第5話:傷だらけの獣人

「大丈夫ですか?」


 敷地内で倒れていた人に、テメスさんが声を掛ける。


「うぅ……み……みず」


 ここで、ミミズを渡したらどんな反応をするかな?

 テメスさんの陰に隠れてそんなことを考えてしまったのがいけなかった。

 足元にミミズが顔を出して、呼んだ? って感じでこっちを見ている。

 呼んだけど、呼んでない。


 素直に水を望む。

 足元にお盆に乗ったお馴染みの水差しと、コップが。

 それをテメスさんに渡す。

 ちなみに、これらは使用が終わると消えてなくなる。


 テメスさんが水差しから直接、その人の口元に水を注ぐ。

 それから、彼の傷を負っている場所に手を翳す。

 青白い光を放っているが、なんだろう?

 魔法かな?


 あと彼じゃなくて彼女だった。

 水をひとしきり飲んだ後、意識を失ったので本堂に運んで身体を拭いて服を着替えさせようと服を脱がしたところでテメスさんが固まった。


「不可抗力じゃないですか?」

「はい」


 流石修道士。

 すぐに落ち着きを取り戻し、丁寧に身体を拭いてから俺が用意した服に着替えさせていた。

 デリケートな部分は避けて。

 幸い服の下は胸にさらしを巻いていたので、ダイレクトに見るというラッキースケベは発生しなかった。


 髪の毛とかも一応拭いたけど、完璧に汚れが落とせるわけではない。

 そのまま布団に寝かせる。

 別に、汚れを気にした訳じゃないけど。

 綺麗にしてあげたいと思っただけだ。

 それだけで、彼女の身体がうっすらと光って綺麗になった。


 ……うん。

 本当に、俺はどうしちゃったんだろうね。


 ちなみに拭いた時点で血の跡が消えたところに、傷は無かった。

 やっぱり、テメスさんが使ったのは治療魔法だったのだろう。

 凄いなー。

 俺も使いた……使えるようになった。


 考えちゃだめだ。

 ちなみに考えちゃだめだと思いつつも、これらの一連の流れは現実逃避だったり。

 彼女が綺麗になったあとで、テメスさんが凄い表情でこっちを見ていたからだ。

 それから、頭を地面にこすりつけるように平服してしまった。


 うんうん……


「まさか、息をするかのように洗浄魔法を使われるとは」


 使った覚えはないんだけどなー……

 結局その日、彼女は目を覚ますことはなかった。

 部屋で寝ていたら、本堂の方で人の話し声が。

 テメスさんが看病をしていたから、おおかた彼女が目を覚ましたのかな?


「起こしてしまいましたか?」

「あんたが、助けてくれたのか? 礼を言う」


 俺が本堂を覗くと、テメスさんが申し訳なさそうに声を掛けてきた。

 それから、目を覚ました女性がこちらに軽く頭を下げる。

 なかなか綺麗な女性だ。

 獣の耳が何かを警戒するかのようにピクピクと動いている。


「いや、助けたのはそこの修道士のテメスさんだよ。傷の手当ても彼がしたんだ」

「そうか……でも、ここの主はお前だろ?」

「言葉を慎むように!」


 俺の言葉に軽く頷いた女性は、そのあと上目遣いで俺に気遣うように質問してきた。

 ちょっと女性らしからぬ言葉遣いに、テメスさんがムッとしたような表情で注意していた。

 いや、確かに初対面の相手に対する礼儀としてはどうかと思うけど、俺は言葉を慎まれるような人でもないし。

 そもそも、普通の人だし。

 別に気にすることなく、喋りやすいようにとお願いした。


 女性の名前は、ネオというらしい。

 豹人族とよばれる獣人らしく、なるほどスタイルがかなりいい。

 出るところが出て、引っ込むところが引っ込んでいる。

 胸は……大きくはないがそれなりにあって形も張りがあって、全体的なプロポーションが抜群に良いのが分かる。 

 太腿はちょっと太めだけど、しなやかな筋肉が内にあるのがなんとなく分かる。


 

「どうも逃亡奴隷のようです」


 服を脱がせたときにも気になったが、女性の腕には刻印のようなものがあった。

 刺青かなと思ったがテメスさんの話では奴隷に刻まれる文様らしく、魔術による色々な拘束がされていると。

 彼女は集落を襲われ、そこから攫われて奴隷にされたと。

 まだ売られる前の輸送段階で、砂漠を移動中にサンドデススコーピオンに商隊が襲われ檻が破壊され逃げ出したらしい。

 完全に違法な手段で集めた奴隷を輸送していたため、人目を避けて砂漠を移動していたのがあだになったと。

 まあ、その奴隷商人も人目に付く場所で変なところで足がつくのと、砂漠で魔物に襲われるリスクを天秤にかけて砂漠を選んだらしい。

 かなり過酷な砂漠らしいので、魔物に襲われるリスクは低いらしいが。

 ついてない。

 奴隷商も、ネオさんも。


「他の方たちは?」

「別方向に逃げたから、どうなったか分からない」


 テメスさんの質問に、顔を俯かせて応えるネオさん。

 みんな、無事だったらいいな。


 それにしても無理やり奴隷ってのはいただけないな。

 2人がびっくりした表情でこっちを見つめている。

 

「あなたがやっぱり神か!」

「なんで?」


 テメスさん、違うから。

 俺は神じゃない。

 あと、学習能力がなさすぎる。

 これまで何度となく、不用意に何かを望んじゃだめだと思ったはずなのに。

 

 俺の見ている先で、彼女の腕が光ったかと思うと奴隷の刻印が綺麗に消たのだ。

 そりゃ、びっくりするよね?

 俺もびっくりだ。


 ネオさんはここにしばらく住むことになった。

 恩を返すためとのこと。

 捕まって奴隷にされたけど、それなり以上に戦えるとのことでこの神社の護衛として雇うことにした。

 落ち着いて里に帰りたくなったり、他の奴隷仲間を探したくなったら自由に出て行っていいとは伝えてある。

 ちなみに、境界を示す陽炎の場所がまた約1mほど広がっていた。

 もしかして、住人1人につき1mずつ広がるのかな?

 これ、ある程度人数増えたら1人増えただけで、かなり面積が広がる……

 まあ、考えないようにしておこう。

 人が増えるとも限らないし。


 いきなり中に人が入ってこられるのも問題なので、塀があったらいいなと思ったらその広がった部分に白壁の塀が出来ていた。

 高さは2mくらい?

 一応正面に門もある。

 立派な門だ。


「私の存在意義が……」


 彼女が剣と槍が得意ということで、あればいいなと思ったら祭壇の前に剣と槍が出てきた。

 ついでに自分も習おうと思って、自分用に剣を望んで教えてもらった。

 そして特訓のさなかに、彼女みたいに剣が使えるようになりたいと思ってしまった。

 使えるようになってしまった……


 そしてネオさんが膝をついて、地面になにかぶつぶつ呟いているのを取り合えず聞かなかったことにして剣はしまっておいた。

 

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