巡り合うための 5


 元は荷台であった場所は、前方部分だけが座席として改造されていた。外からは幌で隠れ、万が一にも幌をめくっても木箱が視界を邪魔する。

 木箱が置かれている荷台の床よりも、座席が少し低いおかげですぐにはその姿が見えない。


 こんな馬車を用意していた理由を、テオドールもシェリアも、カディアンには聞けなかった。


「――妙だな」


 旧街道を進んでいると、暗がりの中にいくつもの灯りが見え始めた。よくよく目を凝らしてやれば、それが数台の馬車だと分かる。

 少しずつ馬の歩調を緩めていくと、それぞれの馬車から降りたらしい御者達の姿が見えた。


「話を聞いてくる。こっちは任せるからな」

「わかった」


 少し前に御者役として交代していたカディアンは、テオドールに手綱を任せて御者席から降りた。そして、真っ直ぐに他の御者達へと近付いていく。


 その様子をじっと見つめながらも、テオドールは背後の荷台――シェリアのことを気にしていた。

 シェリアも会話を聞いて不安を感じたらしく、幌の隙間から外の様子を窺っている。


「……シェリア。大丈夫だ」


 背後で動いている気配を感じたテオドールは、ゆっくりと、そして静かに話しかけた。落ち着かない気持ちは分かる。だが、万が一のことがないように彼女だけは荷台側に乗せているのだ。あまり動かれると、隠れさせている意味がなくなってしまう。


「……うん」


 小さな声が返り、ほどなくして荷台が静かになる。テオドールは、思わず片手で顔を覆った。

 無理を強いて我慢をさせて、そうしたい訳ではないというのにそうなってしまう。そんな現状をどうにかしたいというのに、そのためにまた彼女の行動を制限しなくてはならなくなる。


 旅を続けている限りは、こうやって彼女を隠れさせなければならない場面が幾度で訪れるに違いない。

 ほどなくして戻ってきたカディアンは、「検問だってさ」と道の先を示した。


「表の街道で盗賊が出たからって理由らしいけど、実際はどうだか分かんないな」

「……厄介だな」


 眉を顰めたテオドールに対して、カディアンもまた難しそうに眉間に皺を寄せた。


「変な言いがかりをつけて来ないなら、別にどうでもいいんだけど」


 本来なら、彼女を隠しておく必要はない。しかし、万が一のことは有り得る。


 例えば、魔女探しの検問だったとして。

 その中に、魔女の顔を見た者がいたとして。

 そうなったら、シェリアが魔女だと難癖をつけられる可能性がある。


 カディアンは、それを警戒していた。


 何せ、一度は孤児院でそのような現場を見ていたのだ。

 彼らはあまりにも不十分な証拠で、シェリアを連れ去った。


「……検問をしているのは誰だ。商人か?」

「そうらしいだけど、本当かどうかは」


 分からないのだと、カディアンは首を振る。

 周囲で引き止められているのは、商人の荷馬車ばかりだ。このような時間に乗合馬車が動いていることなどほとんどない。商人の登録や許可証がない馬車は、引き止められる可能性が考えられる。

 どうしたものかとカディアンは思案げだ。


「旧街道は正式ルートじゃないからな……商人達が揃って従ってるから、たぶん相手は行商会の連中だと思うけど」

「……商会か」


 ぽつりと呟いたテオドールは、懐に片手を差し入れて内ポケットを探り始めた。その時だ。ちらほらと動き始めた馬車の間から、数名の男達が近付いてきた。

 カディアンが話を聞けば、この先を管轄にしている自警団と行商会の者だという。何でも、このところ盗賊の出没頻度が上昇し、治安を不安視する声が高いとのこと。

 また、不審火が相次いでいることから、注意喚起の意味も込めているらしい。


 ようするに、自分達の地域に不審者や不審物を入れたくないのだろう。


 テオドールには、それが正当な理由になり得るのかどうか判断がつかなかった。


「港の件もあるからな。申し訳ないが、通行許可がないのなら引き返してくれないか」


 自警団の男がじろじろと荷台の幌を眺めた。

 確かに乗合馬車でも行商馬車でもないのだから、不審に思われても仕方がない。


 通常であれば、ここから引き返すことは容易かった。街に入られることを不安視されているのであれば、大人しく野宿を行なっても良い。

 だが、眼前の男は"港の件"と言い放ったのだ。テオドールは、その一言に引っ掛かりを覚えていた。


「港の件って?」


 カディアンがすかさず問いを返す。


「ああ、港で船が燃えたという事件がありまして」


 荷台を眺めている男とはまた別の男が答えた。

 それ以上の情報は渡して来ない。


 魔女だという話が伝わっているのかは不明だ。しかし、魔法使いをここから先の地域に入れたくない――ということだろう。


「――すまない。これで話が伝わっていないか」


 テオドールは懐から取り出した一枚のカードを差し出した。不審げに眉を寄せた男が、受け取ったカードを覗き込む。すると、すぐにハッと目を見開いた。


「まさか、ミレーナさんのところからか?」

「……ああ」


 驚いた様子の男は、もう荷台どころではなくなったようだ。

 テオドールは返されたカードを手にしながら言葉を続ける。


「港の件があっただろう。船がないせいで、陸路を使わざるを得ない」


 相手方が理由として使った港の事件を、そっくりそのまま免罪符にしてみせたのだ。いかにも、急ごしらえで乗合用や行商用の馬車ではない理由はそれなのだと思わせたかった。


「合流を急いでいるのだが、通してはもらえないだろうか」

「ああ、ああ。引き止めてすまんかった。いいぞ、通ってくれ。おい! こっちは大丈夫だ! 通してやってくれ!」


 男が声を上げると、周囲にいた者達がさっと道を空けた。これほど分かりやすく効果的であると、逆に疑ってしまいそうだ。

 

「ミレーナさんによろしく! お気をつけて!」


 そう言って手を振る男に対して、御者席に座るテオドールとカディアンはそれぞれに軽く頭を下げた。

 ゆっくりと馬車が動き出すと、外に引っ掛けてあるランタンが揺らいで軋む音を立てる。それを聞きながら、テオドールは静かに息を吐いた。

 商会の男に見せたカードは、花の街で別れ際にミレーナから渡されたものだ。困ったことがあれば――などと言われてはいたが、具体的にどのような時に使うのかは分からなかった。


 ただ、彼女は座商会の長だが行商会にも通じている――。

 宿の女性が、そのように言っていたことを思い出したのだ。


 なるほど。確かにミレーナの名前には力があるらしい。

 ロサルヒドがうまく使えと言った意味が分かり、テオドールは改めて礼をするべきかと、女商人の顔を思い浮かべた。

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