第7話:サバクホラアナツノウサギと新たな住人

 はは、可愛いな。

 俺の後ろをぴったりとついてくる、角の生えた灰色の兎。

 角で地面を掘り返して、雑草を取るのを手伝ってくれる。


「なぜ、あるじはあのようなことを?」

しゅは、労働を好まれる勤勉な方のようです」


 そんな俺と一匹を、一人は生暖かな目で、もう一人は感慨深そうな表情で見ている。

 うん、これは俺の仕事なんだ。

 しかし雑草たちはこれ以上増えないようにお願いしているので、あとはこの目の見える範囲内の草を抜けば終わる。


 その後は……ラビが掘った穴を埋め直すくらいか。

 草一本に対して、過剰なまでに強い力で掘り返してるからな。


 ちなみにここに来た角の生えた兎は、ラビと名付けた。

 気に入ってくれたようでなにより。

 飼育すれば人に懐くらしいが、野生のそれはわりと危険な兎らしい。

 地面に隠れるように近づいてきて、その強靭な後ろ足で跳ね上がり角を刺してくるらしい。

 二足歩行の人型は、だいたいお尻が悲惨なことになると。


 雑食でなんでも食べる。

 人肉も……

 砂漠に人がそうそう訪れることもないから、めったなことでは人が食べられることはない。

 襲われて食べられることは、本当に奇跡に近い確率の事故とのこと。

 遭難者が、食べられることがあるかもしれない程度。


 ラビは食べてないと信じたい。

 ふふ、可愛いな。

 袴が泥だらけだ。


 顔にはねた泥もそのまま、俺の裾に顔をこすりつけてくる。

 

 テメスさんが引き攣った表情をしている。

 

 ちなみに、何故か俺の服は神主さんが着るような装束姿が多い。

 朝、枕元に畳んで置いてあったなら……着るしかない。

 ただ楽な格好がしたくて一度無視してTシャツと半パンをはいたら、次の日箪笥の中身が全部神主さんが着るような装束だけになっていた。


 ちなみに、休みと決めた日は普通の服を着てもなんともなかったが。

 どうやら、これが俺の仕事着……いや、草抜きは作務衣でもよくないか?

 あれは、お坊さんか?

 その辺りのことは、よく分からない。


 ちなみに他にも望んでできることがあった。

 天候の変化だ。

 ずっと晴れてるけど、庭の植物は大丈夫だろうかと思った。

 それと、たまには雨が降っても良いかな?

 いや、雨の音が少し恋しい。

 そう思ったら、雨が降った。

 この敷地内だけ。

 

 強風を呼んで雨雲を外に押し出してみたら、敷地の外も降ったけど。

 降った傍から乾いているように見える。

 ムキになって雨雲をどんどん呼んで、風でどんどん砂漠に吹き飛ばしていった。

 良い感じに地面が湿った。


 次の日の昼にはカラッカラに乾いていた。

 うん……まあ、たまに降らせるくらいのことはやってみよう。


 それから3日後、3人ほど人が来た。

 格好は……アンが最初に着ていたような、貫頭衣姿だ。

 腕に見慣れた刺青が。


 それぞれ、ミランダ、ゴート、ロビアと名乗っていた。

 ミランダは普通の人っぽい。

 ゴートは山羊の角っぽいものがある。

 魔族かと期待したが、山羊獣人とのこと。

 そして、ロビアは小柄な兎の獣人。

 可愛い。

 

 ミランダが女性で、ゴートとロビアは男だ。

 ロビアはまだ子供だが。


「大変だったな、よく生きていた」

「もうだめだと思ったときに、恵の雨が……ここ何年もこの砂漠に雨が降った記録なんてなかったはずですが」


 ミランダは割と丁寧な言葉遣いだ。

 ゴートはあまりしゃべらない。

 少し気難しそうな青年だ。

 ロビアは好奇心旺盛なのかあたりをキョロキョロと目を輝かせながら、見まわしている。

 

 ラビがそんなロビアに近づいて、鼻をスンスンとならす。

 兎同士気が合うかも……


「シャー!」

「ええっ?」


 と思ったら、ロビアを威嚇してた。

 うんうん、大丈夫だから。

 ロビアよりもお前の方が可愛いから。


 どうやら、自分の立ち位置を危惧してのことのようだ。

 まあ、確かにロビアは可愛らしいが。


「その雨雲が多い方に向かって行ったら、ここに着いたのですね」

「ええ、この建物が見えたときは九死に一生を得た思いでした……不安もありましたが、神聖な雰囲気の建物を前に安堵感が訪れフラフラと。勝手に入ってしまったことをお許しください」

「そうでしょう、そうでしょう。この場所は神に認められた場所です。どうぞ、おくつろぎください」


 ラビとロビアを見ていたら、テメスさんとミランダさんの間で話が進んでいた。

 何故テメスさんが誇らしげなのか分からないが、まあ良いかな。

 それより……


「アン、出てきたらどうだ?」


 柱の陰に隠れているアン。

 こっちは、彼女たちを置いて一人さっさと逃げ出したことに負い目を感じてしまっているようだ。

 悪い娘じゃないのだ。


「仕方のないことだ。それよりも再会を喜んでくれないか?」

「すまなかった」


 ゴートさんが発した言葉で、アンはこちらに歩み寄ってきて崩れるように彼らに抱き着いていた。

 気まずさよりも、喜びが勝ったのだろう。

 そう思いたい。


 取り合えず……


「えっ?」


 俺が奴隷紋がなくなるように望むと、三人の肩に刻まれた紋様が消えてなくなる。


消失した古代魔法エンシェント・マジック? 最高位の解呪魔法の、上をいったとされる伝説の?」


 ミランダが何か呟いていたけど、これは魔法じゃない。

 この場所の、性質というか……

 そもそも、俺の力かどうかも怪しいので、微笑んで誤魔化す。


「神の奇跡です」

「違うから!」


 テメスさんが誤解を招きそうな発言をしたので、慌てて否定する。

 こちらに向けられた視線が、こそばゆい。

 それから彼らに風呂を進めて、順番に入ってもらう。

 着替えはこちらで用意する。


 なぜかミランダさんのための服の中に、中世の貴族が着てそうな服もあった。

 渡そうかどうしようか悩んだが、いまは取り合えず隠しておこう。


「こんな美味しいもの、初めて食べました」

「むう……」

「美味しいです!」


 俺が出したわけじゃないが、俺の用意した食事を口にした三人が驚いている。

 暑かっただろうから、ソーメンとかが良いかな? と思ったら夕飯はソーメンだった。

 いつもの食事に比べると少し物足りない気がしたが、俺以外は全員満足したようだ。


 三人とも行く当てが無かったり、そもそも砂漠を超えられる気がしないということだったのでしばらくうちで預かることに。


 次の日、外に出ると一気に3mほど敷地が広がっていた。

 一応分かりやすくするために何か目印を。

 芝生が良いかな?

 芝生部分の端が外壁から6m超えたら外にも彼らの家を用意しても良いかも。

 いや、もう少し広げてさらに外側に壁を用意してからの方が良いかな?

 住人が増えるのを待つしかない。


 現状、壁の内側に新たにもう一つ建物を増やして、そこにゴートとロビアが。

 ミランダはアンと一緒の部屋に寝泊まりするらしい。

 もともとアンの部屋は6畳だったけど、それじゃ手狭だろうと10畳になるように望んだ。

 広がった。

 本当に便利。


 ゴートさん達のところとアン達のところは、間に襖を用意してプライベートな空間を用意できるようにした。

 ロビアは夜は怖いのか、その襖を閉めるのを嫌がるとゴートさんが言っていた。

 まあ、仲がいいみたいでなにより。




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