第2話:都合がいい世界は夢じゃないのか

 外に出るとうだるような暑さだったので、社の中に戻る。

 相変わらず涼しい。

 でも今の一瞬で、喉がカラカラに。

 そもそも、寝汗もだいぶかいたし。


 そう思ったら、目の前にお盆に乗った水差しとコップがあった。

 最初っからあったっけ?

 誰かが気を使って置いておいてくれたのかな?

 誰が?


 飲むのが怖い気がしなくもないが、喉の渇きには耐えられない。

 コップに水を移して飲む。

 良かった、ただの水だ。

 冷たくて美味しい。


 さて……落ち着いたところで、状況整理。

 するまでもない。

 直前の記憶はない。

 前日の記憶はある。

 今日の記憶があやふやだ。

 起きたような気もするし、家から出たような気もする。

 電車には……乗ったような乗ってないような。

 あー……思い出そうにも、まったく思い出せない。


 分かっていることは、場所は神社の社っぽいところ。

 周りは砂漠。


 さっぱりだ。

 何が起こったのか?

 分からない。


 縁側まで出て、外を見る。

 げんなりするような景色。

 砂丘があるお陰で、地平線まるっと砂という景色ではないが。

 凹凸があるだけで、これはこれで面白くない。

 というか、誰もいないのだろうか?

 寂しい……


 お腹が空いたなと考えつつも、板の間に戻ろうと振り返ったら膳が用意してあった。

 誰かいますか? と声を掛けてみたが返事がない。

 まあ壁も何もない板の間に、見渡す限りの砂漠。

 隠れようがない……

 いや、どうやって来た俺。

 まあいいかと、目の前の現実に目を向ける。


 おかれた料理は湯気を上げていて、出来立てだろうことはうかがえた。

 気持ち悪い。

 気持ち悪いけど、水のこともあったのでまずは膳の前に座ってお吸い物を口に運んでみる。

 美味しい……

 塩分が染み渡る。

 魚の煮つけを口に運ぶ。

 砂漠で海の魚っぽいものを食べるのは不思議な気分。

 金目の煮つけかな?

 これも美味しい。

 ご飯も美味しい。

 漬物も美味しい。

 うん、普通に食べられる。


 人間不思議なもので、まともなものを食べて腹が膨れると気持ちが落ち着く。

 そして、少し眠くなる。

 横になろうにも、床が固い。

 明日は身体中バキバキだろうな……


 そう思って横になったら、急に背中の下の床が柔らかく…… 

 違った。

 身体の下に布団があった。

 いつの間に?

 誰が?

 考えるまでもなく、寝ている人の身体の下に布団を敷くのは無理……かな?

 ということは……ああ、夢か。


 夢じゃなかった。

 夜中に目を覚ましたら、見慣れない景色というかさっきまで見てた景色というか。

 壁も何もない場所で寝てたけど、虫とかが入ってくる様子もない。

 砂漠だからサソリくらいいるかとも思ったけど。


 気にせず目を閉じる。

 まだ、朝じゃない。

 というか、現実逃避。

 次に目を覚ましたら、自分の部屋でありますように。


 願いむなしく、夢の続きだった。

 流石に気が滅入る。


 せめて壁のある部屋。

 畳敷きの部屋が……

 ふと横を見ると、本殿の縁の高欄の一部が切れて渡り廊下のようなものがあった。

 昨日は気付かなかった。

 いや、昨日あったっけ?

 というか、夢に昨日とかあるのだろうか?


 難しいことは考えない。

 その渡り廊下の先には、障子戸で囲まれた建物が。

 そこに入ると、畳敷きの部屋があった。

 なんとなく自分の部屋かなと理解してしまった。

 ただ、何もない。

 殺風景な部屋だ。

 でも、四方を囲まれているだけでも安心感が違う。

 上を見上げると照明器具のようなものもあるし。

 寝泊まりはここにしよう。

 いつまでいるか分からないけど。


 2日経った。

 流石に人恋しい。

 誰か来てくれないかな。


 いや、それよりもこの殺風景な景色に、そろそろ精神を病みそうだ。

 せめて緑でもあればな……


 部屋は便利なもので、照明は考えただけで点けたり消したりできた。

 着替えと思ったら、いつの間にか部屋に箪笥が。

 中には数着の服が。

 Tシャツや、半パンとかも入ってた。

 良かった、楽な格好が出来る。


 そして食事も望めば、膳にのって出てくる。

 部屋のすぐ隣にお風呂もあり、トイレもあった。

 洗浄機能付きの洋式トイレだ。

 この建物に不釣り合いなことこのうえないが、雰囲気よりも大事だ。

 その日もひがな一日、この場所のことを考えたりぼーっとして一日が終わった。


 次の日、目が覚めたら周囲に青々とした木が生い茂っていた。

 神社の周りは草も生えていて、なんていうか自然に囲まれた神社に。

 うーん……夢って便利だな。

 ただそれだけ。

 日本庭園とか、池があるわけでもない。

 石畳があって、途中で脇にそれて手を洗う場所とかもない。

 神社……

 小さな山奥の神社にランクアップかな?


 ただ、それも途中で途切れてその先は相変わらずの砂漠。

 周囲は一辺10mくらいかな?

 本堂は20畳くらいありそうだけど、よく分からない。

 何もないから広く感じるだけで、実際はもっと狭いかも。


 そして緑のある場所までは、涼しくて過ごしやすい。

 そこと砂漠との境目には陽炎のようなものが漂っているところから、ここで温度が変わるのかな?

 手を出してみる。

 暑い。

 どうやら、これが境界線らしい。

 何の?

 考えたら負けだ。

 この中が俺のテリトリーってことかな?


 さらに3日経った。

 三食きっちり出てくるので、なんとか生きてはいるけど。

 精神が死にそうだ。

 せめて、何か変化が……


 あった。

 足音が聞こえてくる。

 そして、ざわざわとした声が。


「こんなところに建物が」

「神託は本物だった」

「これは、凄い発見だ! 滅びゆく大陸の砂漠に緑と建物」

「水だ! 水がある!」


 そうそう、俺が日本庭園がーとかって思った次の日に、建物の周りに玉砂利が敷かれた庭があったり、石畳が敷かれてたり。

 イメージ通りの日本庭園が。

 時折聞こえるカポーンという鹿威しの音が、妙に気持ちを落ち着かせてくれる。


 ちなみに、手洗い場や池も出来ていた。

 手水舎ちょうずや御水屋おみずやと呼ばれる、柄杓のおいてある例のあれ。

 うん、雰囲気が……相変わらず、その先は砂漠だけど。

 ただ本格的に、ちょっといい神社になった感じだったけど。


 しかし、ここで一人枯れるまで過ごすのかな?

 と考えてげんなりしていたら、人が来た。

 それが何よりうれしい。

 砂漠の向こう、蜃気楼の中にゆらゆらと複数の人影が。

 

「どなたですか?」


 声を掛けながら外に出る。

 怪しい人とか、敵意のある人かもなんてまったく考えてなかった。

 それほどに人恋しかった。

 何も考えずに声を掛けてしまった。


 そして、思わず固まった。

 日本人じゃなかった。

 いや、物凄く流暢な日本語で返事が聞こえてきたのに。

 神父さんのような恰好をした人が3人と、完全武装をした人たちが5人。

 うーん……

 怖い。


「あっと……あなたは?」

「えっと……ここの住人?」


 困惑した様子で声を掛けてきた代表っぽい神父さんの質問に、思わず疑問形で返してしまったのは仕方ないことだろう。

 神主っぽい恰好の俺と、神父さんっぽい恰好の人。

 ふふふ、宗教戦争でも始まるのかな?

 向こうは、武装した人達も居るし……


 全面降伏の方向で。

 取り合えず、命だけも助けてもらえるかな?

 拉致されたらどうしよう……

 目下、拉致されたかもしれない状況だけど。


「神よ……」


 目の前で、神父さんが五体投地してた。

 神?

 後ろを振り返ってみたけど、誰も居なかった。

 神?

 自分を指さして、首を傾げる。

 神父さんは頭を完全に下げているから、こっちを見てなかった。

 取り合えず……どうしよう。


―――――

あとがき

 毎週月曜日12時更新予定です。

 ある程度書き溜てますので、よろしくお願いします。

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