其之十一 神獣乱舞
「
「とにかく、
「それでは、この大きさでは不足ですな」
曹操に撤退の意思がないことを知って、左慈が溜め息をつきながら、地面に置いた縄を拾った。すると、輪の中にあった水面も消えてしまった。
「オレは龍を釣らなければならない」
それは天下を狙う意志の表れだった。
「龍を釣れば、退くのでございますな?」
「ああ、約束する」
曹操が夜空を見上げて断言した。
「分かりました。これを残していきましょう。この地は龍脈が流れておりますから、龍を釣ることもできるでしょう。江水の
左慈が曹操に手にした小枝の竿を差し出すと、後ずさって、闇の中に消えた。
龍脈というのは、天上、あるいは地下を流れる大きな気の道筋をいう。
左慈がいなくなるのとほぼ時を同じくして、兵の報告があった。
「丞相、敵の船が見えました。先頭に一
「先頭は
曹操のもとへ戻っていた
孔明は戦後の形勢不利を事前に解消しておくため、あえて
それを知った上で、曹操は
孔明は思惑通り、曹操本陣の戦力を分散させると共に周瑜への障害を作ったのである。そんなことは一切関知しない蒋幹は、黄蓋が寝返って使者の一行を連れ出す脱出計画もすでに曹操の耳に入れてあった。
「丞相は黄蓋が本気で寝返るとお思いですか?」
龐統がひっそり曹操に聞いた。
「
「なるほど。泰山
泰山のようにどっしりと落ち着き、揺るがない。曹操は大きな山だ。
龐統がその山の
「……黄蓋の真意を確かめるため、私が様子を
「よかろう。
「はっ」
腹に
「我等も様子を見るとしよう」
曹操は
その上の冬の夜空には赤く輝く星があった。少し離れたところに青白く光る星があり、その二つの星の間に三つ星が並んでいる。オリオンの星座だ。小枝でそれを指しながら、
「オレと玄徳の戦いに文台の息子が入ってきたか……」
曹操が独り言を呟いた。その後ろで、篝火の炎が何かの前兆のように
夜の闇を映し込んだ江上で二つの船団が
「迎えがやってきたぞ。これで安心だ」
味方の船団の登場に曹彰が言って、立ち上がった。
「尚香様、ご用意を」
それに続く黄蓋の言葉に尚香が頷いた。尚香が腰の武器に手をやった。曹彰は味方の船に目がいっていて、気付かない。
「曹彰様はおられますか?」
蔡瑁の船団が小船に接触した。船の上から蔡瑁が小船の乗員に声をかけた。
「おお、私だ」
「水軍都督の蔡瑁でございます。早くこちらに乗り移りください」
兵の一人が悲鳴を上げて倒れた。曹彰、蔡瑁が振り返る。曹彰が見たのは剣を振り下ろす黄蓋の姿。
「何をするか、貴様ぁ!」
曹彰が手にした剣を振るう。それは再び剣を振り上げた黄蓋を斬ったが、鎧のせいで致命傷には至らなかった。
「何だ?」
斬った曹彰が戸惑ったように言ったのは、黄蓋を斬った瞬間に火花が飛び散り、それが小さな火鳥となって暗闇の中を飛んで行ったからだ。
『あの時の火か……?』
黄蓋の脳裏に朱雀鏡を坤禅した時の出来事が過った。だが、その記憶を十分に蘇らせることはできない。黄蓋は剣を落とし、胸を押さえてつんのめった。
任務を果たすためにずっと
「江東兵の強さを見せてやれ!
最後にそう号令を発した後、敵将を道連れに水中へ没した。その見事な
「黄将軍の命を無駄にするな! 一人で十人を斬れ!」
顔に大きな傷を持つその兵の武勇は飛び抜けていて、有言実行、次々と蔡瑁軍の兵を斬り倒した。
「船を制圧しろ! 尚香様、鈴の
腰に下げた鈴を鳴らして勇躍し、大言したのは
この男もまた
蔡瑁の船団に乗り込んだ江東兵たちは二十人に満たないながら、奇襲効果も手伝って、奮闘した。そうしているうちに
「火を付けろ! 突っ込め!」
これまた兵卒を装った蒋欽が号令を発す。
積荷の
「あっ!」
予期せぬ事態――――
蔡瑁船団の最後尾に付け、黄蓋の佯降が現実となったのを目撃した龐統は、
「巻き添えは
輔匡、
この走舸の船床には〝
またの名を〝
冬至。陰気の満ちた夜。龐統が
「皆、声を出さぬよう」
赤壁の沖に一
朱雀鏡。磨き上げられた鏡面と翼を広げた
鳥文とは鳳凰をデザインした紋様をいう。それが赤い霊気を帯びて、微かに発光しているようだった。
一年前。
「……
「……
神獣を呼び覚ます呪文。願いを捧げる
突如、朱雀鏡から立ち昇る赤い気が弾けたか思うと、それが一条の帯となって一直線に赤壁へ向かっていった。そして、赤壁の岩肌に当たるとその赤い気は炎となって燃え上がり、中から火の鳥が生まれ出た。炎の翼を広げたそれは、勢いよく闇夜を飛翔した。
北の空が
江上が燃えていた。夜空と
「火攻めか!」
江水の北岸と南岸、互いに離れた位置にいる曹操と司馬懿が同時に叫んだ。
曹操も司馬懿も味方の船団が燃えているのだと分かった。
「おのれ、周瑜め!」
曹操が敵将を
風は順風。蔡瑁の船団とは距離が離れているため、火の粉が飛んでくることもない。火攻めを一番警戒していた曹操は天候に常に気を配っていた。
「水門を閉める準備はしておけ」
曹操は兵に命令した。烏林の河岸に築かれた曹操の水陣には船を利用した巨大な水門が備え付けられていた。ふと、曹操の視線の先を光る何かが
俄に風向きが変わった。東南の風。熱を帯びた風。
曹操がそれを起こしたものを視界に捉える。天高く舞い昇って、燃え盛る翼を広げたそれは――――朱雀。
後漢の
「これは幻想か……?」
司馬懿もそれを山の斜面から遠望した。信じられないが、
「いいえ、現実よ。これだったんだわ、私が見た凶兆……」
火見が呟いた。何度も目にしてきた凶兆が、今、現実となって
「山頂へ向かおう」
司馬懿はそれをもっとよく見たいと欲して、さらに上へ急いだ。
小さな山である。山の
「あっ」
火見が声を上げた。月光と
『
孔明はそう仙界に念を送った。戦国時代の楚に仕えた屈原は秦に対抗する手段として、政治家として斉との合従を唱え、詩人として
「
孔明が屈原の『
「……あの火の鳥は孔明の
圧倒的兵力差を
「奴は仙術を
それは自分と孔明との圧倒的能力差でもある。司馬懿は
火の鳥が羽ばたくたびに突風が巻き起こり、火の粉が舞い散る。それは蔡瑁の船団の上に降り注ぎ、火と突風に
「見よ、天は我等に味方した。何も恐れることはない。全軍進め、賊軍を
大都督・周瑜の号令が発せられ、進軍を告げる太鼓の
『龐統め、こんなことができるのか……!』
周瑜はこの火の鳥を召喚したのが鳳雛こと、龐統士元だと分かった。坤禅を解き、江東の宝である朱雀鏡を持って行った男である。今こそ曹操に勝利するために持ち去ったのだと分かったが、龐統は孫権に採用されなかった経緯がある。
そんな男が勝利した後におとなしく神器を返すだろうか?
朱雀鏡が返還されず、こんな能力を持った男が敵になれば、末恐ろしいことになる。
「ええい!」
周瑜がかぶりを振った。今はそれどころではない。尚香の役割は佯降を演じて、黄蓋と共に曹操水軍の先鋒に奇襲をかけるまでであり、この時点で周瑜は尚香の身柄を回収する
「尚香様を探せ!」
いくらこの大戦で勝利を手にしても、そのために主君の妹を失ったとあっては、どの
「副都督の命でこの辺りは我々が捜索致します。大都督は敵の追撃をとの
そう進言したのは
孫匡は、
江東は総動員だった。武人肌ではないが、孫匡もこの江東の存亡がかかった一大決戦に孫権の代理として参画している。
左舷を行く程普の船団が太鼓を激しく打ち鳴らしていた。進軍を
「頼む」
周瑜が言って、孫匡にそれを託した。自分は大都督としての責務を果たさなければならない。が、勝利を目前にしながらも、周瑜が心に抱えた憂いは大きくなるばかりだった。
江上に浮かぶ炎の壁が迫ってきた。炎に包まれた蔡瑁の船団が流されてきているのだ。
「急ぎ水門を締めよ!」
曹操が叫んだ。火の鳥の羽ばたきのせいで、風上にあったこちらが一転して風下になった。東南風。曹操の水軍を危機に
曹操の判断で炎の
しかし、脅威は続く。火の鳥は曹操の水陣の上を飛翔して、降り注いだ火の粉が水門の内側に並ぶ曹操水軍を焼いた。そこに周瑜率いる江東水軍が迫り来た。
「突っ込め!」
先陣を切った凌統の走舸隊が満載した萱に火を付け、炎を纏って水門に体当たりした。水門に火が移り、強風に煽られてごうごうと燃え始める。
間もなく水門は突破され、江東船団が水門内にひしめく曹操船団に肉薄した。
「ありったけの矢を放て!」
周瑜の命令で大量の矢が射かけられた。矢が孤を描くその上を火の鳥が滑空して、熱風に晒された矢に次々と火が付く。火矢の雨。それが風に乗って互いに固く連結され、身動きが取れない曹操船団に降り注いだ。
「応戦しろ、矢を射返せ!」
「すぐに連結を外せ!」
「火の付いた船から離すんだ!」
折しも、翌朝の出撃に向けて多くの将兵が水上の要塞に物資を
そのうち、
それらが大火に包まれた船上を逃げ惑う曹操軍の兵士たちを包み込み、その身に容赦なく突き刺さった。もはや水中にしか逃げ道が残されていないことを悟った曹操軍の兵士たちは止むなく水中へ飛び込んだが、北方出身の兵士たちは泳ぎの経験がほとんどないために岸へ辿り着く前に
これほど統制が乱れてしまっては、立て直しはもう不可能だ。冬の冷気を掻き消すような灼熱が曹操の肌を焦がした。負ける――――曹操は直感した。
「何故だ!」
曹操は思わず自分の邪魔をしようとする上空の朱雀に
「オレは赤い宿命を負っているのだぞ!」
赤い火の鳥が天から敗北を運んできた。それが
火の鳥は散々炎と
「父上、危ない!」
曹丕が曹操の体を脇に押しやった。曹操の楼船にも無数の火の粉が降ってきた。
今、曹操がいた場所にも火の粉が落ちてきて、バチッと
『――――少年さん、悪い火あります』
その火を振り返った曹操の脳裏に少年時代の思い出が甦ってきた。
遠い過去の記憶。洛陽。
明々と輝く大きな火の壁を背にした司馬懿に火見が呟く。
「司馬懿様、この大火の光景を決して忘れないで」
「……?」
火見が
「
孔明は依然、屈原の詩を唱えながら、青龍爵の江水を周囲に振り撒いている。
『これ以上は……』
司馬懿は孔明と密約を結んだが、それはあくまでも一時的なものだ。
曹操に認められて世に出たからには、曹操のもとで実力を発揮しなくてはならない。それが自分が生き残る道なのだ。しかし、そのためには曹操軍が圧倒的勝利を得ても駄目だし、逆に再起不能に陥るような打撃を
一書生であった孔明が雄飛するのに劉備が必要であったように、権威がない今の自分が実力を発揮するには曹操の力が必要だった。すでに孫・劉軍の勝利は決定的になったのだし、曹操を失う事態は何としても防がなければならない。
「これ以上はやらせん……!」
木々の暗がりに身を潜めて孔明の祈祷を見守っていた司馬懿が曹操軍の敗北を悟って、孔明の術の妨害に入ろうとした。
と、その行動をたしなめるように火見が司馬懿の腕を
「う……」
「どうした?」
火見は額を押さえている。一瞬だけ、幻影が脳裏を過った。大火の光景直後の
「……雨になるわ」
火見が確信するように言った。信じられないといった表情で司馬懿が火見を見やる。
「雨だって?」
頭上は晴天だ。すっかり霧が晴れて、闇夜に満天の星が輝いている。
「
その間にも孔明は同じ
振り撒いた江水の
その下で、
「東風
白と黒の衣装を纏って孔明の祈祷に協力している江東の兵士たちが立ちつくしたまま、口々に驚嘆の声を上げた。未知なる奇跡を目にする動揺。統率が乱れる。
警護の兵士を含め、その場にいた全ての視線が宙に浮いた球体に集中して周囲への警戒が薄れた。そこへ司馬懿がいよいよ飛び出そうとした時、
「動くな! 動いた者は斬る!」
孔明が剣を振って厳命したため、兵士も司馬懿も
抑えつけられていたものが勢いよく弾けるようにして、細長く伸びながら天へ昇る。それは例えるなら、空気の抜けた風船が飛んでいくような軌跡を描いて、江中へ没した。
「孔明殿!」
崩れ落ちるように地面に倒れ込んだ孔明のもとに魯粛が走り寄る。勝利の神獣を召喚した孔明は精神力を使い果たして、意識を失っていた。
炎の海に焼かれ、江水に溺れ、曹操軍は壊滅状態となった。
曹操が乗る楼船にも火の手が回り、逃げ場を失う。天命から決して逃げることをせず、己を貫いて生きてきた乱世の奸雄の命運も、もはやこれまでかと思われた。
「天よ、オレを殺すか!」
曹操は赤く染まった天空を仰いで叫んだ。胸が熱くなった。高ぶる感情のせいか。……いや、違う。これは。曹操が
地宝といわれる神器が所有者に地勢を与えるならば、天宝である仙珠は所有者に天運を授けるという。それが着物の下で赤く輝いていた。
青年時代に
「――――そなたの瞳の深淵に赤い星が見える……」
曹操の脳裏にその言葉が鮮やかに甦ったのと同時に、右手に握りしめていた小枝の
「何だ……!」
言いながらも曹操は決して竿を離さず、その強烈な引きに耐えた。
「これは……!」
曹操の瞳に驚くべき光景が映る。炎に照らされた江水の水面が盛り上がったと思うと、大きな水飛沫をあげて、龍が出現したのだ。青龍爵から解き放たれた小さな水龍は膨大な江水の水を
普段は決して見えることのない気の糸が炎と月明かりに照らされて、龍の口元にまで伸びているのが見えた。曹操がその龍を釣った直後、小枝の竿は乾いた音をたて、真ん中でぽっきり折れて、竿先は勢いよく水中へ引き込まれていった。
「な、何だあれは……!」
神獣である龍の出現に上がる驚嘆の声。龍の作り出した大波が押し寄せて、両軍の船団が大きく上下した。大波の震動を耐えようと、両軍の将兵たちが必死に船にしがみつく。
「船首を上流へ向けよ!」
この状況にも周瑜は動じずに兵に命令した。横から高波を受けると、転覆してしまう。
龍が天空へ昇るのに伴い、竜巻のように巻き上げられて霧状になった江水がたちまち暗い雲を作ると、激しい雨となって周囲に降り注いだ。
「おおおっ……!」
これには曹操軍の将兵たちが驚嘆と歓喜が入り混じった喚声を上げる。
「くそ、よりによって今になって……!」
周瑜は思わず天と龍を仰いで、そう毒付かずにはいられなかった。突然の豪雨は目前に迫った勝利を洗い流そうとしている。
周瑜の視線が恨めしく龍の行方を追った。天空で暴れた龍は今度は巨体をくねらせると、勢いよく下降して、江水に没した。
「大都督!」
兵の声。迫り来る巨大な津波。
「退避だ!
周瑜の指示で激しく鉦が打ち鳴らされた。江東船団がそれに応じて素早く退避行動を取る。孔明の制御を離れたその巨龍の暴れように、江上に浮かぶ船などひとたまりもない。逃げるしか為す
「退避だ、陸へ戻れ!」
輔匡が叫んで、船を岸へ付けるように兵士に命令したが、押し寄せた高波に船体ごと持ち上げられ、もうどうにも制御は
龍はそんな下界の様子を
「火見の言う通りになった……」
司馬懿がその光景を遠望しながら
「……しかし、孔明め。どういうつもりなのだ?」
この
「なっ……?」
曹操は激しく傾く楼船の楼閣の
水龍は豪雨を導き、大波を残して、空の彼方へ飛び去っていった。
乗船する楼船が転覆しにくい構造であるために、周瑜も曹操も、転覆沈没という最悪の事態だけは避けられたが、船ごと津波で押し流された。
それでも、操船術に長ける江東船団は辛うじて津波をやり過ごすことができていた。しかし、互いに連結され、身動きの取れない曹操船団はそうはいかない。
津波は水門を直撃、それを破壊すると、曹操船団を丸ごと押し流した。
それは
「……何ということだ」
つい先ほどまで目の前にあった水門も船団も
周瑜はその光景とこの術者の能力に戦慄した。
『龐統だけでなく、孔明までこれ程の仙術を身に付けているとは……』
龐統の召喚した朱雀の大火と孔明の召喚した水龍の津波で曹操軍は壊滅した。
自分が思い描いた以上の完璧な勝利となった。
『奴らのことは後々考えるとして、今は江陵だ』
周瑜は江東水軍が無事なのを見て、次なる攻撃目標を示した。
「見たか、江東に天の加護あり! 我等の勝利は決した。次は江陵を取る!」
龍の出現にも動じない江東の大都督らしい力強い号令が動揺が広がる軍中を落ち着かせ、江東の兵士たちが再び奮い立った。
孔明と江東の兵士たちがいなくなった南屏山山頂の祭壇。
司馬懿は己の身を保つために口を閉ざしたが、曹操軍が大敗するような展開になって、その心中は穏やかではなかった。
曹操は
思考の全てを見透かされるような恐怖を感じる司馬懿だったが、今はその恐怖さえ一つの魅力のように思う。司馬懿は曹操の
「丞相をお助けせねば……!」
しかし、言ってはみたものの、自身は川を
どうにもならない司馬懿の胸に
「な、何だ……?」
訳が分からずうろたえる司馬懿の前で、その霊気は密集して、ある神獣を形作った。一対の長い角を持ち、顔は
聖人の出現を予兆する神獣といわれ、その昔、前漢の武帝が得たと伝わる。
その麒麟が発現したのだ。麒麟の後ろにはこれまた光り輝く大型の
麒麟が何かを訴えるようにいなないた。自分の中から現れ出た神獣である。司馬懿はそれが何を言いたいのか分かった。
「皆、早くこれに乗るのだ」
「乗るって……」
火見は冷静な司馬懿がそんなことを言って、率先して輝く車駕に乗り込んだのを見て、どうかしたのではないかと思った。
「急げ!」
しかし、司馬懿は至って正気で、麒麟の出現に茫然と立ちすくむ一行を
「みんな、早く!」
火見がそれに反応して、麒麟車に乗り込んだ。光の帯がシート・ベルトのように伸びて、火見の体を座席に結び止めた。火見に釣られて、難升米と爺禾支が慌てて乗り込む。
「よし、行け!」
司馬懿が手綱を取って、それを打った。麒麟が再びいなないて一度竿立ちするや、猛然と走り出した。しかし、ここは山の頂であって、道らしき道はない。
「きゃあっ……!」
「うわ!」
倭国の一行が悲鳴を上げ、顔を
麒麟は山林に突っ込むかと思いきや、それはその上を駆けていった。
火見が恐る恐る手を開け、目を開いて見てみると、満天の星空が目に入ってきた。
天空を駆けていた。麒麟車は道なき天空を飛ぶように駆け抜け、一瞬にして江水を渡った。それはさながら輝く大きな流星のようであった。
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