第19話 感情の彩り

 宮野は無口だった。背もクラスで一番低く。クラスで一番前の席に座っていながらも、一番端はじの廊下側であったため、存在感も全く無かった。


 冗談をよく言う俺の言葉にも、何が面白いの? と言わんばかりの表情を見せるだけで、ニコリともしない。言葉を交わすのもほとんどなく。こいつ、日本語を真っ当に話せるのだろうか。と言いたくなるような女子中学生だった。


「ハンバーグうっ!」


 給食の時間に意味不明に叫んでみんなの注目と幾つかの笑いを貰っている俺のことを下から横目で盗み見ているのを感じた時、一瞬だけ苛立ちを感じた。それでいながら、口元が僅かに釣り上がったように感じられて、少しだけ溜飲を下げる事ができた。


 クラスルームで文化祭の話をしていた時、何故か副委員長の女子生徒が劇をやりたいなどと言い出した。彼女は、クラスカーストの上位の人気者だったため、男子生徒を含めた仲間たちがこぞって賛意を示す。


 だが、劇など出来るはずもなかった。別に演劇部があるわけでも、何らかのノウハウを持った人間がいるわけでもない。そもそも、あいつらテニス部とサッカー部。ロミオとジュリエットでもやりたいとか言うのか?


「やってらんねぇな」


 ぼそっと呟いた。別に誰かと会話したいとか、同調を求めていたわけでもない。


「きっと、人気者をアピールしたいんでしょ」


 横からの声で俺は宮野のことを凝視した。間違いなく彼女は俺の視線を察知していたはず。それなのに、彼女は教室の前方――黒板ですら無い――を見つめたままだ。


 それまで、モヤで隠されていたような存在だった宮野に色がついた。それは、鮮やかな色ではなかった。だが、それが、本当の感情を持った人間らしさを感じさせていた。


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