始めた瞬間だったのだから。
・加速する進化
原人の出現によって脳が大きくなると、より多くのエネルギーを必要とするようになる。勉強した時に甘いものが食べたくなるのは気のせいではない。我々の脳は一日に四百キロカロリーを考える為だけに消費しており、その量は代謝の二十パーセントにあたる。
これは急速な進化のキッカケだった。大きな脳はより多くのエネルギーを必要とする。私ならエネルギーが欲しくなると、決まって肉が欲しくなる。ベジタリアンでもない限りは高エネルギーな肉に極上の旨味を感じるに違いない。しかし当時は肉屋なんて物ないので、自分で動物を狩るしかなかった。小型動物ではすぐに足りなくなったので、獲物はだんだんと大型化した。しかしクマやサイ、ゾウの祖先を倒すには強力な武器が必要である。強力な道具を作るには、脳を大きくして知能を高めた方が良い。
こうして進化の倍速再生が始まった。脳が大きくなると肉を求めた。肉を取るために武器を求めた。武器を作るために知能を求めて脳を大型化した。こうして原人は旧人、新人へと進化を遂げていく。
ネアンデルタール人などの旧人は今から八十万年前。ホモ・サピエンスなど新人は今から六万年前に出現することとなった。
【注記】
1.近年の研究では別説も存在し、支持を集めている。
National Geographic 『ヒトと類人猿の分岐は1300万年前?』
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/article/news/14/9355/?ST=m_news
2.ただし、測定法が作為的な物であるのは否めない。
Gigazine 『人間とチンパンジーのDNAは99%一致するというのは本当なのか?』
https://www.google.com/amp/s/gigazine.net/amp/20150721-human-not-99percent-chimp
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